より怖い話を目指して

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まだ私が怪談を極端に避けていた頃の話ですが、鏡に何か映る系の話を聞いた影響で、鏡見るの怖くなりましたね。
内容はあまり覚えていませんが、けっこうありきたりな話だったと思います。でも、あれが今までの中で一番怖かったかもしれません。
今耳にする洒落にならないほど怖い話よりも、子どもの頃に聞いた単純な怖い話の方が恐怖の対象として残っているあたり、幼い頃のトラウマというのは影響力の強いものだと感じます。

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千月様。すいません。相変わらずのパラサイト狐目です。

鎮魂の祭り、「松明明かし」ですか。
10メートルの松明を囲んで校歌や応援歌・・・。
キャンプファイヤーを思い浮かべる私は怪談師失格ですね(笑)
ふうむ。完全燃焼ならよし、もしもそうでなかったら……と妄想を膨らませていくと、また一つ面白そうな題材ですね。

「地域色」が強い話は、とても面白く興味深いですが、少し身バレの恐れがありますね。
超地元の話題はこれぐらいにした方がいいかもしれません。
(↑話を振った本人がいいやがる)

ということで、トラウマですが、意外と女性に多いらしい話の中で、こんな話があります。
生まれたばかりの小鳥の雛とかを、とてもかわいがっている女の子が、ある日一緒に雛とお昼寝します。
子供はあまり寝相がよくありませんので、お昼寝から目が覚めた時、目に入るのは自分の体に押しつぶされたぺしゃんこの雛の姿・・・・・・。
女の子の心が受けるダメージは相当なものだそうですね。

ここまでくると怪談として面白がるには辛すぎるのですが、他になにかご存知の話がありましたらお願いします。

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長いことほったらかしにして本当にすみません

修行者様
私の地元では松平氏の霊を慰めるための「松明あかし」というお祭りがあります。
屋台などが出ている大通りは一見普通の街の縁日のようですが、実際に松明あかしが行われる会場は少し雰囲気が違います。
竹でできた骨組みに茅を詰め、御座を巻いて固定した高さ10メートルにもなる松明を地元の中学校や高校、消防団などが作り、燃やします。
そして自分たちの松明が燃えている間、校歌や応援歌を歌って完全燃焼を祈ります。
巨大な火柱が何本も連なる様子は幻想的です。
鎮魂祭は、ひたすら大声を出したり何かを燃やしたりするイメージですね。

それと小さい頃のトラウマですか…
前にも書いたかもしれませんが、私は小さい頃近所の野良猫にお菓子やら釣った魚やらを盗られていたので未だに猫が大の苦手ですね。

ロビン様
幽霊、妖怪、UMA、風習などなど、気になることがありましたらちょっとしたことでも仰ってみてください。一緒に掘り下げていきましょう。

大鷺様
この掲示板をそんなふうに思ってくださるなんてありがたいかぎりです。
私自身最近あまり来れていないですが、皆さんで盛り上げていただいているので安心しています。

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あと、祭りといえば夜店ですよね。
夜店で秀逸な怪談があるんですよ。卵を売る夜店の話なんですがロロロロビン様じゃないですかああああ!!!

あ~びっくりした。私が博学なんぞとんでもないです。オカルト的な知識なんざはさっぱりちんですよ。
でも相変わらずですが、千月さまの掲示板を私色に染めすぎましたね。ほかの人が書き込みにくくなってしまいました。
え~と、話題を変えましょう。
ん~と、どうしようかな?
三つ子の魂百までと申しますが、小さい頃に植え付けられた恐怖は、もうほとんど一生ものだと思うのですよ。小さい頃に溺れかけたことがある人はもうずっと水がニガテとか言いますし。

皆様は、小さい頃、なにか怖い目にあったことがありますか?今でも覚えているような怖い体験がありましたら教えてください。

例えば、自分は小さい頃、しつけのために母親から悪いことをすると竹の定規でしばかれました。
なので、いまでも竹の定規をみると口の奥に苦い何かが分泌されますね。めったにお目にかかれないのでいいのですが・・・。
こんな感じで教えていただけると幸いで~す。

