京都府京都市北区上賀茂西後藤町61 貴船神社

貴船神社

京都を代表する神社の1つ、貴船神社。縁結び信仰がある反面、ここは丑の刻参りの聖地でもある。憎い相手を呪う有名な呪術だ。
その基本形はこのようなもの。火鉢の中に置いてある3本足の金具を逆さにかぶる。その足にろうそくをくくりつけ、火を灯す。身に付けるものは白装束、胸からは鏡をぶら下げる。顔は白化粧、濃い口紅、口に櫛(くし)をくわえる。準備を整えたあとの丑の刻(午前1〜3時ごろ)、呪いたい相手を一心不乱に思いながら、杉の木に藁人形を五寸釘で打ち付ける。狂気の世界だ。
貴船神社へ行くには、叡山電車の貴船口駅からバスに乗って貴船で下車。そこは貴船山の中腹にあたる。そばに流れる貴船川は、京都の夏の風物詩、川床(かわどこ)が楽しめる場所で有名だ。このあたりは風流な茶店や料理旅館がひしめいており、どこも縁結び目的で訪れたカップルや、幸せそうな家族でいっぱいだ。
呼び込みをする店員の京言葉を耳にしながら歩いていくと、5分ほどで貴船神社にたどり着く。境内も同じように幸せそうなカップルや家族でいっぱい。そんな光景を見ていると、ここが丑の刻参りの聖地だなんて、思えなくなってくるのだが・・
貴船神社の本宮から参道に沿って1キロほど進むと、奥宮がある。そこは昼でも薄暗い杉林だ。ここの樹々をよく観察してみると、直径5ミリほどの黒々した穴が見つかる。五寸釘を打った痕跡だ。それが見つかる樹は1本や2本ではない。数多くの樹々から見つかる。
さすがに藁人形までは残っていないが、なかには赤錆びた五寸釘がまだ刺さっているものもある。一見平和そうに見える貴船神社だが、その裏にはまだ、ほの暗い憎しみを抱いて、夜な夜な呪いの儀式を行っている女性がいるのだ。
丑の刻参りの起源は、鎌倉時代につくられた「宇治の橋姫」の物語にある。そこでは夫を奪った美しい龍神に報復するため、妻が呪いの儀式を行っている。頭に3本のたいまつをくくりつけ、宇治川に祈りを込めていると、妻が憎しみのあまり鬼になってしまうという話だ。
このあと、室町時代の謡曲「鉄輪(かなわ)」などを経て、五寸釘や藁人形という小道具を使って、相手に報復する呪い儀式に変わっていく。
真っ暗な闇夜の山中で、ろうそくの明かりだけを頼りに、憎い相手を考えながら藁人形に五寸釘を打ち込むなんて、常人の神経ではできるはずがない。その姿は、まさに鬼そのもの。そんな鬼はいまだに存在し、夜な夜な山奥で1人、五寸釘をたたき続けているのだ。