月間アワード受賞、祝賀会スレ

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こちらは六月にアワードを受賞された、ゆな様へのオマージュ作品の数々です。

受賞作品

さかり
http://kowabana.jp/stories/26148

* 途中で交わされたコメント等は省いております。

怪談師様作品

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


【井戸端怪談、真っ盛り】

A「奥さん、聞いた?あの話!」


C「聞いたわよ~!新しい人が入ったんですってね?このお宅!」


A「そーなのよぉ!大丈夫なのかしら?」


B「え?何?何?何のお話?」


D「あら?ご存知無いの?このお家!」


C「そう!“中古物件”何てなってたけど、まだ綺麗でしょう?何でだか知らない?」


B「……ごめんなさい、引っ越して来たばっかりだから……」


D「あら、そうだった!ごめんなさい!奥さん、馴染むの早いから忘れてたわw」 


E「……この家が、どうかしまして?」 


A「そうなのよ!ここだけの話なんだけどね?このお宅ね、前に住んでたご家族が……」 


C「全員、亡くなってるのよぉ!」

犬『ワンワン!』 
犬の散歩の人『スイマセン、通して貰って良いですか?』


全員口々に)「あ、スイマセーン」「ごめんなさい」「スイマセン」「あらやだ!」 
? 
? 
? 


A「……やーね、今の人何?私達がお喋りしてるんだから、向こう側を散歩してよ!」


C「本当ソレ!わざわざ、こっち来ないでよ!犬臭い!」


D「貴女、犬嫌いだもんねw」 


B「ねぇ……それよりさっきの…………」


E「どうして亡くなったなんて、言えるんですか?」 


C「あ!そうそう!帰省中の交通事故でね、年頃のお嬢さんもいたのに……ねぇ?」 


A「その女の子だけ、数時間は息があったんですって!後は即死だって……」


D「でもね~外出先での事故でしょう?次の入居者には伝えなくて良いらしいの!」 


B「……事故で亡くなられてる事をですか?どうして?」 


D「家の中で亡くなった訳じゃないから、通達義務は発生しないんですって。」 


E「………………酷い。」


C「本当、酷いわよね!あの家、近所で有名なお化け屋敷なのに!」 
A「そうそう、亡くなったご家族が、まだ暮らしてるんでしょ?」 


D「家の中から声がしたり、夜家の前を通ると、亡くなった家族がじーと見てたり……」


B「…………嘘……でしょ?」


E「……やめて!」


A「あら本当よ!この家のお隣に住んでたお宅なんて、大変だったのよ!」


C「そうそう!お嬢さんがね、この家の壁に黒い人影が張り付いてるって言い出して……」


B「と……隣って…………左隣の……」


E「………………F……ちゃん…?」


D「そう!Fちゃんって子!その影を見てから、おかしくなっちゃって……」


D「ンー!ンー!としか言わなくなっちゃったんですって!!」


B・E「………………」


A「可哀想に目なんか完全にイッちゃって……結局、夜逃げみたいに引っ越したのよ。」


C「……それが2軒とも売れちゃうなんて……大丈夫かしら……?」
サラリーマン「あ、こりゃ、どうも……こんばんは。」


B「……あ」


E「…………え?」 


ABC「……あ……あら……どーも……ww」 
。 
。 
。


A「……と……隣の……新しい……方?」


C「そう……みたいね…入って行かれたわ……」


D「…………聞こえちゃった……かしら?」


E「…………」 


B「………………………………主人です……」 
ACDE「え?!」 
。 
。


D 「……え?え?Bさんのお宅って……」


C「Fちゃん家買われたの……貴女だった……の…………?」 


A「う……そぉ…………」 


B「……………………………………(ギロリッ)」 
ACDE「ハッ!!!」

A「………………あ……それじゃ……そろそろ……」タッタッタッ


C「……!そ、そうね!皆さん、ごきげんよう……」パタパタパタ


D「あ!ま、待って!……そ…それじゃ、また!!」ドタバタ 
E「あ……」


B「……………………」スタスタスタ 
。 
。 
。 
ガチャッガチャ……バタン!


サラリーマン(B夫)「あれ?お帰り……井戸端会議は、もう良いの?」


B「アナタ!!大変よ!娘子が言ってた、黒い影が張り付いてるって、本当だったの!」


B「お隣も幽霊屋敷だってご近所じゃあ、有名みたいだし!!!」 


B「あの不動産屋~っ!ただじゃ、おかないから!!……聞いてるの?ねぇ!アナタ!」 
サラリーマン(B夫)「…………ンー!」 
。 
。 
。 


E「…………」


E 夫「……さっきから窓に張り付いて、表通りを見てはブツブツ言ってるけど、どうしたんだい?」 


E「……アナタ…………ご近所の皆さんが、また“ウチの前”で悪口言ってるの……」


E夫「やれやれ……またか……井戸端なら、他所でやってくれりゃ、良いのに……」


E夫「それで?一体、何を話ていたんだい?」 


E「…………………………あら?……何だったかしら?…………とても酷い事を言ってた気が……」


E夫「おいおい、しっかりしてくれよw」


E夫「そんなんじゃ、今度の“帰省”で実家で恥じ掻くぞww」


E「あ!酷ーい!アナタこそ、“運転”気を付けてよね!」


E「子供達も楽しみにしてるんだから!」 


E・E夫「アハハハハハハハハハ……」 
。 
。 
。 
。


《了》

あんみつ姫様作品



【閲覧禁止 実話系怪談】


ねぇ。皆さん。 
一度、皆さんに聞いてみたいと思っていたことがあるんですよね。


良い機会だから、今、この時をきっかけに、質問してもよろしいでしょうか。

皆さんは、「閲覧禁止」と言われる「怖い話」を いくつご存知でしょうか。 
この場合の「閲覧禁止」の意味は、R18禁(18歳未満お断り)を指すものではございません。 


そう、読んだり、見たり、聞いたりしたら、よからぬことが身に及ぶ 
つまり「ヤバい系」と言われる お話のことです。

最近は、ネットでもいろんな話が読めるようになりましたし、ここの常連さんや 「怖い話」愛好家、いわゆるマニアと呼ばれる人たちは、 もうその手の有名なお話は、知り尽くしていると思うんですよね。 
検索すると たくさん出てきます。

それで、その手の話を読んで、何かヤバいことが起こったって人が実際に、どのくらいいるのか 皆さん解ります? 


普通、解りませんよね。 
だって、「閲覧注意」「読んだらヤバい系の話」を読んで、幽霊や得体のしれない何かに 呪われたり祟られたりしたとしてもですよ。 
そのことで、怪我をした、病気に罹った、最悪不幸にしてお亡くなりになった なんてことが起こったとしても、誰が信じてくれます?
なにがヤバいって、自分自身の「生命」が危険にさらされるのが、一番怖くないですか。 


「リング」が怖いのは、貞子が怖いんじゃないんですよ。 
本当の恐怖は、あのビデオを見て二日後に確実に「死」がやって来る!という「現実」を受け止めなければならないという「恐怖」なんです。


まぁ、あれは、鈴木光司って作家さんが書いた小説だから、作り話だから、みんな笑ってポテトチップスなんか食べながら、呑気に見て居られるってわけです。
相変わらず、前置きが長くてごめんなさいね 
結論から言いますね。

私、やっちゃったんですよ。 
その「閲覧注意」=「ヤバい系の怖い話」全部読んでしまいました。 
最後まで。 
時間ですか? 
そんなにかかりませんでしたよ。 


「リゾートバイト」のような馬鹿みたいに長い話から、ものの30秒で読めてしまう話まで。 
途中、食事したり、トイレに行ったりした以外は、丸三日間。ずっとパソコンにへばりついてました。

なんでそんなことをしたかって。 
「ネタ」探しですよ。


これでも、書き手として、真面目に真摯に誠実に 出来るだけ多くの皆々様に 喜んでもらえるような 納得してもらえるような、「文句なしに怖い」っていってもらえるような、そんな「怖い話」を書いてみたかったからですよ。

そのためには、本当の恐怖を味わってみなきゃわからないでしょう? 
そう、最高にスリリングで 理不尽な恐怖。 


心霊スポットを巡り歩く連中を苦々しく思っていたけれど、 
私も同じ土俵に立ってしまったってわけです。
皆様、チャレンジする勇気ございます?

あははははははは。
読んでいる途中、大丈夫だったか?って 
お気遣いありがとうございます。

小さなことはありました。 
本棚から本が突然落ちるとか。 
窓の外に人の気配がするとか。 
そうそう、最近、映画館で、それらしきものが目の前を過ぎてゆくのを見ましたが、 
別にどうということもございませんでした。

閲覧注意を読了してから かれこれ丸二日が経とうとしているんですが。 
今のところ、何か特別なことが起こった!なんてことは一切ございません。

出来不出来はともかく、遅刻早退なく、きちんと仕事しているし、今日は、珍しく大きなミスもありませんでした。 


家事も買い物も日常生活や最低限の生活習慣も、子育ても怠りなくしております。

ただ、どうも調子が悪いんです。 
まぁ、体調不良は、閲覧注意を読む前からですし、今更どうこういうことでもないのですが。

つい最近、病院で精密検査いたしました。 
結果どこもなんともないってことで戻されて来ました。


お医者様は、検査の数値をご覧になりながら、 
「年齢的なものでしょう。多少のことはしょうがないです。別に重篤な病に罹患しているといったご心配には及びませんよ。」とおっしゃるんです。 


ただ、そのお医者様、「何事もほどほどになさい。生命を削ってまですることじゃないですよ。あなたを診ていると、あちこち壊れていくような厭な感じがする。」と。

私、どうなっちゃったんでしょう。

生涯にたった一度だけでも、とってもとっても怖い話書いてみたかったんだけど。 
生命を削ってみたところで、ま、凡才に出来ることなんて、たかが知れてるから、辞めろってことなのでしょうね。

夜も更けたというのに、さっきから、カーテンが閉まっている窓の外で、ごもごもと 呟く男の声がするんですよ。 
カーテンを開けて 
「五月蠅(うるさい)。」 
って言ってやったら、逆に怒られました。


「一体何時だと思っているんだ。いつまで騒いでいるんだ。ここは、盛り場じゃないんだぞ。」 
ですって。 
いつだったかな。頭に来て、深夜カーテンを開けて、まじまじと男の顔をみたことがあるんです。


ゆな様の「さかり」に出てくる男そっくりでした。 
さっきの男は、顔半分、真黒に焼けただれて眼も鼻も潰れていました。 
痛くないのかしら。 
過去、この辺で人が死ぬような火事ってあったかしら。

そういえば、以前、電話している時に、同じようなことを言われました。 
「あなたひとりじゃないでしょう。たくさんの人と一緒にお暮しでしょう。」って。 
皆様、なにおっしゃっているんだか。

息子は、ショートスティに行きました。 
今宵、家の中には、私だけ。

そう、私ひとり。 
雨がしとしと降る 執筆には最適の とても静かな夜です。
ゆな様、皆様、せっかくの祝祭こんなお話しか書けなくてごめんなさいね。 
あんなに怖い話を読んだのに。

身体はくたくた・・そろそろ床に就きたいのですが。 
さっきから、窓を叩く雨の音に混じって、女の人の泣き声がして。。。 
困ったわ。 
今夜も眠れそうにない。


【了】 


まりか様作品


【さわり】


んーーーーーー。。。 
んーーーーーー。。。 
んーーーーーー。。。

。。。なに?なんの音?
真夜中。 
私は妙な『音』で目を覚ました。 
眠い目を擦りながら、上半身だけを片手で支えるようにして起こし、辺りを見回す。

んーーーーーー。。。
暗い部屋の中、ゆっくりと『音』のする方へ顔を向けると。
窓の外。。。?

ピンク色の薄手のカーテン越しに、黒い人型のシルエットが見える。 
両手を窓につけて窓に張り付いているようなシルエット。

!!!まさか、変質者!?
ガバッと体ごと向きを変え、壁にピッタリと背中をつけて布団を胸まで抱え込む。

お。。。お母さ。。。
助けを呼ぼうとして、声を出したら乗り込んできて殺されるかもしれない、という事に気付き、口をつぐんだ。

でも、このままここにいても同じ事かもしれない。 
そう考え、音を立てないように慎重に、体をずらしていく。

その時、不意に私は気付いてしまった。
私の部屋は2階だ。
私の部屋の窓には、ベランダも何もついていない。

じゃあ、『コレ』はどこに立っているの。。?
今まで感じていたものとは違う種類の恐怖で息もできなくなる私。

んーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

。。。『コレ』。。。もしかして、こないだB子の家で、窓の外から覗いていた、『アイツ』。。。?

それに気付いた時、私は弾かれたように部屋を飛び出していた。

「お母さん!!」
叫びながら階段を駆け降りる。

私の大声に驚いたのか、寝室から母が飛び出してきた。

「どうしたの!!」
階段から半ば転がるようにして飛び付いてきた私を抱きしめる母。

「部屋っ。。!!部屋に!!んーーーーーーって!!黒いのが!!」
パニックになっていて自分でも何を言っているのかわからない。

「落ち着きなさい!!部屋に何がいるの!!」
母が私の両肩を掴み、激しく揺さぶった。

「。。。わ、わからない。黒い影が、ずっと『んーーーーーー』って。。言ってるの」
説明しながら、涙がボロボロと溢れ、私は泣いていた。

「何言ってるの。あんたの部屋の窓は、ベランダも何もないじゃないの。そんな所に、人が立てるわけがないでしょ」
母が呆れたようにため息を吐きながら笑う。

「。。。お母さん。。?」

「ん?どうしたの?ほら、夢でも見たんでしょ。何にもないから、早く寝なさい。明日も学校なんだから」
抱きついていた私を優しく引き離す。

私。。。 
「部屋」とは言ったけど、「窓の外」だとは言ってない。。。 
どうしてお母さん、「窓の外のベランダもない場所に立っている」ってわかったの。。。?

「ちょっと、どうしたの?妙な顔して。ほらんーーーーーー。早く寝なくちゃんーーーーーー」 


【了】

ゼロ様作品

<祝祭>【さかり】

「最近、この辺って下着ドロ出るんだよね」 
「あー、うちの方もたまに回覧で注意呼びかけるの回ってくる」


久々の同期会で集まった友人の面々は、『同期会の飲みだけでは物足りない!』とのことで、「じゃあ、ウチ来る?」と言い出した優香の言葉に彼女の家に酒類とツマミを持ち寄って集まった。


今ではすでに、みんな酔いが回っていてキャイキャイと女子バナに華を咲かせている。


「優香、ずっと連絡なかったけど、どうしてたの?」 
もはや目がトロンとしている栄子が、優香に問いかけた。 
「んー、まぁ、いろいろあってさ」 
言葉を濁す優香。


「あんま詮索すんのやめなよ、アタシだって親の仕事のせいで3年もアメリカに行かされてたんだよ?」 
栄子の隣にいた美智が、栄子を宥める。


「それにしても、高校卒業してからみんなにはずっと会ってなかったよね。

約7年ぶりの再会になるのか」 
私がそう言うと、「みんな老けたー?」なんて私の隣で飲んでいた遙が言うもんだから、そこでどっと笑いが出た。 
…と、いきなり、ドンッ!とすごい力で壁を叩く音がして、その場が一瞬、静まり返った。


「…え、…なに?」 
美智が後ろの壁を振り返る。 
「酔っ払いが壁を叩いてったのかな?」 
「なに言っちゃってんのー?酔っ払いは、あたしらの方!」 
完全に出来上がってしまった栄子が美智の肩をバンバン!と叩くと、またみんなで爆笑。


「ほら、時間も遅いんだからもう少し静かに、ね?」 
優香が唇に人差し指を当てて「しーっ」のジェスチャーをしたので、みんな「はーぁい」と返事をして今度は小声で話し始めた。 
しばらくして、またドンッ!という音が。 
今度は、部屋の窓の方からだった。


「やだ、変質者?」 
「女盛りが一部屋に集まってるからね♪」 


「いやいや、シャレにならんって」 
そんなことを話していると、またドンッ!という音が窓からして、みんなが窓へ視線をやった時だった。


冬空の寒さと私達のいる部屋内の温度差で曇っていた窓ガラスに、ヌゥッと顔が浮かび上がる。


窓に顔を押し付けているせいか、鼻は潰れて張り付き、うっすら浮かび上がった目はギンッと見開いて部屋の中の様子を伺っていた。


部屋中に私達の悲鳴が響き渡り、酔いなんか冷めてみんな一斉に玄関へと駆け出した。 
玄関を抜けて門の外へ出ると、近所のオバさんらしき人に出くわした。


「あんた達、こんな時間に何騒いでんの!近所迷惑でしょうが!」


完全にパニクっていた私達は、しどろもどろに今あったことをオバさんに話した。 
オバさんは私達の話を聞きながら、眉間に皺を寄せていく。 
それから、こう言った。


「…あんた達、キツネにでも化かされたのかい?何もないトコで女の子達が集まって酒盛りしてるって聞いたから様子を見に来たら、本当に騒いでて、手を叩いて大声で注意しても聞こえてないようで、かと思えばいきなり悲鳴を上げて走ってくるし」


やれやれ、といった風に首を振るオバさん。 
私達は、キョトンとしていた。 
『何もないトコ』…? 
誰ともなしに、今出てきた場所を振り返る。 


そこは更地になっていて、玄関があったであろう場所には枯れかけた花束が供えられていた。 


「…えっ、…優香と優香の家は?」 
美智の呟きに答えたのは、オバさんだった。 


「優香?あんた達、佐伯優香ちゃんの友達?」 
「あぁ…、はい…」 
栄子が答える。 


「聞いてないの?4年前に火事をやって、一家全員…焼死したのよ」 


オバさんの話にみんな顔を恐怖に引きつらせて見合わせたが、友達であった優香がそんなことになっていたとはつゆ知らずにいたことに、胸を痛めた。


『…同期会がある、って知って、私達に会いたかったのかもね。それで、自分の現状を知って欲しかったのかもしれないね』 
みんながそう納得して、翌日、改めて花束と線香を持ってこよう、との話になり、その夜は解散した。

翌日、花束と線香を上げて手を合わせた。 


『優香、知らなくてゴメンね』 
みんな、きっとそう思いながら手を合わせたんだろうと思う。 
…と、遙が不意にこう言い出した。 


「ねぇ、玄関抜けて会ったの近所のオバさんだったよね?手を叩いて大声で注意した、とか言ってたよね?それを壁を叩いてたと聞き違いしてたとしても、じゃあ…、曇った窓ガラスから部屋を覗いてたのって、誰…?」

<おわり> 


ラグト様作品

【指さす視線】

その日、私は商店街の近くにある銭湯を小学校の親友二人と訪れました。

きっかけはお友達の椎奈ちゃんとひかりちゃんから家族で銭湯に時々通っているという話を聞いたことでした。

私は銭湯に行ったことがなかったので、興味を示していると、椎奈ちゃんから三人で行こうよと誘われました。

大人の付き添いなしの私達三人だけでということに私は一抹の不安もありましたが、二人とも何回も行ってるから大丈夫だよと言いました。

確かにお風呂に入るだけだし、それほど心配なこともないだろうとも思い、学校から帰ってお母さんに話し、教えられた銭湯のある場所に向かいました。

途中で二人と合流し、銭湯に着きました。
初めてみる銭湯のおんぼろさ・・・というか歴史を感じながら、連れられて中に入りました。

実を言うと私は自分の家のお風呂以外は入ったことがなかったので、大勢の人が一緒に入る銭湯で裸になるのには少し抵抗がありました。

しかし、私達の行った時間がまだ早かったせいか、お客さんは私達の他には一人もいませんでした。
私は少し安心して服を脱ぎ始めました。

「うわっ、葉子ちゃんおっとなだ~」
隣で服を脱いでいたひかりちゃんが驚いたような声を上げました。
どうやら私の下着のことを言っているようです。
私の下着は目立たないレースのついた薄いピンクの下着でしたが、ひかりちゃんはキャラクターのプリントされた綿の下着でした。

普段の体育の着替えの時などは何も言わないのになぜここで言うんだろうとうっとうしく思いました。
恥ずかしさに体が固まりながらも、何とか裸になって脱衣所からお風呂の中に入りました。

私は見たこともないような銭湯の大きなお風呂に驚きました。
先に体を洗ってから、おずおずと湯船に入って見ました。

そのまま二人とお風呂の中でお湯を掛け合ったり、プールのように泳いだりもして本当に楽しかったです。
しばらくすると、他のお客さん達もお風呂に入ってきました。

さすがに私達も騒がしく遊ぶと迷惑になると思ったので、湯船の中でゆっくりと温まることにしました。
異変に気が付いたのはしばらくしてからでした。
おそらく私達に向けられているであろうたくさんの視線を感じ始めました。

私は普段眼鏡をかけているので、裸眼の場合は視界がぼんやりして相手の顔もはっきり認識できないぐらいです。
つまり、実際に見られているというよりは、視線という嫌な雰囲気を漠然と感じ取っていました。

それもただの視線ではありません、たとえが難しいですが、まるで野犬が獲物を狙っているような熱くじっとりとした視線でした。
私は隣にいる椎奈ちゃんに今お風呂に何人他のお客さんがいるか尋ねました。

「え、葉子ちゃん、どういうこと・・・六人だけど」
やはり奇妙でした。

私の感じている熱をもったたくさんの視線は仮に今お風呂に入っているお客さんの視線だとすると、全員が私達に何か異常な執着をもって見ていることになります。

訳も分からず、怖くなった私は隣の二人にのぼせたみたいだから、もう出ようと促しました。

二人とも了解してくれ、私達は脱衣所に戻ったのですが、お風呂から出ても嫌な視線は消えてくれません。

むしろ視線の数が増えているような気配すらしました。
私は恐ろしくなり、身体をさっと拭いて、着替えの中から自分の眼鏡を取り出して付けました。

とにかく、何も見えないままの状態でいることに耐えられなかったのです。
眼鏡をかけてくっきり見えるようになった視界であらためて周りを確認しました。

「え?」
驚いたことに、私達の周りにいたのは裸の男の人達でした。

「え、え?」
私はパニックになりました。

銭湯というところは男女一緒に入るところなの、それとも男の人達が女湯に乗り込んできているの?

女湯・・・そのとき、私の中であらたな不安が生まれました。

「椎奈ちゃん、ひかりちゃん、ここもしかして男湯?」

「え、そうだよ?」
椎奈ちゃんは絶望的な言葉を平然と答えました。
「ど、どうして?」

「え、どうしてって、パパと一緒に来たときはいつもここに入ったし」

「うん、私もお父さんと来たときはこっちだよ」
二人ともきょとんとした感じで顔を見合わせます。

私は現状を理解していくと同時に今自分が置かれている状況に対しての底知れぬ恐怖が沸き上がってきました。

私達に注がれる熱く、そしてさかった視線は数を増しているだけでなく、男の人達のカラダは皆私達をグロテスクに指さしていました。

その自分に向けられるたくさんの醜怪な指さしを見て、目の前が真っ黒になりました。
私はそこまでしか覚えていません。 


【了】

修行者様作品

【祝賀会】さかり

川上陽介は焦っていた。

住宅販売の売り上げは目に見えて落ちている。販売戸数のノルマを示す赤ラインを大幅に割り込む月もしばしばだ。

上司の叱責も、上から目線でご高説を垂れるものから、精神的に追い詰めるものに変化している。

窓際へ、そしてリストラへ・・・川上も何度も見てきた「肩たたきパターン」に、今や自分がはめられようとしている。
しかし子供たちは進学を控えている。家のローンも残っている。
ここで職を失うわけにはいかなかった。

「ねえ、川上さんねえ」
ローン会社の担当の蛇のようなぬらりとした目が川上の脳裏に浮かぶ。

「あなたも素人じゃないんだ。返すものを返さなかったらどうなるかなんて、下手したら私よりもよくご存じでしょう? 
ねえ、私だって赤い血が流れている人間ですよ。鬼じゃないんだ。あなたをカタに嵌めたくないんです。…ね、わかるでしょう?」
思い出すだけで川上の背中を冷たいものが伝った。

何としてもこの物件は契約せねばならない。
そう、それが近所でも有名な「幽霊屋敷」だとしてもだ。

川上は目の前にそびえる赤い屋根の、どことなく住宅展示場のモデルハウスを思わせる2階建ての家を改めて見上げた。
「川上さん、こちらがその家ですか?」

「ええ、どうです?綺麗でしょう?自動車は2台停まれるし、お庭もちょっとした家庭菜園ぐらいならできますよ」
後ろからおずおずと話しかけてきた男女に、川上は満面の営業スマイルで答えた。

男女は山田耕介、良子夫妻。この辺りで中古住宅を探しているという若夫婦だ。

川上は当初からこの気の弱そうな夫婦に「幽霊屋敷」の契約ターゲットを定めていた。
押しの営業に弱そうなことと、後々のクレーム対応が楽そうだったからだった。
今は幽霊屋敷の話は知らなくても、近所の噂はやがて耳に入るだろう。

「さ、さ、どうぞどうぞ、中へ」
川上は玄関の鍵を開け、二人を中に通した。
途端にひやっとした冷気が川上の頬をなでた。

瞬間的にぞくっとするとともに、川上の脳裏を嫌な予感が走る。
玄関の廊下に、子供が靴のまま走り回ったような跡がかすかに見える。

(まさか…)
川上はリビングのドアを開けてみた。
リビングの中には、肌を焦げ付かせた人型の肉塊がキッチンに向けて歩いていた。

キイイイイイイイ・・・というドアの開く音に、人型はゆっくりとこちらを振り向きかける。
川上はそっとリビングのドアを閉じた。

「あの、なにか?」
背後からの声に一瞬びくっとなりかけたが、なんとか平静を装いながら振り向く。
「い、いえ、なんでも。やっぱり先に和室からご案内しますね」

(神主の野郎、手え抜きやがったな)
内心歯噛みしながら和室の襖を開ける。通常3万5千円の祈祷料のところ、少しでも利益率を上げるために3万円に値切ったのがマズかったか。

多分神主学校を出たばかりのペーペーを呼んで、形ばかりのお祓いをしたに違いない。全くお祓いの効果が見られないではないか。

この家の中にいる幽霊は、こちらから手出しをしない限り悪さはしない、という話は聞いているが、下見中に怪異があれば交わせる契約も交わせなくなる。
(それだけはいかん!)
川上は何とかしてこの場を取り繕うことを決意した。

「どうですか。6畳間で、落ち着いた雰囲気の和室です。押入れが一畳で、床の間が半畳…」

いいながら押入れの襖を開くと、中に体育座りをして、上目遣いにこちらをみている男の子と目が合った。
川上はぴしゃんと襖を閉め、「ね?」と愛想笑いを浮かべる。

「あの、中は?」

遠慮がちに若奥さんが声をかけてくる。
川上の額から頬にかけて冷たい汗が流れた。
「いや、実は今うちの掃除道具が入っていて、お恥ずかしい。若い衆には片付けとけって言ったんですが」

川上は声が上ずりそうになるのを懸命にこらえながら答えた。
携帯電話がかかってきたふりをして、「ちょっと失礼、あ、押入れは開けないでください」
といいながら廊下に出た。

若夫婦に気づかれないように、廊下から押入れがある壁を軽くトントンとノックする。
と、壁を通り抜けてヌッと男の子が顔を出した。

仕事柄、事故物件は何度か体験しているが、幽霊はいつになってもあまり見慣れるものではない。
だがここは腹を決めるしかなかった。

「ごめんな。お邪魔して。おじちゃん、今大事なお話の最中なんだ。ちょっと顔を出さないようにしてくれるかな?」
男の子は顔をしかめてふくれっつらをしている。

「もしも大事なお話がうまく終わったら、今度デュエマカードをお供えしてあげる。僕、ドギラゴン好きか?」

川上がそう持ちかけると、男の子は口を大きく開けて、中から大量の血液をドバドバと吐き出しながらその場でピョンピョンとジャンプした。…喜んでいるらしい。
と、川上の足元にボタッと何か液体が落ちてきた。
汗…ではない。汗はこんなにも赤黒く粘性の高い物体ではない。

川上が上を見上げると、クロス張りの天井に半分腐った柘榴のようになった女の子の顔が張り付いて、川上のほうをじっと見つめていた。

「わかったわかった。お嬢ちゃんの分も持ってくるから、今はおとなしく隠れていてくれ、な、お父さんにもよく言っておいてくれ、な?な?」

瞬間、男の子と女の子はまるで壁に染みができるのを逆再生するようにして壁と天井の中に消えた。
女の子の癖にカードバトル、って、どんな趣味なんだ?