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ロビン様、私はリアルではなかなか怖い話が出来る友達が少ないので、こちらのサイトで思う存分オカルト話で楽しんでおります。しかも、都合の良い時間に好きなだけ参加させていただけ、全く寄り付けないときもあったりしますが、それでも全く気がねせずに過ごさせていただける。有り難い場所ですね。掲示板の趣旨も、怖い話を充実させる話題であれば何でも可のようですので、読み専門の私でも幅広く話せて、楽しまさせてもらっております。是非お話したいです!

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修行者様も青鷺様も博学で幅広く知識が豊富で羨ましいですな。やあロビンミッシェルだ。

話によりたいけど馬鹿がバレたくないからよれない馬鹿な僕…ひ…

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あと、自分が気になるのは、祭りには大きく二つの目的があると思うのです。

一つは、いわゆる「祭り」
神様を祭り上げて、「アゲアゲ」するための祭りですね。

あと、もう一つは「荒ぶる神」「祟り神」を鎮めるための祭りです。

後者の方に少し興味があるのですが(近くでそういう祭りが私が知る限りないからなのですが)
「鎮魂の為の祭り」はいわゆる「祭り」とは祭事や雰囲気は異なるものなのでしょうか?

特に「菅原道真」や「平将門」、「崇徳上皇」といったキングオブ怨霊のお祭りなど、もしご存知でしたら教えていただければ幸いです(←自分で調べない奴)

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青鷺様、ははあ、大切なのは敬意ですか。
なるほど、魂をこめた花火職人と、火の神の話なんか書けると面白そうですね。

因みに、珍しい祭りでは、奥三河には「花祭り」があります。

通常花祭りというと、お釈迦様のお誕生日に釈迦像に向かって甘茶をぶっかけまくるという風変わりなお祝い方法をとることが多いのですが、この花祭りは全然違います。
そもそもお釈迦様とは全く関係なく、鬼が鉞を振り回しながら「テーホヘテホヘ」と囃子続けながら一晩中舞い続けるという祭りです。

しかも、祭りといえば通常夏か秋なのですが、雪国の極寒の真冬に行います。
もちろんどこにも花なんかありません。
さらに、祭りのテーマはヤマトタケルがヤマタノオロチをやっつける、いわゆる日本神話なのですが、これは近世に作られたものらしく、本来の姿はよくわかっていません。

しかもしかもですね、この鬼、角が抜かれてしまっています。
本来角のあるべき場所は全くの空洞なのです。理由は「危ないから」だそうですが、そんな理由で鬼が角を抜かれるなんて聞いたことがありません。

ただでさえ過疎っている田舎の山間地域に、こんな超ドM仕様な祭りがいつまでも存続できるわけもなく、次々と存続を断念する集落が出ているのですが、そもそもなんだってこんな無茶なことを始めたのか、なぜマイルドにマイルドに味付けがされていくのか、そしてこの祭りが本当に存続を絶たれた時、いったい何が起きるのか…
そんなことを考えると、妄想が膨らみますね。

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修行者様、花火大会も、陶工の窯の火へ敬意を持った神事のかたちで開催したら、もしたしたら大成功かもしれないのですが、娯楽のためだけに開催となると、窯の火の神が、大切にするようにと、警告されたのかも知れませんね。
珍しい祭りの話等他にも、何かあったら、面白そうですね。

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青鷺様、火が神聖なので花火大会がご法度・・・。
これは面白いですね。
私が住んでいた地域は、逆に花火が神聖視されていました。
(徳川家康に特別に許されたとのことです)
朝の6時台から平日に花火が鳴り、秋になると子供たちが神輿を担いでバクチクを鳴らしまくりながら住宅街を練り歩くというなかなかサイケデリックな地域でした。
除夜の鐘が騒音だとか難癖つけてくる人には絶っっっ対に住んでほしくないですね(笑)

