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「赤エイ」と聞くと、全体的に赤い色をしたエイを思い浮かべるだろう。
尾の先に強力な毒を持っており、刺されるとアナフィラキシーショックを引き起こすことで有名な生物だ。
アジアに広く生息するこのエイは、尾から頭までの全長が約2メートルと大きい。
しかしエイの中にはもっと大きなものも存在し、オニイトマキエイと呼ばれるものは世界最大とされ、8メートルサイズである。
人と比べるとかなり大型なのがわかるが、じつはこれが最大ではない。
日本にはこれと比べ物にならないサイズのエイがいたのだ。
それが「赤エイ」である。

時は江戸時代にさかのぼる。
現在の千葉県である安房国から又吉と佐吉という2人が乗った船が漁に出る。
しかし漁の最中に船が嵐に見舞われて遭難してしまう。
途方に暮れながら小舟で漂流していると、近くに島が見えてきた。
又吉たちは助かったという思いで急いで上陸する。
しかし、その島には人の気配がない。
それどころか木や草も生えておらず、何もない島だったのだ。
不気味なその光景を不振に思いながらも、長い時間漂流していた疲れと乾きから、水たまりの水を口にした。
すると、なんとしょっぱくて飲めるものではない。
気味の悪さも合わさって又吉たちが船に戻った途端、島が大きくうねりながら海の底へと沈んでいったのである。
彼らが島だと思っていたのは、全長12キロにも及ぶ巨大なエイだったのだ。

古くから伝わる「絵本百物語」の3巻に竹原春泉の描いた赤エイの挿絵があるが、エイを島だと思って隣に着けた船と人物の大きさから見て、どれほど巨大なのかがわかる。
この挿絵のページにある解説には以下のような記載がある。

「この魚その身の丈三里に余れり 背に砂たまれば落さんと海上に浮べり 其時船人島なりと思ひ舟を寄すれば水底に沈めり 然る時は浪荒くして船これがために破らる 大海に多し」

つまり、大きさが3里(約10キロ)あり、背中に砂が溜まると振り落すために体を揺する。
このエイを島だと思って船や人が近付くと、海中に潜ってしまう。
船はこのエイのおかげで沈められ、これは大きな海に多く見られる現象だ、ということである。

また、驚くのはこれだけではない。
赤エイは近代にも姿を現していたのだ。
今からおよそ100年前、年号は大正である。
当時漁に出ていた船が海の真ん中で座礁したという話がある。

漁をしていると突然船が何かに乗り上げた。
海図を見ても島があるとは記されておらず、不審に思った船員の1人が海に飛びおりた。
すると不思議なことに、水面は船員の腰辺りまでしかなかったのだ。
海がそんなに浅いはずないと他の船員も飛びおりてみたが、やはり腰までしか深さがない。
何より、彼らの足の下にはしっかり地面があったのだ。
突然湧いたように現れた地面に困惑する船員たち。
そのうちの1人が海中に潜ってみたところ、赤茶色の地面が見えたという。
きっとこれは海坊主に違いないと確信したという。
無理もない、海坊主は海に住む妖怪としてよく知られていた。
穏やかだった海面が急に盛り上がり、大きな黒い人型が現れると伝えられていた。
海坊主が現れると船が沈没するという噂もあったため、船員たちはひどく怯えて念仏を唱えたという。
しばらくすると大きな衝撃と共に船が浮く感覚になり、元の海に戻っていたとされる。
その瞬間、とてつもなく長いヘビのような尾が見えたとも言われる。

そう遠くない時代にも姿を現している赤エイ。
広大な海だからこそ、この妖怪が今も存在している可能性は否定できないのだ。