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エレシュキガル (Ereshkigal) とは、古代メソポタミアの神話に登場する冥界の女王である。

【概要】
エレシュキガルは天界の神アヌの娘として生まれ、愛と豊饒の女神イナンナ(イシュタル)の姉であるが、冥界を支配することを運命付けられ、そこから出ることはできないという。
また、エレシュキガルの眼差しには人を殺す力があり、妹のイナンナが冥界に下りたときには『死の眼差し』を向けた途端にイナンナは死体と化したと云われている。
さらに、底無しの性欲を持つとも云われ、冥界の王ネルガルを夫とした際には飽くなき欲望を見せている。

【冥界】
彼女の君臨する冥界は、原初の海アプス(甘い水)の下に存在し、暗く乾燥した場所で、「帰還することのない土地(クル・ヌ・ギ・ア)」とも呼ばれる。そこに来た者は二度と出ることが出来ないという恐ろしい場所である。
冥界は7重の城壁によって守られ、それぞれの城壁の門を通るには、着ている物(この世の属性の象徴)を1枚ずつ脱いでいかなければならない。そうして城の中に達する頃には、丸裸の姿にされ、この世の属性を全て失っているという。

古代メソポタミアでは、人は死ぬと冥界へ赴き死霊として生き続けると信じられており、その死者の赴く冥界は地上世界とは隔絶された地下の領域として観念されていた。そこで死者の霊は、埃と土くれをわずかな糧に、洞穴の蝙蝠のように闇の中にじっとしていると考えられており、『イシュタルの冥界下り』の冒頭にもその様子が記されている。

暗黒の館へ、イルカッラの住まいへ、そこへ一度入ったら、再び出ることのかなわぬ館へ。
帰路のない旅路へ、そこへ一度入ったら光を奪われる館へ。
そこは埃が飢えを満たし、土くれがパンであるところ。
そこでは光は見られず、人々は闇の中にじっととどまり、鳥のように羽の衣を纏っている。
扉や閂の上には、塵が堆積し、恐ろしい死の静寂が広がっている。

【冥界の王ネルガルとエレシュキガル】
元々はエレシュキガルが冥界の唯一絶対の支配者であったが、のちに戦いと疫病の神ネルガルがその夫として冥界の王となる。その逸話を伝える粘土板は現存するもので2つあるという。
1つは紀元前15世紀のものとされるエジプト、テルエルアマルナから出土した粘土板(欠損が多く数十行のみ)であり、もう1つは紀元前7世紀のものとされるアシュルナシルパル王の王宮跡から出土したスルタンテペ文書の粘土板(数百行)である。この2つの文書には8世紀もの時代の隔たりがあり、内容は多少異なるものの、粗筋は以下の通りである。

毎年、天界では神々の集会が開かれている。冥界の女王エレシュキガルも招待されるが、冥界と天界の行き来は簡単ではないため、侍従ナムタルが代理人として出席することになった。しかし、その集会において戦いの神ネルガルは、ナムタルに対して無礼な態度をとり、立ち上がることを拒否したという。
ナムタルの報告を聞いたエレシュキガルは激昂し、再びナムタルを天界に遣わしてその怒りを伝え、ネルガルを冥界へ呼び出したのである。
こうしてネルガルは冥界へと降りていくことになったが、その際、ネルガルの父である知恵の神エアは、あの世のものを食べたり飲んだりしてはいけないこと、冥界では座ってはならず、決して誘惑に負けてはいけないことを忠告したという。
冥界へ降りてきたネルガルは、エレシュキガルの面前で礼を尽くして挨拶し、供された食べ物や飲み物、椅子などはすべて断った。しかし、美しいエレシュキガルの誘惑(沐浴する姿、あるいは肌の一部が見えたという)を前にして欲望を抑えることはできず、2人は6日6晩にわたって交わったという。そして7日目、ネルガルはとうとう天界へと帰ってしまう。
ネルガルに惚れてしまったエレシュキガルは悲嘆に暮れ、天界の父アヌに対して「どうか彼ともう一度会わせてほしい。もし望みが叶わないのなら、死者を蘇らせ、生きている者を食べさせてやる。地上に、生者よりも死者を増やしてやる」と懇願・脅迫し、ネルガルは再び冥界にやってくることとなった。(一説によると、ネルガルは相当逃げ回った末に冥界へやってくる。または、軍隊を引き連れてやってくる。また、知恵の神エアがネルガルに14の悪魔の護衛を与え、ネルガルはこの悪魔たちを使って冥界の7つの門を押さえたとも云われる。)
そうして冥界へやってきたネルガルが、エレシュキガルの髪をつかんで女王の座から引きずり降ろすと、エレシュキガルは彼に夫となるよう求め、冥界の王になるよう懇願したという。ネルガルはそれを受け入れ、冥界の王となったとされる。

因みにネルガルは、戦いの神,生命の授与者,疫病の神であるほか、夏の太陽の神でもあり、ネルガルが冥界に下りている間は地上の豊穣と生命の活動が休止してしまうため、後代の伝承では毎年第4月の18日に冥界に下りて、180日目に地上に戻ることになっているという。