花火大会が禁忌というのは私も知らなかった慣習ですね。実際に火事が起こったというのがまたいいですね。ボヤで済んだ・・・これは警告でしょうか?
なんだかいろいろ出て来そうですね。
ここから怪談を捏造・・・創作したら面白そうですね。
花火大会を禁止する人たちと、地域興進の為に花火大会をしようとする人たち。
経済の為についに花火をすることになって・・・なんて、面白そうな展開ですね。
観光協会におこられるかなあ(笑)

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地域性の話も、秘密があるのかも知れないと思うと、好奇心をくすぐられます。秘祭とか、ひっそり伝えられている神事など雰囲気ありますね。
私の故郷は、焼き物(磁器)の産地なのですが、火は神聖なものなので、花火大会は行うと良くないという言い伝えがあります。花火大会を開催した年は、町内で火事が起こりました。幸い規模は小さく、怪我人も出ない火事でしたが、偶然なのでしょうが、何度か起きたこともあり、花火大会は、おそらく今だに歓迎しないと思います。

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青鷺様。そうですね。日本人は割と感性がウェットですので、秋から冬に向かう中での寂寥感がただよう話は面白いかもしれませんね。

童謡の「小さい秋見つけた」のもの悲しさなんか尋常ではないですからね。あんなテイストで物語が出来たらいいかもしれません。
そうですね・・・

影が長く伸びる夕暮れ、主人公が一人歩いている。周りは一面の田圃。
収穫が終わり、稲穂しきれなかった稲穂を小鳥が啄んでいる。
ふと見ると、一人農家の方らしい人がぽつんと立っているのが見える。
腰に下げたラジオから、ノイズ交じりに聞こえてくる童謡。

「だーれかさんが、だーれかさんが、だーれかさんが、みーつけた・・・」

主人公は気が付く。さっきから農家の人は全く動かない。

「小さいあーきー、小さいあーきー、小さいあーきーみーつけた」

よく見ると、この人は人間ではない。稲で作られた案山子だった。
案山子の腰につけられたラジオが、聞く人のない音を奏でている。

「目ー隠し鬼さん 手のなる方へ」

誰が、何故?音で鳥を追い払うためか?だがこんなことで効果があるとは思えない。
少し混乱する主人公、と、異変が起こる。

案山子が突然音を立てて崩れ、ただの稲穂と作業着になった。

「だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが だーれかさんが・・・」

ラジオが壊れたように同じフレーズを繰り返し続ける。
怖くなった主人公。くるりと身をひるがえすと、脱兎のごとく走り出そうとした。
が、振り返ったとたん、何かにぶつかる主人公。

目の前に、稲わらで出来た巨大な案山子が、落ちくぼんだ目の奥に暗い光をたたえながら、主人公の肩をつかんで

「みーつけた」

こんな感じですか?
イマイチですね(笑)

さて、青鷺様の話を読んでいて思ったのですが、「季節感」もさることながら、「地域性」のある怪談ってあるんじゃないかなあと思います。

北海道には「カムイコタン」というものがあるらしいですが、ここの霊障ハンパないらしいですね。アイヌの感じがして興味深いです。
沖縄には、もちろん「うたき」的な怪談が目白押しですし、京都なんかも歴史があるだけ怪談には事欠きませんよね。

山間部、豪雪地帯、河原の地域などなど、日本にはいろいろな地域性があるかと思いますが、なにかご自分のお住いの地域性を感じる怪談ってあるのでしょうか?