「あの…」
横から声をかけられ、川上は飛び上がりそうになった。
山田夫妻がやや不審そうな目でこちらを見ている。

(見られた?)
川上の心臓が早鐘のように鳴る。はっきり行って幽霊が出る出ないなどよりも、契約を落とすことのほうがよっぽど怖い。

「あの…電話は?」

「あ、ああ、今、終わりました。ちょうど終わりましたんで」
川上は乾いた声で笑い声を上げた。どうやら気づかれずに済んだらしい。

「じゃ、2階に上がりましょうか?ご案内します」

リビングキッチンに案内して若奥さんの気持ちをつかみたいところだが、まだあの父親が徘徊しているとまずい。いったん2階に上がって時間を稼ごう。

(まったく、今日は厄日だ)
思わず舌打ちが出そうになるのを我慢しながら川上は階段を上がっていった。
「2階は3部屋でしてね、6畳間が二部屋と、8畳間の寝室にはウォークインクローゼットが……」

いいながら主寝室のドアを開け、川上は素早く室内に目を走らせた。
……いない。この部屋には幽霊の類は見当たらない。
ほっとしながら部屋の中に入り込むと、夫妻を招き入れる。

「え、ウォークインクローゼットがあるんですか?」
奥さんの目が輝いた。女性はこういうのに弱い。

「ええ、ここの部屋の突き当たりが部屋になっておりましてね…」
いいながら奥さんを誘導すべく、川上は主寝室の小壁の奥の部屋に案内する。

と、壁に掛けてある鏡に、なにやら映りこんでいるのが見えた。
全身血まみれの女性が、櫛で髪の毛を溶かし込んでいた。

(なんでまだいるんだ!部屋の中に鏡があるんだ!っていうか映っちゃっているんだ!!)
川上はばっと振り返ると、ウォークインの入り口を体でふさいだ。

「はは、やっぱりここは後にしましょう」
ここにきて、夫妻の不信感は臨界点を超えてしまったらしい。
「ちょっと、さっきからあなたなんなんですか?どうして家をよく見せてくれないんですか?」

「おたくなんだかおかしいよ。何かあるんですか?この家は?」
口々にいいながら川上に詰め寄ってくる。
(マズい。マズいぞ……)
川上は汗を拭きながら窓辺に後退した。

「い、いやあ、この家はですね。窓からの景色がよくってですね。先にそちらを見ていただこうとですね…」
しどろもどろになりながら川上はアルミサッシの鍵に手を掛けた。

(どうする?どうする?)
鏡をひっくり返すか?それで済む問題なのか?今日はなんなんだ、畜生め!
混乱した頭で指をぷるぷると震わせながらサッシを開く。

その瞬間、何かが川上の腕をガッと掴んだ。
灰色に変色した男と思われる手が、手首から腕に掛けて握り締めていた。

次の瞬間、川上の体はすさまじい勢いで上空に持ち上げられた。
あっと思うまもなく周囲の景色が回転し、何かを考える間もなく地面が見る見るうちに近づいてくる。

「あの家はですね」
川上の脳裏を、不動産の仕入れ担当の声がよぎった。

「有名な幽霊屋敷ですがね、中にいる幽霊は問題ありません、きちんとお祓いすればまず大丈夫でしょう。 
でも窓の外にいる奴は厄介です。いいですか。あの家に行くときはね…」

絶 対 に 窓 を 開 け て は い け な い

そういわれていたのを思い出しながら、川上は叫び声すら上げられずに落下していった。
やがてボギ、という嫌な音とともに、自分の首がありえない方向にゆがみ、衝撃が脳天からつま先まで貫いた。

目の前に転がる小石がやけに大きく感じた。
と、視界の外周りからゆっくりと闇が押し寄せて、目の前の景色が徐々にかすんでいった。

耳が痛いほどの沈黙が一瞬支配したかと思うと、次の瞬間、ざわざわとしたつぶやき声のようなものが聞こえてくる
周囲に、人だかりのような数の人の気配を感じた。

(だれか、いるのか?)
薄れ行く景色の中、川上は薄ぼんやりとそんなことを考えた。

「おじちゃん、デュエマは?」
そんな声が聞こえてくるのを感じながら、川上の意識は闇の中へと落ちていった。

【了】

修行者サブアカ様作品

【祝賀会余興 さかり】

「サリーちゃんの家」という、ベタにもほどがある名前のつく空き家の話です。

その家で探検していると、電気が通っていないにもかかわらず、黒電話がなるそうです。
電話を取ると、「私サリーちゃん、今駅前にいるの」そして電話が切れます
しばらくすると、また電話が鳴ります。

電話を取ると、「私サリーちゃん、今家の前にいるの」そして電話が切れます
しばらくすると、また電話が鳴ります。
電話を取ると、「私サリーちゃん、今部屋の前にいるの」そして電話が切れます
しばらくすると、また電話が鳴ります。

電話を取ると、「私サリーちゃん、今あなたの後ろに・・・」
「ないわー。ないない!都市伝説にしても古典過ぎるわー!」

放課後の教室、友人のタクヤは私の話を聞いて爆笑しました。
「本当だって!部活の先輩が行ってたんだから」

「何?先輩が直接体験したっていうん?」
と、これはタクヤの男友達のユウジ。
「いや、先輩の卒業した先輩が友達から聞いたって…」
「遠っ!」

教室は再び爆笑の渦に包まれました。
「あー、でもさあ」
お腹を抱えて足をバタバタさせていたミカが目の端を拭いながら話します。

「あたしも聞いたことある。サリーちゃんの家。なんでも大きい空き家らしいんだけど、窓辺に二つの人形が置いてあるんだって。 
で、その家では絶対に『さかり』をやっちゃいけないって」
ユウジが口笛を「ヒュウ」と鳴らします。

「さかり?さかりって何?」
男たちはニヤニヤと笑っています。

「酒盛りってことじゃね?」 
「違う違う、わいわい盛り上がるってことだって」
男たちは口々にいいます。

「それが謎なのよ。で、考えたけど、二つの人形があるんでしょ?どっちかが『サ』で、どっちかが『リ』なのよ。で、間に『か』をいれて、『さかり』。
ね、だから二つ人形の間に顔を突っ込むの。そうしたらおかしなことが起こるんじゃない?」

「『さ』『かお』『り』…?おいおい、苦しすぎるだろ!」
男たちは二人で手を叩いて笑いました。 
ミカはフフンと不敵な笑みを浮かべました。

「わっかんないわよー。ね、今日の放課後、行ってみない?サリーちゃんの家」

「え?ミカ場所知ってるの?」
とこれは私
「あれだろ、銅板坂の上にある赤い屋根の家」

「そうそうそう、2階の出窓になんかフランス人形っての?あれが置いてあるやつな」
男たちは口々にいいます。

「…ってみんな私より詳しいじゃない!」
私は思わず大声を出していました。

学校から自転車で15分ほど走ったところにある銅板坂、と呼ばれるやや急勾配の坂の頂上、茂みに隠れるようにしてその洋館はありました。

坂が急すぎて、普段は訪れない場所なので、私はここにこんな洋館があることは知りませんでした。

大きな鉄製の門や、レンガを多用した造りは、とても多額のお金を掛けて造られたと思われましたが、手入れをするものがいなくなった今となっては、あらゆるものが見るも無残に朽ちて、時の流れを感じさせました。
見上げた2階の窓には、なるほど、色褪せた西洋人形が2体、こちらを向いて座っています。

距離があってどれぐらいの大きさかはわかりませんでしたが、かなり大きいもののようでした。

私たちは門の近くに自転車を止めると、傾いた門の間から中に入りました。
石畳の隙間から雑草が生え、広々とした庭にはススキのような背の高い名前のわからない草が群生しています。

夕方に近い時刻でしたが、まだ昼の暑さも残り、自転車に乗った後だった事もあり、不快な熱気が私の体にまとわりつきました。
家の近くに寄ってみると、1階の窓ガラスは綺麗に割られ、リビングは珍走団に荒らされたらしく、おかしなスプレーアートの展覧会になっていました。

ガラスがないので雨が振り込み放題で、床はあちこちがカビだらけになり、場所によっては今にも抜け落ちそうになっています。

玄関ドアに手をかけてみると、ひどく軋みながらゆっくりと開きました。あきれたことに、鍵もかかっていません。
どうやらあまり気兼ねしなくてもよさそうなので、私たちは土足でそのまま家に上がりこみました。

玄関ホールは大きな吹き抜けになっていて、ホールの向こうに大きな階段がありました。
まるで美術館か、演劇の舞台のようでしたが、落書きや酒宴の跡がその雰囲気を台無しにしていました。
私たちはひどく軋む階段を登り、2階へと向かいました。

出窓のある部屋に向かう途中、私は奇妙なことに気がつきました。
綺麗なのです。2階が。まだ人が住んでいるみたいに。
さすがに廊下のカーテンや、天井の壁紙などは長い年月にやられ、かなり色があせています。

床の上にはうっすらと埃が積もっていました。
でも壁にも床にも荒らされた形跡はなく、手入れをすればそのまま人が住めそうなぐらいです。

(1階と2階でなんでこんなに雰囲気が違うんだろう?)
そんなことを考えながらも、私たちは目的の部屋の前に着きました。

重い木製のドアを開けると、風圧で部屋の空間が動き、カーテンがゆれました。
カーテンの奥にある二つの人形がこちらを向いて座っているのが目に入りました。
(あれ?)
私は違和感を抱きました。人形って外を向いて座っていなかったっけ?

でも周りを見ても、誰も気にしていないようなので、どうやら私の見間違いのようです。
私たちはその場でジャンケンをして、負けた人が人形の間に顔を突っ込むことになりました。
で、結果、タクヤがその役を担うことになりました。

ゆっくりと人形に向かって近づきます。
教室では笑い話でしたが、実際に人形の間に顔を入れるのは、かなりの恐怖だということを、このときになって初めて気がつきました。

(タクヤには悪いけど、ジャンケンに負けなくてよかった)
心底そう思いました。
タクヤはそっとカーテンを左右に開くと、息を吸い込んで、一気に顔を人形の間に差し込みました。
と、

「うっ?」
タクヤが呻き声をあげました、何か異常があったようです。

「うー、うー、」といいながら、両手を窓の桟に掛け、首を引っこ抜こうとしています。
どうやら首が抜けなくなっているようでした。
「ちょっと、どうしたの?ねえ?」
私はあわてて走りよろうとしました。

ふいにタクヤがこちらをクルッと振り向き、「なんちてー」とおどけて見せました。
騙されたのです。
その後、タクヤはユウジとミカに殴る蹴るの暴行を受けました。

私もささやかながら、それに加わりました。
それからしばらくして、私たちはせっかく来たのだからと、2班に分かれてサリーちゃんの家を探検することになりました。
私とユウジ、タクヤとミカがペアになり、30分後に1階のリビングで集合することになりました。

建物は1戸建ての住宅でしたが、よほどお金持ちの家だったのでしょう。玄関ホールの吹き抜けを挟んで、いくつもの部屋のドアが並んでいます。
私とユウジはドアの一つを開けました。

部屋の中には埃っぽいベッドや、木製の化粧台などが置いてありました。窓のカーテンは落ちかけて、外の景色が見えました。
私は部屋の調度品を一つ一つ、みるともなく見て回りました。

「・・・なあ」
背後にいたユウジが声をかけて来ました。
「ん~?」 と私。
「お前は何だと思う?『さかり』

「なにって、よくわからない。やっぱり、盛り場にしたらいけない、とか、そういう意味じゃない?」
「いまごろあいつら、多分『さかって』るぜ」

……え?
私はユウジの方を振り返りました。ユウジはなんだか変な笑顔をしています。

「どういう意味?」

「さかりのついたネコ、とか聞いたことない?」
(さかりのついた・・・?)
しばらく考えて、私ははっとしました。
まさか、二人は今頃・・・え?こんな廃屋で?

「なあ、俺たちもちょっとくらい、いいだろ?」
ユウジがゆっくりと近づいてきました。

「ちょっと、冗談、嘘でしょ?」
私は驚いて後ずさりました。
ユウジは構わずに近づいてきます。
額に汗が浮かびました。ユウジは何かよからぬことを考えているようです。どうも冗談ではなさそうなのです。
私は手についた調度品をユウジに投げつけました。

それでもユウジは近づくことをやめようとはしません。
窓際まで追い詰められた私を舐めまわすように眺めると、ユウジは大股で一気に距離を詰めて来ました。

「きゃああ!」
思わず声が出ました。
襲われる!私は腕で頭を覆い、目をつぶりました。

沈黙が周囲を覆いました。
どれぐらいの時間がたったのでしょう。ユウジが動く気配はありません。
私は恐る恐る目を開けました。

ユウジは茫然と窓を見て固まっています。目を見開いて、口が震えていました。
私はユウジの視線を追って後ろを振り返りました。

背後には窓がありました。
落ちかける日を背に、窓の外に何かが立っていました。
それは赤黒く変色し、まるで老木のような質感をしていました。

しかしその表面はところどころ剥がれ、中にある薄桃色の繊維状のものが覗いていました。
窓ガラスに張り付き、小枝が分岐するようになっているのは、どうやら「手」のようでした。

赤黒い塊の上に乗った球体は、真ん中からやや下が割れるように開き、中から黄色い歯が零れ落ちそうになっています。

そして、灰色の球状の目が、感情のない澱んだ視線をこちらに投げかけていました。
焼け焦げた人間のようなものが、2階の窓からこちらを覗いているのでした。

(この世のものではない)
目の前のものを理解するのに、数瞬を要しました。

次の瞬間、私は大声を出していました。
赤黒い肉塊は、私の声には何の反応もしませんでした。
と、ふいにグルン!と顔を横に向けたそれは、突然窓から姿を消しました。
私は腰を抜かしそうになりました。

「なんだ、なんだあれ!?」
ユウジが喚いていますが、聞きたいのは私の方でした。

「ねえ、なに?今の?」
無駄だと思いながらも口に出さずにはいられませんでした。 
先ほどまで私に襲い掛かろうとしていた男でしたが、今はそれどころではありません。

「わっかんね、でもあれだろ、あれがやばい奴だろ?ここに出るっていう・・・」
いいながら、私とユウジは目を合わせて固まりました。ほぼ同時に気が付いたのです。
あれが、この屋敷の怪異の正体・・・。屋敷で禁忌を犯したときに現れる者・・・。

この屋敷では絶対に『さかって』はならない。もしも『さかって』しまったら……・・・
タクヤとミカが危ない!
そう思った瞬間、遠くでガラスの割れるような音が響きました。

いけない!
私とユウジは走り出しました。 
タクヤとミカに危険が迫っていると考えるべきでした。
二人と合流して、早くこの屋敷から出なければ!
私達はガラスの割れる音のした方に向かって走りました。

廊下の先に、部屋のドアが一つだけ開いている部屋がありました。
あの部屋にミカたちがいるに違いありません。
ユウジが先に開いているドアに飛び込みました。
続いて私も部屋を覗き込みます。

「おい!入るぞ!ヤバイここ。逃げるぞ!急げ!」
喚きちらすユウジの勢いがふと止まりました。
部屋の中にミカが立っていました。

乱れた服を直そうともせず、窓の方を向いています。
大きく割れたガラス窓からは風が吹き込み、カーテンが揺れていました。

「・・・ミカ?」
私は恐る恐る声をかけました。
ミカがゆっくりと振り向きました。

ミカの表情が虚ろでした。というよりも、顔から表情というものが全く見つからないのです。

そしてその瞳は、不自然なほど透明に輝いていました。まるでガラスか何かでできているようでした。
それなのに表情がないのです。そう、まるで西洋人形か何かみたいに・・・。

「な、なあ、ミカ。タクヤは?早くここから出よう。さっき変なのを見たんだ。ヤバイから。ここ・・・」


「わたしサリーちゃん。今、あなたの目の前にいるの」
ユウジの声を遮るようにミカが口を開きました。
まるで拡声器を通しているような、抑揚のない声でした。
「??・・・どうしたの?ミカ?」

私はおずおずと問いかけました。
と、ミカの口がガバっと開きました。

「ならどうする!?どうするよ!!?」
突然ミカがけたたましい声で哄笑を上げました。
そして私は気付いてしまったのです。

ミカの口の中が、赤黒く、爛れたようになっていることに。

「駄目だ。逃げるぞ!」
ユウジが振り返って私の腕をとると、駆けだしました。

「駄目って、ねえ、どうするの?ミカは?」

「いいから走れ!!」
ユウジは私に構わず、廊下に向かって駆けだします。私もつられながら、一瞬部屋に残るミカに目をやりました。
ゆっくりとした動きで調度品の金属製の蝋燭立てを持ち上げるミカの姿がちらりと見えました。

私とユウジは暗くなりつつある廊下を走りました。
吹き抜けの階段を、足を滑らせそうになりながら駆け下りました。

ホールを抜ければ玄関ドアがあります。
ドアは来た時と同様に開け放たれていました。
私たちはドアの外の微かな光に向かって走りました。
と、ふいに風を切るような音がして、目の前にガン!!という音とともに何かが突き立ちました。

先ほどミカが手にした燭台が、まるで槍のようにフローリングに突き刺さっていました。
私はとっさに後ろを振り返りました。

吹き抜けの上、2階のホールから、ミカが槍投げを終えたような格好で立っていました。 
ミカが燭台を投げたのです。私たちに向かって。私たちを突き刺そうとして・・・。

「オシイオシイオシイオシイオシイ」
ミカは呟きながら吹き抜けの手すりの上に足を乗せ、そのまま手すりの上に立ち上がりました。
と、何のためらいもなく手すりの上から飛び降りたのです。
「わああ!」
叫んだのはユウジでした。

バキン!
ひどく大きな、不快な音を立ててミカが1階の床に落ちました。
フローリングか、足の骨かが砕ける音のようでした。

と、次の瞬間
「あはははははははははははは」
笑いながらミカが私たちに向かって走りだしました。

「わ、わ、わああああああ!」
私たちは叫びながらドアに向かって駆けだしました。
何とか玄関ドアをくぐると、ユウジがドアを勢いよく閉めました。

ドカン!ドカン!

と、しばらくドアに中から激しくなにかがぶつかる物音がしました。
私たちは茫然とそれを見ていました。
やがて物音はしなくなり、私たちの荒い呼吸の音だけがあたりに響きました。

「出て、これねえんだ」
ややもしてから、ユウジが汗を腕で拭いながら口にしました。

「ねえ、どうする?」
「わからん。でもとりあえず警察だ。俺たちだけの力じゃどうにもならん。急ごう」

ユウジは心底疲れ切っているようでした。
私たちは振り返ると、自転車が置いてある門に向かって歩きました。

「なあ、気付いたか?」
ユウジが歩きながら話しかけて来ました。

「なにが?」

「さっき、2階の部屋で、窓ガラスが割れてたじゃん」

「うん、あの赤いバケモノが割ったんでしょ?」

「部屋にガラスがなかったんだ」
ユウジはなにか思いつめたような顔をしています。

「・・・え?」
「あいつがガラスを割って入ってきたなら、部屋の中にガラスの破片が散らばっているはずなんだ。でもそんなものほとんど見当たらなかった。何かが入ってきたわけじゃないんだ」
「・・・どういう意味?」

「なにかが入って来たんじゃないんだ。
何 か が 屋 敷 か ら 出 て 行 っ た ん だ 」
ユウジが唾を飲み込む音が大きく響きました。

「何かって、なにが?」
「あの部屋にいたはずのもので、いなかったものだ」

「・・・それって…?」
いたはずのもので、いなかったもの。
あの部屋にいるはずでいなかったものといえば、心当たりは一つしかありませんでした。

まさか、タクヤ?
私がそう思い当たったとき、

「私サリーちゃん、今あなたの後ろにいるの」
声が背後から聞こえました。

振り返ると、西洋人形のような顔をしたタクヤが私に向かって燭台を振り下ろそうとするところでした。

その瞳は、ガラス玉のように透明に輝いていました。

【了】

にゃにゃみ様作品


【さかり…】

そのものが、1番勢いのある時期、またはその状態のこと。

世の中には、いろんな『さかり』がある。 
食べ盛り、働き盛り、伸び盛り…、女盛りに、
今なら正に、夏真っ盛り…。
そんな、盛り、の時には、いろんな隙間ができるんだよね。

食べ盛りには、抑制心に隙間が…、
働き盛りには、回顧心に…、
伸び盛りには、自制心に…、
女盛りには、危機感が緩むし?

夏真っ盛りで盛り上がってる時なんか、楽しけりゃそれでいいって、隙間、出来まくりだよね?
どうもそれに寄ってくるモノがいるんだよ。
そうやって、忘れられない過去になって、 
人の中に巣食う…。 
忘れられないから、話すでしょ?聞いて欲しいから伝えるでしょ?そうやって、少しずつ、たくさんの人に、その存在は拡散していく…。

それが、さかり…。
さかりが本当にしたいことは、 
自分の話で、その場が絶頂の恐怖に盛る事…。

そうやって爆発的に生まれた恐怖心を満足行くまで堪能した時、、、、、、
さかり自身に隙間ができて、ようやく私達は恐怖から解放されるの。

だから、私達は、さかりの話を、続けなければならない…。
どこが終わりか、当てもない…、あいつの絶頂のために…。

ーーーーーーーーーーーーーーーfinーーーーーーーー

ロビンⓂ︎作品

【SaKaRi】

その夜、俺と河上が向かったのはとある病院だった。

病院と言ってもとうの昔に閉鎖された廃墟で、この街の一番高い場所にあるせいか化け物見たさの若者以外には、余程の事がない限り立ち入る馬鹿はいない。

施錠された鉄門を乗り越え、正面玄関の前に立つと、外部との明らかな温度差に俺たちは身を震わせた。

時折、ギャアギャアと闇の中から得体の知れない鳴き声が聞こえてくる。

先週から行方不明になっている双子姉妹の由奈と真美。

もしかするとこの病院にいるかも知れないと言ったのは、三年前から付き合っている彼女の沙羅だった。

沙羅には霊感があり、その人の念を頼りに集中すると、自分の行ってもいない場所が克明に映像として視えるのだという。

彼女も一緒に行きたいと泣いていたが、俺の直感でここは明らかに危ない場所だからと、彼女の親友である麻里香に言い包めて貰った。

万が一の事を思うと、男同士の方が逃げ出し易いと考えたからだ。

「さてどうやって入ろうかしら?」

河上 誠が鼻に掛かった野太い声で俺に言った。

実は彼…

いや彼女は俺の幼馴染みで少し前にタイで豊胸と性転換手術をして帰って来た。

まだ冬だというのにはち切れんばかりのシリコン製のデカい胸を強調するかのような、前のパックリと開いたイヤらしい服装をしている。

ガキの頃から薄々感ずいてはいたが河上Mの心は完全に女らしい。沙羅が俺たち二人を一緒にしたくない理由も分かる。

お魚咥えたどら猫ー♪

おーおっかけーてー♪

まるで俺たちの到着を見ていたかのようなタイミングで、胸ポケットの携帯電話が鳴った。

「もしもしロビたん?」

いまだ涙声の沙羅だが、幾分か落ち着きを取り戻しているようだ。

「おお、丁度今から凸入する所だ。しかし本当にこんな寂しい場所にあいつらがいんのかよ?」

俺は素直な疑問を沙羅にぶつけてみた。

「いる訳ないじゃん!」

「………… 」

俺の頭が一瞬だけフリーズした。

受話器越しに沙羅は狂ったように笑っている。

「きゃははははははは!いる訳ないじゃん!きゃははははははは!いる訳ないじゃん!」

テン… ソウ… メツ…

テン… ソウ… メツ…

後ろにいる河上が何やら建物の方を向いてボソボソと小さな声で何か言っている。

完全に何かに取り憑かれている。

だが、今はそれどころではない。

「由奈達がいる訳ないってお前、それは一体どういう意味だよ?」

少しの沈黙の後、沙羅はゆっくりとこう言った。

「アタシを置いて行くから悪いんじゃん、あんた達だけで行って何が出来るっていうのよ?」

ブルっと今までとは明らかに違う寒気がして後ろを振り向くと、つい今までいた筈の河上の姿がない。

建物を見ると、一階の磨りガラスの向こう側に白い人影が見えた。

ハイレタ… ハイレタ

ハイレタ… ハイレタ

耳をすますと中から河上のあの低い声が聞こえる。

「河上君はもうダメね、マングースの霊に取り憑かれちゃってるわ」

「ま、マジかる?」

「残念だけどマジよ」

ポポ

ポポポ

すると風の音に混じり、まるで鳩のような鳴き声が聞こえてきた。

ポポポポポポ

ポポポポポポ

それを聞いた電話の向こうの沙羅が声を荒げた。

「ロビたんダメ!音のする方を絶対に見ちゃダメよ!早く帰っていらっしゃい!」

しかし時既に遅く、俺は声のする林の方を見てしまっていた。

そこにはガリガリに痩せた背の高い女が二人、手を繋いで立っていた。

それはどう見ても尺の狂った由奈と真美だった。

ざっと見ても八尺程はあるだろうか?

二人は俺の視線を確認すると、すっと廃病院の裏手を指差した。

「な、なんだ?あそこに何かあるってのかよ?」

二人は同時に頷くと、フッとその姿を消した。

「残念だけど…恐らくもうあの子達は生きていないわね。

こちらから何度コンタクトを取っても姿がボヤけてるの…

多分だけど、何者かに殺されて病院の裏手にある木の下にでも埋められてるんじゃないかしら」

沙羅がサラッととんでもない事を口にした。

「お前!縁起でもねぇ事言ってんじゃねえぞ!!」

俺は全力で二人が姿を消した病院の裏手へと周り込んだ。

するとそこには沙羅が言った通りドンと太く立派な桜の木があり、その枝には白いロープで首を吊った髪の長い女性が二体、揺ら揺らとぶら下がっていた。

長い間放置されていたせいか、どちらの首も重力に負けて有り得ない程に伸びている。

良く見ると桜の木の下に裸の少年が一人、体育座りをして此方を見ていた。

少し開いた口からは、ンナー、ンナーと、まるで猫が「盛る」時の様な声を発している。

少年は両目を大きく見開いて、満面の笑みで立ち上がった。

「早くそこから逃げてーー!!」

沙羅の絶叫と同時に少年のか細い囁きが、携帯のスピーカーを通して確かに俺の耳に届いた。

『 待っ…てるヨ 』

警察によると二人は違う場所で別々に首を絞められて殺された後に、自殺を装って木に吊るされたらしい。

沙羅は大層悲しみ、全国に指名手配された曲津 弘(まがつ ひろし)の顔写真を見ながらこう言った。

「真犯人はコイツじゃないわ!アタシには裏で操る二人の女の姿がハッキリと視えるの。

こいつらを捕まえない限りは、またこれと似た悲劇が繰り返されるでしょうね」

俺たちは亡くなった姉妹の写真に向かって手を合わせた。

俺は密かに心の中で今までの感謝の気持ちと謝罪を述べた。

今まで本当に有難う。

ゴウン

帰りの車中では陽気なFMのサウンドクルーが春一番がどうのと言っている。

もうそんな季節か。

助手席の沙羅はボンヤリと色の付いてきた遠くの山々を見ている。

河上はあの日から行方不明だ。

【了】


ゴルゴム13様作品

【SAKARI After】

「ねえ、由奈・・・由奈・・・こっち向いてよ」

B子の声が耳元で繰り返される。仲の良かった、私の友達・・・だけど・・

「お願い・・帰って!!もう来ないで!!」 
私は頭から布団を被り、半泣きで叫ぶ。 
  
あの日、B子の家から帰ってから、妙な事が頻発するようになった。

誰も居ないはずの部屋に、人影が見えたり。 
一人でお風呂に入っていると、背後から鼻息が聞こえたり。

夜ふと目が覚めると、真っ黒な姿をした誰かが私の顔を覗き込んでいたり。 
誰も触れてないドアが急にバタンと閉まったり。

机に向かっていると、足首を掴まれたり。

そして最後には― 

下校中、誰かに突き飛ばされ、危うく車に轢かれそうになった。歩道には、B子の姿があった。

「B子・・どうして?」 
B子は答えず、無表情のまま私を見下ろしていた。

怖くなった私は、近くの神社でお札やお守りを幾つか買い込んだ。加持祈祷もお願いしたかったが、高かったのであきらめた。お祓いを頼みたいと言っただけで説教するような両親だ。信じてなど貰えない。

その二人は今夜、仕事で家を留守にしている。こんな時に一人で過ごすなどありえない。私は悩んだ挙句、友人宅に外泊できないか相談した。

しかしB子の家に泊まりに行った友人があの夜の噂を広めてしまったせいか、泊まりは全て断られた。

途方に暮れていた所で、オカルトに詳しい友人K子にお守りを手渡された。紫の生地に、金の刺繍で五芒星が描かれていた。

「これね、知り合いの陰陽師の方に貰ったの・・これ貸すから、頑張ってみて」

「うん・・分かった」

「どんな時も、必ず身に着けていてね。シャワー浴びる時は、ビニールで包んで首に紐で掛けておくとか・・」

「分かった・・ありがとう」

K子も結局泊まりには来てくれなかったけれど、仕方がない。効果があるかは分からなかったが、買っておいたお札を窓やドアなどの出入り口に貼っておいた。

シャワーは陽が沈む前に浴びて、電気を付けたままベッドに入る。

カーテンはぴったり閉じて、外が見えないようにして、部屋の鍵もしっかり掛けておいた。 
K子に貰ったお守りを握りしめて、布団にくるまる。

目を閉じて寝ようとする。だが、何故か興奮して眠れない。いつしか時計は23時を回った。そろそろB子が現れる時間だ。

バン!!

窓が激しい音を立てた。

バン!! 
バン!! 
バン!! 
誰かが、外から叩いる。

「やめて・・・もうやめて」 
「ねえ、由奈・・・開けて・・・中に入れて・・・」

「来ないで!!帰ってよ!!もうやめて!!」

・・・・・・

急に音が止んだ。

「・・・?」

カーテンが・・隙間が空いている? 
恐る恐るベッドから抜け出し、カーテンに手を伸ばす。僅かに開きかけたカーテンを、そっとめくる。

「誰・・・誰かいるの!?」

答えはなかった。窓の外には夜の闇が広がっている。

バン!! 
「ひっ!!」

B子が窓にへばり付いて、青い顔をにっと歪ませた。 
  
はっとして目が覚める。夢だったようだ。時刻は一時を回っていた。もう嫌だ。

「何なのよもう・・・」

眠気は完全に吹き飛んでいた。冷や汗をタオルで拭い、再び寝ようとするが、眠気はどこかに吹き飛んでしまった。 もう眠らないでおこう。一夜くらい何とかなる。

スマホゲームで時間を潰す。夜中も二時を回った頃、突如ドンドンと何かを叩くような音が聞こえた。

一階からだ。玄関だろうか・・・

行くべきか迷ったが、鳴り止まない音にしびれを切らし、降りてみることにした。 
階段の明かりをつけ、そろそろと降りる。

ドンドン!!

