第三回 リレー怪談 2017年 夏 投稿掲示板

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命のその言葉に、社務所内にいる全ての人間が言葉を忘れていた。

「お、お堂がもう一つあるだって?」

沈黙を破ったのはやはり東野さんだった。

双子巫女の姉である命が頷き、なにやら言葉を発しようとした刹那、部屋の灯りがふうと消えた。

『もうよい、お前らは喋りすぎだ』

どこからとなく低く嗄れた声が響いた。

「「はい、申し訳ありませんお父様」」

さすがは双子というべき糸ほどのズレもないタイミングで、命と真がその声に返事をする。

『上がってこい』

「「はい」」

私達五人は巫女に促されるまま社務所の外へで、先ほどの参道へ向かった。

しばらくして幣殿の向こうに本殿が見えてきたが、巫女達はそちらへは行かず左手の狭い砂利道を歩いた。

たどり着いたのは四方を太い縄で厳重に囲われた大きな墓の前だった。ひと目でただの墓ではない事が分かる。

私の左手を掴む八月の手がガタガタと震えている。無理もない実際私もここに立った瞬間から震えが止まらない。

恐らく東野さんも、渚も、潮も、私と同じ状況だろう。誰も何も話さない。ここに来てしまった事への後悔が無言の静寂と共に押し寄せてくる。

墓石の前には、膝から下の足だけが並んで三人立っていた。

「お父様、連れて参りました」

『ご苦労』

巫女二人がくるりとこちらへ振り返る。

すると三体の足のうち、真ん中の足だけがぼんやりと光りながら膝から上の部分がゆっくりと姿を現し始め、みるみる僧の格好をした男になった。

『君たちを待っておった』

「………なっ!」

東野さんの言いたい事が分かる。今頃になって私も気づいた、この声、間違いなくあの時お婆さんの声に紛れて聞こえた「しゃべったな」というあの声の持ち主だ。

男はニタリと笑い嗄れた声で私達に言う。「お前たちもご苦労だったな」間を置いてそれに「はい」と答えたのは、渚と… 八月だった。

私はその時、全く状況が読み取れずにただ呆然と八月と渚を交互に見ていた。

「ど、どういう事か説明してくれ!」

東野さんの声が上ずっている。

「私はいつも君達の近くで見ていたが東野君だったかな?君はなかなか頭の切れる男のようだね。だが、肝心な事は何も解っちゃいない。もしかして今日君達がここへ来た事はただの偶然だとでも思っているのかい?」

男が話している間に、その両側の足もゆっくりと全体像を現した。

「園さん!雅人さん!」

私達を代表して潮が声をあげたが、まさしくそこに立つのは昨日から行方不明だった園さんと雅人さんだった。

しかし、園さんと雅人さんが僧の男と同じく生きた人間で無かった事の方が私にとっては驚きだった。

「西浦 渚。昨日まで知らなかったとはいえあなたは良くやってくれたわ。あなた達西浦家の怨みは今日をもって晴らせるでしょう。」

園さんの声に渚はただ俯くだけで何の反応も見せない。続けて園さんは妹の八月へ目を向けた。

「あなたもここまでよく逃げださずに我慢できたわね。姉… いえ、妹を守る為に自分がこの町の犠牲になるだなんてさすが双子だわ。愛を感じる…ふふ」

八月は掴んでいた手を離し、無言で私の前に立った。まるで苛めっ子から妹を庇う姉のように。

不意に風も無いのにざわざわと周りの木々がしなった。その瞬間、墓石から一体の人魂がヒュウと宙に舞い上がり、すぐに私達の前に降りてきた。

一瞬、背中がヒヤリとしたが、すぐに驚きが恐怖を上回った。それは人魂ではなく渚そっくりの生首だった。頬や額にべったりとフジツボが付着した生首は、ジッと恨めしそうに私達を見下ろしている。

いや、よく見れば生首は私の後ろ… 潮を見ていた。

「ここ数年、またこの町では不漁が続いている。見てよこの娘の顔を… どうやら力の弱まる深夜にこの娘は結界を抜け出しているみたいなの。魚が捕れないのは恐らくそのせい。あなた達も昨日この娘に会ったんでしょ?

渚、あなたには昨日も話したけど、この事実を知らない厳田家は占い婆の指示の元に次に目を付けたのが一人生き残った末娘の渚、あなただったのよ。

それを聞いて私達一族はそれを阻止しようとしたわ。さすがに三つ子の魂を同じ場所に同時に封印するのは私達の力でも難しいからね…でも、ダメだった。

厳田にとって婆の言葉は絶対、全く聞く耳を持たない。そこで私達は渚の偽物を仕向け、その間に渚に変わる別の双子を探したの。

するとすぐ近くに渚とよく似た姉妹を見つけたわ。それがあなた達。でも八月。あなたは思った以上に凄い力を持っているのね、私達が姉の七月に近づいた途端、見透かしたようにあなたは私達に駆け引きを申し出た。