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修行者様、無意識の了解事項、わかりやすいですね。例えで出して頂いた、『心霊スポット凸』そういう話大好きです。怪異に瞬殺される人々は、ホントに引き立て役で申し訳ないと思いながら、そこが魅力的です。助かりたいけど怖いものは見たいと、自分のわがままさを感じています。
春、秋の怪談はシーズンとしては定着しておりませんが、春の浮かれ、秋の物悲しさは何となく題材には適している気がしてそういった話には、引き込まれます。

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青鷺様、ご無沙汰です。
いろいろ書きなぐって見ましたが、読み返してみるとスッゲエわかりにくいですね(笑)
普通の人は桂枝雀とかしらないものなあ。
まあ、ボチボチいきますね。

怪談の季節による楽しみ方ですが、怪談には大きく「夏の怪談」「冬の怪談」があります。
どちらも江戸時代から明治にかけてぐらいに大きく発達したと思われますが、
「夏の怪談」は主に寄席で噺家によって磨かれたものです。「四谷怪談」とかですね。
実在の事件をもとに、噺家さんたちが情念うずまくヒュードロドロ的な話を磨き上げました。
ややスキャンダラスに、男女の情念を織り交ぜたゾッとする話が多いと思われます。
一方、「冬の怪談」は、東北地方などで、冬の間にあまり娯楽がなかったという事もあって、面白い話、興味を引く話が娯楽となって伝わっていったものです。どちらかというと「民間伝承」という方がニュアンスが近いですね。「雪女」とかですね。

春の怪談、秋の怪談というジャンルはあまり聞きませんが、少し視点を変えると、なんとなく時代的に「不安」を感じる雰囲気の時、怪談が流行るそうです。
逆に、バブルなどのイケイケドンドンな時にはあまり怪談は流行らないそうですね。

現代の怪談をみてみても、「一人暮らし」のアパートなどに起きる怪談は非常に多いですね。一人はだれでも不安ですからね。

現代では季節感は失われつつありますが、時期ならではのイベントごとはあると思います。

春なら、
「新生活」「卒業」「新学期」「新生活」

秋なら、
「収穫祭」「文化祭」「人事考課、異動」

とかでしょうかね?(想像力貧困でスイマセン)
新しい生活や、環境の変化、祭りなどの非日常・・・そういった心躍りながらどこか不安・・・そういった心理にうまくスイッチを入れられるのが怪談の一つの楽しみではないかな~、とか思います。

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リアルが大変なことになっていて、なかなかこれませんでした。
千月様、おほめ頂いて有難うございます。
是非掲示板アイデア初の作品をつくってみてくださいね(自分では書かない奴)

ただ、この場合大事なのは考え方で、「普通」が「緊張」に転じるシチュエーションが大事です。

なので、「普通」であること、読者の方が無意識に了解していることを上手に裏切ることが大事なのですね。

「無意識の了解事項」、例えば・・・

・「母親」 → 味方である
・「恋人」 → いったんピンチになる。でも最後はハッピーエンド
・「親友」 → 大体黒幕
・「怪異があった後に、なにもかもわかったようなお坊さん登場」 → 怪異涙目
・「ペット」 → 超忠誠心強い
・「先輩」 → ややツンデレ的に怪異に襲われた主人公に的確過ぎるアドバイスをくれる。
・「心霊スポットに凸」 → 主人公は消極的。おかげで怪異に瞬殺されなくて済むが、ノリノリの友人が速攻で何かに取り憑かれ、そいつの除霊で主人公たちが振り回される。

まあ、ほかにもいっぱいあるのでしょうが、上記のような展開や設定が怪談での「普通」であるわけですね。

これをうまく裏切る。

・「母親」 → 「見方だと思っていたら、実は不倫相手と共謀して、父親を亡き者にしようとしていた」

とかですね。こういう、「いったん物語の展開を読者に予想させておいて、それを裏切る」というプロセスが、「より怖い話」につながるのではないかと思うわけです。

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笑いと恐怖、感情の移ろいはなかなか興味深く、お話を構成する上でもそのような視点は役に立ちますね。
まだまだ寒さ厳しい季節ですが、怪談がもてはやされるのは夏が多い気がしますが、お盆意外でも春先、短いシーズンですが、桜満開で浮かれる季節と怪談も良い題材かと感じますがどうでしょう?四季折々に恐怖の感じかたといいますか、楽しみかたは変化ありますでしょうか?

