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海中に出現する妖怪。自分と同じ姿をした不思議な人物が、微笑かけたり、手を引き、海底に引きずり込もうとする。
この伝承は、日本海側から太平洋側まで、幅広く分布している。
かづくは水に潜る古語、転じて、潜水漁を意味する。この妖怪は主に、各地の海女に信じられたようだ。
岩田準一が、志摩の共潜を紹介している。共潜は曇天の日に多く出現。海底でいる、自分そっくりの海女が、時にはアワビをくれたりするという。
海上に浮き上がり、見回しても、自分の舟以外に1艘も、海女の舟はない。不思議に思って、また潜ると、やはり、もう一人の海女がいる。
本当の海女と勘違い、誘われるまま、付いていくと、潜水時間が伸びて、窒息してしまう。これを、「共潜に誘われる」と表現している。
また、共潜が手渡すアワビを受け取ると、死んでしまうとも、また、蚊帳のような網をかけてくるともいう。
アワビを受け取る時は、後向き、後ろ手で受ければ、難から逃れられる。
共潜に出会った海女は、海に潜るのをやめ、この話を聞いただけの、他の海女も漁を控えなければならない。
福井の東尋坊では、共潜をウミアマと呼ぶ。後ろ鉢卷の後ろ姿しか見えず、こちらが海上に浮き上がると、相手は潜る。こちらが潜る時は、その逆と、はっきり姿を見せないのが特徴だ。同じく、三重の石鏡でも、この妖怪は、鉢卷の端を長くしているので、区別がつくのだという。
共潜が現れる場所は、ほぼ決っていた。アワビがよく獲れる漁場のそばが多かったようだ。
石鏡に、海の鏡石に小さな鳥居があり、ここはアワビを多く産し、共潜もよく目撃された。
これは、アワビが多く生息するとともに、神の坐す聖域でもある場所を、海女が侵してしまったがため、妖怪に出会うと解釈されてもいる。
共潜とは別に、海女と同じ動作をする、怪しい存在も報告されている。国崎の鎧崎、海の溜めに入ると、鏡のようなものがあり、自分の姿が映る。漁具を打つと、その影も打つので、気味悪がって、誰も近づかなかった。
国崎の浜では、かつて伊勢神宮の御饌料として、アワビを採る神事が行われていた。ここもまた、聖域だったのだ。
伊勢の青島では、竜神祭の日に共潜を見るともいう。ここから、アワビを守る竜神へのタブーが設けられたという説がある。
海女は、海に入る前に、船縁を槌で叩きながら、呪文を唱えたり、決った歌を詠じたりした。大漁への祈りとも、竜神への加護を求めるとも、言われている。護符として、五芒星と格子の柄の著物や手拭いを身に着ける海女もいた。
アワビについても、多くの信仰が各地に残っている、千葉の壱隅の海底には、雨傘を開いたほどに巨大なアワビの存在が知られていたが、海女は決して触れようともしなかった。指一本でも触れば、海潮がひどく荒れると信じられていたからだ。
茨城・高戸浜の沖に、大咲浪・小咲浪という岩礁があり、船乗りに難所として知られていた。ここで、海女が1寸を越える大アワビを獲ったが、恐ろしさの余り、出家してしまったと伝えられる。
アワビの報恩譚も、多く信じられて来た。寛政期の下北の話。八幡宮を深く信じる船頭が、カラスに突つかれていた小さなアワビを救けてやった。
江戸への航路、房州沖で暴風雨に見舞われ、船底が水漏れしてしまう。八幡宮に祈り続けると、幸運にも助かった。底には、アワビが貼りついて、浸水を防いでくれていたのを発見、このアワビを奉納した。
志摩の御座、聖ヶ嶽の山頂には金毘羅が祠られていて、難破しそうになった舟が、この山に向って祈ると、無事に過ぎることがかなった。やはり、舟の底にはアワビが付いていた。
このプロトタイプのような話が、茨城の久慈にある。金砂神社の祭神が、アワビの殼に乗り、海を渡って来る。途中で沈みそうになったが、他のアワビが底に貼り付き、水木の浜まで到達できたという。