やはり玄関のドアだ。 そっと覗き穴から外を見る。

「由奈。父さんだ。開けてくれ」

スコープの向こうには、父親の姿があった。 ロックに手を伸ばしかけて、はたと気付く。

父は、今夜出張で帰って来ない。21時頃に電話が来て、無事北海道についたと話していたのに・・・。関東地方のここにとんぼ返り?ありえない。

じゃあこいつは・・誰? 
「由奈、開けておくれ、由奈・・由奈・・ゆな・・・ユナ・・・」 

声が次第に野太くなっていく。

こいつ、父さんじゃない!! 
背筋を冷たい衝撃が走るのを感じながら、そっと後退する。

ドンドン!!

次はトイレの方から音が聞こえる。トイレの窓を叩いているようだ。 
そっとドアを僅かに開けて様子を窺うと―

「由奈!!由奈!!お父さんだよ!!お父さんが帰って来たよ!!」

擦りガラスに、外からへばり付いた黒い何かが叫びながら窓を叩いていた。

「っ!!」 
危うく漏れそうになる声を必死に堪え、ドアを閉める。

そのまま二階に戻ろうとして、今度はリビングの窓を叩く音がした。

「由奈!!由奈!!お母さんよ!!帰って来たわ!!大好きな由奈!!とっても愛してるのよ!!開けて頂戴!!」

二方向からの叫び声。

「やめてよ、もう・・・」 
耳を塞ぎながら、力が抜けそうになる足腰を叱咤して何とか二階の私室に戻った。

「何なの・・・もう何なのよ!!何でこんな・・・・」 
部屋の鍵を閉め、お守りを固く握りしめて座りこむ。

こんな時、何か武器があればいいのに・・父さんの野球用のバットでも持ってくるんだった。

バン!!バン!!バン!!バン!! 
ドン!!ドン!!ドン!!ドン!!

一階だけでなく、二階の自室の窓からも外から叩く音が響いた。

「どうして入れてくれないんだ、由奈!!お父さん怒るぞ!!」

「そうよ、由奈!!開けなさい!!」

家全体が震えるかのような振動音に混ざって、窓のすぐ外から自分に呼びかける声がする。

「やめてーーーーーーーーーーーー!!!!!!」 
  
静寂。

そして、カーテンが一斉に開いた。 
窓の外には、黒い影がへばり付き、首を激しく左右に振りながら大声を上げていた。

「ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!!!」

耳を塞いで必死に奴の声を打ち消す。

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

声が涸れそうになるまで叫んだ。 
奴はいつの間にかいなくなっていて、声も止んでいた。 

恐る恐るカーテンを閉め、ほっと一息ついていると・・・ 
コンコン。窓ガラスを叩く音がした。

「もしもし」

は?

「もしもし・・いらっしゃいますでしょうか?○HKの集金です」

二階の窓から、この時間にねえ・・・

「ふ・・ふふふ・・・・ふふふふふ・・あはははは!!!!」 
もうヤケクソだ。

「失せろぉ!!誰が開けるか!!!きめーんだよ!!!!死人は大人しく墓に籠ってろ!!ばーーーか!!!!!!」

『ゆ  な』 
突然、囁くような声が聞こえた。

「ひっ」

『ゆ  な    い  け  な  い  よ』

「B子?」

『ゆ な  お と も だ ち で しょぅ?』

まるでB子の声が、部屋全体から聞こえてくるみたいだ。

『き て ゆ な』

「・・・いや」

『ゆ な  ふ た り で ず ぅ っ と、 い っ し ょ に な ろ う』

「いやだって、いってるでしょ」

『ゆ な だ い す き な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な ゆ な』

頭にきりきりと痛みが走る。声が頭にぐわんぐわんと浸み込んでくる。

トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、トゥルルルルルル、トゥルルルルルル・・

はっとしてポケットのスマホに手を伸ばす。

「由奈!!私よ!!無事?」 
お守りをくれたK子からだ。

「うん・・何とか・・・」

「心配になって来てみたの。開けて貰える?」

「うん・・ちょっと待って・・・」 
やっと終わる・・ 私はふらふらと立ち上がり、玄関に向かった。 
ドアスコープから、相手を確かめる。

「遅いよ、もう!!」 
がちゃ、と鍵を外してドアを開けた。 
  
『ハ イ レ タ』 
  
黒焦げのでかい影。

二メートルは軽く超えてる。

目だけがやけに白くてでかくて 
冗談みたいにぎざぎざの牙が並んでいるのが見えて 
スマホが手から滑り落ちた。

私は思わず後ずさり、そのまま玄関の上がり口に座りこんだ。 
奴は、ゆうら、ゆうらと敷居を跨ぐ。

「いや!!」 
腰を抜かしながらも、這って廊下の奥に逃げ込もうとする私。

すぐ後ろから、わざとのようにゆっくり追い掛ける奴。

『ゆ な ち ゃ ん』

ボイスチェンジャーみたいな野太い声が追いかけてくる。

知らない内に、私は廊下の突き当りまで進んでしまっていた。だが、リビングに向かうドアには手が届かない。もう奴はすぐそこまで来ている。

(ああ、終わった・・・さよなら、みんな・・・) 
目を閉じて最後の時を待った。

だが、激痛の代わりに訪れたのは、閉じた瞼越しにも分かる程の眩い光―

え? 
目を開くと、首に下げていたお守りが白く光っていた。

そして私の足元に、光る線が走った。線は五角形の星型の図形を描いた。

五芒星― 
その光の図形の上には、ふわりと回転する誰かの白い姿―

『ウ”オ”オ”オ”オ”オ”!!!』 
光が視界全体を覆い尽くすのと、恐らくは奴の絶叫が響き渡るのとはほぼ同時だったと思う。その記憶を最後に、私は気を失ってしまった。

気が付いた時には、夜が明け始めていた。

「はあ~」 
ため息を漏らしてしばらく放心していたが、ようやく立ち上がって、玄関に落ちたスマホを拾い上げた。 

時刻を確かめると、もう六時だった。

「助かった・・・」

『由奈』 
  
一瞬の硬直の後、びくっとして振り返る。 
すぐ側に、B子がいた。青白い顔で、私を見つめながら、何かを差し出した。

『ごめん・・・私・・・これ 渡したかっただけなのに・・・』 
よく見ると、一枚の写真のようだった。

『じゃあ、行くね・・・』 
写真を受け取ると、B子はそれだけを言い残して消えてしまった。 
  
写真は、B子と私達がカフェのケーキバイキングに行った時のものだった。B子と私達が変顔で写っているスナップショット。

B子と私が並んで大口を開けて、互いの口にケーキを押し込もうとしている。もう戻ることのない、青春のお馬鹿な時間―

「B子・・・」 
私は部屋に戻ることにした。

寝ずにそのまま登校するつもりだったが、いつの間にか爆睡していて、起きたのは十時くらいだった。大遅刻だった。 
  
放課後、K子の知り合いという陰陽師に会った。若いくせによれよれのスーツを着て、見た目だけでなく、心もどこかくたびれたような雰囲気があった。

喫茶店の、少し人目につきにくい席でK子と三人でテーブルを囲んだ。 
男はどういう訳かリンゴジュースとコーヒーを頼み、ジュースは誰も居ない隣の席に置いた。

男は暫く前から、B子の一家が亡くなった飛行機事故の現場まで赴いていたそうだ。

現場では古い鎮守の社が事故に巻き込まれて全焼しており、その為に幾つもの魍魎が解放されてしまっていたらしい。

記録に残っている殆どの魍魎は現地で再び封印したそうだが、幾つかはその地を離れ、どこかに逃げてしまったらしいとのことだった。

私に襲い掛かったのは恐らくその一つだろうと男は言った。

「奴はB子さんのご一家の霊に、付いて行ったんでしょうね・・・魍魎の中には、人の魂を操る巧妙な奴もいます。恐らくB子さんはそいつに利用されていたのでしょう。彼女の冥福を祈ってあげて下さい」

「はい」

「ところで・・・お守りを預かっておいでですか?」

「はい」

「見せて貰えますか?」

「はい。どうぞ」 
私が差し出したお守りは、すっかり黒ずんでいた。

「これはもう使えないな・・」 
男は苦笑いをして見せた。

「これには式神召喚用の呪符が入っていたのですが・・・代わりにこれを差し上げましょう。かなり強力な護符が入っていますから、よほどの強敵でなければ問題ありません」

男は、新しいお守りをK子と私にくれた。

「暫くは油断禁物です。それと、何かあった時は直に連絡を下さい。話を聞いたところ、今回はかなり際どかったと思いますよ」

「そう・・ですよね。分かりました。次は、遠慮なく相談させて頂きます」 
男は頷き、じゃあ僕はこれで失礼すると言い残し、席を立った。リンゴジュースはそのままだった。

「これ、何かのまじない?」

男が去った後、リンゴジュースに目をやりながらK子に尋ねた。

「ああ、それ・・・」 
K子はにやりと微笑んだ。

「気にしなくていいよ」


*****


型落ちのスポーツセダンの中で、助手席にいる少女に男が話しかけた。

「K子ちゃんは、お前に気が付いていたようだな」

「そのようですね」

「昨夜は、焦ったぞ。突然“呼ばれてる”、なんて言うから」

「はい。しかし、召喚に応じて正解でした」

「そのようだな。まあ、お蔭で俺は手こずったが・・」 
苦笑しながら、男は言った。

「今日あの子の姿を見て、助けられて良かったな、と思ったよ」


「はい」

彼女は、ほんの少し、目元を緩めて答えた。


「私も、そう思います」


二人を乗せた車は、夕日の中を軽やかに走っていった。


【了】

まずは五月にアワードを受賞された、マミ様へのオマージュ作品の数々です。

受賞作品

一つの真実
http://kowabana.jp/stories/26293

* 途中で交わされたコメント等は省いております。

まりか様作品

【もうひとつの真実】

わたしはとても混乱していた。

何故なら殺したはずの姉と、死んだはずのわたしが生きているから。

姉を殺した後に真実を知り、絶望して自殺して、わたしと姉は霊魂となって再び出会い、二人で協力して不良グループに復讐を遂げたはず。

なのに、気が付くとわたしも姉も生きていて、まだイジメが終わったわけでもなく、継続していた。

わけがわからなかった。

ただひとつわかったのは、わたしがあの日書いた「遺書」と姉への「手紙」が、既に書かれている事。

今夜、わたしは姉を殺しに屋上に行く予定だという事。

わたしは今、屋上へ出るドアの前にいる。きっとこの向こうに、あの日のようにフェンスに腰掛けて、姉が待っている。

わたしは、ドアを開けた―。

『真由』

フェンスに腰掛けたまま、振り返りもせずに手紙を肩の上から差し出す姉。

『真由。。。わたし、あいつらから全部聞いて知っているの。
本当のイジメのターゲットは貴女だったって事も、バイト代の事も、わたしの事も全部。ねぇ、提案があるの。聞いてくれる?』

??????????????????????

久しぶりに登校したわたしは、姉のフリをして教室に入る。あの日と同じで、わたしに声をかけるクラスメイトなんかいない。

昼休み、メンバーの一人がわたしを呼びに来た。

リーダーの元へと向かう、校舎裏の目立たない通路。人目はない。

一度経験しているんだ。この後どこへ連れて行くのか、どうするのか、何もかも知っている。

わたしは、そいつを呼び止めた。
面倒くさそうにそいつが振り返ったところを、姉が後ろから、金槌で思い切り殴りつけた。

後頭部から血飛沫が上がり、そいつはバタッと勢い良く倒れると、しばらく痙攣した後動かなくなった。

姉がまた物陰に隠れたのを確認した後、わたしは大きな声で悲鳴を上げた。

『だっ、誰か!誰か来て!!』

声を聞きつけて、リーダーを含む残りの3人が駆けつけてくる。

ガタガタと震えながら真っ青な顔で倒れた女を見下ろすわたしと、血溜まりの中に転がる死体とを交互に見ながら、声を失い呆然と立ち尽くす3人。

その一番後ろに立っていたリーダーに、物陰から出てきた姉が金槌を力いっぱい振り下ろした。

「ぎゃっ!!」

鈍い音の後、奇妙な声を上げリーダーはそのまま倒れ込んだ。取り巻きの2人が振り返る。

2人分の返り血を浴びて真っ赤な顔をした【もう一人のわたし】を見て、腰を抜かし、悲鳴を上げる2人。

わたしは、ポケットから金槌を取り出すと、姉と仲良く、半分こして一人ずつを殴り殺した。

━━そう、自分達が死ぬ必要なんてない。

最初からこうしていれば良かったのだ。

【姉】と【わたし】。

【真由】と【真実】。

ロビンⓂ︎作品

【もう一つの真実】

「御飯出来たわよー」

台所からの妻の声に、僕と娘は同時に返事をし、テレビを消して食卓についた。

「おっ、今日はハンバーグか、奏人(かなと)の好物じゃないか」

今に始まった事では無いが、僕と対面に座る妻の顔はまるで骸骨のようにゲッソリと頬がこけており、身体もガリガリに痩せている。

「奏人は今日も部活で遅くなるってLINEが入ってたよ」

僕の隣りで味噌汁を啜りながら、高校に進学したばかりの娘の摩利(まり)がそう言った。

僕の心配を他所に摩利は健康的に育っている。活発的な性格のせいか、まだ六月だというのに肌は見事なまでに小麦色だ。

どうやら、妻に掛けられた呪いは娘までをも奪うつもりでは無いらしい。

今から15年前、僕には好きな人がいた。

同じクラスのその彼女は一卵性の双子で、隣りのクラスには同じ顔をした姉がいた。

入学式で一目惚れをしてからというもの、なんとか彼女と話せないものかと機会を伺っていたのだが、中々そのチャンスは巡って来なかった。

しかし一学期も終わりに近づいた頃、僕は彼女のある異変に気が付いた。

休み時間を終えて教室に戻ってきた彼女の背中に、誰かに蹴られたような靴の後が幾つも付いていたのだ。

どうしても気になった僕はこっそりと後をつけて、校舎裏で何人もの女子生徒から寄ってたかって虐めを受けている彼女の姿を見てしまった。

いま思えば、あの時に勇気を出して止めに入ってさえいれば、その後に起こる最悪の事態は避けられたのかも知れない。

彼女が自殺したという知らせを受けて教育委員会が騒ぎ始めた頃、彼女の姉も後を追って自ら命を絶った。

妹と同じ死に方で。

遺書も残さずに、アッという間に同級生が二人も死んでしまった。

僕は自殺の原因であろう虐めグループの名前を、先生に言う事も出来ないままモヤモヤしながら夏休みを過ごし、二学期を迎えた。

しかし新学期が始まって間も無く学校は大騒ぎになった。

次々と校舎の屋上や、授業中のクラスの窓から投身自殺を図る女生徒が相次いだのだ。

そして飛び降りるのは何故かあの時に僕が校舎裏で見た虐めグループのメンバー達だった。

そうか、復讐をしているんだ。

僕の中で疼いていた痛みが少しづつ和らいでいくのを感じた。

最後まで生き残っている主犯格の佐伯律子の背中に、二つの魂がグニャグニャと纏わり付いている光景を見た時、僕はある決意をし、彼女に近づいた。

何も言えずに見捨てて逃げてしまった責任を取ろう、僕の一生をかけてと。

「ただいまー」

泥塗れのユニフォームで帰ってきた中学生の息子を窘めながら風呂場へと連れていく妻。

摩利は興味がなさそうに絨毯に寝そべりながらイヤホンを耳に音楽を聴いている。

僕は妻の背中を離れて、頭の上をユラユラと浮遊する二つの魂に向かって、心の中で囁きかけた。

「そろそろかな?」

大事な子供二人と愛する夫を同時に失った時の、妻の顔が見れないのは残念だが仕方あるまい。

あの時、彼女達と交わした「約束」を破る訳にはいかないのだ。

「おい奏人、晩御飯食べ終わったら父さんとバッティングセンターにでも行くか?お前がどれだけ上達したか見てやる!」

息子は嬉しそうに米を口いっぱいに頬張りながら、ウンウンと頷いている。

「ずるいずるい、私も行く!帰りにさあ、TSUTAY◯寄ってくんない?借りたい物があるのー」

案の定、娘の摩利もノってきた。

僕と子供達が死んだ後、彼女達は確実に妻を殺すだろう。果たしてどんな恐ろしい目に遭わせるのか?

まさか彼女達を虐めていた主犯格が僕の幼なじみだったとは驚いた。

佐伯 律子。

ただ、事件を明るみにしてしまって当時、町会議員を務めていた彼女の父親を失脚させてしまっては、その下で働いている僕の父親までもを潰してしまう事になる。

それは出来なかった。

時が流れて、僕の父親が独立してしまった今となっては、もう彼女達を引き止めておく理由は何も無い。

僕の願い通りに時が来るまで待ってくれた姉妹には、あの世に逝ったらお礼を言わなきゃいけないな。

何の罪も無い我が子達まで巻き込んでしまう事に少し胸が痛むが、これも初めから決めていた事で、約束だから仕方が無いのだ。

「じゃあ律子、行って来るよ」

僕は靴を履き、台所の妻に向かって言った。

「いってらっしゃい貴方、運転気をつけてね」

僕を見送りに出てきた妻の肩越しから此方を覗く二つの顔は、同じ顔で笑っていた。

まるで玩具を与えられた子供のように。

【了】


ゼロ様作品

<祝祭> 
【一つの真実】

目の前には冷たい金網のフェンス。

フェンスの上には有刺鉄線。

何年か前にこの屋上で双子が飛び降りたことによって、屋上へ続く階段の途中にある扉は『施錠しても、誰かがすぐに壊してしまう』との理由から施錠はされていないが、その代わりにこの高いフェンスと有刺鉄線が設置された。 

フェンスの向こう側には、私の双子の姉…明日美がフェンスの網を握って私を見つめていた。

有刺鉄線によりボロボロになった制服のスカート、血塗れの手足、それから…私に向ける哀しそうな瞳。

「…ごめんね、瑞穂」

一言だけ私に告げると、明日美の手がフェンスから離れた。

宙へと舞い踊る明日美の身体。

すぐさま、トタン屋根に漬物石でも落としたかのようなドンッ!という音が聞こて、その直後に女性の悲鳴がマンション中に響き渡った…。

「この度はご愁傷様でございました…。…大変だったわね。あまり…肩を落とさないで」

私たち姉妹に幼い頃から仲良くしてくれていた叔母が私の両親としばし話し込んだ後、私の元へ来て優しく頭を撫でてくれた。

「…大丈夫?あんなに仲の良かった双子の姉妹だったんだもの…、半身が消えてしまったかのように寂しくて…悲しいわよね。

でも、あの子の分まで生きなくちゃ。それが供養になるのよ、【明日美】ちゃん」

「…はい、叔母さん」

私が頷くと、叔母は微笑んで再び私の両親のいる弔問客を受付けるテントへと戻って行った。

《…ふふっ。…ふ…っ、…ダメ、笑いを堪えるのも大変だわ。》

俯いて肩を揺らす私を、弔問客達は嗚咽していると思ったらしい。 口々に「可哀想に…」と同情の言葉を残し、通り過ぎて行く。

《…ねぇ、姉さん。どんな気分?妹に、自分の全てを奪われた気持ちは。》

マンション傍にある集会所の扉は開け放たれ、そこには祭壇が組まれていて私…瑞穂の遺影がある。

私が微笑んでいる遺影が。

《ねぇ、貯金通帳見たわよ。幼い頃から貯めてたお年玉や進学祝い、120万近くあったわ。随分と貯め込んでいたのね。…でも、これからは全部、私のものよ。》

姉さん…、明日…貴女は焼かれて骨になる。

《…ふふっ、ふふふ…っ。》 
…あぁ、可笑しい。 なんて清々しい気分なの。

姉が生徒会長になったことによって嫌がらせを受け始めた、なんていう私の話を間に受けて信じて。

『死ねって…言われたの…』 私がそう話した時の貴女の顔! すごく傑作だったわ!

昔から何でも要領が良くて、頭の回転も早くて、いつも私は姉の貴女と比べられた。 
でも、それももうおしまい! 
私は今日から明日美…貴女なのよ、姉さん。

[…ミ…ホ…]

「え…っ?」

誰かに呼ばれた気がして私は辺りを見回した。

でも、弔問客は集会所の入り口や受付テントで話し込んでいる。 
私の周囲には誰もいない。

[瑞…穂]

今度はハッキリ聞こえて、私は声のした方へと振り返る。

…そこに、死んだはずの姉がいた。

潰れて脳漿が垂れ大量の血が滴り落ちる側頭部、眼球は飛び出ていて口からは泡のような血を吐き、折れた左脚の骨は皮膚を突き破って飛び出し、それなのに…しっかりとそこに佇んでいる。

…あり得ない…!

「…死んだはずでしょ…!?だって…、棺桶の中で横たわってたじゃない!」

[…全て嘘…だったのね…]

血の泡を口から滴らせながら、くぐもった声で姉は言った。

[…可愛い私の妹…、可愛い瑞穂…。貴女を…愛しているのに…]

姉は私の目の前まで来ると、血塗れの手で私の首を締め上げてきた。

…苦しい…! 
[…愛してる…、瑞穂…。私の…可愛い妹…]

姉の手に力がこもる。 
…誰か…!

お願い…!助けて…! 
涙や鼻水が溢れ、徐々に視界がぼやけてきたかと思うと、私の意識は闇へと沈んだ。

「可哀想に、自殺ですって?」

「未遂で終わったけど、植物人間らしいわよ。妹の瑞穂ちゃんのお通夜で首を吊ったところを、お父さんが発見して慌てて助けたようなんだけどね…」

「でも、聞いた?実は飛び降りたのは姉の明日美ちゃんで、植物人間になってるのは瑞穂ちゃんだってウワサ」

「えー、まさかぁ!」

人の口に戸は立てられない。

今日も誰かが、私達の噂話をしながら通り過ぎて行く。

…でも、そんなことはもういいの。 
…だって…。

[…瑞穂、…大好きよ]

《私もよ、…姉さん。》

これからはずっと…、私達は一緒なんだもの…。

[おわり]

よもつひらさか様作品

【祝祭】一つの真実

『まあだだよ』

 婦人はミルクティーを飲み干すと、優雅な仕草で上品なシフォンのスカートを翻して立ち上がった。

不安げに彼女を見送る女子中学生たちの視線を受けながら、勘定を済ませ、軽やかにベルのなる扉をあけると、容赦ない日差しが彼女を襲う。

手には白い日傘。その真っ白な日傘に負けないような、真っ白に抜けるような白い肌。 

まさに、貴婦人という言葉は彼女のためにあるような言葉である。

 おもむろに、彼女は肩にかけたショルダーバッグから、携帯電話を取り出す。着信を示す点滅を確認すると、彼女はその番号へと折り返した。

「もしもし。はい。今からそちらに向かいます。ええ、確実にあの噂は広がっているようです。いろいろ尾ひれがついているみたいですけど。」

彼女はその後二言三言言葉を発して、通話を終えた。

 彼女はM校の校長をしていた。通話の相手は、理事長。M校は県内でもそこそこの進学率を誇っていたが、伝統あるお嬢様学校のS校には全てにおいてかなわない。偏差値、T大への進学率も、全てにおいて格下だった。

M校の志願倍率は最近は定員割れを起こすほどで、私立の高校にとっては大打撃である。

このままでは、運営も危ぶまれる。何とかS校の進学率を落とし、M校への進学率を伸ばしたい。非の打ち所のないS校ゆえに、こんな稚拙な噂話で何とかなるなどとは、彼女は全く思わなかったし、ナンセンスだと思った。

 しかし、女子高生がこんなに簡単に創作話を信じるとは思わなかった。都市伝説というのは、こうして広がってゆくのだなと彼女は感心した。当初の話にさらに尾ひれがついて、よもや直接彼女の耳に入るとは思わなかった。彼女は可笑しくなって、ついつい話を盛って、さらに彼女達の不安を煽った。

 最初は確か、S校の生徒が飛び降り自殺をした、程度の話だったと思う。
 彼女はこの地位を失うわけにはいかなかった。結婚もせずに、ここまで上り詰めたのだから。

結果を出せなかったら、彼女に明日は無い。この年になって、職を解かれでもしたらと思うと途方にくれる。

 彼女も結婚したくないわけではなかった。人生の中でただ一人、愛した人はいた。

当時の彼女は、高校教師をしていて、同僚の男性教諭に恋していた。彼女は美しさゆえ、他の男性達から、高根の花よとちやほやされていたが、誰一人心を動かすものはいなかった。そんな彼女に運命の男性が現れた。

 4月の移動で他所の学校から転勤になった、うら若き青年。一目惚れだった。皮肉にも、唯一彼女が恋焦がれた男は、彼女にまったく関心を示さなかった。プライドの高さから、彼女も自分からはアプローチはできなかったが、彼のことが気になって仕方がなかった。好きな女でもいるのだろうか?今で言う、ストーカーまがいのことまでして、彼のことを調べあげた。そして、衝撃の事実を知る。なんと、その教諭は元の職場であるS校の女子生徒と付き合っていたのだ。


 許せない。一方的な思いが、彼女を狂わせる。彼女はいろんな手を使い、とうとうその女子生徒を退学にまで追い詰め、女子高生と付き合っていたということで、その男性教諭も退職した。

いい気味。だいたい、女子高生と付き合うだなんて、淫行じゃない。

S校の女子生徒が校舎の屋上から飛び降りたのは、そのすぐ後だった。だから、あれは噂話などではなく、実話なのだ。 
  
 彼女は、M校の校長室の革張りの座り心地の良い椅子に座ると次の手を考えていた。

もっともっと、S校のネガティブな噂をでっち上げなきゃ。彼女は考えているうちにまどろんでしまった。

もう日は傾きかけており、そろそろと帰り支度をしていた矢先だった。

「まあだだよ。」

どこからともなく、若い女性の声がした。

「えっ?」

彼女が顔をあげると、いつの間にか、窓辺のカーテンから黒い影が半分覗いていた。

「キャア!」

彼女は驚いて、叫んだ。ぼんやりとした黒い影はだんだんと形を成して行くと、それは長い黒髪の制服を着た女子高生になり、その頭からは夥しい血と脳漿がしたたっている。

腕はあらぬ方向に曲がり、骨が突き出している。

声にならない恐怖。口がパクパクと、必死に肺に空気を満たそうとするがうまく呼吸ができない。

「・・・まあだだよ。」

彼女をしっかりとその虚ろな目がとらえる。

「なんなのよ!まあだだよって、なに!」 
勇気を振り絞って彼女は叫ぶ。

「ほら、あなたの番。私を陥れた、あなたを連れていくまで、わたしはまだあそこにいるの。」

禍々しいそれは、彼女に近づいてくる。

「しっ、死ななくてもいいじゃない!勝手に死んだのはあなたじゃない!」 

彼女は薄々、それがあの女子高生だとわかっていた。 

お迎え?そんなバカな。霊なんているわけない!

「私たちが付き合っていることは、誰も知らなかった。」

その女子高生は、寂しそうに俯いた。

「絶対、誰にもバレないように気をつけて付き合ってきた。 
卒業したら、結婚しようって彼は言ってくれてた。なのに・・・。」

俯いた顔をゆっくりと上げると、憎悪に満ちた目から血の涙が流れた。

「お前がぁ!彼の周辺をかぎまわったおかげで!」

じりじりとその女子高生が詰め寄ってきた。

「絶対許さない!」

咆哮すると、彼女に飛び掛ってきた。 
震える足をやっと動かして、彼女は脱兎のごとく走った。

あれが追いかけてくる。凄いスピードで。幽霊なんてゆらりゆらりとするものだと思っていたが、鬼の形相で追いかけてくる。

玄関から出ようとすると、何故か鍵がかけられていた。閉じ込められた?

嘘、嘘、嘘っ!

