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蛇は古代から、信仰の対象になって来た。日本では、多くの動物が崇拝されているが、中でもヘビは、最も古い宗教的動物だろう。そもそもヘビの信仰は、幅広く世界に見られ、原始時代、ヘビは豊穣と永遠の生命力のシンボルで、大地母神とも関連して考えられていた。
吉野裕子によれば、神という言葉そのものが「ヘビの身体」を意味するという。ヘビは古くは、カガチ、またはカと言われ、カのミ(身)から、「カミ」となったという独特の説なのだ。
古代のヘビに関する信仰で無視できないのが、龍蛇だ。出雲大社には、旧暦10月11日から17日まで、日本中から、八百万の神々が集まって来る。ちなみに、全国の神が留守にするので、この月は一般には「神無月」だが、出雲では神が集まることから「神在月」と呼ぶ。この月の始まり、10月10日の夜に、出雲に集まる神々を、出雲大社の西海岸である稲佐の浜まで先導する、この重責を担うのが龍蛇なのだ。出雲大社の主神である、オオクニヌシの使いと考えられている。
現在でも、出雲大社の神迎神事の際には、龍蛇を祠り、神事が執り行われる。出雲大社の護符には、環状になった尾の輪の中から、頭部をもたげた龍蛇が描かれている。中世ヨーロッパのウロボロスなどとも共通するイメージがあり、永遠性を象徴するとも言えるだろう。
龍蛇は、現生種のウミヘビ、中でもセグロウミヘビに比定されているという。
この龍蛇は、水神である龍と、大地の神である蛇の、双方の性格を兼ね備えた聖獣とも言える。古代出雲の王も、海の彼方から到来する神の使いにより神威を得て、当時の中央政府だった大和の王に対抗したのではないかとする見方も出始めている。
群馬の赤久縄山にも、蛇神の伝承がある。その塩沢川の早滝は、土地の者でもなかなか見ることが難しい、幻の滝と言われていた。やっとの思いでたどり着いた男が、林の中の大木に腰かけていると、大木が動き出す。木と思ったのは、大蛇だったのだ。赤久縄山を神域として棲み、榛名山の蛇神とも兄弟と言われている、蛇の大神だ。以後、蛇神は、赤久縄山へ入る村人の山仕事を見守り、そして下流域の人々からは、水害を防ぐ水の神として信仰された。ここにも、出雲の龍蛇と同じ、ダブル・イメージがうかがえる。
また、中国・四国地方にはトウビョウと呼ばれる、蛇神の信仰があった。各地に異称があり、香川ではトンボカミという。
代表的なのが、「道通(どうつう)樣」だろう。道通信仰は、中国・四国の瀬戸内海地方にみられる蛇神で、各所に道通様が祠られた。その神体は、首の回りに黄白色の輪のあるトウビョウと呼ばれる小さなヘビだとされ、人に災厄をもたらすという。このトウビョウを鎮めるために、神社が建てられたのだ。
岡山の道通神社では、擬宝珠に巻き付き、それぞれが阿吽(あうん)の口の形をした二匹の白蛇像が祠られているという。沖田神社の末社にも、導通様は白蛇という伝承がある。
これらのトウビョウを信仰する家は、トウビョウ持ちと呼ばれた。四国では、土瓶にトウビョウを入れ、台所などの床下に隠して保管し、こっそり食事や酒を与えた。トウビョウ持ちの家は、裕福になると言われるが、その家人の意思に従ってトウビョウが他人に災いをもたらしたり、怨みを抱いた相手に憑いたりしたともいう。もし、トウビョウを粗末に扱えば、その当人に不幸が降りかかるという、恐ろしい神だった。
鳥取では、トウビョウギツネといって小さなキツネだともいい、飯綱やオサキにも通じる民間信仰だったのだろう。