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つらら女は、東北を舞台として語り継がれている伝承である。
結末は諸説あるが、どれも似通っており、同一の妖怪を指すものと見ていいだろう。

ある冬の日の朝。
若い男が軒下のつららを見て、「こんな美しい嫁がほしい」と言った。
するとしばらくして色白の美しい女が現れ、嫁にしてほしいと言いだした。
男は大喜びで嫁にもらい、仲睦まじく暮らしていた。
やがて子供も生まれたが、男には1つだけ理解できないことがあった。
嫁が風呂に入ったのを見たことがなかったのである。
不思議に思った男が風呂を勧めると、嫁はたいそう悲しそうな表情を浮かべて風呂に向かった。
ところがいくら待っても風呂から上がってこない。
気になって風呂場を覗くと、嫁の挿していた櫛が湯船に浮かんでおり、風呂場の天井には大きなつららができていたという話だ。

また、嫁にもらったのではなく、老夫婦の家に泊めてもらった旅の女がつらら女だったという話もある。

吹雪の晩に一晩泊めてほしいと女が訪ねてきた。
老夫婦は快く迎え入れ、夕飯を食べさせて泊めてやった。
しかし吹雪は10日ほども続き、その間に夫婦と女は仲良くなっていた。
気を利かせた夫婦が風呂を勧めたが、女は一向に入ろうとしない。
遠慮していると思った夫婦はなおも風呂を勧め、親切さを断りきれなかった女は根負けして風呂へ向った。
しかしいつまでも出てこないので様子を見に行くと、風呂の中に女のかんざしが浮いており、天井には無数のつららがぶら下がっていたという話である。

いずれも夫・老夫婦の勧めた風呂を断りきれなかったことで溶けてしまったという悲しい話だ。
昔は今よりも情の厚い人が多く、親切を無下にするわけにもいかなかったのだろう。
もてなす気持ちや気を遣ったことが裏目に出てしまった内容だ。
逆に、嫁に受け入れた男を恨んで仕返しを果たすつらら女の話もあり、これもまたつらら故の悲しい結末になっている。

男が嫁にもらった女は、春になった途端に忽然と消えてしまった。
残された男は妻に捨てられたものと思い込み、たいそう悲しんだ。
そして淋しさに耐えられず、新しく違う女を嫁にもらったのである。
数か月が過ぎて冬になったある日、消えた妻が突然現れた。
男が自分を裏切ったと思った妻は怒り、男を殺してしまったという話だ。
春になって溶けてしまったため姿を消したが、冬に戻った時には夫が再婚していたというこれも悲しい結末だ。
別な伝承では、妻が消えて再婚したまでは同じである。
違う点は、男の家の軒下に大きなつららができており、危ないからと男が叩き落としたところ、そのつららは男に刺さって殺してしまったという展開である。
実はそのつららこそ、消えてしまった妻であったというしめくくりで終わる。

山形には「すが女」というつらら女に似た言い伝えが残っており、これも忽然と姿を消す女房の話だ。
夫が妻に酒の熱燗を頼んだところ、妻は台所から戻ってこなくなる。
様子を見に行くと妻の着物が水浸しで残っているだけで、妻が消えていたという。
熱燗のための火で溶けてしまったという事になる。
夫のためにしたことで消え去ってしまうとは、やはりつらら女には悲しい背景しか出てこない。

昔話にはこうして消えてしまう者が頻繁に登場する。
鶴の恩返しでも機織りを覗かれた鶴は消えてしまい、かぐや姫も最後にはいなくなってしまう。
春には溶けてしまうつららをこれに当てはめて生み出された物語なのだろうか。
実在した情報は残っていないが、なんとも切ない話である。