彼女は慌ててポケットの鍵をまさぐるが手が震えてうまくいかない。 
そうしているうちに、すぐ後ろにあの女子高生が迫って来た。 

あわてた彼女は、玄関脇の非常階段を駆け上がる。寄る年波には勝てず、だんだんと足が上がらなくなる。

非常階段の屋上へと通じる扉は施錠されているはず。彼女は泣きながら、扉をガタガタと揺らした。

ガタン!突然扉にかけていた鍵があき、彼女は扉の向こうに倒れこんだ。 
彼女を見下ろす、黒髪の女の口が三日月のように開くと、そこからどす黒い血が滴った。

「いやああああ!」

彼女は徐々に、追い詰められた。

「ゆ、許して。お願い・・・。」

懇願する彼女を、その血塗られた手が伸びて、トンと押した。

そこからはスローモーションのように体が宙を舞ったかと思うと、突然体を叩き割るような衝撃が貫いた。

あらぬ方向に曲がった手足が見えた。意識がだんだんと沈んでいく。

「まあだだよ。」

耳元でその女子高生は囁いた。

これ以上の何を望むの?
そう、まあだだよ。 
だって、アタシが本当に自殺した理由はまだ生きているんだもの。

退職して、アタシを捨てて、他の女と幸せに暮らしている。

あ・い・つ・が・

「まあだだよ。」 
.
(了) 


修行者様作品

[祝祭]一つの真実

とある高級住宅街のとある一角に、その喫茶店はあった。

気品はあるが、決して居丈高ではなく、老いも若いも自然と人が集まってしまう。そんな喫茶店だった。

今日も今日で、常連の女子高生が学校帰りに喫茶店のドアを開くカウベルの音が街角に響く……。

カランカラン。

「こんにちはー。マスター、店開いてるー?」

「アスカちゃん、ミズキちゃん、いらっしゃい。カウンター、取ってあるよ」

「センキュー、あー。お腹すいちゃったよー。ね、カルボナーラいい?」

「オッケー、ミズキちゃんは?」

「ミックスピザ、お願いします」

「オッケー。どうだった?期末考査。終わったんでしょ?」

「あー、もう私はサイアク。でもミズキはすごいよ。なんと学年3位! 
マミちゃんとナナミちゃんのワンツーフィニッシュは動かなかったけど、トップスリーに入ったって。

S校でだよ?やばくない?今度ゴルゴム先輩ん家で祝賀会だってさー」

「そりゃあすごいな。アスカちゃんも心霊スポットばっかり行ってないで、少しはお勉強、した方がいいんじゃない?」

苦笑するマスターに、アスカは「イーだ」と顔をしかめて見せた。

「ちゃんとミズキも一緒に行ってますもんねー。今日も二人で行ってきたんだよ。暗がり峠のユーレイトンネル。

でもイマイチだったなあ。奴さん、髪の毛振り乱して近づいてくるだけで、全然友達になろうとしないんだもの。

あ、番長さん、情報サンキュー。番長さんが教えてくれた中華料理屋?あそこサイコー!
やっぱ番長さんが言うところはオバケの質が違うわあ」

傍らでティーカップを片手に、微笑みながら今までのやり取りを聞いていた貴婦人が会釈で答えた。

彼女もこの喫茶店の常連で、夕方になるとこの店で紅茶を嗜むことが半ば日課になっているようだった。

以前はアスカたちに「おばさま」と呼ばれていたが、そのオカルトに対する造詣の深さ、提供される知識の質、量から、親しみを込めて「オカルト番長さん」略して「番長さん」と呼ばれるようになっていた。

ミズキが通うS校に出没するという、「双子の幽霊」の怪談について語ったのも彼女だった。

学校中から恐れられていた幽霊について番長さんから聞いたミズキとアスカは、何故か「その双子とお友達になりたい」と思った。

で、二人で双子の幽霊を探し回った挙句、危うく屋上から転落させられる寸前まで行ってしまったのだった。

普通ならそこで「オカルトは二度とごめんだ」と思うところだが、この二人は違った。

「この失敗は、自分たちのオカルトパワーが足りないからだ!修業が足りん!」

と、二人でオカルト研究会を発足し、町内外のオカルトスポットを巡り、オカルト修業を行うようになったのだ。
今日も、その修業の帰りにこの喫茶店に寄っているらしい。

(若いから行動力があるのはいいけど、少し危なっかしいのよね。霊に同情しやすい子は、連れて来やすいから)
貴婦人こと番長さんはティーカップを片手にそんなことを考えていた。
と、ふいに店のドアが音もなく開いた。

そう、ドアを開けたら必ず鳴るはずのカウベルすら音を立てずに。ひんやりとした、夜気のような冷たい風が店内に流れ込んでくる。

店の入り口付近の床に、いつの間にか黒いもやのようなわだかまりが出来ていた。

波打つ汚泥の水溜りのようなそのわだかまりは、どす黒い糸状のものが絡み合って出来ている。

店の玄関から、天井の隙間から、床のタイル目地から、黒い何かがうぞうぞと這い出てきて、わだかまりを黒い塊へと紡ぎあげていく。

よく見ると、それは長い黒髪の塊のようだった。
髪の毛の塊は、まるで蛇が鎌首を擡げるようにうねりながら天井に向かってその上体を起こしていった。

やがてその髪の塊の先端付近が毬のように球状に盛り上がると、中から黄濁した球体が髪をかき分けて排出されてきた。
それは、まるで腐りかけたように変色した眼球だった。

眼球はしばし店内を舐めるように見回した後、アスカの背中を認め、獲物を狙う環形動物のようにその身を這わせながらアスカに向かって進みだした。
その時、

「ウオン!!」

店の入り口付近でチョコパフェを食べていた中年の男が、左目に着けた眼帯を外し、奇妙な声で小さく雄叫びを上げた。

その瞬間、髪の塊は散り散りになって空中に溶け込むように消えた。

「どーしたの?連さん、急に声上げて」

アスカがきょとんとした顔で中年の男性を振り返った。

もう店内は何事もなかったかのように静かなクラシックの音が流れるだけとなり、床には髪の毛一本見当たらない。

「……長い話になるぞ」

「あー、あーいい、いい、パス」

アスカは慌てて前を向いた。男性から長い話を聞くのは苦手らしい。

「店の中に変な虫が入ってきたんでね。追い出してくれたんだよ」

そう言うマスターの声に振り返り、アスカは一瞬目を疑った。

今、一瞬マスターの顔が猫の顔に見えたような……。

「はい、カルボナーラ、ミックスパイ、お待ち」

目の前に出された料理を前に、アスカの疑問は吹っ飛んだ。

「ひゃー、待ってました。ここの料理食べると疲れが吹っ飛ぶんだよねー」
(疲れがなくなるのは、料理だけのせいかしらね)

貴婦人は相変わらずティーカップから立ち上る香りを楽しみながら静かに微笑んでいる。

アスカたちがいろいろなものに取り憑かれたままこの店にやってきたとき、喫茶店の常連たちとマスターが人知れず取り憑いた霊体を祓ってやっているのを彼女は知っていた。

「あ、ねえ、聞いてよ、番長さん。 
こないだ行ってきた番長さんネタの中華料理屋に出てくる魑魅魍魎?超ウケるんだけど。

いきなりミズキに性欲の強い女からの逃げ方とか相談してくるんだよ?ありえなくない?」

アスカはカルボナーラを頬張りながらまくしたてる。あまりお行儀が良いとは言えない。

貴婦人はゆっくりと立ち上がると、カウンターに席を移した。

「面白そうね。もっと詳しく聞かせて。食後のダージリン、サービスさせてもらうから」

「イヨッ!助かるー。今月金欠だったんだー……ひひ・・・」(連れてきているだけじゃなくて、入り込んじゃってるのもいるみたいね)

「ん?何か言った?」

「いいえ、なんでも」

「はい。ダージリン二つ、お待ちー」

マスターはカウンターに湯気の立つ、琥珀色の液体が入ったティーカップと、ホットミルクの入ったミルクポッドを乗せ、貴婦人に軽くウインクして見せた。

貴婦人はそっとマスターに微笑みを返すと、カウンターに置かれた紅茶に、優雅な手つきでホットミルクを二つ添えた。

「ごきげんよう。ミルクはいかがですか?」

(了)

綿貫一様作品

【もういいかい】

「あーもう。ちっとも片付かない~」

隣の部屋から双子の妹、サクラの情けない声が聞こえる。 
やれやれ……。 
私はため息をつくと、 隣の部屋に向かう。

入り口付近に山と積まれた段ボール。
そのせいで、妹の姿は見えない。

「ちょっとサクラ、大丈夫なの?引っ越しは来週だよ?」

足元の床にバラバラと散らばった小物を見ながら、奥へと進む。 
部屋の主は、部屋の中心で物に囲まれて呆然としていた。

頭の左に結んだサイドテール。 
顔は、まあ可愛い方かな(いかん、ナルシスト的な発言に聞こえてしまう。あくまで妹の説明ね)。

スポーツ万能、学業壊滅の中学2年生。
柏木桜。
一方、私は姉の柏木百合。 
サイドテールは右結び。学業優秀、運動音痴。 
まあ、正反対の仲良し双子と呼ばれてます。

「だいたい、アンタの部屋は物が多すぎるのよ。なんでもかんでも取っておくんだから。 
うわ、これなんか、私が幼稚園の時にアンタにあげた折り紙の首飾りじゃない。物持ち良すぎ!」

「このラックの解体で全集中力を使い切っちゃったよ……。 
おまけにラックに置いていた物の置き場がなくなって、ベッドが占領されてしまった……。これじゃ今夜寝れないよ……」

遠い目をしながら、途方に暮れている妹。

「知ってる?モノには進め方ってもんがあるの。まず小物を段ボールに詰めてからラックをバラせばよかったじゃない。 
ホントにアンタは……」

「「ハア―」」

二人のため息がかぶる。

「おーい。父さんの工具箱知らないか?」 
父親が段ボールの山の陰から顔を覗かせる。

「あ、うん。アタシが使ってた。見て、このラック、一人でバラしたんだよ?」

「で、そこに置いてた物がベッドに置かれている、と……。あのなあサクラ、モノには進め方ってもんが……」

「あ、父さん。それは私が言っておいた」 父親は小さくため息をついた。

「……まあいい。ところで、さっき電話があって、田舎の叔母さんの具合が良くないらしいんだ。 
こんな時になんだが、場合によっちゃ、俺と母さんは向こうに行かなきゃいけなくなるかもしれない。 
引っ越しの支度は、できるだけ早く済ませてな」

「「はーい」」

私たちが生まれた時から住んでいるこのマンションを、来週には引っ越す。 
通っている中学も、同時に転校しなくてはいけない。

仲のいい友達たちとも、来週には。 
私たちの親友で、いつも賑やかな陽子は、なにかイベント事を企んでいるみたい。

せっかく最後だもんね。皆でパーッとテーマパークとか、カラオケとか、
「「心霊スポット探検~!?」」 
放課後の教室に、私たちの声が響く。

言われた陽子は得意げな顔だ。

陽子の隣に座っていた、小心者のサチはただただオロオロしている。

「しかし、いつものこととは言え、このタイミングで心霊スポットとは……」

私はあきれるのを通り越して、感心してしまった。 
私たちは陽子の趣味に付き合って、よくその手の場所の探検に同行していたのだ。

「そう!この前、とっておきのスポットを教えてもらったんだよ~。100%出るって噂の中華料理屋跡。 
我々はこれまで多くの心霊スポットを回ったが、一度として『視えた』ことがない!

最後のこの探検では、ぜひ皆で恐怖を共有したいのだ!」

陽子が胸を張る。

変わったことをしないで、いつもしてきたことを、最後もやる。

たぶん、彼女なりの優しさなんだろうな。コイツ、基本的にいい奴だし。 
ただ、私はまあ別として、サクラとサチは怖がりだから。 
いつもヒイヒイ言いながら私と陽子の後を付いてくる。

そんなサクラがいくら最後だからと言って、そんなところに行きたがるかどうか……。

「……わかった。行くよ」

「サクラ?」 
私はサクラの横顔を見る。普段見ない、決意を固めた顔だ。

そんなサクラを見て、サチも「じゃあ、私も……」と同意を告げた。 
どうしちゃったんだろう、サクラったら。
7月ともなると、陽が落ちるのが遅い。

午後7時頃になって、辺りが闇に包まれ、ようやく雰囲気が出てきた。 
私たちは一度帰宅して私服に着替えてから、陽子の家に集合し、その後、懐中電灯を手にこの中華料理屋跡にやって来た。

入り口の上には、大きな看板。 
一階は手前にテーブルが並び、カウンターと、その奥に厨房スペースがある。 
店の奥には二階の居住スペースに通じる階段が見えた。

「……いいねいいねえ。出るって噂はダテじゃない。雰囲気あるじゃん」 
陽子は嬉しそうにつぶやく。

サチはそんな陽子の服の裾を引っ張ってビクビクしながら付いていく。 
さて、うちの妹は……?

「……っ」

口を真一文字に結んで、ぐっと恐怖に耐えているようだ。

ただ、いつもならサチと同じように私の服の裾を掴んで、目を固くつぶっているくせに、今日に限っては目をしっかり開けている。

「どうしちゃったの?サクラ」

サクラは無言で、陽子とサチの後ろを付いていく。 
まあ、どうせ、彼女たちには『視えない』んだけどね。

「…ひ……ひ………」

ほら、今も厨房の陰に、白い顔をした男が立っていて、こちらにしきりに話しかけてきているというのに。 
このメンバーの中で、『視える』のは私ひとり。

だけど、私はそのことを皆には言わなかった。陽子は良いにしても、サチとサクラを必要以上に怖がらせたくない。

私は幼い頃から『視えた』から、これまで行ったスポットの弱いモノくらいなら、対処できた。

本当に強いモノの場合は、うまく皆をそれから遠ざけた。

そんなモノはそうそういないけど。 
たとえば、
「もーーーーいーーーーーかーーーーーーーーーーーい」 
突然、頭上から、雷のようなとんでもなく大きな声が聞こえた。

テーブルの上に置かれたままの割り箸立てが、カタカタと揺れている。 
なに、この声?これは、やばい!

「サクラ!」 
見ると、三人の姿がない。 

どうやら、気付かないうちに2階に上がっていってしまったらしい。 
早く連れ出さないと!

「もーーーーいーーーーーかーーーーーーーーーーーい」

ビリビリビリ……。 
圧倒的な力を持った、重低音。 
私の足は、その場に縫い付けられてしまった。

どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。 
これはきっと、私だけに聞こえている声。

でも、あの三人にもどんな影響があるか、わからない。

どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう。

そして私は思わず、 
「まーーーーだだよーーーーーーーーーーーーーーーー」 
頭上の声に対して叫び返していた。 
じっと真っ暗な天井を見つめる。その奥の、なにか大きなモノを。

フッとその気配が消えた。 
と、同時に2階からガシャーンと派手な音がして、三人が慌てて駆けてきた。

サチがうっかり、2階にあった姿見を倒してしまったらしい。 
その音に驚いて、三人とも飛び出してきた、と。 
最後まで締まらないねえ、アンタたち。 
私はあきれながらも、三人の無事に安堵した。

いよいよ引っ越しが明日へと近づいた。 
だというのに、サクラの部屋はまだ散らかっている。

せっかく陽子たちが地元の花火大会に誘ってくれたと言うのに、「片付け、終わらないから」と断りの電話を入れていた。

両親は田舎の叔母さんの具合が悪いということで、先ほど出かけて行った。今日は泊まりだという。 
家には私とサクラの二人だけ。 
サクラは今、自分の部屋で片付け中だ。

一方、私の部屋はスッキリとしたものだった。 
私はベッドに横になり、物思いにふけっていた。 
生まれたときから住んでいた家を離れる。 
その淋しさに、胸がチクチクした。
と、部屋の入り口に、サクラが立っていた。

「片付け終わったの?」

「……ねえ、ユリ。アタシのベッド、今、小物に占領されちゃって寝れないの。ちょっとでいいの。アンタのベッドで休ませて……」

そう言ってフラフラとこちらにやってくる。 
ボフン。 
そのまま布団の上に身を投げ出すサクラ。

「コラコラ、アンタ、本当に終わらないよ?明日引っ越し屋さん来ちゃうんだからね?ちょっと、」

もう寝息を立てている。

「まったく……」 
私はサクラと向き合うように寝転がった。

「ねえ、サクラ。小さい頃はよく、こうやって一緒に寝たよね? 
アンタは私の双子の妹で、私の半身。 
でも、いつからか――」

チャラチャラチャララララー

枕元に置かれた携帯のアラームに、目を覚ます。

私は置いていないから、サクラのものだ。 
時刻は午後8時。 
見ると、真っ暗な部屋にサクラの姿はなく、私ひとりだった。

自分の部屋かな?それともトイレかな? 
家の中を探すが、姿が見えない。 
コンビニに買い物に行くにしても、携帯を持っていかないなんてありえない。

「サクラ、どこ?」

私は頭を働かせる。

先に目覚めたサクラは携帯も持たずにどこに行った? 
変な時間にかけられたアラーム。

今日は――。
私はマンションの屋上へと続く階段を駆けていた。

屋上への扉には安っぽい錠前がかけられて、外には出られなかったはず。 
私たちが小さい頃は開いていたのだが、屋上にはフェンスもないということから、いつしか鍵がかけられていた。

その錠前は今、ドアの前で切られて転がっていた。 
サクラだろう。 
父さんの工具箱に入っていた、丈夫なカッターも床に落ちていた。
扉を開ける。

「サクラ!」 
屋上にはひとり、妹がいた。

背を向けて立っている。 
「サクラ、アンタ、」

「ねえ、ユリ。アタシね、今日はどうしても、ここで花火を見たかったんだ。

アタシたちが小さいころ、まだ鍵がかかってなかったこの屋上で、ユリと二人で見た花火、忘れられなくて。 
陽子とサチには悪いことしちゃった。わざと片付け遅くやったりなんかして」

サクラが真っ暗な夜空を見上げる。晴れているが、月は出ていない。

「ねえユリ、この間、家に二人だけの時、言ったよね。アタシのこと好きだって」

そう、言った。 
決して言うつもりのなかった言葉。

双子の妹、私の半身。でも、私の一番大事な人に。 
傷つけるとわかっていた。 
二人の関係を壊してしまうと、わかっていたのに。

「アタシ、まだあの時の返事、してなかった。黙って、部屋を出ちゃったから。だから――」

遠く、河の傍から小さな光の玉が舞い上がった。高く、高く。

そして、それは夜空の真ん中で一気に花開いた。 
光の華。 
大輪の、花火。 
一拍遅れて、お腹に響くあの轟音がやってきた。

それにあわせて、
「なんで死んじゃったんだ、馬鹿ユリーーーーーーーーーーーーーーーー!」

サクラが叫んでいた。

あの日、想いを告げてしまった私は、一人部屋に残され、しばし呆然としていた。

これで私たち姉妹の関係は壊れてしまうのか。 
あの子を傷つけてしまった。 

私はフラフラと家を出て、そしてマンションの前の道で交通事故に遭った。 
即死だったらしい。
私は、気が付くとサクラの隣にいた。 
すぐに自分が死んでいることに気が付いた。

ショックだったけど。 
でも自分より、サクラのことが心配だった。

彼女はとてもショックを受けていた。 
だけど、両親や友人たちが彼女を支えた。 
両親はサクラのことを考えて、引っ越しを決めた。

姉の事故にあった道の傍の家では、辛いだろうと。
サクラは、陽子やサチと同じように、まったく『視えない』人間だった。 
心霊スポット探検でも、『視えて』いたのはいつも私だけ。

だから、彼女に私の姿は視えない。 
こんなに傍にいるのに。 
こんなに話しかけているのに。

視えない。 
聞こえない。 
通じない。 
伝わらない。

だから、これは、「ここにいる私」に向けられた言葉じゃない。 
でも、私には向けられた言葉だ。 
聞かなくては、彼女の答えを。

「アタシはね、ユリ。アンタの言う好き、は受けられないよ。ゴメンね。 
アタシにとってアンタは、双子のお姉ちゃん、アタシの半身。 大好きだけど、アンタの好きとは違うの」

うん、わかってた。
「でも、これまでも、これからも、一番大事な人だから。 
それだけは本当だから」

うん。それも、わかってたんだ。 
ゴメンね、困らせて。
その時、 
「もーーーーいーーーーーかーーーーーーーーーーーい」

頭上から響く、あの声。

花火の音よりもなお大きい、私だけに向けられた言葉。
あの時は、待ってくれてありがとう。

「もう、いいよ」

さよなら。サクラ。

【了】


ゴルゴム13様作品

ここに披露いたしますのは、姉妹に訪れたifの物語。あるいは、平行世界の一つに起こった、もう一組の姉妹の物語。それでは、開演致します。

【幻燈館】

ー 
とある町の寂れた郊外に、打ちっぱなしのコンクリートの建物が周囲のビルに融けこむようにひっそりと建っていた。 

黒い金属製の釣り看板に、透かし彫りの装飾文字- 
そこにはただ 『幻燈館』 とのみ刻まれていた。

ガラス張りの小さな木製のドアが、入館を拒むかのように側壁から奥まった暗い場所にあった。その扉の奥は、常に闇に閉ざされていた。

少なくとも、多くの人にとっては。 
その扉の向こうから時折、光が漏れて来ることがある。そんな時は決まって、誘蛾灯に誘われる羽虫のように、誰かがその扉の向こうに消えていくのだった。 

建物の内部では一体何が起こっているのか― 
その前をただ通り過ぎる人々は、関心すら向けなかった。それどころか、古くから周辺に住む者の間ですら話題にならないということに、誰も気が付かなかった。

**********

その日もまた、一人の少女が扉の向こうに消えた。

学校からの帰りだろうか。制服姿だった。少女は物憂げな表情でとぼとぼと歩いていたが、何かの拍子にふと釣り看板を見上げ、ふらふらと扉の方に足を向けたのだった。アーチ状のアプローチを歩き、扉の前で立ち止まる。 
少女は何度か瞬きをした後、そっと扉を押し開けた。 
  
内部に入ると、扉が音もなく閉まった。 燭台が壁に備え付けられ、蝋燭の炎が廊下を照らしていた。

時折ゆらゆらとゆれる炎が、真紅の絨毯を敷き詰めた床に幾重もの自分の影を生み出していた。

(ここ・・・なんだろう・・・何で私こんな所に・・・)

その思いが明瞭になる前に、薄暗い廊下の向こう側に、黒い人影が浮かび上がっているのに気が付いた。 
影はふわふわと漂って来た。

そう、歩いて来たのではなく、まるでクラゲのように―もっと正確に言えば浮遊霊のように。 
それが黒いドレスの婦人だと分かったのは、目の前まで彼女が近づいて来てからだった。 

婦人はレースで顔を覆い隠していたから、顔までは見えなかった。だがそのほっそりとした顎の形、ルージュを引いた蠱惑的な唇から、相当の美形であることが推察できた。

『ようこそ、幻燈館へ』

その唇から、冷たい地の底から流れ出る風のような声が漏れた。この世のものとは思えない、頭に直接浸み込んでくるような声に、思わず肩を竦めた。

「あの・・・私・・・・気が付いたら、ここにいて・・・」

『皆さん、そう仰いますわ』

乾いた笑いを含んだ声が返ってきた。

『ここに来たという事は、貴女はここでやるべきことがある、ということよ』

婦人はそう言って、背を向けた。

『こちらにいらっしゃい』

婦人の後を付いて行くべきだろうか― 
一瞬躊躇はしたものの、何故か逆らう気が起きず、言われるがままに従った。

そうだ、今更、状況がこれ以上悪化するなどありえない。なら、せめて珍しいものを見ておこう。状況は良く分からないが、こんな風変わりな経験は二度とできそうもない。

廊下を曲がると、重厚なドアが目の前にあった。 
映画館にありそうな、防音性の高そうなドアだ。 
婦人がその前に立つと、ドアが勝手に開き始めた。 
後に続いて中に入ると、映写室のような空間が広がっていた。

縦長の部屋の前方には銀幕が、後方には映写機があり、その傍らに、ゆったりと寛げそうなアメリカンサイズのソファが置いてあった。

『どうぞ、掛けなさい』

婦人に言われるまま、ソファに腰を降ろす。 
『あなたには、これからあるものを譲って頂くわ。それは過去の記憶、あるいは直近の未来。貴女が選ぶ、貴女に取って不必要なもの。覚えていると辛いだけの過去、あるいはあなたが選択しようとしている未来ーそれは私達にとって、大事な資産になるのよ』

「・・・過去か、未来?」

『そう。貴女はそれを失うけれど、損はしない。そして私にとってそれは有益な財産になる。 
一つだけ選びなさい。そして念の為に一度だけ、あなた自身にそれを見て貰います。その上で、譲るか否かを判断して』

突然そんなことを言われても、どうすればいいのか・・・それに、頭がさっきからぼんやりする・・・でも・・まあ・・・いいか・・・

「わかりました・・・どうせろくな未来じゃないし、これから私がしようと思っていた未来をお譲りします」 

婦人は口元でにっこりと微笑んだ。

『分かったわ。じゃあ、少しじっとしてて』

婦人は、映写機に掛けられていたヘッドフォンのような物を私の頭に掛けた。ヘッドフォンの耳当ては確かに普通のものだが、頭部に掛けるアーチには何故か宝石が埋め込まれていた。

『楽にして、スクリーンを見て・・・紅茶も淹れてあげたから、良ければお飲みなさい』

ソファ横のティーテーブルに、ティーカップの紅茶が湯気を立てていた。私はミルク瓶からミルクをたし、カップを口に運んだ。

スクリーンにカウントダウンが映し出され、やがて― 
  
そこで見た映像には、私と姉のこれからの運命が描かれていた。姉の自殺、私の後追い自殺、そして死後も復讐を続ける私達姉妹―母校で夜な夜な行われる惨劇の再演― 
スクリーンに見入っていた私は、我知らず涙を流していた。 
  
『どう?譲る覚悟は決まったかしら?』

婦人に声を掛けられ、はっと我に返る。銀幕には既に、何も映し出されてはいなかった。

「あの・・・今の、私の未来をあなたに渡したら・・・私はどうなるんでしょう?」

婦人は一瞬間をおいて答えた。

『あなたがどうなるかは、私にも分からない。ただ、この未来をここに残すという事は、その未来はあなたから奪われる、ということ』

こんな未来、いらない・・・ 
「分かりました。この未来、お譲りします」

『畏まりました。お客様』

そう答えた婦人の目が、レース越しに青く輝くのが見えた。

*********

気が付くと、私は普段足を踏み入れない郊外にいた。打ちっぱなしのコンクリートのビルの前で、ぼんやり突っ立っていたのだ。

一体こんな場所で何をしていたのだろう・・・思い出せないが、どこか頭がすっきりしたような気がした。

帰宅した私は、姉に洗いざらい思いのたけをぶつけた。姉は初めこそ黙って聞いていたが、やがて涙を流して事の経緯を語って聞かせた。 

その後は、二人で親に相談し、激怒した親が学校に抗議、暫くごたごたが続いたが、いじめのグループは謹慎処分を喰らい、半数は転校、残りは不登校となった。

事態のあらましを知った級友たちも、徐々に私達に打ち解けてきて、今では表面上は普通の学校生活を送っている。

ただ一つ変わったのは、姉と私、お互いが悩みも喜びも打ち明けるようになったことだ。

あの一連の騒動の後、ようやく私達は本当の姉妹になれた気がする。

********

薄暗い幻燈館の一室で、黒服の婦人が宝石を手に取り眺めていた。その宝石は、暗闇の中で自ら赤い光芒を放っていた。

『どんな怨みも憎しみも、何故人の思いはこんなにも綺麗に輝くのかしら・・・不思議なものね』

レースの裾から覗いた口元で、彼女はうっすらと微笑んだ。

「了」

ラグト様作品

【スリーピングブック】

「あ、あつい・・・」

タオルケットの下で身体を丸めていたミズキは思わずうめいた。
今年の夏は特にむしむしとして寝苦しいものだった。

朝の湿った空気に、小鳥のさえずりとかすかに外の通りのざわめきが混じって聞こえてくる。

「う、う~ん」

不機嫌そうに起き上がり、汗でべっとりした肌に薄いパジャマをぱたぱたさせて空気を送ると、甘酸っぱい汗の匂いとともに湯気が立ちのぼる。

「・・・お腹すいた、焼きたてのホットサンドと蜂蜜とミルク入りのアイスティーがいいな」

お腹を空かせた少女は立ち上がり、タオルケットをたたんだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミズキは珈琲派だったが、その喫茶店ではいつも紅茶を頼んでいた。
高級住宅街の一角にある奥様方に評判の良い広めの喫茶店。

通う中学の近くだったこともあり、ミズキはよくここでのティータイムを満喫していた。

親友のアスカ達と談笑しながら楽しむのももちろん好きだったが、休みの日には一人でゆっくり読書することも至福の時間だった。

そして、ミズキのもう一つのお愉しみ、それはお店の一角に設けられているアンティーク小物売り場の物色だった。

マスターがどこからか仕入れてきたセンスの良い小物を眺めるのがミズキは本当に好きだった。

値段は少々お高めのものが多かったので、中学生のおこづかいでは気に入ったものがあっても買うことはほとんどできなかったが、ただ見ているだけでも心地よかった。

「あれ、マスター、新しいのがたくさん入ってるね」

「おっ、ミズキちゃん、さすがだね」
ミズキの横を通りかかったマスターはにっこり微笑んだ。

「ここの常連の方で亡くなったご主人の収集物をいくらか整理したいというご婦人がいてね、僕が買いとったんだよ」

「へぇ、それでかあ」

ミズキは新しく並べられた骨董品をしげしげと眺めていたが、ふと棚の奥に紙袋が置かれているのに気が付いた。

これも商品かと思い、ミズキは袋を引っ張り出してみた。

中に入っていたのはシンプルだがつくりの細かい西洋人形と皮づくりの辞書のような古い本だった。

「ん、これは・・・」

ミズキは人形を手に取ってみた。
人形の瞳の中を注意深く覗き込んでみる。

「・・・この人形、生きてるのかな」
人形に気のようなものが宿っているのをミズキは感じ取った。
生き人形ということになるのだろうか。

とはいえ、不吉なものではなく人形には優しい気が満ち溢れている。
「大事にしてもらってたんだなあ」

ミズキは世間的に言うところの霊感の強い女の子だった。
子供のころからこの世ならざるものの存在を感じながら生きてきた。

だから、志望の高校に幽霊話があるという噂を聞いても、悩みの種になるほどだった。
厄介な存在に関わることだけは避けたいとも感じていたのだ。

「ああ、ミズキちゃん、ごめん、そのふたつはもう売れちゃってるんだ、手持ちのお金がなかったからということで取っておいてるんだよ」

人形を手に取って眺めているミズキにマスターが困ったように声をかけた。

「あ、いや、別に欲しいってわけじゃ・・・ただちょっと見てただけで」

「えっ、そうなの? ごめんね、黒服のご婦人が買ったんだけど・・・ちょっと見る分なら構わないよ」

たぶん、マスターは黒服のご婦人と言えば、ミズキにもすぐわかることからその表現を使ったと思うのだが、ミズキも時々喫茶店で見かけて、何度か話をしたこともあった。

黒服・・・と聞いてしまうと、普通なら奇妙な人と感じてしまうかもしれないが、お店の中で彼女を見た人が思わず見つめてしまうような黒い服をお洒落に着こなした気高さを感じさせる女性だった。

ミズキは人形を袋に戻し、あらためて本の方を手に取ってみた。
人形と同じく何らかの気のようなものは感じていたが、中身を見てみようと革バンドのボタンを外してみた。

だが、本は開かない。
古くてページ同士が張り付いているとかいうレベルではなく、まるで接着剤で固められているように全く動かなかった。

もしかして、本型のオブジェだろうかとも思い、棚の奥の紙袋に戻そうとしたその時だった。
突然、本が自然にパラララとめくれ出し、あるページのところで開いて止った。

そのページには手書きと思われる西洋人形の絵と英語の文章が書かれていた。

『Living Doll』

ページの表題と思われる部分にそう書かれている。

「えっ、生き・・・人形?」
中学生のつたない翻訳力で何とかそう読み取った。

ミズキは驚きながらもこの人形のことを描いているのだろうかと思ったが描かれている絵は西洋人形という点は同じだが、袋の中の人形とは明らかに違っていた。
どうも、生き人形全般のことを指し示していると考えた方がよさそうだった。

この本はその辞書みたいな形状から、もしかすると他の怪奇現象にも注釈を表すのだろうか。
俄然、ミズキはこの本に興味が出てしまった。

しかし、この本はすでに売れてしまっているうえにそれこそミズキの手持ちのお金で買える気がしない。
しばらく思案していたがミズキはためらいながらもある行動をとった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

マスターに紅茶代を支払い店を出たミズキは早足で近くの交差点に向かった。
そこは見通しが悪いわけでもないのに事故が多発することで有名な交差点だった。

ミズキは自分の手提げカバンから先ほどお店から拝借してきた本を取り出した。
そしてすかさずお店に電話を掛ける。

「あっ、ミズキです。マスターごめんなさい、私のカバンにさっきの売り物の本が間違えて入っちゃってたみたいで、すぐ返しに行きますので・・・」

おおよそ犯罪めいた強引な手だったが、他にいいアイデアが即興で思いつかなかった。
少しの時間を稼いだミズキはさっそくくだんの交差点に本を持って近づいた。

ミズキの目には道路に埋まったような上半身や体の一部だけの霊が何体か視えていた。
その霊達に迫ったその時本がまためくれ出して自然にあるページで開いて止まった。
ミズキの予想通りだった。

そこに描かれていたのは地面から這い出すような幽霊達や無数の手。

『Earth Bound Ghost』

地縛霊・・・多分そう訳すのだとミズキは感じていた。

『ghost bound to a specific physical location・・・』

何か英語で注釈も書かれていたが、やはりミズキの翻訳力ではかなり解読が怪しい
あまりそこでとどまっていると彼女自身が地縛霊達に目を付けられる恐れもあったので、ミズキはいったん交差点から離れてみた。

すると本はまた閉じて、固まってしまった。
色々試してみたが、どうも革バンドを止めていると本は反応しないらしい。
そして驚いたことに曰くつき交差点から喫茶店に戻ろうとしたとき、再び本が何かに反応した。

開かれたページは『Fox Woman』
狐・・・女?