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修行者様、③の例目茶苦茶怖いですねwそれだけで充分お話作れますよw

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千月様、あけましておめでとうございます。
というわけで、今年もお邪魔いたします。

さて、「笑いと恐怖が似た形であるのか」、もう少し見ていきたいと思います。
桂枝雀さんの「緊張の緩和」理論は、それだけで本ができるぐらいの分量の話になりますので、興味ある方はググっていただくとして、当方は適当につまみ食いしていきます。

枝雀さんは笑いを4つに分類しました。
①知的な笑い『変』
②情的な笑い『他人のちょっとした困り』
③生理的な笑い『緊張の緩和』
④社会的・道徳的な笑い『他人の忌み嫌うこと』
です。具体的に見ていきます。

①知的な笑い『変』
・普通であることから少しズレる。また、完全に合う(この世に完全なものなど無いはずなのに、合ってしまう事への違和感)ことによる笑い。
(なんか変だぞ?)と思わせること、漫才師のいわゆるボケ全般。
例:初期のダウンタウンの漫才。
浜田「さあ、今日は漫才という事でね、どんなネタをやろうかと思っているんですが」
松本「ネタ?ないよ。そんなもん」

②情的な笑い『他人のちょっとした困り』
・困る、という事が緊張になる。
例:堅物の生徒指導教師とか体育教師が、バナナの皮ですってんころりんの例の奴。

③生理的な笑い『緊張の緩和』
・緊張状態が普通に戻ったとき。
例:いないいないバア。これも顔を見ると安心できる母親とかだから成立する話で、知らないおっさんがいないいないバアしても赤ちゃん泣きっぱなし(体験済み)

④社会的・道徳的な笑い『他人の忌み嫌うこと』
・いってはいけないことをいって、相手がそれを許すことによって起きる笑い
例:「赤信号、みんなで渡れば怖くない」

いずれも「緊張」→「緩和」の落差が笑いである、と考えられているようです。
さて、上の4つを恐怖に置き換えるとどうなるでしょうか?
①知的な笑い『変』 
例として取り上げたダウンタウンネタでは、そもそもこれは漫才という前提があるので、ここでどんな非日常的な会話がされても、それはボケであるという「大緩和」があります。
逆に、ここがどんな怪異が起きるかわからない「大緊張」状態であるときに非日常的なことが起きると「恐怖」になります。

例えば、廃墟のマンションを深夜に探検していると、窓の外に、人が落下していくのがちらりと見えた。
「気のせいか」と思った瞬間、ドサっという音が外から聞こえた、
という感じですね。
この場合、廃墟のマンションの深夜、というのが「大緊張」(なにが起きても不思議はない)、窓から人が落ちた、というのが「緊張」となります。

ここで注意なのは、「大緊張」のなかで「緩和」を入れると、それはそれで笑いになることです。
先ほどの例ですと、
廃墟のマンションを深夜に探検していると、窓の外に、人が落下していくのがちらりと見えた。
「気のせいか」と思った瞬間、ドサっという音が外から聞こえた。
一瞬ドキっとしたところに、先に上の階を探検していた先輩の声で、「悪イ!窓際にあった服を落としちまった!」と聞こえてきた。
「も~なにやってんですか!」プンプン!
という感じです。

ただ、そこで一旦緩和させてからの緊張、という展開はあります。

(・・・服が落ちたって、服ってあんなドサ!なんて音するか?)
窓から外を懐中電灯で照らしてみる主人公。外に落ちていたシャツから、ありえない形に曲がった白い腕が照らされて見える。
と、頭部にあたる部分がグルリと回転して、眼球が飛び出した顔がこちらを向いた。
次の瞬間、そのシャツは、白い腕をまるで蟲のように動かして、マンションの入り口へと入っていった。
やがて階下から聞こえてくる、ズリズリと何かを引きずるようにしてこちらに向かって登ってくる音・・・

