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烏天狗は、カラスのような顔を持つ、天狗の視覚イメージの一つ。多くは背中に羽根を具えている。
高尾山や長野の飯綱神社などで祀られる天狗は、クチバシのある不動明王といった姿の烏天狗だ。従って、烏天狗は、鼻が高い天狗より格が低いと言うのは俗説に過ぎない。
静岡の岩岳山は、秋葉山の烏天狗が開いたという伝承がある。秋場山の烏天狗は「青天狗」とも呼ばれた。福井の三方石観音のお使いは烏天狗だという。
烏天狗に関する伝承は、江戸期を中心に各地に存在する。
徳川家康の頃、力持ちと評判の男のところに、大敵と勝負をするので男の右腕を貸せという烏天狗が訪ねて来た。わざわざ右腕を切るには及ばず、ただ貸すと言えば良いと烏天狗が言ったので、男が貸すと答えると、そのまま、烏天狗は帰って行った。一週間後、烏天狗は右腕の力を返しに来て、お礼に天狗の爪をくれた。
愛知にも、烏天狗に関する伝承が残っている。ある狩人が、不思議な夢を見た。肺病の薬にするキツツキを捕まえようと、森に入った時に、巨大なワシに襲われる。ワシの羽毛は真っ白で、その羽毛の一つ一つには、黄金の鈴が付いていた。ワシはいつしか、天狗の姿に変身、この烏天狗に肺病に効く薬の製法を聞いた。ある草を3種類そろえてそれを黒焼にすれば良いと言われたが、その3種類のうち、ヘビイチゴ以外は思い出せなかったという。
烏天狗にも、子供と関わるエピソードがある。愛媛の丹原の話。村の男が子供を連れて、石槌山に登ったが、いつの間にか、子供の姿が消えてしまった。家に帰ると、不思議にも子供は先に帰っていた。子供が言うには、山頂で迷っていると、真っ黒い顔の大男が、家まで送ってやると声をかけ、目をつぶった次の瞬間、自宅の裏庭に1人で立っていたという。烏天狗が帰してくれたのだ。
石槌山には、烏天狗が多くいると伝わっている。麓の村では、裏庭にある高い松に、夜になると烏天狗が留って、休んでいるという。大きなムクの木にも、闇の中、烏天狗が来ていたと騒ぎになり、実際に小さな火の玉が、枝の間で光っていたという。
静岡の景勝院の住職が、夜に外出した間に、寺で火事が起きた。駆けつけた住職が、念珠をもんで一喝すると、屋根の上に、四体の烏天狗が現われた。寺は焼け落ちてしまったが、寺の人々は助かった。
富山では、烏天狗を屋敷神と考える見方もあっったという。ハラの神、ハッチョウの神、ゴンゲンサマとも呼ばれた。屋敷神は、家屋と、それが建つ土地を守る守護神で、屋敷の裏や、やや離れた山林などに祀られることが多い。屋敷神の信仰は全国にあり、烏天狗もまた、身近な神だったのだ。
烏天狗は、インド仏教の守護神である迦楼羅天(かるらてん)がモデルとされる。インド神話に登場する神鳥ガルーダが仏教に取り込まれ、仏を守護する神となった。口から金の火を吹き、赤い翼を広げると336万里にも達するとされる。鳥頭・人身・有翼で、横笛を吹くイメージが広く知られ、龍や蛇を踏みつけている姿の像容もある。
仏教では、コブラなどの毒蛇は雨風を起こす悪龍とされ、煩悩のシンボルとされた。毒蛇を食べる迦楼羅天は、毒蛇から人を守り、煩悩を否定する霊鳥としても、信仰されている。
また、他の守護神を背中に乗せた姿で、迦楼羅天が描かれる場合もあった。これは前身の、ガルーダがヴィシュヌ神の乗り物であった点に由来するという。
密教では、迦楼羅を本尊とした修法で降魔、病除、延命に効果があるとする。また、不動明王の背後にあるの炎は、迦楼羅天の吐く炎、または迦楼羅天そのものの姿であるとされ「迦楼羅焔(えん)」と呼ばれる。