適当な訳語が思い浮かばない。
イラストでは着物のような服を着た大きなしっぽと獣耳の生えた女性が描かれていた。
狼男の狐版のようなものだろうか。
狐・・・地縛霊の時もうすうす感じていたが、どうもこの本の描写から受けるニュアンスは日本のそれとよく似ている気がする。

この本は英語で書かれているが、書いたのは日本人かもしれない、ミズキはそう思い始めていた。
しかし、次の瞬間ある考えに至り、ミズキは戦慄した。
本が開いたということは今その場を狐女が車か徒歩で通り過ぎたということだった。

大いに興味が湧いてしまったミズキはその怪異図鑑を例の黒婦人から自分が買い取れないかなと考え始めていた。
たまたま帰り道途中で漂っていた浮遊霊に本を近づけたが、本は反応しなかった。

「・・・コモンな霊には反応しないんだ」
思考がちょっと英語づいていたが、確かにすべての霊に反応していたら、本は開きすぎてしまうだろう。

開きすぎる・・・?
新たな疑問が沸き起こった。

「何で本を固める必要があるんだろう?」

図鑑ならばどのページでも見れるようにしておけばいいのに、そう思いながらミズキが喫茶店に入ると、中では黒婦人が既に待っていた。

その姿を確認して、本を勝手に持ち出してしまったことに罪悪感はわいたが、あくまで故意ではないということはアピールしなければと考えた。

「あっ、おばさま、それとマスター、すいませんでした、ついうっかり・・・あっ!」

これから本を譲ってもらう交渉をしようかというときにおばさまという単語を出してしまった自分にミズキは嫌気がさしたが、なんとか気を取り直してカバンから本を取り出した。

その時だった。

パラララララ・・・
本が開きだした、黒婦人の目の前で。
ミズキは驚いて硬直したまま、まるでスローモーションのようにその光景を眺めていたが、流れるような動きで黒婦人は本をぱたんと閉じて素早く革バンドのボタンを留めた。そして、ミズキの顔をゆっくりと覗き込んだ。

「・・・見た?」

婦人の表情までもが黒く染まって見える。
ミズキの心臓が大きく跳ねる。

「・・・え? 何のことです?」
思わず出た言葉だった。

「あっ、ごめんなさい、おばさま、間違えて本を持って帰ろうとしちゃって、でもこの本オブジェなんですか全く開かないんですけど・・・あれ、今は開いたような」

なぜこのときミズキはとっさに白を切ることができたのかよくわからなかった。
本能でそうしなければならないと感じたとしか言えなかった。

「・・・まあ、いいわ」
訝しみながらも黒婦人は本を袋に入れた。

「この本はこのお店にはふさわしくないし、もちろんあなたにもね、危険すぎるのよ」
そう言って、軽く微笑んだ。

「だから、眠ったままにしておかなければならない、二度と起こさないように」

彼女の所作のあまりの優雅さに少し感動を覚えながらも、ミズキは一気に緊張が解けて力が抜けた。

ミズキに向かって意味深な言葉を投げかけた黒婦人は店を出て行った。
黒婦人の言葉に、あれほど興味があった本にもう何も感じていなかったし、感じてはいけないのだと思った。
やはり、この世には触れてはいけないモノはあるのだ。

あの本の他のページにはきっとこの世の覗いてはならない闇が溢れている、ミズキはそう感じてしまったのだった。 

「了」

まりか様作品

【いくつもの真実】

「あの。。。もう勘弁してください。。本当に無理です。。」
正面玄関の前で、震えながら懇願する玲香。

「あ?なんだって?お前じゃあ金持ってくるんだろうな?」
玲香の前で、仁王立ちの3人組のうちの一人、美鈴が、腕組みしながら凄む。

「いや。。。これ以上はもう。。。親にバレます。。言い訳できないし。。。」
玲香の言葉に、ッハ!、と鼻で笑うと、みゆきがさも同情しているかのように眉をハの字にしながら、身を乗り出すようにして言った。

「だーから!屋上から手を振って帰ってきたら、それで今回は許すって言ってんじゃん?つべこべ言わずに行ってくれば、それで終わるんじゃん。ちゃんとここで待ってるから、早く行っておいでよー。ねぇ?」

3人はニヤニヤと玲香を見つめている。 
どうあっても許しては貰えないようだ。 
玲香は諦めたように肩を落とすと、校舎に向かい、屋上を見上げた。

??????????????????????

ここは、昭和第一高等学校。 
県内でも有数の進学校だ。

玲香も受験を控えた中学3年の頃は、この高校に進学し、有名大学を目指し、大学卒業後は華々しく社会人デビューをする事を夢見ていた。

その頃は、まさか自分が入学して数ヶ月後にイジメのターゲットにされるだなんて、思ってもいなかった。

玲香はおとなしくて目立たない。 
休み時間は教室の隅で本を読んでいるような、そんな少女だった。

だが逆に、それがターゲットとしてロックオンされてしまう要因になったのかもしれない。

最初は小突かれたり、足を引っ掛けられたりと、ただからかうくらいの可愛いものだった。 
それが日を追うごとにエスカレートしていき、金品を要求されるようになり、断れば、容赦のない暴力を振るわれるようになった。

最初は小遣いからなんとか工面していたが、そのうちそれも追いつかなくなり、親の財布からこっそりと抜き取っては渡すようになっていった。

回数を重ねるうちに、親もお金がなくなっているような気がする、と言い始め、発覚を恐れた玲香が、これ以上は無理だと、何でもするからお金だけは許してくれと懇願した事から、今回の事態へと発展したのだ。

??????????????????????

屋上を見上げながら大きく息を吸い込むと、覚悟を決め校舎脇の非常階段へと向かう。
震える体を支えるように、手すりをしっかりと握りしめ、一歩一歩階段を登っていく。

時折確かめるように後ろを振り返ると、腕組みした3人の姿が見える。

こんな夜中の校舎に、しかも「双子の姉妹の幽霊が出る」と有名な場所に、一人残されたらたまったものではない。
3人の姿を確認すると、安心したようにまた登る。
そうして、ようやく3階建ての校舎の屋上へと到達した。

3人が見下せる場所へと、足を運ぶ。
ここから手を振れば、それで終わりだ。 
そうすれば帰れるのだ。
そう言い聞かせながら、手すりへと近づいていく。

『。。。。。か?』
不意に何かが聞こえた気がした。

「えっ。。?」
ビクリと体を震わせ、辺りを見回す。
『。。。ようか?』
また聞こえた。人の声だ。それも、2人。。?

自分の体を抱きしめるようにしながら、キョロキョロと辺りを見回し、ジリジリと後退る玲香。

「だっ。。誰っ?」
誰もいるわけない。いるわけがないのに。

『うふふ。。。助けてあげようか?』
耳元に、ハモるような女の子の声が聞こえた時。

「!!!」

玲香を挟むように、瓜ふたつな顔をした女の子が2人、立っていた。
「おおい!!おっせぇよ!!まだかよ!!」
下から美鈴が叫んでいる。

しかし玲香は動けなかった。あまりの恐怖に、体が硬直してしまっていた。
『あの子達にイジメられているんでしょう?わたし達が、助けてあげようか?』

右側の女の子が囁く。
「助けるって。。どうやって。。」
ガタガタと震えながら、その女の子の方へ顔を向ける。

『そんなの、あなたが知る必要はないわ。助けて欲しいの?欲しくないの?』

今度は左側の女の子が、耳に口がつきそうなほど顔を近づけて囁いた。

「。。助けて。。欲しいです。。」
ゴクリ。と玲香は喉を鳴らした。

『うふふ。。。わかったわ』
双子がそう言ったのと同時に、玲香の体は漆黒の闇に包まれた。

━━━━━ここは。。。どこなの? 
何も見えない。自分の体を確かめようと両手を見てみるが、闇に溶けたように、何も見えない。

その時。
「ぎゃあーーーーーーーーっ!!」 
「いやーーー!来ないでーー!」 
「誰かぁーーーーー!」
あの3人の悲鳴が聞こえた。

━━━何?何が起きているの?
まるで目を閉じているのではないかと錯覚するほどの真っ暗闇の中を、必死に見ようと目を凝らす。

『まぁだだよ』
あの双子の声。その直後。
ドスン! 
ドスン! 
ドスン!

何か重い物が高い場所から落ちたような鈍い音が3回聞こえた後、辺りは静寂に包まれた。

『さあ、あなたはもうお帰りなさい』
うふふふ。。。

双子の妖艶な笑い声が聞こえた後、まるで霧が晴れるように、目の前が開けた。

「え。。。?」
ぼんやりとしていた景色がはっきりと見えた時、玲香はもう学校ではなく、自室にいた。

?????????????????????

次の日、あれは夢だったのかもしれない、学校へ行けば、きっとまた今日も憂鬱な1日が待っているのだ、そう思いながら玲香は登校した。

学校へ着くと、何やら騒がしい。
警察。。。?何があったの。。?まさか。。。

恐る恐る校門へと近づくと、一人のクラスメイトに肩を叩かれた。

「良かったわね。あんたをイジメてたあの3人、ゆうべ屋上から飛び降りたんですって」

「ええっ!?ど、どうして!?」
美玲はひどく動揺した。
まさか。。。あの双子が。。。本当に。。?

「集団自殺だろうですって。案外、双子の幽霊の仕業だったりしてね」

ふふっ、とクラスメイトは短く笑うと、人混みの中へと紛れていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

怪談師様作品

【拙い真実】

「……………………わたしは、そんなお母さんが、大すきです!」
手にした紙から顔を上げて、女の子が前を向く。

教室の中には拍手が響き渡り、発表を終えた少女は、興奮と達成感に頬を紅潮させながら席に着く。

「……はい、とっても良く書けてました!渡辺さんが、お料理上手のお母さんが大好きな事、先生にも伝わりましたよ……では、次に……男子の発表です!青木君!」
はい!元気な返事と共に、男の子が立ち上がる。 

作文用紙を両手で広げ持って、緊張に上擦る声で読み始めた。 
教室の後ろでは、男の子の母親が心配げな視線を我が子に向けている。

教壇に立つ真実子は、誰にも悟られない様に注意しながら、小さく溜め息を漏らした。

(…………何で、登校しちゃうのよ……)
視線は1人の男の子に向いてしまう。

俯き加減で座る少年は、加藤 真義。 
小学校2年生の教室において、授業参観という特別な行事で、落ち着いて座っているのは彼だけだ。

彼は、絶対に後ろを振り向かない。 
真義の母親は、ここには居ないのだから。

(参っちゃうな~……やっぱり無理にでも、保健室に行かせれば良かった……)
真実子は黒板に、自らが書いたチョークの文字を見る。

『ぼく・わたしのお母さん』……授業参観の為に生徒達に書かせた作文のテーマだ。

この宿題を出した時、真義の母親は『まだ』生きていた。 
まさか授業参観の1週間前に自殺するなんて、誰が思っただろう。

今更、授業内容を変更出来ない真実子は、真義の父親に授業参観の日はお休みさせる様にお願いしたが、仕事を休めない……本人が行きたがっている……と、止めるのも聞かずに登校させてしまった。

しかも真義本人が、保健室自習を頑なに拒否。

作文の発表を、代表生徒だけの朗読に切り替えれば避けられるのだが、そんな事をすれば発表出来なかった子供の母親が『えこ贔屓だ!』等と騒ぎ立てるだろう。

為す術の無い真実子は、憂鬱な気分で刻一刻と迫る、真義の出番を迎えねばならないのだ。

(……アッチの教室は、理科か……いいなぁ)
もう一度、溜め息をひた隠す。

アッチとは、真義の双子の弟・真晴のクラスの事だ。 
理科ならば、母親が来ていなくても、ダイレクトに傷口を抉る事は無いだろう。

真実子は、出来る事なら代わって欲しいと、心の底から願っていた。
そうこうしているうちに、真義の順番が回ってくる。

「次は……加藤君…………止めて…おく?」
おずおずと、聞いてみた。

教室の後ろでも事情を知る親達が、ヒソヒソと何かを呟き合う。

だが、そんな事はお構い無しという様に、真義が立ち上がり作文を広げる。 
朗々とした真義の声が、教室に響き始めた。 
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ぼくたちのお母さん 
             2ねん1くみ かとう まさよし
 ぼくたちのお母さんは、ぼくたちがきらいです。

本当は女の子がほしかったのに、ぼくたちがふたごだったから、お父さんに子どもはもういらないって、言われたからです。

お母さんは、ぼくたちがいらなかったので、おうちのマンションの上から、ぼくたちをすてようとしました。 
ぼくたちがいなくなったら、女の子がうめるからです。

ぼくたちのおたんじょう日に、花火をやるからおいでと言って、マンションの一ばん上のお外に行って、まさはるくんのせなかをおしました。

まさはるくんは、おちそうになったけど、うんていにくっつくみたいに、ふちっこにぶら下がりました。

お母さんはまさはるくんの手を、しねしねと言いながら、たたきました。 
ぼくはまさはるくんがないちゃったので、お母さんやめてと言いました。 
お母さんはぼくに、お前らなんていらないとおこりました。

ぼくはお母さんにたたかれながら、まさはるくんの手をにぎって、おちないようにもちました。 
お母さんはもっとおこって、ぼくをたたきました。

そしたら、お空のなにもないところに、おねえさんが立っていました。 
おねえさんは2人いました。 
半分ずつぐちゃぐちゃでした。

おねえさんたちは、そっくりだったから、ぼくはふたごなのかなとおもいました。 
おねえさんたちは、ぼくに「たすけてあげる」と言いました。

そうしておねえさんは、お母さんの手をもちました。 
お母さんはびっくりして、ぎゃあーと言いました。

もう1人のおねえさんが、「まあだだよ」と言いながら、お母さんのせなかをおしました。

お母さんは、ごめんなさいと言いました。 
いっぱい、ごめんなさいと言いました。

でもぼくは、お母さんなんかいらないとおもったので、お母さんなんかいらないと言いました。 
そしてお母さんは、お空におちました。

ぎゃあーと言って、おちました。 
ぐちゃりと音がして、つぶれました。 
ぼくは道におちてる、カエルみたいだなとおもいました。

でもカエルはペチャンコになってもカエルなのに、お母さんだったのは、まっかでした。

おねえさんがまさはるくんを、上にいれてくれました。 
まさはるくんは、たすけてくれたのに、ぎゃあーとなきました。 
おねえさんたちは、ぼくたちに「ふたごはなかよくしてね」と言いました。 
ニッコリわらった気がしたけど、半分ぐちゃぐちゃだったから、よくわかりませんでした。

おねえさんたちは、「まみせんせいに、よろしくね」と言いました。 
そうして、お空の上にとけていなくなりました。 
ぼくはお母さんが、きらいなので、よかったです。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
……読み終わった真義が、席に座る。 
しんと静まり返った教室に、拍手の音は無い。 
意味の分からなかった子供達はキョトンとして、やがて騒ぎ出した。

なんだそれー!へんなのー! 
と叫ぶ子供達の声の中、真義だけが涼しい顔で座っている。

真実子は、子供達を宥めるのも忘れて、ガクガクと震えながら真義を見ていた。

………………何で忘れていたのだろう…………この子の住むマンションは、『あの子達』のマンションじゃないか!!
真実子には、幼稚園から中学まで一緒だった、幼馴染みの双子の姉妹がいた。

美人で頭の良い姉妹だったが姉妹仲は悪く、真実子はそんな2人の取り持ち役でもあった。

その双子が高校に入って半年後に、相次いで自宅マンションから飛び降りた時……真実子はその原因となった『苛め』を無くしたいと、教育者になる事を決めたのだ。

まさか、こんな形で姉妹を思い出す事になろうとは……そして、真義の母の死の真相が、自殺ではなく、我が子を手にかけんとした末の、『呪殺』だったとは…………。
教室の騒ぎを聞き付けた、他の教師が集まって来た。

それを期に、参観に来ていた母親達も騒ぎ出す。

パニックの中、泣き崩れる真実子をただ1人……真義だけが、何の感情も宿らない瞳でじっと見詰めていた。

【了】 


マジカル様作品

―― 貴婦人の真実 ――

・・・・・
「じゃ、おばさま!面白い話、ありがとうございましたー!」

件の学生がそう言って店を出た後、店内に残っていたのは貴婦人と店主のみだった。

店主は苦笑いを浮かべながら貴婦人の元へ紅茶を運ぶ。

「…ふう。あんまり学生さん怖がらせちゃ困りますよ。
……番長さん。」

「あら、あの子達は平気ですよ?きっと怖がるのではなくちゃんとした『怖話』としてみんなに伝えてくれるでしょう。 
そうすれば、『あの子達』も成仏へまた近づくことでしょう。 
辛い事・苦しい事は 抱え込む のではなく 共有し・分け合う ことで1人の負担が軽くなるんですよ。」

そう言って微笑むと、ゆっくりと紅茶を口へ運んだ。

窓から差し込む西日に照らされたその姿は、ひとつの絵画の様に店主の視界に映し出されていた。

・・・・・

ふと店主は頬に風を感じ、湯沸し中のポットへ視線を移すと注ぎ口から舞い上がる湯気が天井へとのぼる事無く、貴婦人を方へと横へ流れていた。

そのまま湯気を視線で追うと、その湯気は2つの塊となり、まるでおとぎ話のマーメイドの様に、貴婦人の周りを漂っていた。

「…番長さん、まさかその『2人』は?」

「ふふっ…そう、『あの子達』よ。」

意地悪そうに微笑む貴婦人には大人の優雅さの中に無邪気なイタズラ心が見え隠れしているようだった。

店主はまたかとため息をつく。
「ま~た世話焼いて連れてきたんですか?…いつも頑張るのは良いですが、心配する身にもなってほしいものです。」

「あら心外だわ。『今回』は違くてよ?この子達とは、私が会いに行った訳じゃなく、偶然会ったまでよ?

最初は悪霊になる前にお止めなさいと忠告した程度だったのだけど、『白い気配』がこの子達にあったものだからつい…ね。」

店主のマグカップを磨く手がピタリと止まる。

「…ということは、またアレが関与しているんですか。」

「ええ…。そろそろ逢魔が時なので行くとしましょう。」

貴婦人は周囲の塊を促すように、店の入り口へと向かった。

「…番長さん。明日もとびきりの茶葉、仕入れておきますよ。」

「あら素敵、楽しみにしていますね。ではごきげんよう。」
そう微笑むと、貴婦人は店を後にした。

「一番肝心な時に見て見ぬフリしかできない私が、彼女を止められる訳がないか…。」

溜息の混じった独り言は、客のいない店内でこだまする事も無く消えていった。

・・・・・ 
・・・・・

「ごきげんよう。」

貴婦人が訪れた場所は商店街の一角にある、平屋の日本家屋を二分割し甘味処と花屋が併設している場所だった。

「いらっしゃいま…あ、番長じゃない!」

店の前に立つ貴婦人の姿を見つけた人影が、それぞれの店から出てきた。

「ごきげんよう、マミさん。みつ姫さんもお元気そうでなによりです。」

「おひさしぶりです番長様。」
花屋の店長であるマミは貴婦人の周囲を訝しげに見る。

「また、何か厄介そうな影が見えますね?姫さん見えます?」

「…女の子が2人でしょうか。」

甘味処の売り子兼経営者であるあんみつ姫は、貴婦人の周囲に漂う2人を見つめ何か悟ったようだった。

「いつもの…見繕ってくださる?」
貴婦人は微笑みながら、2人へお金を渡した。

・・・・・

「ではまた、ごきげんよう。」
青い薔薇と和菓子の入った包みを手に去る貴婦人を、2人は見送っていた。

「番長…あんなに危ない霊を連れててよく平気ですねぇ。」

「それは心配無用ですよマミ様。だって番長様には、常日頃から守護霊がついていますからね。」

「あっそうでしたね。マガツヒって名前の猫と…鏡水花さんという女性でしたっけ。」

「ええ、ですので番長様に危害は与える事すらできないでしょう。」

「いいなぁ。私今回のアワード作者なのにサブ役だし、霊とかぼんやりとしか見えないんですよ~。」

「マミ様…あまり作品の中でメタ発言は…。」

「おっと失礼しました。」

・・・・・ 
・・・・・

手土産を携えた貴婦人がやって来たのは、とある神社だった。

神社の奥へ進み、離れへと向かうとちょうど落ち葉を掃除中の人影があった。

「修行者さん、ごきげんよう。」
「あ、番長さん!どうもです!」
「神主さんはいらっしゃいます?」
そう言って、手土産の和菓子を手渡した。

「ラグトさんですね!ちょいとお待ちを!」

・・・・・

しばらくして、神主のラグトが姿を現した。

「ご無沙汰しております番長様。今回はそちらのお二方で?」

「ごきげんようラグトさん。お察しの通りです。しばし預かっていただけますか?」

「承知しました。…どのくらいになりそうでしょうか?」

「遅くても一週間程度かと。」

「お任せください。」

貴婦人は軽く会釈すると、神社を去って行った。 
残された2人の霊は戸惑いを見せていた。

「では、貴方達はここで成仏の時が来るまでゆっくりなさってください。」
ラグトは微笑むと、手土産の和菓子をつまみ食いしているであろう修行者の元へと足早に向かった。

・・・・・ 
・・・・・

日も沈み、街灯が夜闇を照らす道を貴婦人は歩いていた。
しばらく道なりに歩き、赤い暖簾のかかった食事処で足を止める。

貴婦人はゆっくりと戸を開けた。

「…ひひ…、来ると思ったよ。」
「ごきげんよう、ロビンさん。」
不敵な笑みを浮かべた真っ白な顔をした男性が、カウンターの奥から現れた。

「あら、来るのがわかっていたなら私の言いたい事もわかりますね?

どうして『あの子達』にいじめてきた相手を突き落とし続けるだなんて残酷な復讐方法を教えたのですか? 悪霊化しかねない危険な手段ですよ。」

「いやあ…ずいぶんと恨みがたまってたからね。ちょっとアドバイスしてあげただけさ…ひ…。」

「そんな親切心だけで動くような貴方ではないでしょうに。」

「ひひひ!よくわかってらっしゃる! 
僕はね…インスピレーションがほしいんだ。 
実際にどんな結末を迎えるか、どうすれば『怖い話』になるか、いつもいつも悩んでいるよ。 
だから試すのさ…ひひ…」

貴婦人は小さく溜息をひとつついた。

「貴方のその変態なまでの悪癖…、どうにかならないのでしょうかね…。 
こうやって後始末する私の身にもなってください。」

「ひひ…いつもありがと、番長…ひ…。」
「お礼は結構です。」
ピシャリと切り捨てた貴婦人は青薔薇の包装を取り花弁を手のひらに握りしめる。

そしてゆっくり開くと、バラバラになった花弁が一枚一枚蝶のように浮かび、店主の周りとグルグルと飛びまわった。

「…ひ…青い薔薇の花言葉はたしか…『奇跡』『神の祝福』だったかな…。 
力を持つ人が扱うと、そんな『奇跡』も起こせるんだね。」

「ロビンさん、今回はやりすぎです。なのでお仕置きとしてしばらくの間、 
貴方に『女性がよりつかなくなる呪い』と 
『お店にろくでもないクレーマーばかりがくる呪い』と 
『悪夢にうなされる呪い』と 
『飲み物はミルクティしか飲めなくなる呪い』と 
『サイトでバグが発生し未発表の作品が晒されてしまう呪い』をかけておきます。」

