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エキドナはギリシャ神話の怪物で、ギリシャ語で「マムシ」を意味する。
元はスキタイ地方の女神だったと言われている。
ヘーシオドス『神統記』によると、父はクリューサーオール(メドゥーサの息子)、母はカリロエー(オーケアノスとテーテュースの3000人の娘たちの一人)とされる。
ガイアとタルタロス、またはポルキュースとケートーの間に生まれたという説もある。
その姿は上半身は美しい女性だが、下半身はとぐろを巻く醜い大蛇で、背中に翼が生え、青黒い斑が緑色の肌を覆っている。
生息地は、地中海東岸のキリキア地方、小アジアのアリマ地方の火山地帯、ペロポーネス半島など諸説があり、はっきりしていない。地下の洞窟を好む。
夜になると眠っている家畜や不運な旅人を襲っては暗い地下へと引きずり込み、むさぼり食う。
エキドナの最大の特徴は、多くの怪物たちを生み出している事である。
台風神テュポーンを夫に、三頭犬ケルベロス、レルネーの多頭竜ヒュドラー、キマイラ、魔犬オルトロス、プロメテウスの肝を食う不死身の鷲エトン、女怪スキュラ、ヘスペリデスの守護竜ラードーン、金毛羊の皮の守護竜、神託所の番人デルピュネー、カリュドーンの猪の母パイア、ペルセウスに倒された海野怪獣ケートスを産んでいる。
さらにテュポーンがエトナ火山に封印された後、自分の子オルトロスと再婚し、交わり、ネメアーの獅子、化け蟹カルキノス、ライオンの身体と人間の顔を持ったスピンクスを産んだとされる。
このようにギリシャ神話に登場する怪物のほとんどは彼女の子供であるといえる。
エキドナはまた、奪われた馬を取り返しにやって来た英雄ヘラクレスとも交わり、アガテュルソス、ゲローノス、スキュテースの三人の子を産んでいる。
エキドナが生み出した怪物について代表的なものを説明する。
三頭犬ケルベロスは冥界の番人である。
一般的には三つの頭を持つ犬のイメージだが、50の首と青銅の声を持つ怪物という説もある。
死者の魂が冥界にやってくる時には友好的だが、冥界から逃げ出そうとする亡者は捕らえて貪り食う故に冥界の番人と呼ばれている。
意外にも甘いもの好きで、お菓子を与えれば食べている間は見逃してくれる。
ケルベロスの唾液から、猛毒植物であるトリカブトが誕生したとされる。
多頭竜ヒュドラーは恐竜のような巨大な胴体と9つの首を持つ怪物である。
1本の首を切り落としても、すぐに新しい2本の首が生えてくる。
義理の父であるヘラクレスに、巨大な岩につぶされて殺され、そのままうみへび座になったとされる。
キマイラはライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つ怪物である。
強靭な肉体を持ち、口からは火炎を吐く。
火炎を吐く際に先端に鉛の塊を付けた槍を口に放り込まれ、溶けた鉛で喉を塞がれて窒息死させられる。
背中に矢を射られて死んだという説もある。
魔犬オルトロスは世界の果ての島エリュティアに棲む怪物ゲーリューオーンが飼っていた、牛を守る番犬である。
その姿は子牛のように大きく、獅子よりも獰猛だったと言われる。
プロメテウスの肝を食う不死身の鷲エトンは岩山に縛られたプロメテウスを襲う巨大な鷲である。
ゼウスから昼の間にプロメテウスの腹をえぐり、肝臓をむさぼり食うことを命じられる。
女怪スキュラはイタリア半島とシチリア暗闘の間のメッシナ海峡に住むと言われる海の怪物で、三列に生えそろった牙、自由に動く六つの頭と12本の足で海峡を通る船を襲い、甲板上から人を食う。
かつては美しい女性だったが、魔女キルケーに怪物にさせられた。
次々と怪物を生み出し、ギリシャ世界をそれで埋め尽くしていくと思われたエキドナだが、ペロポネーソスで家畜をおそっているとき、けして眠らないことで知られる百眼の怪物アルゴスに発見され、彼の棍棒で殴り殺されている。
『神統記』では不死の存在とされているが、諸説ある。
後のキリスト教では、エキドナを売春婦の象徴とした。
魅力的な美女の上半身に魅せられると、罪に落ちた蛇の下半身に捕らわれて欲望の虜になるとされた。
エキドナはラミアと同様に古い時代には大地母神として崇拝されていた。
しかしギリシア人がエキドナの棲む土地を支配するようになると、彼らの崇拝している神々との勢力争いに破れ、醜い魔物へと堕落させられた。
ギリシア世界では、勝利者の神ゼウスが高貴な者とされたのに対し、彼女はおぞましい化物とされた。
なぜならエキドナは自分の息子と交わることさえ厭わないほど狂った怪物で、それはギリシャの倫理観でもっとも忌まわしいとされたからである。
けれど大地母神であるエキドナにとって、子供を産むことは当たり前の事である。
なぜならば、多くの生命を生み出すことが大地母神としての資質だったからである。