とまあ、こんな感じでしょうか?
ハリウッドのホラーでよくあるパターンですね。

というわけで、「緩和」からの「緊張」は恐怖になりえます。

②情的な笑い『他人のちょっとした困り』 
→ 自分のちょっとした困り、です。
先ほどの例の生徒指導教師とか体育教師が自分だったら、と考えてみてください。
鬼と言われようが堅物と言われようが生徒たちに一定の規律を守らせないといけない、さもないと次の業務査定会議で下手したら降格、もしくは左遷、最悪は教師を続けられないくなるかもしれない・・・・・・という状況でやっちまっていたとしたら、恐怖ですよね。

③生理的な笑い『緊張の緩和』
くどいようですが、いないいないバア。
お母さんがいないいない・・・とやって、「バア」と手を開いたとき、母親と全く違う中年女性がニタリ、と笑っていたらどうでしょう?

④社会的・道徳的な笑い『他人の忌み嫌うこと』
「自分の忌み嫌う事」ですね。絶対に他人が知らないはずの自分のタブーに他人が入ってくることへの恐怖、絶望です。
また、許してもらえると思っていた相手が、手をブルブル震わせて、顔を耳まで真っ赤に染めながら憤怒の形相で睨みつけて来たら・・・怖いですね。

さて、ざっとこんな感じですか。
書いていて気付いたのですが、なにも

「緩和」からの「緊張」

でなくても、

「緊張」からの「より緊張」

でも恐怖は成立しそうですね。

言えるのは、上記
①知的な笑い『変』
②情的な笑い『他人のちょっとした困り』
③生理的な笑い『緊張の緩和』
④社会的・道徳的な笑い『他人の忌み嫌うこと』

は、恐怖を考えるときにも使えそうだ、ということです。

まだ話は続きますが、いいかげん長いのでこの辺で・・・

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どうもこんばんは。修行者です。
最近本アカがうまく接続できないのでサブアカにて失礼いたします。

今回は「より怖い話」を、構造的に考えていきたいと思っています。
なかなか「怖い話をうまく書くには」というハウツー本は見当たらないのですが(評論は東雅夫さんとかいるのですが)、それならばと自分たちでセオリーを積み上げていきたいと思います。

さて、実は自分は「笑い」と「恐怖」は、構造的にとても似ている部分があるのではないかと思っています。

落語家の桂枝雀さんは、一番原始的な笑い、根本的な笑いは赤ちゃんの「いないいないバア」だと喝破されました。
つまり、いつもいるはずのお母さんが「いないいない」と姿を隠す、赤ちゃんは不安になる。
そこで「バア」とお母さん登場でホッとして笑顔になる。これが笑いの大元であると。

そこから発展させて、枝雀さんは「緊張の緩和」という理論を打ち立てました。

私は、構造的には恐怖は、この「緊張の緩和」をミラーのように対称にした形、つまり「緩和の緊張」が大本だと思うんですよね~。

例えば、先ほどの例でいうと、いつもあやしてくれていたお母さんが突然いなくなってしまう。「緩和からの緊張」、これが恐怖の大元ではないか、という事です。

ボケという非日常からツッコミという日常に戻すことで成立する笑い。
これを逆転させて、日常の中に非日常が侵食するのが恐怖であると、まあそんなことを考えているわけです。

この仮説に基づいて考えていくと、大きな利点があるんです。
というのは、この世に怪談のハウツー本はまだあまり見当たらないのですが、笑いに関しては、多くの巨匠たちが様々な論を展開しているのです。
これをそのまま逆転させる形で導入できれば、割と簡単に「より怖い話」を作る理論が出来るのではないかという(笑)、そんなことを考えているんですよね~。

では、次回以降、具体的に見ていきたいと思います。

返信

皆さん、長いことほったらかしにしてすみません。
リアルの方が忙しく、なかなか怪談の投稿もできずにいます。しかし、怖話をやめることはありませんのでどうぞこの掲示板もお暇な時に使ってやってください。

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