「ひっ!?な、なんでそんな具体的な呪いばかり…! 
女の子がお店に来てくれなくなるよ…ひ!」

表情のゆがんだ店主のかわりに、今度は貴婦人が不敵な笑みを浮かべた。

「わかりました。では… 
『ヤンデレの女の子に付き纏われる呪い』もたしておきますね。」

「ひいっ!?い、い、いやだあああ!」
白い顔をした店主の悲鳴は、夜の街に消えていった。

・・・・・ 
・・・・・

「では私はこれで。」
うなだれる店主を背に店を出ようとする貴婦人に、店主は力なく声をかけた。

「この呪いどうやったら解けるの…ひ…?」

「そこの花瓶に活けた青薔薇のつぼみが花を咲かせ、花弁が散るまでです。 
燃やしたり捨てたりしたら呪いは永続するのでくれぐれも変な気は起こさないでくださいね?」

「…ひ…了解です…。」

「あ、それかもう一つ手段はありますよ? 
…昨年から保留にし続けている、とある作品の続きを書くことですかね。」

「…まだ覚えてたんだね…ひ…まいったなこりゃ。 
番長…次はいつここに帰って来てくれる…ひひ…?」

「ふふっ、秘密です。」
そう言って振り向いた貴婦人の顔は、無邪気な意地悪さを含んだ満面の笑みだった。

「では、ごきげんよう。」

・・・・・
―― Fin ――

修行者様作品


【祝賀会2次会】一つの真実

カタ…カタカタカタ……
夕暮れ時のアパートの一室、薄暗闇の6畳間では、パソコンのディスプレイが無機質な白黄色の光を放っていた。
その前には一人の女性がひどい猫背で座り、キーボードに何事か打ち込んでいる。
少女、と呼ばれてもおかしくないその女性は、しかしその表情が無感情に支配され、女性の本来持つであろう美貌を全く無意味なものにさせていた。
カタ…カタカタ……カタカタカタ…
ディスプレイには、女性が打ち込んだ文章が表示されていく。
【お姉ちゃん、お待たせだね。やっと準備が整ったよ。今夜、実行したいと思います】
カタ…カタカタカタ……
その直後、ディスプレイに、先ほどとは違う文章が浮かび上がってきた。
【夏美ちゃん、今まで本当にありがとう。ずっと今日を心待ちにしていました。楽しみに待っています】
ニッっと女性の顔に微笑が浮かぶ。
しかしそれは女性の魅力を彩る微笑みというよりも、細面の頬にナイフで切り込みを入れるような、見るものに不吉を感じさせる異様なものだった。
女性ー夏美には双子の姉がいた。
何をやっても自分よりも上で、成績も優秀、容姿も端麗、学生時代にはクラスの男子の視線を一身に浴びていた。
夏美にとって、姉は自慢であり、誇りだった。
姉のような女性が一緒にいることが自慢だったし、妹である自分に勉強や、恋愛の相談をしてくれるのも嬉しかった。
「親友以上の親友」、夏美は姉のことをそんな風に思っていたし、姉もきっと、自分のことをそう思ってくれている。
そう信じて疑わなかった。
夏美と姉には、宏という幼馴染の男友達がいた。
小さいころから一緒に池にザリガニ釣りをしに行ったり、かくれんぼをしたり、おままごとに付き合ってもらったりして遊んでいた。
部活が始まるようになると、姉妹で宏のサッカーの試合に観戦をするようになった。夏見は一時マネージャーの真似事もした。
受験勉強の時期にはお互いの部屋を行き来したり、一緒の塾に通ったりした。
姉はみんなと一緒にいたいからと、推薦された超進学コースを断って、夏美たちと同じレベルのコースを選んでくれた。
「私、宏君とお付き合いしたいの。……夏美は、応援してくれる?」
姉が相談してくれたとき、夏美は心の底から喜んだ。
自分にできることなら何でもしようと思った。
やがて告白の時が来て、宏から姉が欲しかった通りの返事をもらったとき、姉妹は部屋で祝賀会を開いて喜んだ。
母親の缶酎ハイをこっそり開けたとき、むせながら涙を流していた姉の姿を、今でもはっきりと覚えている。
やがて時は経ち、3人は学生を卒業し、社会人になった。
社会に出て世間というものがわかるようになると、徐々に結婚について意識するようになってくる。
姉妹は自然と、そんな話を話題にするようになっていた。
姉は自分を気遣ってくれ、度々「夏美ちゃんも早くいい人見つけてね」と言ってくれていたが、夏美は姉が幸せならば、それで自分も幸せだった。
一緒にウィンドウショッピングをしながら、「このブルーローズのダイヤ綺麗!ね、お姉ちゃん、結構指輪にねだってみたら?」そんな戯れの会話も楽しかった。
そして運命の日、宏から改めて話があると誘われ、姉は宏と二人で出かけていった。
結婚の正式な申し込みであることは容易に想像がついた。
今日は思いっきり二人で盛り上がろう、夏美は飲みきれないほどの缶酎ハイやビールを買い込み、姉の帰りを待った。
その晩、姉はホテルの屋上から飛び降り自殺をした。
何がなんだかわからなかった。起きた事が信じられなかった。
何度も宏を問い詰めたが答えない。母親も泣いているばかりで何も話そうとしない。
姉は自分には何のメッセージも残してはくれていなかった。
(姉は捨てられたんだ。あの男に。裏切られて、騙されて…)
夏美はそう考えた。
絶望と虚無感は怒りとなり、やがて殺意の炎になった。
(許せない…許せない許せない許せない!!)
夏美はパソコンに日記をつけていたが、その内容は日増しに憎悪と怨嗟に埋め尽くされていった。
ある日のことだった。
夏美がいつものようにパソコンに向かっていると、
カタ…カタカタ……
夏美の目の前で、独りでにディスプレイに文字が入力されていった。
【ごめんね、夏美ちゃん】
「夏美ちゃん」…この年になって自分の事をそう呼ぶのは、姉だけだった。
【お姉ちゃん?】
夏美は震える指でキーボードを入力する。
自分が日々の気持ちを綴るのはブログでもフェイスブックでもない。ただのワードのテキスト文章なのだ。
返事があるなどということはありえなかった。
【黙っていなくなってごめんね。夏美ちゃん。私、ずっと謝りたかったの】
【どうして?どうして私の前からいなくなっちゃったの?なんで一言も話してくれなかったの?】
【ごめんなさい。あの男に騙されたのが悲しくて、悔しくて、夏美ちゃんに私の顔、見て欲しくなかったから】
……
ああ、自分が話したい相手、聞きたかった言葉。パソコンに入力すると返ってくる・・・・・・
姉は戻ってきてくれたのだ。自分の元に、電子の粒となって・・・
夏美はそれ以来、夢中になってパソコンに向かい続けた。
・・・・・・
【お姉ちゃん、今、元気なの?調子は大丈夫?】
【体中が痛いの。自分の体がバラバラになっちゃったままなの】
【あいつのせい?そうなのね?お姉ちゃん。私にできることある?】
【苦しい、苦しい。助けて】
【かわいそうなお姉ちゃん。私が敵を取ってあげる。あいつをお姉ちゃんと同じ目に合わせてあげるからね】
【助けて、夏美ちゃん、助けて】
【待ってて、待っててね、お姉ちゃん】
……
それから夏美は計画を練り、ついにこの日を迎えることが出来た。
(それにしても)
夏美は思った。
(ずいぶんあっさりと信じ込んだものね。
「久しぶりに、共に姉を悼み、心ゆくまで話す相手がほしい」
そんな言葉に、奴さん、何一つ疑う様子すら見せなかった。それどころか満面の笑みさえ浮かべて・・・)
「尻軽男」
侮蔑の感情とともに、独りでに言葉が口を突いた。
ためらうことなど何もない。準備に抜かりはない。あとはただ、実行するだけだ……。
……
それから計画は夏美の周到に用意した計画通りに進んだ。
郊外の料亭で落ち合ったところで、夏美は出された料理のドリンクに睡眠薬を仕込み、宏の意識が朦朧としたところを、病院に連れて行くからと乗りつけてあった自分の軽自動車に乗せて、あらかじめ用意していた廃屋の簡易ベッドの上に宏を縛り付け、猿轡を咬ませると、宏の意識が回復するのを待った。
とうに日は落ち、電気の通わない廃屋にある光源は、夏美が用意した燭台の上に立つ蝋燭だけだ。
傍らにはステンレスの大型のシャーレが冷たく光っている。
中にはナイフや、小型のハンマーなどが外科手術にでも使いそうな雰囲気で几帳面に並べられていた。
宏は意識を取り戻してから、おそらく絶叫であろう奇妙な声を上げ続けている。
無論夏美にその声を聞き入れるつもりなど毛頭なかった。
宏は両手足の拘束を振りほどこうと激しく身を捩らせるが、皮膚に食い込むほどきつく縛り付けられたロープは、大の男でも幾らもがこうと引きちぎれるような様子はない。
夏美は一枚の大学ノートを取り出し、燭台に立てられた蝋燭の明かりにかざして淡々と読み上げた。
「直接の死因は内臓破裂による多臓器不全。及び外傷性ショック、及び失血死。
所感として、脳挫傷、両眼球突出、上肢、下肢粉砕骨折、腰椎破裂骨折・・・まあ、ざっとこんなところ。
それがあなたがお姉ちゃんにしたこと。
今からあなたにも同じ目に合ってもらうから」
夏美は傍らに置かれたステンレスのシャーレからナイフを取り出すと。宏の眼前に翳して見せた。
宏の顔が恐怖にゆがむ。激しく首を振り、何かを訴えようと一層大きな呻き声を絞り出す。
「まずは、そうね…両眼球、突出!!」
夏美は構わず、右手に握りしめたナイフを大きく振りかざすと、宏の右目に向かって一気に叩きつけた。
宏の体がビクンと跳ね上がり、ナイフの切っ先から血が公園の水飲みのように吹き上げ、周囲と夏美の顔を汚していく。
夏美は骨に当たらないように眼球の周囲に切り込みを入れ、眼球を摘出しようと試みた。
宏が激しく顔を振り、血が飛び散って視界を遮り、中々思うとおりに切り込みが入らない。
試しにナイフを眼球の裏側まで潜り込ませて抉りとってみようとしたが、今度は意外と神経と筋肉が邪魔をして、うまく取り出すことが出来なかった。
「参ったわね。思ったより時間がかかりそう。でもお姉ちゃんが味わった苦しみはこんなもんじゃないんだから。
まだよ、頑張ってよ。そう簡単に死なないでね」
夏美は宏に語り掛けるとも、呟くとも取れない抑揚のない声で独白した。
何とか眼球の裏側までナイフを潜り込ませると、ギョロギョロと動き回っていた眼球がぴたっとその動きを止めた。
どうやらうまく眼球の筋肉を切断できたらしい。
夏美は潜り込ませたナイフを梃子の原理で骨との間でこじり、眼球を抉りとってみた。
大量の血液とゼラチン質を吹き出しながら、眼球が顔面から零れ落ちる。
夏美は右目を視神経ごと引き抜くと、しばらく眺めてからためらうことなくそれを床に投げ捨て、次は左目にとりかかった。
宏はこの状況でもなお気を失うわけでもなく、血を吹き流しながら、充血した片眼でじっと夏美を見つめていた。
「・・・んだよ。今更命乞いかよ……遅いんだよ!見てんじゃねえよ!!」
衝動的な怒りが夏美の体を走り抜け、夏美は思い切りナイフを宏の残る左目に突き立てた。
どこにそんな力が残っていたのかと思うほど大きく宏の体が跳ね上がる。
夏美は衝動に駆られ、何度も何度もナイフを宏の体に振り下ろした。
どれぐらい続けたのか、ふいに足元が流れ出た血液に取られ、夏美はバランスを崩して床に手を突いた。
「ごめん、ごめんね。お姉ちゃん」
荒い息を突きながら、夏美は涙を流しながらつぶやいた。
「私の復讐じゃないんだよね。こいつをお姉ちゃんと同じ目に合わせないといけないのに、ごめんね。勝手に殺しちゃうところだった。もうちょっとだからね、待ってて、お姉ちゃん」
夏美は涙をぬぐうと、シャーレから小型のハンマーを取り出した。
「次はそうね、粉砕骨折にしようかしら」
夏美は両手でハンマーを振り上げると、宏の体に滅多やたらに叩きつける。
その度にビクっビクっと宏の体が跳ね上がる。
「なかなかっ、硬いわねっ。もう少しっ、大きいハンマーにっ、すればっ、良かったかなっ」
蝋燭の明かりの中に、
ボクッ、ゴキ
という骨の砕ける音と、夏美の独白が響いた。
やがてハンマーを振りおろされるたびに跳ね上がっていた宏の体が、徐々にその反応を緩めていった。
「いけない!もう死んじゃうの?駄目よ。せめて内臓破裂までは持ちこたえて。まだ、骨しか壊れてないんだから!
まだよ……まだよ…」
夏美は床に転がっていたナイフを拾い上げ、宏の首の下に突き立てると、服と肌を切り裂きながら、一気に下腹部にまで押し下げた。
宏の腹から、赤黒い血液と、黄色いゼリー状の脂肪が溢れ出てくる。
「ま あ だ だ よ」
服を押し広げ、内臓の摘出に取り掛かるべく、先ほどの切り込みにナイフの刃をぐりぐりとねじ込ませる。
と、
カタン・・・
小さな音を立てて宏の上着から何かがこぼれ落ちた。
夏美は見るともなくその転がった物に目をやった。
血にまみれてよくわからなかったが、何かの小箱のようだった。
何気なく拾い上げてみると、どうやらそれはジュエリーボックスのように見える。
(なぜ、この男はこの場にこんなものを?)
夏美が小箱を開けてみると、中には血塗られながらも高貴な気品のある、まるで貴婦人のような輝きを放つ宝石の姿が見えた。
蝋燭の灯りに、ややオレンジがかって見えるが、どうやらそれは淡い青色に輝くダイヤモンドがはめ込まれた結婚指輪のようだった。
(これは?・・・ブルーローズのダイヤの結婚指輪?…………どうして、この男がこれを?……)
瞬間、夏美の頭に一つの可能性が浮かび上がり、衝撃が体中を電流のように駆けまわった。
まさか…
夏美はナイフで宏の猿轡を切り裂いた。
「おい!これは何だ?なんでお前がこれを持っているんだ!?おい!おい!!」
宏の体を激しく揺さぶりながら問いかけるが、もはや宏の体は痙攣するただの肉塊へと変貌しており、とても返事などできる状態ではない。
まさか…まさか……
夏美の頭を今までの姉との思い出の中の様々な場面がフラッシュバックした。
・・・・・・
(私、宏君とお付き合いしたいの。……夏美は、応援してくれる?)
涙を流して喜んだ姉の顔・・・
(夏美ちゃんも早くいい人見つけてね)
進学よりも自分たちと一緒にいることを望んで・・・
「このブルーローズのダイヤ綺麗!ね、お姉ちゃん、結構指輪にねだってみたら?」
・・・・・・
まさか…
宏が愛していたのは自分だった?
姉はそれを薄々感じながら、いや、それを感じたからこそ、宏を自分に向かせるべく行動していた?
そして運命の夜、姉は宏に本当の気持ちを伝えられた。
それはつまり、
姉と結婚することはできない。それは自分の気持ちに嘘を付くことになるから。 
本当に自分が結婚したい相手は……
「違う!!」
夏美は一人で叫び声をあげた。
それはつまり、
姉は自分のせいで命を絶った
姉 を 自 殺 に 追 い 込 ん だ の は 自 分 の 存 在 の せ い だ っ た
「違う!違う!違う!」
夏美はジュエリーボックスを床に投げ落とすと、よろよろと廃屋を走り出た。
血塗られた自身の姿を構うことなく、軽自動車に乗り込むと、自宅のアパートに向かって走り出した。
(違う、違うよね、お姉ちゃん)
一時停止、信号、最高速度・・・その全てを無視して、自室に向かって車を走らせる。
何度か危ない目にあいながらも、夏美はアパートにたどり着いた。鍵を開けるのももどかしく、玄関ドアを開けっぱなしにして部屋に向かう。
自宅に戻った血に染まった彼女の姿をみて、夕食の支度をしていた母親が絶叫を上げた。
夏美は構わず自室にこもると、パソコンのスイッチを入れる。
【お姉ちゃん、違うよね。そうじゃないよね?あの男は私たちを裏切ったんだよね?私は、正しいことをしたんだよね?】
・・・早く、早く答えて、お姉ちゃん。
パソコンのディスプレイを見ながら、夏美はじりじりと待った。時間だけが無表情に過ぎていく。
(いつもならとっくに答えてくれるのに…どうしたの?お姉ちゃん?)
「・・・どうしたの?夏美?」
母親が恐る恐る声をかけてくる
「うるさい!」
夏美は大声で叫んだ。部屋には入ってくるなって言っているのに…
「どうしたの?早く答えて・・・答えてよ、お姉ちゃん!」
思わず荒い声が出る。お姉ちゃん、どうしちゃったっていうの?
「何をいっているの?お姉ちゃんって、清美の事?清美は、返事なんて、くれないわよ」
「うるさいって言ってるんだよ!何も知らないくせに、入ってくんな!!」
「・・・いいえ、黙らないよ。あんた、今までも、ずっと一人でパソコンに何か打ち込んでただろう?
日記みたいなことから、その返事みたいなことから、一人でずっと・・・。
お母さんは心配なんだよ。それで今日はそんな恰好で…」
夏美は弾かれたように母親を振り返った。
そう、それは一番夏美が認めたくなかった言葉、残酷な真実。
夏美は一人でパソコンに打ち込んでいた。
日記も、自分の思いも、姉からの返事も、そのすべてを…・・・
そうして姉がこの世から消えてなどいないと自分に言い聞かせていた。
姉からの返事など無かった。
全ては自分を偽るため、この世の真実から目を背けるための自作自演だったのだ。
「いや、いやあああああーーーーーー!!!」
今、改めて真実を目の前に突き付けられ、夏美は激しい動揺に襲われていた。
今まで生きてきたこと、行ってきたこと、たった一つの生きがい・・・その全てを否定され、夏美の自我は崩壊寸前になっていた。
「大丈夫だよ、大丈夫だから、ね、お母さんがついているから」
必死に我が娘を抱きしめる母の手すら振り払い、夏美は手足を振り乱して暴れ回った。
カタ・・・
ふと小さな音が聞こえ、二人は思わず動きを止めた。
カタ・・・カタカタ・・・カタ・・・
夏美と母親、二人が見守る中、誰も触っていないキーボードのキーが独りでに沈み、何かを打ち込んでいた。
夏美は涙でぐしゃぐしゃになった目を服の袖で拭いながらディスプレイを覗き込んだ。
【夏美チャン マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ  マアダダヨ …… 】
夏美はディスプレイの奥の暗闇に、夏美は肉塊と化した宏の姿を抱きしめる、バラバラになった姉の姿をはっきりと見た。
夏美の自我は崩壊した。
その晩、夏美は追いすがる母を振り切り、付近の高層ビルから飛び降り自殺を図った。
奇妙だったのは、夏美が飛び降りたであろう場所をいくら探しても、夏美の姿が見当たらなかった事だ。
その後、夏美は行方不明者としての扱いを受けた。
この街に奇妙な都市伝説が流行りだしたのはそれからしばらく後の事である。
夜中、カップルで道を歩いていると、血染めの服を着て、ナイフを持った女が歩いてくる。
その女は呟くように
「もういいかい」
と問いかけてくるそうだ。
その時、絶対に「まあだだよ」と答えてはならない。
持っているナイフで全身をバラバラになるまで切り刻まれるという。
反対に、「もういいよ」と答えると、
女は顔に安堵の色を浮かべ、その場から立ち去るという。
それが夏美のその後の姿かどうかは、誰も知らない

【了】

あんみつ姫様作品

【祝祭】「カミコ・オニコ・イミコ もう一つの真実 」

四時限目の始まりを知らせるチャイムの音がキャンパス内に鳴り響き、眼下を行き交っていた学生たちの色とりどりの傘が校舎内に飲み込まれていく。

その光景を眺めながら男は、深い絶望の淵に立たされていた。 
約束の時間は、とうに過ぎている。

(「そうか。やはりダメだったか。」)

待つこと四時間。 
時計は、午後二時を回っている。

男は、ふぅと溜息をつき、眼を閉じた。 助手の佐藤和美が不安そうに覗き込む。

「お客様、いらっしゃいませんね。」

「あぁ、なにか都合でも出来たのだろう。」

「せっかく高級ブランドの紅茶をご用意いたしましたのに。」

降ろしかけたブラインドの細い隙間から、湿った冷気が漂い、じんわりとした重苦しい空気が辺りを覆った。

朝から、蕭蕭(しょうしょう)と降り続く雨は止みそうもない。

(やはり彼女を一人で行かせるべきではなかった。)
胸の古傷が痛み、男は、急に咳き込んだ。

「この時期の湿った風は、身体に障ります。窓をお閉めいたしましょうか。」

「ありがとう。そうしてくれ。それから、すまないが、白湯をくれないか。」
ソファに横になり、時間を確認する。

(今からなら、日没までになんとか間に合うかもしれない。) 
男は、ソファから身を起こし、白湯を口に含んだ。

「すまない。大事な用事を思い出したので、これから出かける。」

「先生。大丈夫ですか。随分お加減がお悪いようですが。それに、もし、この後、お客様がいらっしゃったらどういたしましょう。」

「大丈夫だ。お客人なら来ない。私も 今日は、もう戻らないから。君も好きな時間に帰ってくれていいよ。」

「わかりました。では、そうさせていただきます。」 
和美はそう呟くと、窓を閉め、ブラインドを下まで降ろした。

雨音が消え、辺りは静寂に包まれる。

「それから、明日私がここに来なかったら、これを この人に渡してほしい。詳しいことはここに書いてある。」 
男はそう告げると、小さな封筒を押し付けるように和美に手渡した。

「はぁ、解りました。」 
すれ違いざまに男の肩が、和美の眼鏡にぶつかり、たった今渡されたばかりの封筒の中から、小さな黒い塊が飛び出した。 

拾い上げた封筒の中身と宛名を見て、和美は絶句した。

「先生!あの双子の姉妹の話は、ただの都市伝説だと おっしゃったではないですか。」

「・・・・・・」

「なぜ今こんなものが。カミコとオニコは、あの時成仏したのではなかったのですか。」

「違う・・・じゃない。違ったんだ。」 
男は、思いつめた表情で 首を左右に振った。

「えっ?今なんて。」

「違うんだ。私は、どうやら大きな勘違いをしていたらしい。」

「おっしゃっている意味が解りません。」

「悪いが、今、ゆっくり説明している暇はないんだ。」

そのただならぬ様子に、和美は、ただうろたえるしかなかった。

「先生、行ってはダメです。お願いですから。行かないでください。」

「私なら大丈夫だ。すまないが、後を頼む。その封筒は、明日、必ず渡すんだよ。いいね。」
男はそう言うと、立てかけてあったビニール傘を手に、慌ただしく階段を下って行った。

「先生、待ってください。私も連れて行ってください。」

和美は、二階の踊り場の窓から身を乗り出すように、男の姿を探してみたが、それらしい人影を見つけることは出来なかった。

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ザザッ

電気ポットの中に、たった今蓋を開けたばかりの缶からアールグレイの茶葉を振り入れた。 
気泡の沸き立つ中を、茶葉が舞い、瞬く間に琥珀色に染まってゆく。

「あらやだ。ちゃんと スプーンで計って入れてよ。せっかくのブランドが台無しじゃない。」

「どうせ、ミルクと砂糖が入るのだろう。このぐらい濃くてもいいじゃないか。」

「もう。しょうがないわねぇ。ちゃんと分量を量らないと、渋みとエグ味が出ちゃうのよ。」
妙子は、ぷうとほほを膨らませた。

「いい?紅茶を美味しく淹れるコツは、ティスプーンに人数分プラスもう一人分の茶葉を入れるの。」

「へぇ?なんで。」

「人数分プラスもう一杯。愛をおまけにいれるの。」

「ティスプーン一杯の愛をって?もしかして、おまじないなの?」

「うふ、そうかも。」

いつの間にか、寝入っていたようだ。 
「次の停車駅は、○○です。お忘れ物落とし物のございませんよう。。」 
車内アナウンスが流れる。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

新幹線を降り、路線バスに乗り換え、小一時間。 
男は、北関東の小さな町に降り立った。

20年前と少しも変わっていない。 
人口千人にも満たないであろう町。
既に日没の時間は過ぎてはいたが、夏至のせいもあり、日はまだ高い。

白いセダンが目の前に止まった。 
運転席と助手席に一人。どちらも見覚えのある顔だ。

「お久しぶりです。三神さんですよね。斎藤です。おぼえておいででしょうか。」

「中村です。ご連絡ありがとうございました。お待ちしておりました。どうぞ。こちらへ。」

「ええ、お二人とも当時と少しもお変わりない。こちらこそ、随分ご無沙汰しておりました。急なお願いで申し訳ない。」

「急ぎましょう。詳しいことは道々伺います。」 
斎藤は、車を走らせた。

「実は、二年ほど前、住職がお亡くなりになりましてね。ここも過疎化が進み、もう、あの頃のことを知るものも少なくなりました。」

「そうでしたか。ちょっと失礼します。」 
男は、研究室に残してきた和美に連絡を取ろうとスマホを取り出した。

「便利な時代になりましたよね。SNSっていうんですか?私のような古い人間には、なんのことだか、さっぱりわかりませんがね。」

「そのせいで、実は、こまっていることがありましてね。」

「今から三年ほど前の夏。丁度、今頃だったかねぇ。例のあの場所に、立ち入った馬鹿者がいるんですわ。」

「そいつらが、ネットに投稿し、拡散したせいで、現場は、酷い荒らされようでしてね。」

「まぁ、行ってみればわかりますが。その連中の一人が、あのイミコの霊【ヤイコ】に憑りつかれてしまいましてね。双子の姉の方だったようですが。その後 どうなったのかは不明です。」

「住職が命を縮めたのも、そいつらのせいですよ。」

「なんでも、その子の高校は、都会のお坊ちゃまやお嬢様の入る有名な高校だったようですがね。近年、自殺者や不審死が続出しているとか。」

「自業自得だ。」
中村は、吐き捨てるように声を荒げた。

アンテナは、圏外を示し、スマホは繋がらなかった。

「その子、呼ばれたのかもしれませんね。憑かれたというのは、イミコの霊でしたか。オニコではなく。」

「・・・・・」 
しばし、沈黙が流れた。

「どっとにしろ、俺たちには、迷惑千万な話ですわ。」

(いずれにせよ、情報の拡散は、ネットだったというわけか。さしずめ、都市伝説。もしくは、心霊スポットとして拡散されたのだろう。)

「さぁ、着きましたよ。」


【祝祭】「カミコ・オニコ・イミコ もう一つの真実 」②

バサバサと小枝をかき分けながら小道を走りぬけると、 斎藤は車を一反歩ほどの広さがあるお社の山門の前に横付けした。

中村は何を思ったか 
「あの頃は、若かったな。」と呟いた。

「普段、ここへ、来ることはあるのですか。」

「いや、滅多にないね。一応、200年も続いた旧家だからさ。それなりに文化財的な価値はあるらしい。普段は、県の管理下に置かれていて、近づく人もいなかったんだがね。」

「SNSだかなんだかしらないが、馬鹿野郎たちのせいで・・・寝た子を起こされたというわけだ。」

「今は亡き、妙子の力を借りたいんです。わがまま言ってすみません。」 
男は、頭を垂れた。

「あんたもある意味当事者だからね。この土地とも縁がある。妙子とは、不縁だったが。」

斎藤は、中村を見ながら 
「年齢的にも、体力的にも 我々には、今日が最後のお勤めになるでしょうな。あなたも、もうここへは、二度と足を踏み入れてはならない。そう覚悟を決めていただけないでしょうか。」 
と語り掛けた。

夏とは言え、夕暮れともなれば、山間は、森閑とした空気に包まれ、肌寒さを感じるほどだ。

「急ぎましょう。もうじき、夜が来ます。できれば、早めに片づけたい。」

二人の男は、裏の井戸で禊を済ますと、白装束に身を包み、神茶と呼ばれる 発酵した濃い茶を 5合は入る大きな柄杓で二杯ほど飲み干した。

中村が言う。 
「三神さん。あんたも飲みなさい。」

「いえ、私は・・」

「まさか、飲むのは今日が初めてですか?前回は、飲まなかったのですか?」

「えぇ、土地の人間ではないからと。それに、まさか、自分の先祖が神職だったということも、私自身、双子の片割れだということも当時、全く知りませんでしたから。」

当時は、自分が神職の血を引く身だとは思ってもいなかった。 
この土地との繋がりも、妙子との縁も、偶然としか思えず、後に命のつぎに大切なものを失う羽目になろうとは、夢にも思わなかったのである。

二人は視線を交わし合い頷くと、 
「あんたなら飲める。神職の血を引く家系だからね。」

「飲んでおいた方がいい。下手すりゃ深夜になるかもしれん。脱水症状になってはいけないからね。腹に何か入れておかないと。」

「解りました。では、」 
男は一気に飲み干した。

その飲みっぷりは、二人の男たちとなんら変わらぬほど、豪胆で勇ましいものだった。 神茶は、妙子がよく淹れてくれた アールグレイに似た味がした。

「飲めたようだね。」

「神茶を飲んでいないにもかかわらず、命をうしなうこともなく、儀式は、無事完了した。妙子は、やい子と義子を自身の魂と同化させ、昇華し、やがて浄化もさせることが出来た。何故だ?」

(「愛をこめて。おまじない。もう一さじ入れるわね。」) 
「似たような発酵茶を 飲んでいました。」

「だったら、カミコだった妙子は、なぜ命を落としたのだ。」

「・・・すみません。妙子は、当時、妊娠三か月でした。奇しくも、双子を宿していました。墓場まで持って行こうと今の今まで沈黙していました。何もかも、私が悪いのです。本当に申し訳ございませんでした。」

斎藤は、天を仰ぎ、号泣した。

「妙子・・神職の身で。なんたることをしてくれたのだ。」

「妙子は、全身全霊をかけて、お腹の子の命と自分の命を引き換えに、イミコとオニコの魂を鎮めたのだと思います。私は、自分の命など惜しくはありません。どうか、お願いします。今現在、この地でこの国で起きている双子の怒りと悲しみと憎しみの連鎖を 妙子の力を借りて辞めさせたいのです。」

「もういい。過ぎたことをいつまでも嘆いていても仕方ないでしょう。とにかく、始めましょう。もうかれこれ8時近くなる。魑魅魍魎たちが跋扈し始めると、私たちの手には負えなくなる。」

中村は、言う。

「我々の言う魑魅魍魎とは、あなたが懸念する現代の若者たち。心霊スポットとやらを巡り歩いては、あちこち荒らしまわる連中のことですよ。」 
男は辺りを見回して言った。

「幸い今晩は雨です。よほどのもの好きでなければ、ここへは来ないでしょう。どうぞご安心ください。」

祭壇へと向きを変え、黙とうを捧げる男の背後で、男は、眼を閉じ合掌した。
妙子・・・・頼む、この醜く齢を重ねた私の肉体を代償に、「怒り」と「憎しみ」と「恨み」の連鎖を断ち切ってはくれないだろうか。

ネット社会になり、一瞬にして不特定多数の人間に、虚実入り混じった情報が、世界中に広がるようになった。 
君が生きていた時代とは、大幅に異なる世の中になった。

時代は変わった。 
いや、人間の本質など、少しも変わってはいないのかもしれないが、少なくとも、イミコやオニコ そして、カミコの風習は、この国のどこを探してもないと俺は思う。

「当時、君を救えなかった。私を許してほしい。」

祭壇に煌々と蝋燭の火が灯る。 
度胸が続く中、男は、祈り続けた。 


【祝祭】「カミコ・オニコ・イミコ もう一つの真実 」③


1964年10月10日

日本中が東京オリンピックの開会式に沸き上がっていたいたちょうどその頃、斎藤家は、朝から騒然としていた。

出産のために里帰りしていた光子が、急に産気づいたというのである。 
予定より三週間も早い。 
初産は危険を伴う。 
早産か流産の可能性もある。

免許を取得したばかりの年の離れた弟三郎は、町でたったひとりの沼田医師から、隣町の産婆では、用が足りぬだろうから、万が一を考えて、二駅先の市の救急外来へ搬送できるよう 駅前の八百屋から、軽トラックを借りてくるよう仰せつかり、慌てて飛び出していった。

厨房では、近所から急きょ招集されてきた女たちが、井戸からくみ上げた水を 大きな鍋釜に次々と開けては、竈で 湯を沸かしていた。

グラグラと沸騰したお湯を、たらいに明けるまでの間、女たちは、顔と顔を突き合わせ、ひそひそ話をしている。

「ちょっと、聞いたかい?光子お嬢様、やたら腹が出てると思っていたら、畜生腹だってさ。」

「だろう!いえね、沼田お妾さんが、話していたそうだけど、合わないんだってさ。」

「何が?」

「だから、嫁いだのが今年の四月の頭だろ?」

先輩格の中村の婆が指折り数える。 
「ひぃ、ふぅ、みぃ、・・・ねぇ?仮に早産だとして、どうだい三月(みつき)も早いだろ。」

皆、肩をすぼめ、ニヤニヤと顔を見合わせた。 
「なんでもさあ。大阪の短大に通ってた頃、愛知か兵庫か知らないけど、どこかの寺か神社の御曹司と 出来てたみたいなんだわ。」

