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山姫は、山女の異称もある妖怪。山姫と言う場合には美女、山女を用いる場合は、山に住む不思議な生き物というイメージが強かった。一般に、山神を女と見做す傾向があり、山姥という老婆の妖怪ともども、山神の変身した姿とも考えられていた。
長野の戸隠にある九頭龍山に伝わる本体を見極めようと山に入った代官は、途中で山姫に会い、その姫の吐く毒息に当たって病となった。
愛知の犬山にあった広沼には龍女、または龍神の娘が住み、たまに妙齢の乙女になって、里に出たりしていたという。この山姫は、山に入って山姥に、谷に出ては大蛇に身を変えたという。
宮崎の烏帽子岳にも、山姫がいたと伝わっている。ここの山姫は、膳椀を貸してくれていたが、いつも後ろ向きに渡して、決して顔を見せようとしなかった。若者が無理やり山姫の顔を見たので、それからは椀を貸してくれなくなった。ちなみに、山や洞窟、池や沼の主が食器を貸してくれるという伝承は各地にある。愛知にも、田代川で、十人前の膳椀を借りたいと頼むと、翌日には揃っていた。ある人が一人前少なく返したので、それから貸してくれなくなったという。この伝承は、皿数えなどの妖怪にも関係する。
宮崎では、山姫に血を吸われて死んだ人間が、後を絶たなかったという。山中で歌を歌っているというが、油断してはならない、恐ろしい妖怪だった。大分の黒岳に伝わる山姫は、絶世の美女だという。ある旅人が、山姫と気付かずに声をかけたところ、山姫の舌が長く伸び、旅人は血を吸われてしまったという。鹿児島でも、山奥にまで入り込むと、怒った山姫が生き血を吸うと恐れられた。
屋久島では、山姫をニイヨメジョと呼んだ。新嫁女の意味だろう。屋久島の山姫は、足元に届くほどの長い髪を垂らしているのが特徴で、十二単衣に緋の袴をはくなど、平安時代の官女の姿で現われたともいう。山姫は人に笑いかけ、思わず笑って返すと、血を吸われるてしまう。サカキの枝を振れば、助かったとも伝わっている。また、山姫が笑う前に、先に笑えば身を守れたとも言われていた。
屋久島で、ある男が、山に麦の初穂を供えるため、何人かで連れ立って山に登った。途中で日が暮れたので、山小屋に泊まったところ、不思議な女が現われて、眠る一同の顔を窺って、何かしている。結局、物陰に隠れていた一人以外は全員、血を吸われて死んでしまった。
山女として伝わる伝承にも、幾つかの共通点が見られる。熊本の山女も、やはり地面に着くほどの長い髪を具え、人を見ると大声で笑うという。山女に出会った時に大声を上げたので、山女は姿を消していたが、血は吸い尽くされたと見え、間もなく死んだ。高知には、山女に出会っただけでも、高熱が出て死んでしまったという伝承がある。
岩手で、容貌の良い若者が急死した。不思議なことに、山の中で、女と連れだって歩いている所を目撃される。これは山女で、初めは厚遇されるが、飽きると食べられてしまったという。
このように、山女は男を誘惑することがあったようだ。新潟で、女が薬箱を下げて来て、泊めて欲しいと言う。女が男の部屋に忍び込むので怪しむと、男が死んでいた。その女を叩くと、ムジナが正体を現わした。
宮崎では、猿の報恩譚に山女が登場する。猟師が猿を鉄砲で撃とうとしたが、可愛そうになり逃がしてやった。すると、帰路に猿が現われ、ナメクジを渡してくれた。途中で猟師は山女に襲われたが、ナメクジを見せると、山女は姿をけした。山女は、ナメクジが嫌いだったのだ。