【1965年】レックス・ヘフリン事件

1965年8月3日の午後12時37分、アメリカ合衆国カリフォルニア州オレンジ郡の交通調査官レックス・ヘフリンが、サンタアナ高速道路にてUFOを目撃した事件である。このときヘフリンはポラロイド・カメラで4枚のUFO写真を撮影しており、この写真の真偽が議論された。

【事件の経緯】
その日の12時37分、パトロールへ向かう途中のヘフリンは、左側の空に何かが飛んでいるのを目撃した。ヘフリンは最初、それを近くの基地に着陸する軍用機だと思ったという。ところが物体は、突然空中で停止したかと思うと、前方で左へ旋回した。異常を感じたヘフリンはセミオートマチックのポラロイド101カメラを取り出して、車の窓ガラス越しに最初の写真を撮った。物体は道路を横切るようにして北東の方向へ移動したので、次に右側の窓越しに2枚目の写真を撮影、さらに物体が高度50mほどになったとき3枚目の写真を撮影した。
目撃の間、ヘフリンは上司に無線で連絡を取ろうと試みたが、無線は通じなかったという。
物体は傾いた帽子のような形をしており、撮影している途中、物体の底部からレーダースコープの電子線のように円形に回転する白い光線が放射されているのが確認できた。
ヘフリンの推定によれば、物体は直径10m、高さ3mほどの大きさで、彼からの距離は50mほどだったという。色は灰色で、頂上部はかすかに輝いており、全体の輪郭ははっきりしていた。
その後、物体はジャイロスコープのように揺れ動きながら空中を移動し、高度を上げるにつれて安定していくように見えた。しばらくして、物体は上空に向かって加速したかと思うと、輪状の青黒い煙を出して北東の方向に消え去ったという。その煙は30秒程続き、ヘフリンはこのとき車から降りて、真下からその煙を撮影した。
因みに、飛行物体がいなくなると、無線は通じるようになったという。

その後、ヘフリンは1ヶ月間写真の公開を待った。この飛行物体がアメリカ空軍の秘密新兵器である可能性を考え、面倒になることを恐れたという。
1ヶ月以上経った9月20日、日刊紙サンタアナ・レジスターの編集長がUFO写真とともに詳しい目撃者の報告を添えて事件を発表した。
すると事件から7週間後、ヘフリンの家に北アメリカ空軍防衛司令部員を名乗る2人の男がやってきて、分析のために写真を提供するよう求めたという。ヘフリンはオリジナルの写真を提供したが、その後それが戻ることはなかった。空軍側は、司令部からそのような人物が訪ねた事実はないと言明しており、このとき写真を持ち去った人物については未だ解っていない。
 
【写真の真偽をめぐる調査】
事件がサンタアナ・レジスター紙に公表されると、ヘフリンのもとには民間のUFO研究者や空軍の職員がやってきて、彼の証言や写真のコピーをもとに様々な調査が行われた。しかし、この4枚の写真の真偽については未だ多くの謎が残されており、真相は解っていない。

事件の公表後、NICAP(アメリカ航空大気現象調査委員会)のロサンゼルス小委員会は、ヘフリンと新聞社の協力のもと、現場での計測を含む詳細な調査の他、ヘフリンの身元調査、ジョン・グレイによる写真分析などを行った。その結果、この写真が非常に信憑性のあるものであることがわかったという。
しかし、その後の10月27日、アメリカ空軍のUFO調査機関プロジェクト・ブルーブックの責任者であるヘクター・タインタニラ少佐は、日刊紙サンタアナ・レジスターの記者に対して「空軍は徹底的に調査した結果、この写真はイタズラであるという結論に達した」とコメントを発表した。
これに対して、NICAP調査官のリチャード・ホールは強く反論している。

また、1966年10月コロラド大学で設立されたUFO調査機関、通称コンドン委員会もまた、この写真が偽造されたものである可能性を指摘している。
調査を行ったハートマン博士によると、眼に見えないような糸で車の外にUFOの模型を吊り下げて、最初の3枚の写真に似た写真を造ることができるという。
しかし、問題は4枚目の写真である。円盤が飛び去ったあとに残された煙の輪を撮影したというこの写真は、模型を使って撮影することは不可能である。
ハートマン博士によると、この日は空に雲がなかったはずなのに写真には雲が写っているという。しかし、ロサンゼルス紙の天気予報記者は、その地域の報告によればその日は曇りであり、スモッグのため2.5~5マイルにわたって視界が良くない状態だったという。また、UFO自体が飛び去る前に煙や蒸気を放出し、それが雲のように見える可能性も否定できない。
それ故、ハートマン博士はこの事件について偽造の可能性を示したものの、結論は出ないとしている。

その後、ヘフリンの写真は信憑性のあるUFO写真として、多くの書籍に掲載され続けた。

しかし、1980年頃、GSWはNASAの技術を応用したコンピュータ写真分析を用いて、ヘフリンの写真の円盤の上にそれを吊るす糸を発見した。このことは大々的に報道され、ヘフリンの写真は偽造されたものだと思われた。

しかしその後の1993年には、写真分析家のジェフリーによって再検証が行われた結果、糸であると嫌疑のかかっている線は、写真を何度もコピーすることによって作られたものか、あるいは故意に作られたものであることが解った。

尚、4枚目の写真については未だ謎のままである。

【備考】
因みにコロラド大学調査団の調査によると、事件から2年後の1967年10月11日の夕方、空軍の制服を着た1人の将校がヘフリンの家にやって来たという。男は「組織司令部・宇宙組織課C.H.エドモンズ大尉」と書かれた身分証明書を提示し、ヘフリンにオリジナル写真を取り返すつもりかと尋ねた。ヘフリンがノーと答えると、相手は安心したように見えたという。 また、その男はバーミューダトライアングル(1800年代以来多数の飛行機が行方不明になっている地域)についても質問したという。
この質問の間、家の前の道路に1台の車が止まっているのが見え、その車の後部席には人影が1つあり、何か紫色に光るものが見えた。ヘフリンは、写真を撮られているのではないかと思ったという。
その後コロラド大学の調査員が調べてみると、空軍の将校名簿には4名の「C.H.エドモンズ」が存在したが、この中に該当する人物はいなかったという。

【事件現場へのアクセス】
事件があったのは、アメリカ、カリフォルニア州オレンジ郡のサンタアナ・フリーウェイである。オレンジ郡はアメリカ有数の大都市であり、ディズニーランドをはじめ多くの観光地があることでも有名である。日本からはカリフォルニアに直行便があり、アクセスは非常に便利である。現地ではタクシーやバスの他、日本の運転免許証で利用できるレンタカーがおすすめである。

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