「ほんと?まぁ、あの器量よしじゃねぇ。放っておくわけがないか。」 
「お嬢様、虫も殺さぬ顔をして、やるじゃないか。」

やがて、遠くの廊下から、衣擦れの音が こちらに向かって歩いて来るのが聞こえてきた。

しっ、奥様だよ。 
早く、戻って。

女たちは、蜘蛛の子を散らず様に、それぞれの持ち場へと帰ってゆき、平然とした顔で作業を続けた。

「皆さん、効いて頂戴。今晩、光子は、市民病院へ搬送することになったから。せっかく準備していただいて、大変申し訳ないのだけれど、お帰りになってもよろしいわ。」

「え?」 
中村の婆が尋ねる。

「差し出がましいようですが、いったいどうなさったのですか。光子お嬢様、お加減でもお悪いのでしょうか。」

「どうもね。さっき、産婆さんに見ていただいたのだけれど、逆子らしいのよ。それも、双子らしいのよね。」

「・・えっ?双子?」

「そう、双子よ。沼田のお医者様のお見立てでは、心音が二つ重なって聞こえるらしいのよ。」 
と、眉をひそめた。

「でも、例の儀式をするかどうかは、まだ決まっていないのでございましょう。」

「もちろんよ。」

「生まれて来る子が、二人とも男の子だといいんだけど。」

男だろうが女だろうが、腹を痛めて産んだ子に、、誰もあんな儀式をしたい親などいるものか。 
中村の婆は、心の中で呟く。

「いくらなんでも、この貧乏国、敗戦国が、オリンピックをする時代に、ですよ。あんな儀式自体、嫁ぎ先の、殿村様がお許しにならないのでは?」

「それがね。殿村のお姑様のお話では、もう、光子は、戻ってこなくていいと、おっしゃられてね。」

「・・・・・・」

「何か光子が、失礼なことでもいたしましたか。と何度も尋ねたのですけれど、戻ってこなくていいから。の一点張りで。」 
と言うと、奥さまは、涙を拭った。

「私たちもね。もう、そんなに長くは生きられないと思うから、出来るだけ、光子の好きにさせてあげたいと思っているの。」

「お嬢様、ご病気だったのですか。?」

「えぇ、それも、どこがどう悪いのか、全くわからないのよ。お腹が大きくなるにつれ、食も細くなり、どんどん身体が弱って。多胎だというし。心配だわ。」

「お里帰りした当時は、あんなにお元気でいらっしゃいましたのにねぇ。」 
しんとした空気が流れる。 
出産を祝うはずの場が、まるで通夜の晩のような重苦しい雰囲気に覆われた。

先ほどまでの下世話な女たちの噂話は、鳴りを潜め、中村の婆の「解散」宣言の後、皆個々の持ち場を離れるやいなや、脱兎のごとく立ち去った。

光子お嬢様は、その日の夕方に実弟の三郎の運転する車で、50キロほど離れた市の総合病院に搬送されたが、無事、双子の女児を出産するも、深夜容態が急変し ついに帰らぬ人となった。

享年22歳。 
あまりに早すぎる死。

不可解極まりない最期に、皆、口を閉ざし、斎藤家の門の前を通ることすら遠慮するようになったという。


【祝祭】「カミコ・オニコ・イミコ もう一つの真実 」④

「斎藤拓郎様、いらっしゃいますでしょうか。」

佐藤和美と出会ったのは、今からちょうど一年前の、梅雨明け間近のこの時期だった。

出勤した直後、小さな封筒を手に、私の元に飛び込んで来た時は、長年の経験から、なにかのっぴきならないことが起こったに違いないと確信した。 
事実、そのとおりだった。

和美は、私の腹違いの姉、妙子のかつての恋人三神猛の下で、助手として働いているという。

「あの・・私、T女子大の民俗学研究所で 三神教授の助手を勤めております。佐藤和美と申します。昨日、これを斎藤郎様にお渡しするようにと、三神先生からお預かりして参りました。」

和美は、封筒を私に手渡すと、堰を切ったように号泣した。

「昨日、先生の様子が あまりに おかしかったものですから。私、とても気になって。心配で。例の連続不審死事件と関係あるんじゃないかって。」

封筒には、 
「斎藤拓郎様へ  
お久しぶりです。 
その節は、お世話になりました。 
以前、話してくださった、S高校に通われていた二人のお嬢さんの不審死について、私なりに調べてみました。

斎藤様のお嬢さん二人のうち、どちらかが 双子の片割れではございませんか。 
そのことに気づいた お姉様の夏美さんが、私の元を訪れ、自分のルーツを調べたいから、教えてくれないかと。

今、自分の在学しているS高校で起きている事件の発端は、自分の叔母である 妙子にあるのではないかということでした。

妙子は、双子ではなく、実は三つ子で、生後一歳で亡くなった義子は、病死なのではなく、「オニコ」として殺されたのではないかと。

ここからは、夏美さんの推理・推測なのですが、さすが三郎さんの血を引くお嬢様です。 
S高校の学生さんだけのことはあります。 
優れた推理が展開されます。

私は、よくここまで調べ上げることが出来たと。瞠目し、感動いたしました。 
次からは、いわゆるネット上で まことしやかに語られている「都市伝説」にとどまらない、かなり信憑性の帯びた解説がなされます。

そのままお伝えいたしましょう。
昔、貧しい田舎では、双子の姉妹が生まれた時、姉は「カミコ」として「神職」に、妹は、「オニコ」と呼ばれ口減らしのために 生まれて間もなく殺されたと言われています。

「オニコ」の肉は、切り刻まれ、塩漬けにされて11年間 蔵や冷暗所に保管され、11年後、姉の「カミコ」に喰らわせる。その時、「この肉は、あなたの双子の妹の肉だ。」と教えなければならない。という決まりがあったのだそうです。

ところが、我が子である光子可愛さと生まれてきた赤子が不憫だったのでしょう。 
祖母のサトは、「オニコ」である義子を殺すことが出来なかったのだと思います。

そこで、鹿かなんかの獣の肉を 義子に見立て、塩漬けにし、蔵に寝かせておき、義子を離れかどこか目立たない場所に隠して育てることにしたのではないでしょう。

その片棒を担いでいたのが、中村婆。そう、あの中村さんのお婆様に当たる人で、近所の奥さん方のリーダー的な存在だった方です。

ところが、一年目のある日、隠していた義子を直三郎に見つかってしまい、サトは、義子を取り上げられてしまうはめになりました。 
殺さないでほしいと懇願するサトの目の前で、直三郎は、義子を殺してしまったと言います。

そして、その肉を解体し、塩漬けにしてしまったのですが、「オニコ」の儀式を経てないため、 その肉は、塩漬けしようと、荼毘に伏そうと、この件に関しては、死体遺棄でしかなく、本当の意味での供養にはならない。

形式的とはいえ、「カミコ」と「オニコ」の儀式は、既に終えてしまっているからです。 
つまり、「オニコ」の肉を食べるのは、この世に生を受けていながら、双子の妹として生まれてきてしまった不運を悼み、その供養をする という意味合いも持っているのに対し、 
直三郎のした行為は、ただの「殺人」としかみなされないわけですね。

塩漬けにするよう頼まれたのは、おそらく、あの中村婆だったのでしょう。
そもそも中村婆は、この儀式自体反対でした。 
事実、中村婆の 甥の中村博史と 斎藤家の分家として今では本家を凌ぐほどの大家となったウラ斎藤家の頭首 斎藤匠。 
この二人は、双子の片割れだと聞いています。

彼ら二人は、男子であれば、つまり弟であれば「カミコ」にはなれなくとも「オニコ」になる必要はありません。 
真に理不尽ではありますが、「オニコ」と呼ばれるのは、あくまでも、双子の女児の妹のみということになります。

中村婆は、この二人が神職に就くために、「オニコ」の塩漬け肉を食べた記憶がないことを 何らかの形で知ったのでしょう。 
中村婆の性格から判断すると、以前サトがしたように、義子の肉片を鹿かイノシシの肉とすり替え、塩漬けにし、掟通り、11年間 蔵に閉まっておいたに違いありません。

直三郎の手にかかって亡くなった義子の亡骸は、中村婆の手によって、丁寧に「供養」されたのではないでしょうか。 
もしかしたら、サトがそうするようにと指示をしたという 穿った見方も出来ます。 
封筒に同封されていたへその緒は、義子のものです。

直三郎は、衰退の一歩を辿る斎藤家を、かつての隆盛期のようにしたいという「野心」を抱いていたのかもしれません。 
そのために、妙子を神職をつかさどる「カミコ」として育て、その神通力を利用するつもりだったのでしょう。

ところが、身内の思いがけない裏切りに会ってしまいました。
そんな直三郎を、度重なる不運と不遇に加え、直三郎自身も想定外だったであろう心筋梗塞による急死が待っていました。

もしかしたら、直三郎に殺された「オニコ」義子が復讐のため殺したとの見方も出来ます。
その後、妙子を育てても良いという人物が現れました。 
それが、後に妙子の養父となる佐々木正行です。 
表向きは、アンティークショップのオーナーである佐々木は、骨董を趣味とし、裏では、闇取引やサラ金等の金貸し業をしていました。 
今でいう闇金業者ですね。

妙子は、神職としてではなく、佐々木の金儲けと野心のために利用されるところをすんでのところで免れることが出来ます。 
妙子は、「オニコ」である妹=義子の肉を その短い生涯を終えるまで、口にすることは一度もなかったようです。


サトや中村婆の機転の利いた判断力と行動力で 見事 悪意から回避出来たのです。

そして、最後の一人。 
三女の「やゐ子」

やゐ子は、光子の胎内にいる段階で、先天的な障害があり、おそらく、殺されたのではなく、死産だったことが容易に想像できます。

今のように エコーがあった時代ではないし、母親の胎内で何が起こっているのか判断する術はなかったはずです。

医師たちは、なぜ「死産」と伝えなかったのかは その理由は解りません。 
そして、なぜ彼女だけが、ひらがなで、やゐ子と命名されたのかも聞かされてはいません。
そもそも、どこの誰が付けたのでしょう。

私には、霊感はありませんが、この 三人の中では、やゐ子の霊が、一番怖ろしく感じます。 
事実、今も、やゐ子の気配を感じます。

「恨み」「憎しみ」「怒り」「悲しみ」に加え、「妬み」と「嫉み」が 何層にも重なり合い、硬くコーティングされているように感じます。

昨夜、やゐ子に夢の中で殺されかけました。 
実は、私の学校に、いつも私をほくそ笑むように見つめて来る 「真実」っていう厭な女がいるんです。 
やゐ子は、「真実」にそっくりなんです。

私は、怖いし、腹立たしいから、先手必勝って感じで、その「真実」を毎日虐めてしまうんですが、 そいつのいうことには、私には、いつも仲の良い「妹」がいるっていうんですよ。 
信じられます? 

妹の「真由」は、もう何年も前に、いじめを苦に自殺しているんですよ。 
もう死んでるんですよ。 
虐めていた張本人こそ、姉の「真実」なのに。

そいつがいうんですよ。 
「私ね、妹の肉を喰らったのよね。 人肉ってそれはそれは美味しいの。あなたも食べてみない?」

あなた、本当は、双子の片割れなんでしょう? 
私知ってるのよ。 
もう一つの真実を。

知らなかったら、教えてあげる。 
さぁ、ここから飛び降りてごらん。
私、学校の屋上のフェンスを越えて、下を見下ろすんです。 
もう今までも何人も飛び降り自殺しているから、 屋上へはいけないはずなのに。 
気が付くと、いつも 屋上のフェンスの上にいるんです。

これは、夢だ!!醒めて!と願って、やっと朝が来るの。 
妙子さん、助けに来て。 
お願い。」

手紙はここで終わっています。 
夏美さんが、お亡くなりになる二日前です。

斎藤拓郎様 
この手紙を受け取ったということは、もう私は、この世にはいないことを意味します。

私は、亡くなった妙子に一縷の望みを託して、妙子とあなたの生家に行って、この悪意と呪いの連鎖を終わらせるために行ってきます。

出来れば、あなたにも参加していただきたかったのですが。 
もし、この手紙を読み、無くなられた夏美さんの無念の思いを感じておられるのであれば、どうか、来てもらえないでしょうか。

「カミコ」としては、半人前だった妙子ですが、「オニコ」義子と「イミコ」やゐ子には叶うことのできなかった、母親に彼女はなれました。 
母は強しと言います。

どうか、この拡散を これ以上増やすことのないためにも。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「佐藤さんとおっしゃいましたね。 
行きましょう。妙子や他何人かの勇気ある者たちと闘います。 
私にそれができるのならですが。 
夏美や瑞樹の死を 無駄にはしたくないですからね。

よろしかったらご一緒いたしませんか。 
現地まで車で行きましょう。」


<祝祭>「カミコ・オニコ・イミコーもう一つの真実」⑤

ーエピローグー

斎藤家は、元々士族の末裔であるが、戦後マッカーサーの農地改革により、田畑を失ってからは、持てる財産と言えば、現在の家屋周辺の森林と農道の一部を残すのみである。 

世帯主である伝次郎・洋太郎・直三郎と代々町会議員を努めてきたが、昨今の町村合併により、直三郎は、○○市の市議選へと鞍替えし選挙戦を戦うものの、大票田の市部の候補者に叶うべくもなく、二期続けて落選。その後、心筋梗塞で倒れ、56歳で急死。妻サトも54歳で癌のため死亡。

また、長女光子および長男幸太郎が若くして亡くなる。長男幸太郎には、一人息子の拓郎がいる。

地元の高校を卒業後、一年ほど町役場に勤務するも、父の死をきっかけに大学進学のため上京。以来、大学卒業後から現在に至るまで都内大手新聞社に勤める。

25歳で同僚で同郷の中村加奈子と結婚。夏美と瑞樹の二女を授かる。パソコン情報局にてバイトしながら、都内有名私立高校s高に進学するも、原因不明の連続集団自殺に巻き込まれ死亡。

拓郎は、一年ほど前の昼下がり、出かけて来るといって自宅を出た後、行方不明。 
○○駅で若い女の人と一緒にいるところを目撃されている。

拓郎の妻加奈子は、半年前 ホームに入って来た電車に引き込まれる事故により、命だけは助かるものの、半身不随で車いすの生活をしている。

長女光子は、愛知の旧家の長男・殿村浩太朗に嫁ぐものの出産で里帰り中 病気を発症、仮死状態のまま、妙(たえ)子と義(よし)子、(やゐ)子の三つ子の女児を出産。出産直後22歳で心臓麻痺により死亡。

妙子 祖父祖母の相次ぐ死により、満2歳で、名古屋の佐々木家に養女としてもらわれていく。代々斎藤家のに伝わる神職を努めるため、長期休暇の折は、生家である○○町へ出向く。19歳で大学進学のため上京。T女子大名誉教授 故 佐竹真の下 民俗学を学ぶ。24歳で死亡。死因は不明。義子 1歳死因は不明。やゐ子生後半年、原因不明の病と先天性の障害のため死亡。死産との説もある。

斎藤家は、地元では名のある素封家として知られ、わが○○町にとって、明治大正昭和といった我が国の激動の時代を駆け抜けた歴史の立役者といっても過言ではない。

現在空き家となっているが、震災にも戦災にも遭わず、 
200年を経た今でも、老朽化や傷みは目立つものの、ほぼ当時の景観を残したまま現存する。 
その文化的価値は県の財産として高く評価される。

「どう。このパンフレット良く出来てるでしょう?」

「あぁ、写真も添付してあって、見やすいねぇ。」

「文章もテンポがあっていいじゃないか。」

「地元○○町の歴史探訪。悲劇の素封家 斎藤家が新しく 古民家カフェレストラン mami に大変身。 
もう、二度と心霊スポットだなんて言わせませんよ。」

「ちなみにここのレストランの一番の売りは何?」

「この地域一帯で栽培している 神茶とよばれる 茶葉があるんだけどね。それが、紅茶のアールグレイに味がそっくりなのよ。少し濃いめに煮出して、濃厚なミルクと角砂糖を入れると まるでミルクティみたいな味になるの。」

「へぇ。飲んでも大丈夫なのかい?」

「紅茶と同じ発酵茶だし。ノンカフェインみたいだし。このあたりでは昔、神事に良く使われていたみたいよ。」

「そいつは身体に良さそうだね。」

「あとは、そうね。高原野菜サラダかな。」

「メインディッシュのうりは、なんだい?ステーキとかハンバーグとかないの。」

「待ってました!このあたりで放牧されているカミコって名前の肉牛がいるの。黒毛和牛の一種かな。ちょっと小柄な子牛みたいな和牛ですって。、柔らかくてね。 ステーキにすると最高なんですってよ。まるで赤ちゃんのほっぺみたいな柔らかくて、それはそれはジューシーな味がするんですってよ。」

「なんだか、よだれが出てきちゃったよ。」

「もう、あなたったら。えぇと。ご飯の前に、ネットに流しちゃおうかな。ちょっと待ってね。」
                           【了】

ゆな様作品

【真実の片側】

「ずーっと雨が続いていますね」
私は隣に座っているお兄さんに勇気を出して声をかけてみました。
やっぱり返事はありません、でもいいんだ。 
お兄さんとこうして手をつないでるだけで。
少しゴツゴツしたお兄さんの手は、私の手よりも少し白く、綺麗な色をしている。 
今何を考えているんだろう、私の事かな、それともボーッとしてるだけかなぁ。
お兄さんの考えてることがちっともわかんないよ。私……お兄さんの顔を見れないんだもの。 
お兄さんはどうなのかなぁ、やっぱり子供の私じゃドキドキしないかな。 
でも私達もう二人でずっとここにいるしかないもんね。
あのたくさんの飛行機から赤い雨が降ってきて、お兄さんが私を地下壕に連れてってくれた時から、私達はお互い離れられなくなっちゃったんだもんね。
私の隣にはお兄さんが座ってる。けど私とお兄さんの間に、凄い音と一緒に大きな岩と砂利が降ってきたんだ。 
地下壕の天井が落ちてきたみたい、少し怖かった。お兄さんが手を握っててくれなかったら泣いていたかもしれない。
だけど岩と砂利のせいでお兄さんとの間に壁が出来ちゃった。手だけは握ってるけど、お互い姿は見えない。身動きもほとんどとれないの。
私達は手を握りあったままここにずっといる。お兄さんの手が冷たいのは、きっとこの雨のせい。
空だけはずっと綺麗、私達はずっとこうして二人で一緒にいるの。 
お兄さん、私はあなたがすきよ。 
でもこの壁を越えて会いには行けない。 
私もあなたと同じ場所に行きたい……。
早く一緒になれる日がこないかなぁ。 
ねぇお兄さん、少しでいいからこの手を握って。 
お願い、お願いだから……。
私は少しだけ泣いた。 
そうするとね、いつも始めに戻るの、何もかも一番始めに……。
「ずーっと雨が続いていますね」
私は隣に座っているお兄さんに勇気を出して声をかけてみました。
……ほらね?もう何度も何度もこれを繰り返してる。
きっと私もお兄さんも、もうこの世にはいないんだろうな。でもここを離れることは出来ない。 
だって繋いでしまったもの。お互いを縛ってしまったもの。
私達はずっとここで同じ雨を見ています。 
初めて手を握り合ったこの場所で。
この手が離れるまで、ずっと。

(おわり)

珍味様作品

【三番目の真実】

「はい、お二人さん、ちょっと聞いて。いいニュースだよ!」 
私達二人が部屋で寛いでると、マネージャーの首藤さんが入って来た。 
「なあに、首藤さん?」 
二人の口が同時に動く。 
「えー、新しいアルバムの企画が来ました。今までの二人の曲のベストアルバムに、新曲もいくつか加えた二枚組のリミックスバージョンを作ろうって話で、もう企画会議でオッケーが出たらしい。」 
「えっ、本当に?」これは妹。 
「凄いじゃん!」これは私。 
「どう?やってみる?」首藤さんが促す。 
「私達、最後にアルバム出してから、もう、かなり経つよねえ…。大丈夫かなあ…。何かちょっと緊張して来ちゃった。」 
ちょっと気弱なところのある妹のルミが不安そうに言う。いつもこういう感じ。どんな話にも、まずは慎重な態度を取る。 
「オッケー!要は、ベストアルバム作って、そこに、ちょこっと新曲足すだけでしょ?前と同じにやればいいだけじゃん!大丈夫よ。」 
自分で言ってて、あらためて思う。そう、私は呑気で楽天家…。 

私の名前は花本アミ。双子の妹のルミと共に、「グロリア」を結成してからもう随分になる。 

私達がS校を卒業した後芸能界に入ってから順調に芸能活動を続けてこられたのは、双子ユニットという、もの珍しさだけじゃない。 
双子特有の息の合った歌声が、リスナーの心をちゃんと捉えて来たからだと、私は自信を持って言える。私達の部屋を飾る沢山のトロフィーやゴールドディスクが何よりもその証拠だ。やっぱり歌唱力が無ければ、これだけの評価を得るのは無理だろう。 

二人の分担で、どっちがメロディラインを歌い、どっちがハーモニーを歌うかも、曲ごとに何となく決まってくる。誰かの指導を受けたわけでもない。自然にそうなっていった。双子だから、自然にできるのだ。性格は正反対だけど、いざ歌う時になれば、何の打ち合わせもなしに、息のぴったりあった歌声を聴かせることができる。そう、何しろ私達は双子なんだから…。 

「それでね、過去の作品から、今回のアルバムに入れる曲については、まずは、二人の意向を尊重したいと思うので、何を選ぶか考えておいて欲しいんだ。」 
「全部!」これは私。 
「ちょっと、お姉ちゃんたら…」これは(当然)妹。 
「全部は、さすがに無理です…」首藤さんが真面目に答える。 

とは言え、私達のこの成功が、自分達の力だけで成し遂げられたと言うつもりは勿論無い。本当に、周りの人達にも恵まれていたんだと思う。 

特にマネージャーの首藤さんには、本当に助けられてる。あまり表情が豊かとは言えず、一見、何を考えているのかわからないような、取っつきにくい印象がある(私は時々思うのだけど、この人の顔、何となくカエルを思わせるような雰囲気がある)。でも、いつも恐ろしいくらいに冷静で、業界の動きについても早耳だし、常に先を読みながら動いてくれる。私達の考えてることも、とても的確に読み取ってくれてて、時々怖いと思うことさえあるけど、それは常に私達のことを考えてくれているからだ、と呑気な私は思っている。
彼には、私達の自宅の鍵まで渡してある。フリーパス状態だが、実際、家族みたいなものだから、私もルミもそれでいいと思ってる。お金の管理は勿論、機械の苦手な私達の為にケーブルテレビやパソコンのセッティング、ちょっとした家電の修理まで、何でもやってくれる。 

最近は、打ち合わせも自宅でやることが多い。確かにその方が、移動も少なくて人目につかないから、色々と都合が良い。それにもともと、この町は下町のとても庶民的な所で、芸能界の華やかな匂いのする場所とは、色んな意味で離れてる。此処にいる方が落ち着けるのだ。 
実際、夕暮れの風景がとても美しいこの町を、私達はとても気に入っている。 

「じゃあ、僕はもう行くね。さっきのは、まだそんなに急ぐ話じゃないので、ゆっくり考えといてね。」 
「はーい。」 
「お疲れさまでしたー。」 
淡々と話を終えると首藤さんは帰って行った。
二人きりになると、急に静かになる。 
「お姉ちゃん、ごめんね…」 
ルミが、また、哀しそうに言う。 
「何が?」 
「あたしったら、いつもこんな感じで、めそめそしてて…。お姉ちゃんに迷惑ばかりかけてる…。」 
「馬鹿ねえ。何言ってんの。お姉ちゃんが一度でもそんなこと言ったことある?とにかく、あたしは貴方で、貴方はあたしなの。迷惑なわけないでしょう?」 
「有難う…。」 
私は片手でルミの手を握り、もう片方の手で、頭を撫でる。幼い頃からずっとそうしてきたように…。
ふと気がつくと、もう夕方になっている。窓の外に広がる、オレンジ色のグラデーションに彩られた黄昏時の美しい風景を眺めていると、何とも言えない気分になる。私にとって一番好きな時間…。 
「ねえねえ、気がついてる?」 
少し元気の出たルミが悪戯っぽい笑顔を浮かべて聞いてくる。 
「え?何の話?」 
「首藤さんさあ…。最近…」 
もう、そこまで言えば分かってしまう。 
「薄くなったよね?!」 
二人同時に言って笑い転げてしまう。本当、薄くなって来るとますますカエルのイメージに似て来るような気がする。 
でも、私達はそんな首藤さんのことが、大好きなのだ…。 

数日後。 
今日は、朝から雨がしょぼしょぼ降ってる。 
あいにくの雨の中、朝から首藤さんが来て、みんなで打ち合わせをしてると、何か妙に表が騒がしくなってきた。 
「アミさん!いらっしゃるんでしょう?」 
「一言、お願いします。アミさん!」 
何やらマスコミの人達が集まってるみたい。何かそれも懐かしい気もするけど。 

「ちょっと待ってて…」 
首藤さんが立ち上がって、部屋を出て行く。いつもどちらかと言うと無表情な感じのその顔の眉に、今日は微かな皺がよって、何となく憂いの表情が浮かんでいる。 

「妹さんの件で一言、アミさん!」
「お姉ちゃん…」 
ルミが哀しそうに私の顔を見た。 
「大丈夫。ここは首藤さんに任せよう。」 
ルミを怖がらせないように、精一杯微笑みながら私は言った。 
(首藤さん。もう、全てお任せするわ…。) 

「お集まりの皆様・・・」 
マスコミに対応する彼の声がドア越しに切れ切れに聞こえてくる。
「・・・ご承知のとおり、”グロリア”は、もう長きに渡り・・・」 
(私はどうしても忘れられなかった…。満場の聴衆からの拍手喝采。カメラのフラッシュとシャッター音のシャワー。店頭にずらりと並んだ雑誌の表紙を飾る私たちの笑顔。町を歩けば、たちまちのうちに、握手を求める人達に取り囲まれて、揉みくちゃにされながら移動するのも、それはそれで楽しかった…) 

「・・・妹が急逝した現実も受け入れられぬまま・・」 
(首藤さん。ごめんなさい。そこら辺は少し違うのよ。
私、ちゃんと分かっていたの。
私達が世間からはとうの昔に忘れ去られていたこと。
それを受け入れられなかったルミが、とうとう自ら命を絶ってしまったこと。
そして何よりも、貴方が大きな銀幕で私を包んで、そんな現実から私を守ろうとしてくれていたこと…。貴方の創り上げてくれた大いなる幻影。色んな企画話や私達の評判。テレビもパソコンも貴方のコントロールで、私達にとって楽しい情報しか入ってこないようになっていた。そして、ルミがまだ生きてると言う私の言葉を受け入れて、その日からそういう演技を始めてくれた。
本当に見事なシナリオと演技力だったわ。そう、貴方も昔はスターだったのよね…。首藤広務。今は忘れられた、かつての演技派俳優…。
でもね、これだけは本当。 
ルミは本当に居たのよ。 
あれ以来ずっと、24時間、私の隣にはルミがいてくれたの。 
今もここに居るのよ。貴方に見えてないのは残念だけど。
貴方はお芝居のつもりでも、結果的には正しかったのよ。貴方が話してくれる色んな企画や業界のお話を、ルミも楽しそうに、懐かしそうに聞いていたわ…。貴方という名優と共演させて貰っている時間は、私達にとって本当に楽しくて幸せなものだった…。出来れば、ずっとずっとこのままでいたかった…。 
ただ、今日はそれよりも、もっと大事なことが…。)
「・・・ですから、皆様、お願い致します。どうか、今しばらく・・・」 
(首藤さん、本当に有難う。少しだけでも引き伸ばしてくれて。 
そう、私達双子の下に生まれたもう一人の妹の為にも…。 
私達、本当にあの子にだけは幸せになって欲しかったの。ドロドロした芸能界なんかに入らず、平凡だけど幸せな人生を、順調に送ってくれている。本当に良かった…。
そして、そんなごく普通の人生の中でも、今日はあの子にとって、特別な日なの。だから、せめて今日だけでも、私達のことをそっとしておいて欲しい…。 
今日は貴女がスターになる日。スポットライトを浴びながら、祝福を受ける日。貴女にはその資格があるのよ…。) 

いつの間にかドアの向こうは静かになったみたい。 
しばらくして、ドアが静かに開くと、首藤さんが入って来た。 
「いやいや、まいったなあ。例のアルバムの件、マスコミがもう嗅ぎつけちゃったみたい。ホント、耳が早いんだから…。一応、もう暫く待ってもらうことにしたけど…。」 
「有難う!良かったー!」 
(首藤さん。ごめんなさいね。私ももう退場させていただくことにしたわ。 
明日の朝は、寝室で私を見つけてね。後のことは、私の側の手紙に全て書いておきます。 
S校の後輩が迎えに来てくれたの。 
あの子達、私達のファンだったんだって。嬉しいわ。「先輩、もういいでしょう…」ですって…。ふふ…。そうね。もういいわよね…。 
本当にお世話になりました。何もお返し出来なかったけど、これからは、私達がずっと貴方の側で見守っているわ。そう、ずっとずっとね…。 
有難う。そしてさようなら。首藤さん…。)

[了]

ふたば様作品

『真実の探求 』上

「おばちゃん、それホントかよ?」 
僕はその言葉に一瞬ドキリとする、初対面に女性におばちゃんだなんて、本当一宮はデリカシーが無い…
大学の帰り喫茶店に大学の仲間5人(野郎共のみ)で寄った日のこと。 
最近彼女に振られ、やけ気味な小野の「夏だし刺激が欲しい」とかそんな発言がきっかけだった。 
それに乗っかった一宮が「だったら幽霊が出るって噂の高校に夜中侵入しよう」とか言い始めたところ僕が止めるのを無視して怪しい計画が勝手に進められた。
マズイ…、また「荒らし5人組」として世間様から軽蔑される…… 
中学からの腐れ縁でだいたい一緒に居る僕ら5人はへたに行動を起こすと、何かと物を壊したり、喧嘩が勃発して場の空気が悪くなったりと、とにかく人様に迷惑を掛け場を荒らす僕達は、いつしか「ARASI 5人組」と呼ばれるようになった。(僕は被害者) 
そんな悪名名高いこいつらが高校に侵入でもした日には教室はおろか下心剥き出しで更衣室を荒らし、挙句警察のご厄介になることは想像に難くない。 
今回も頑張ってこいつらの計画を阻止しようと奮闘する僕だったが、いつものように言いくるめられ、気がつけば全然妥協してない妥協案を飲まされては途方に暮れていたところ、同じく喫茶店にいた黒い服に身を包んだ貴婦人が僕らに話掛けて来た。 
そして艶やかな空気を纏った貴婦人は僕ら5人にとある双子の話をしてくれたのだった。
「おいイッチーw、いきなり初対面の女性におばちゃんってwwww.…」 
ゲラゲラと下品に笑う桜田。 
「いやでも確かに胡散くせーよな。」 
意地悪い顔で小野が言う。松井はストローの包装紙でいも虫を作っている。 
「ふふ、信じてくれるかは分からないけど、でも真実は一つだけよ。」 
「だったらこれはもう、行くっきゃねーでしょうっ!!!」 
うわ、結局そうなるのかよ… 
ってかイッチー、さっきからいちいち声デカイ… 
「本当に双子のお化け出るか確かめねーとな?!」 
「だな!」 
真実の探求という女子校に侵入する理由を手に入れたとばかりにはしゃぐ小野桜田。 
もう、こうなっては止められない…助けを求める様に松井に目を向けると、先ほどのいも虫にストローでスポイトみたいに水滴を垂らしていた。 
はあぁぁ。一人絶望していると「でも…」と貴婦人が声を発した。 
「あそこの高校、セキュリティしっかりしているわよ。」 
そりゃあそうだ、s高は私立の進学校なのだから。 
よし、諦めよう。僕はそう彼らを諭す。 
「いやいや、我々は真実を確かめないといけない!だから女子校生のいる場所へ行くべきだ!」 
もう何言ってんだ、こいつら 
「セキュリティ鳴ったらどうすんのっ?俺吉田沙保里に勝つ自信ねーんだけどっ」 
いやイッチー、アルソックのCMはただのイメージだから。 
いい加減こいつらを黙らせないと…他の喫茶店のお客に睨まれてる… 
「マンション」 
?、急に松井が口を開いた。 
「その双子のマンションなら俺ん家の近くにある。」 
松井のその言葉に貴婦人は少し微笑んだ気がした。 

>>>

『真実の探求』下

結局来てしまった…。s高ではなく、双子が住んでいたマンションではあるが、聞くところによるとつい最近、小学生の母親が自殺をしたらしい。 
あの貴婦人の話を思い出し、僕はこの場に来てしまったことを大いに後悔する。 
真実を探求とか言っておいて手放しで帰れないのがコイツらだという ことは分かっていたが、いざやって来るとビビリきってしまって、皆に帰ろうと提案する。 
「このまま帰れっかよ、嫌なら置いてくぞ。」 
現実主義者の小野は堂々としている。 
「何だよ、びびってんのかよふたば?????ただの普通のマンションだろ???」 
そう言う桜田の声は少し上ずっていた、だがそれを悟られない様に無理やり喋っている。 
時刻は午後10時、目の前に立つマンションはペンキが一部剥がれ初め、生活の明かりがあっていいはずなのにどの部屋も真っ暗だ。 
少しずつ違和感が大きくなるのを感じながらも小野たちの後に続く。そして、彼らが荒らしと呼ばれる謂れを思い出す。ちゃんと見張らなきゃ…。 
外付けの階段を登る。前には小野と桜田、背後に松井とその後ろから一宮が走って追いつく。 
「ふたばー怖いなら花でも見て和もー」 
そう言う一宮が持って来たのは綺麗な花束。まるで人が死んだ場所に置かれてる様な… 
「おいー!おめえそれどっから持って来やがったー!!?」 
すかさず突っ込む桜田。 
「え、その辺に飾ってあったー」 
「馬鹿かっ!それ死んだ奴手向けるやつだろー!」 
「ハア?馬鹿じゃねえしっ」 
「おいマジかよイッチー、呪われっぞっ」 
「ウソー!やべー!!Σ(゚д゚lll)」 
パニックに陥るアホイッチーを悪乗りで松井が激写し始め、もはや収拾が付かない… 
不味い、衝撃的過ぎて意識が飛びそうだ。 
「何だ君達!こんな時間に騒いでっ!!」 
と、そこに階段下の奥の方から50代程の男性が怒鳴りながら近ずいて来た。 
「ああ!?うっせーんじゃおっさん!!」 
唐突に逆ギレしだす一宮、しかしその右肩を松井が抑える。 
「何だよ、まっつー!」 
「ちょっと待て、様子が変。」 
松井が顎を遣るおっさんの方に目を向ける。 
薄暗くて見にくいが、こちらに迫って来るおっさんは目を吊り上げ、怒鳴っている。しかしよく見るとその口元は上がっており、不気味に笑っている。 
足元は千鳥足気味で、左右に揺れおり、右手には警棒型のスタンガンをバチバチ鳴らしながら握っている。 
「おいおいキチガイかよ、気持ち悪っ」 
すると男性は白目を剥いて滅茶苦茶にスタンガンを振り回し始めた。 
「うわっあぶね!一先ず上に逃げるぞっ!!」 
慌てて階段を駆け上がる僕ら5人。だが、前方からギィィと扉の開く音が聞こえると、電気すら点いていなかった部屋の玄関から50代くらいの女性が怒鳴りながら向かって来た。 
「何なの君達!こんな時間に騒いでっ!!」 
女性も下の男性と同じく怒りながら笑っており、右手に警棒型スタンガンを握ってフラフラ近ずいてくる。 
「やべぇ!挟まれたっ!!」 
女性もスタンガンを滅茶苦茶に振り回し始めた。 
すると、ここで松井が勇敢にも一宮を押し退けて下の男に近づきスマホを向けると、カメラのシャッターを切った。カメラのフラッシュで目眩しをするつもりだ。 
カシャッ 
乾いたシャッター音が響く。しかし、何故かフラッシュは光らない。 
そして、シャッターボタンを押していないのに鳴り止まないカメラをきる音。 
カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、…… 
「な、何だよっコレ!」 
こちらへ後ずさる松井の手元のスマホ画面が見えた。 
其処には目の前の男は写っておらず、この建物の屋上とおぼしき場所からその端の方へパラパラマンガをめくる様に其処を移動する人の主観で屋上の上を歩く様子が写っていた。 
カシャッ、カシャッ、…… 
やがて屋上の端に立つとその景色は、街の中に飛び込んだ。 
急速に近ずくコンクリートの地面、カシャッ、という音と共に視界がコンクリート色に染まる。カシャッ、カシャッ、そして… 
ピシッ!! 
松井の手元でスマホの液晶が粉々に割れた。 
「うわっ!」 
思わずスマホを放り投げる松井。 
「落ちろ」「落ちろ」 
すると前後で男性と女性が同じトーンで交互に喋り始めた。 
「落ちろ」「落ちろ」「落ちろ」「落ちろ」 
「何だよもうっ!!」 
「落ちろ」「落ちろ」「屋上から」「階段から」「あの子の様に」「双子の様に」「一人残らず」「落ちてしまえ!」「潰れてしまえ!」「砕けてしまえ!」「グチャグチャに」「グチャグチャに」「グチャグチャにッ」「グチャグチャにッ」「グチャグチャにッ!」「グチャグチャにッ!!」 
叫びながら近ずいてくる。目はつり上がって、口元は笑って、大粒の涙を零して、よだれを垂れ流しながら、叫びながら近ずいてくる。 
「おいっどうするっ!」 
「逃げるしかねーだろっ!」 
「どこにっ!?前後で塞がれてんだぞ!!」 
「飛び降りる!」 
「ハァァ!?」 
「まだ1階と2階の間だろ!手すり越えて逃げるぞっ!!!」 
「クソがっ!」 
直ぐに飛び降りて行く桜田、一宮、小野、松井、畜生っ早く降りないとっ! 
手すりに手をかけ体を弾ませる。しかし慌てていたため、下の道路に頭から落っこちる。ドサッ 
余り高さはないとはいえ無茶苦茶痛いがここは我慢だ。 
周りを確認、どうやら皆いるようだ、だがほぼ同時に降りたせいで互いにぶつけ合い痛がっている。 
「うし、逃げるぞっ!」 
小野の声にみんな立ち上がる。 
しかし、 
ニャアァンーーー キキィィー!! 
飛び出した猫を避けた大型トラックが僕らの方へ突っ込んで来た。
◎◎◎
「ねえ、まだなの…」「あと何人」「何人で貴方達は」「成仏するんだ」「わたしたちの」「おれたちの」 
「かわいい双子。」

ーーまあだだよ… 


【了】

ゆな様作品

【真実の片側】

「ずーっと雨が続いていますね」
私は隣に座っているお兄さんに勇気を出して声をかけてみました。

やっぱり返事はありません、でもいいんだ。 
お兄さんとこうして手をつないでるだけで。

少しゴツゴツしたお兄さんの手は、私の手よりも少し白く、綺麗な色をしている。

今何を考えているんだろう、私の事かな、それともボーッとしてるだけかなぁ。
お兄さんの考えてることがちっともわかんないよ。私……お兄さんの顔を見れないんだもの。

お兄さんはどうなのかなぁ、やっぱり子供の私じゃドキドキしないかな。 
でも私達もう二人でずっとここにいるしかないもんね。

あのたくさんの飛行機から赤い雨が降ってきて、お兄さんが私を地下壕に連れてってくれた時から、私達はお互い離れられなくなっちゃったんだもんね。

私の隣にはお兄さんが座ってる。けど私とお兄さんの間に、凄い音と一緒に大きな岩と砂利が降ってきたんだ。
地下壕の天井が落ちてきたみたい、少し怖かった。お兄さんが手を握っててくれなかったら泣いていたかもしれない。

だけど岩と砂利のせいでお兄さんとの間に壁が出来ちゃった。手だけは握ってるけど、お互い姿は見えない。身動きもほとんどとれないの。
私達は手を握りあったままここにずっといる。お兄さんの手が冷たいのは、きっとこの雨のせい。

空だけはずっと綺麗、私達はずっとこうして二人で一緒にいるの。

お兄さん、私はあなたがすきよ。

でもこの壁を越えて会いには行けない。 
私もあなたと同じ場所に行きたい……。

早く一緒になれる日がこないかなぁ。 
ねぇお兄さん、少しでいいからこの手を握って。 

お願い、お願いだから……。
私は少しだけ泣いた。

そうするとね、いつも始めに戻るの、何もかも一番始めに……。

「ずーっと雨が続いていますね」
私は隣に座っているお兄さんに勇気を出して声をかけてみました。

……ほらね?もう何度も何度もこれを繰り返してる。

きっと私もお兄さんも、もうこの世にはいないんだろうな。でもここを離れることは出来ない。 
だって繋いでしまったもの。お互いを縛ってしまったもの。
私達はずっとここで同じ雨を見ています。

初めて手を握り合ったこの場所で。
この手が離れるまで、ずっと。

(おわり)

珍味様作品

【三番目の真実】

「はい、お二人さん、ちょっと聞いて。いいニュースだよ!」

私達二人が部屋で寛いでると、マネージャーの首藤さんが入って来た。

「なあに、首藤さん?」

二人の口が同時に動く。

「えー、新しいアルバムの企画が来ました。今までの二人の曲のベストアルバムに、新曲もいくつか加えた二枚組のリミックスバージョンを作ろうって話で、もう企画会議でオッケーが出たらしい。」

「えっ、本当に?」これは妹。

「凄いじゃん!」これは私。

「どう?やってみる?」首藤さんが促す。

「私達、最後にアルバム出してから、もう、かなり経つよねえ…。大丈夫かなあ…。何かちょっと緊張して来ちゃった。」

ちょっと気弱なところのある妹のルミが不安そうに言う。いつもこういう感じ。どんな話にも、まずは慎重な態度を取る。

「オッケー!要は、ベストアルバム作って、そこに、ちょこっと新曲足すだけでしょ?前と同じにやればいいだけじゃん!大丈夫よ。」

自分で言ってて、あらためて思う。そう、私は呑気で楽天家…。 

私の名前は花本アミ。双子の妹のルミと共に、「グロリア」を結成してからもう随分になる。 

私達がS校を卒業した後芸能界に入ってから順調に芸能活動を続けてこられたのは、双子ユニットという、もの珍しさだけじゃない。

双子特有の息の合った歌声が、リスナーの心をちゃんと捉えて来たからだと、私は自信を持って言える。

私達の部屋を飾る沢山のトロフィーやゴールドディスクが何よりもその証拠だ。やっぱり歌唱力が無ければ、これだけの評価を得るのは無理だろう。 

二人の分担で、どっちがメロディラインを歌い、どっちがハーモニーを歌うかも、曲ごとに何となく決まってくる。誰かの指導を受けたわけでもない。自然にそうなっていった。

双子だから、自然にできるのだ。性格は正反対だけど、いざ歌う時になれば、何の打ち合わせもなしに、息のぴったりあった歌声を聴かせることができる。そう、何しろ私達は双子なんだから…。 

「それでね、過去の作品から、今回のアルバムに入れる曲については、まずは、二人の意向を尊重したいと思うので、何を選ぶか考えておいて欲しいんだ。」

「全部!」これは私。

「ちょっと、お姉ちゃんたら…」これは(当然)妹。

「全部は、さすがに無理です…」首藤さんが真面目に答える。 

とは言え、私達のこの成功が、自分達の力だけで成し遂げられたと言うつもりは勿論無い。本当に、周りの人達にも恵まれていたんだと思う。 

特にマネージャーの首藤さんには、本当に助けられてる。あまり表情が豊かとは言えず、一見、何を考えているのかわからないような、取っつきにくい印象がある(私は時々思うのだけど、この人の顔、何となくカエルを思わせるような雰囲気がある)。

でも、いつも恐ろしいくらいに冷静で、業界の動きについても早耳だし、常に先を読みながら動いてくれる。

私達の考えてることも、とても的確に読み取ってくれてて、時々怖いと思うことさえあるけど、それは常に私達のことを考えてくれているからだ、と呑気な私は思っている。

彼には、私達の自宅の鍵まで渡してある。フリーパス状態だが、実際、家族みたいなものだから、私もルミもそれでいいと思ってる。

お金の管理は勿論、機械の苦手な私達の為にケーブルテレビやパソコンのセッティング、ちょっとした家電の修理まで、何でもやってくれる。 

最近は、打ち合わせも自宅でやることが多い。確かにその方が、移動も少なくて人目につかないから、色々と都合が良い。

それにもともと、この町は下町のとても庶民的な所で、芸能界の華やかな匂いのする場所とは、色んな意味で離れてる。此処にいる方が落ち着けるのだ。

実際、夕暮れの風景がとても美しいこの町を、私達はとても気に入っている。 

「じゃあ、僕はもう行くね。さっきのは、まだそんなに急ぐ話じゃないので、ゆっくり考えといてね。」

「はーい。」

「お疲れさまでしたー。」

淡々と話を終えると首藤さんは帰って行った。

二人きりになると、急に静かになる。 
「お姉ちゃん、ごめんね…」 
ルミが、また、哀しそうに言う。

「何が?」

「あたしったら、いつもこんな感じで、めそめそしてて…。お姉ちゃんに迷惑ばかりかけてる…。」

「馬鹿ねえ。何言ってんの。お姉ちゃんが一度でもそんなこと言ったことある?とにかく、あたしは貴方で、貴方はあたしなの。迷惑なわけないでしょう?」

「有難う…。」

私は片手でルミの手を握り、もう片方の手で、頭を撫でる。幼い頃からずっとそうしてきたように…。

ふと気がつくと、もう夕方になっている。窓の外に広がる、オレンジ色のグラデーションに彩られた黄昏時の美しい風景を眺めていると、何とも言えない気分になる。私にとって一番好きな時間…。

「ねえねえ、気がついてる?」

少し元気の出たルミが悪戯っぽい笑顔を浮かべて聞いてくる。

「え?何の話?」

「首藤さんさあ…。最近…」 
もう、そこまで言えば分かってしまう。

「薄くなったよね?!」 
二人同時に言って笑い転げてしまう。本当、薄くなって来るとますますカエルのイメージに似て来るような気がする。

でも、私達はそんな首藤さんのことが、大好きなのだ…。 

数日後。 
今日は、朝から雨がしょぼしょぼ降ってる。

あいにくの雨の中、朝から首藤さんが来て、みんなで打ち合わせをしてると、何か妙に表が騒がしくなってきた。

「アミさん!いらっしゃるんでしょう?」

「一言、お願いします。アミさん!」 
何やらマスコミの人達が集まってるみたい。何かそれも懐かしい気もするけど。 

「ちょっと待ってて…」 
首藤さんが立ち上がって、部屋を出て行く。いつもどちらかと言うと無表情な感じのその顔の眉に、今日は微かな皺がよって、何となく憂いの表情が浮かんでいる。 

「妹さんの件で一言、アミさん!」
「お姉ちゃん…」 
ルミが哀しそうに私の顔を見た。

「大丈夫。ここは首藤さんに任せよう。」 
ルミを怖がらせないように、精一杯微笑みながら私は言った。

(首藤さん。もう、全てお任せするわ…。) 

「お集まりの皆様・・・」 
マスコミに対応する彼の声がドア越しに切れ切れに聞こえてくる。

「・・・ご承知のとおり、”グロリア”は、もう長きに渡り・・・」

(私はどうしても忘れられなかった…。満場の聴衆からの拍手喝采。カメラのフラッシュとシャッター音のシャワー。店頭にずらりと並んだ雑誌の表紙を飾る私たちの笑顔。

町を歩けば、たちまちのうちに、握手を求める人達に取り囲まれて、揉みくちゃにされながら移動するのも、それはそれで楽しかった…) 

「・・・妹が急逝した現実も受け入れられぬまま・・」

(首藤さん。ごめんなさい。そこら辺は少し違うのよ。
私、ちゃんと分かっていたの。
私達が世間からはとうの昔に忘れ去られていたこと。
それを受け入れられなかったルミが、とうとう自ら命を絶ってしまったこと。

そして何よりも、貴方が大きな銀幕で私を包んで、そんな現実から私を守ろうとしてくれていたこと…。

貴方の創り上げてくれた大いなる幻影。色んな企画話や私達の評判。テレビもパソコンも貴方のコントロールで、私達にとって楽しい情報しか入ってこないようになっていた。

そして、ルミがまだ生きてると言う私の言葉を受け入れて、その日からそういう演技を始めてくれた。

本当に見事なシナリオと演技力だったわ。そう、貴方も昔はスターだったのよね…。首藤広務。今は忘れられた、かつての演技派俳優…。

でもね、これだけは本当。 
ルミは本当に居たのよ。
あれ以来ずっと、24時間、私の隣にはルミがいてくれたの。

今もここに居るのよ。貴方に見えてないのは残念だけど。
貴方はお芝居のつもりでも、結果的には正しかったのよ。

貴方が話してくれる色んな企画や業界のお話を、ルミも楽しそうに、懐かしそうに聞いていたわ…。貴方という名優と共演させて貰っている時間は、私達にとって本当に楽しくて幸せなものだった…。出来れば、ずっとずっとこのままでいたかった…。 

ただ、今日はそれよりも、もっと大事なことが…。)

「・・・ですから、皆様、お願い致します。どうか、今しばらく・・・」 
(首藤さん、本当に有難う。少しだけでも引き伸ばしてくれて。

そう、私達双子の下に生まれたもう一人の妹の為にも…。

私達、本当にあの子にだけは幸せになって欲しかったの。ドロドロした芸能界なんかに入らず、平凡だけど幸せな人生を、順調に送ってくれている。本当に良かった…。

そして、そんなごく普通の人生の中でも、今日はあの子にとって、特別な日なの。だから、せめて今日だけでも、私達のことをそっとしておいて欲しい…。

今日は貴女がスターになる日。スポットライトを浴びながら、祝福を受ける日。貴女にはその資格があるのよ…。) 

いつの間にかドアの向こうは静かになったみたい。 
しばらくして、ドアが静かに開くと、首藤さんが入って来た。

「いやいや、まいったなあ。例のアルバムの件、マスコミがもう嗅ぎつけちゃったみたい。ホント、耳が早いんだから…。一応、もう暫く待ってもらうことにしたけど…。」

「有難う!良かったー!」 
(首藤さん。ごめんなさいね。私ももう退場させていただくことにしたわ。 
明日の朝は、寝室で私を見つけてね。後のことは、私の側の手紙に全て書いておきます。

S校の後輩が迎えに来てくれたの。 
あの子達、私達のファンだったんだって。嬉しいわ。「先輩、もういいでしょう…」ですって…。ふふ…。そうね。もういいわよね…。

本当にお世話になりました。何もお返し出来なかったけど、これからは、私達がずっと貴方の側で見守っているわ。そう、ずっとずっとね…。

有難う。そしてさようなら。首藤さん…。)

[了]

ふたば様作品

『真実の探求 』上

「おばちゃん、それホントかよ?」

僕はその言葉に一瞬ドキリとする、初対面に女性におばちゃんだなんて、本当一宮はデリカシーが無い…

大学の帰り喫茶店に大学の仲間5人(野郎共のみ)で寄った日のこと。
最近彼女に振られ、やけ気味な小野の「夏だし刺激が欲しい」とかそんな発言がきっかけだった。

それに乗っかった一宮が「だったら幽霊が出るって噂の高校に夜中侵入しよう」とか言い始めたところ僕が止めるのを無視して怪しい計画が勝手に進められた。

マズイ…、また「荒らし5人組」として世間様から軽蔑される…… 
中学からの腐れ縁でだいたい一緒に居る僕ら5人はへたに行動を起こすと、何かと物を壊したり、喧嘩が勃発して場の空気が悪くなったりと、とにかく人様に迷惑を掛け場を荒らす僕達は、いつしか「ARASI 5人組」と呼ばれるようになった。(僕は被害者)

そんな悪名名高いこいつらが高校に侵入でもした日には教室はおろか下心剥き出しで更衣室を荒らし、挙句警察のご厄介になることは想像に難くない。

今回も頑張ってこいつらの計画を阻止しようと奮闘する僕だったが、いつものように言いくるめられ、気がつけば全然妥協してない妥協案を飲まされては途方に暮れていたところ、同じく喫茶店にいた黒い服に身を包んだ貴婦人が僕らに話掛けて来た。

そして艶やかな空気を纏った貴婦人は僕ら5人にとある双子の話をしてくれたのだった。

「おいイッチーw、いきなり初対面の女性におばちゃんってwwww.…」 
ゲラゲラと下品に笑う桜田。

「いやでも確かに胡散くせーよな。」 
意地悪い顔で小野が言う。

松井はストローの包装紙でいも虫を作っている。 
「ふふ、信じてくれるかは分からないけど、でも真実は一つだけよ。」

「だったらこれはもう、行くっきゃねーでしょうっ!!!」 
うわ、結局そうなるのかよ…

ってかイッチー、さっきからいちいち声デカイ… 
「本当に双子のお化け出るか確かめねーとな?!」

「だな!」 
真実の探求という女子校に侵入する理由を手に入れたとばかりにはしゃぐ小野桜田。

もう、こうなっては止められない…助けを求める様に松井に目を向けると、先ほどのいも虫にストローでスポイトみたいに水滴を垂らしていた。

はあぁぁ。一人絶望していると「でも…」と貴婦人が声を発した。

「あそこの高校、セキュリティしっかりしているわよ。」 
そりゃあそうだ、s高は私立の進学校なのだから。

よし、諦めよう。僕はそう彼らを諭す。 
「いやいや、我々は真実を確かめないといけない!だから女子校生のいる場所へ行くべきだ!」 
もう何言ってんだ、こいつら

「セキュリティ鳴ったらどうすんのっ?俺吉田沙保里に勝つ自信ねーんだけどっ」 
いやイッチー、アルソックのCMはただのイメージだから。

いい加減こいつらを黙らせないと…他の喫茶店のお客に睨まれてる… 
「マンション」 
?、急に松井が口を開いた。

「その双子のマンションなら俺ん家の近くにある。」 
松井のその言葉に貴婦人は少し微笑んだ気がした。 

>>>

『真実の探求』下

結局来てしまった…。s高ではなく、双子が住んでいたマンションではあるが、聞くところによるとつい最近、小学生の母親が自殺をしたらしい。

あの貴婦人の話を思い出し、僕はこの場に来てしまったことを大いに後悔する。

真実を探求とか言っておいて手放しで帰れないのがコイツらだという ことは分かっていたが、いざやって来るとビビリきってしまって、皆に帰ろうと提案する。

「このまま帰れっかよ、嫌なら置いてくぞ。」 
現実主義者の小野は堂々としている。

「何だよ、びびってんのかよふたば?????ただの普通のマンションだろ???」 
そう言う桜田の声は少し上ずっていた、だがそれを悟られない様に無理やり喋っている。

時刻は午後10時、目の前に立つマンションはペンキが一部剥がれ初め、生活の明かりがあっていいはずなのにどの部屋も真っ暗だ。

少しずつ違和感が大きくなるのを感じながらも小野たちの後に続く。そして、彼らが荒らしと呼ばれる謂れを思い出す。ちゃんと見張らなきゃ…。

外付けの階段を登る。前には小野と桜田、背後に松井とその後ろから一宮が走って追いつく。

「ふたばー怖いなら花でも見て和もー」 
そう言う一宮が持って来たのは綺麗な花束。まるで人が死んだ場所に置かれてる様な…

「おいー!おめえそれどっから持って来やがったー!!?」 
すかさず突っ込む桜田。

「え、その辺に飾ってあったー」

「馬鹿かっ!それ死んだ奴手向けるやつだろー!」

「ハア?馬鹿じゃねえしっ」

「おいマジかよイッチー、呪われっぞっ」

「ウソー!やべー!!Σ(゚д゚lll)」

パニックに陥るアホイッチーを悪乗りで松井が激写し始め、もはや収拾が付かない… 
不味い、衝撃的過ぎて意識が飛びそうだ。

「何だ君達!こんな時間に騒いでっ!!」 
と、そこに階段下の奥の方から50代程の男性が怒鳴りながら近ずいて来た。

「ああ!?うっせーんじゃおっさん!!」 
唐突に逆ギレしだす一宮、しかしその右肩を松井が抑える。

「何だよ、まっつー!」

「ちょっと待て、様子が変。」 
松井が顎を遣るおっさんの方に目を向ける。

薄暗くて見にくいが、こちらに迫って来るおっさんは目を吊り上げ、怒鳴っている。しかしよく見るとその口元は上がっており、不気味に笑っている。

足元は千鳥足気味で、左右に揺れおり、右手には警棒型のスタンガンをバチバチ鳴らしながら握っている。

「おいおいキチガイかよ、気持ち悪っ」 
すると男性は白目を剥いて滅茶苦茶にスタンガンを振り回し始めた。

「うわっあぶね!一先ず上に逃げるぞっ!!」 
慌てて階段を駆け上がる僕ら5人。

だが、前方からギィィと扉の開く音が聞こえると、電気すら点いていなかった部屋の玄関から50代くらいの女性が怒鳴りながら向かって来た。

「何なの君達!こんな時間に騒いでっ!!」 
女性も下の男性と同じく怒りながら笑っており、右手に警棒型スタンガンを握ってフラフラ近ずいてくる。

「やべぇ!挟まれたっ!!」 
女性もスタンガンを滅茶苦茶に振り回し始めた。

すると、ここで松井が勇敢にも一宮を押し退けて下の男に近づきスマホを向けると、カメラのシャッターを切った。カメラのフラッシュで目眩しをするつもりだ。

カシャッ

乾いたシャッター音が響く。しかし、何故かフラッシュは光らない。 
そして、シャッターボタンを押していないのに鳴り止まないカメラをきる音。

カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、……

「な、何だよっコレ!」 
こちらへ後ずさる松井の手元のスマホ画面が見えた。 

其処には目の前の男は写っておらず、この建物の屋上とおぼしき場所からその端の方へパラパラマンガをめくる様に其処を移動する人の主観で屋上の上を歩く様子が写っていた。

カシャッ、カシャッ、……

やがて屋上の端に立つとその景色は、街の中に飛び込んだ。

急速に近ずくコンクリートの地面、カシャッ、という音と共に視界がコンクリート色に染まる。カシャッ、カシャッ、そして…

ピシッ!! 
松井の手元でスマホの液晶が粉々に割れた。

「うわっ!」 
思わずスマホを放り投げる松井。

「落ちろ」「落ちろ」 
すると前後で男性と女性が同じトーンで交互に喋り始めた。

「落ちろ」「落ちろ」「落ちろ」「落ちろ」

「何だよもうっ!!」

「落ちろ」「落ちろ」「屋上から」「階段から」「あの子の様に」「双子の様に」「一人残らず」「落ちてしまえ!」「潰れてしまえ!」「砕けてしまえ!」「グチャグチャに」「グチャグチャに」「グチャグチャにッ」「グチャグチャにッ」「グチャグチャにッ!」「グチャグチャにッ!!」

叫びながら近ずいてくる。

目はつり上がって、口元は笑って、大粒の涙を零して、よだれを垂れ流しながら、叫びながら近ずいてくる。

「おいっどうするっ!」

「逃げるしかねーだろっ!」

「どこにっ!?前後で塞がれてんだぞ!!」

「飛び降りる!」

「ハァァ!?」

「まだ1階と2階の間だろ!手すり越えて逃げるぞっ!!!」

「クソがっ!」

直ぐに飛び降りて行く桜田、一宮、小野、松井、畜生っ早く降りないとっ! 
手すりに手をかけ体を弾ませる。しかし慌てていたため、下の道路に頭から落っこちる。

ドサッ

余り高さはないとはいえ無茶苦茶痛いがここは我慢だ。 
周りを確認、どうやら皆いるようだ、だがほぼ同時に降りたせいで互いにぶつけ合い痛がっている。

「うし、逃げるぞっ!」 
小野の声にみんな立ち上がる。 
しかし、 

ニャアァンーーー キキィィー!!

飛び出した猫を避けた大型トラックが僕らの方へ突っ込んで来た。

◎◎◎

「ねえ、まだなの…」「あと何人」「何人で貴方達は」「成仏するんだ」「わたしたちの」「おれたちの」 
「かわいい双子。」

ーーまあだだよ… 


【了】