自分の命を差し出す代わりに七月を助けてくれと…

本来は姉の血で鍛えた刀で妹の首をはねなくちゃならないんだけども、今回はあなたの力に免じて、違う人間の首で代用する事にしたわ。」

「今の話本当なの?八月…」

「………… 」

「いつから知ってたの?」

「………… 」

「ちょうど一年前よ」

八月の代わりに園さんが答えた。

見ると双子巫女の片割れ、真の手にはいつの間には鋭利な刀が握られている。

「今すぐにここで八月の首をはねて、その刀でもう一人を切り刻んで封印してしまえば厳田に見つかる事もなく町は以前の状態に戻るはず。全てが上手くいくのよ」園さんがチラリと私を見る。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。もう一人の切り刻む人間とは誰なんだ?」

東野さんがそう言うと、今まで黙っていた雅人さんが初めて口を開いた。

「ところで南田 潮君。なぜ君もここにいるのか分かるかい?」

「……えっ?」

「では教えてやろう。手短かに言うと君の父親も厳田の分家の生まれだ。そして君の父にも双子の弟がいた。だが、ある理由で幼い内に兄弟は引き離された。つまり君の父も鬼灯で生まれたが、家族は弟だけを置いてこの地を離れたという訳だ。この意味はもう分かるな?」

「分かりません…」

「ん、分からんか?首の後ろに鬼灯の痣を持った弟が生まれたんだ。徳の高い魂に惹かれてついてきた災いの魂がな。それが、君の父の弟だ。

そして厳田家に育てられた弟が成人になった時、舟をやるとそそのかされて幼い西浦姉妹の真ん中の娘を連れて、君の叔父さんは真月島へ渡ったんだ」

「………う、嘘だ!」

後ろで潮の悲痛な声が聞こえ、地面に膝をつく音がした。

「嘘じゃない、君の叔父は西浦 渚の姉をこの地で殺害し、この忌まわしい呪いを生んだのだ。君の父も亡くなっている今、息子の君が責任をもって西浦 渚の姉の呪いを鎮めて貰わないと困るんだよ」

次の瞬間、真が人間とは思えない速さで潮の首をはねた。

ズシャッと切断された潮の首が地面に落ちると、今までどこに隠れれていたのか、大量のカラス達があちこちから飛び立ち、ギャアギャアと鳴きながら空を黒く染めた。

真が落ちたばかりの生首を持ち上げると、姉の命がつかつかと妹の前までやってきて、右の頬をピシャン!!と平手打ちした。

「真!あんた何やってんの?!今迄の話を聞いて無かったのかい?!」

真はジーっと潮の首を見つめた後、何かに気がついたようだ。

「あっ、しまった!斬る順番間違えちゃった!先に八月の首だった〜てへ♪」

返信

「今の状況では東野さんの言う通り、本殿へ行くしかないみたいね」

「俺も同じ意見です」

七月と潮が即座に東野に同意を示し、渚と八月は決めかねている様に見える。
決定的に情報が欠如していた。
二つの昔話とひとつの歌…怪異を見たというのは渚だけである。
渚の身体に付着していたフジツボは…
昨夜の件で別の存在が渚に成り代わっていたことで一応の落着を見た。
餌に釣られてまんまと禁忌と云われる島へおびき出されてしまった…
東野には焦りがあった。
何も知らぬまま溺れるよりは今まで集まった情報が示す渦の中心へ…
八月と渚をじっと見つめる。
視線の強さに居たたまれなくなり、
八月…渚の順で双子の巫女がいる本殿へ向かう事を了承する。
五人は宿として臨時に借り受けた拝殿を出て、奥にある瑞垣で囲まれた本殿へと向かう。
流石に拝殿から幣殿を抜けて本殿へ行く度胸は東野にはなかった。
木漏れ日の落ちる参道へ目をやると、双子の巫女がいる。
いや…ひと目だけでは昨日会った二人だとは気づかなかった。

「さあ、真…遠慮はいりません。本気で懸かってきなさい」

「いきますわよ、お姉様」

18メートル程、開き過ぎた間合いで対峙する二人。
どちらも、やたらと布地の少ないセパレートタイプの水着を身に纏っていた。
肩の高さで伸ばした右腕の先に立てて握られるは一本の金属バット…
お姉様と呼ばれた女は、左手で軽く右肩を摘まむ動作から、
脇を締め、バットを握る右手で弧を描くようにして後ろへ引き、両腕で構えに入る。
二等辺三角形を象る内股気味に開いた脚にはビーチサンダル…
左手にグローブを嵌めた真が、存在しないキャッチャーのサインに首を振る。
それからクイックモーションから内角低めを狙って白球が放たれた。
ヘルメットの下で眉が跳ね上がり、
お姉様の目が即座に真の振り切った右手から球種とコースを割り出す。
球速は140後半、ホームベースへ到達するまでの回転数は約2400…
内角低めストライクゾーンいっぱいで決まるストレート。
前方へ踏み出される右脚からインパクトの瞬間、軸足が左から右へと移動する。
見事な振り子打法だった。
宙を舞う白球は鳥居を軽々と越え、
神社の敷地をぐるりと囲む鎮守の森の彼方へと飛び去っていった。
参道に置かれたベースをお姉様は表情ひとつ変えずにまわっていく。

「なんでだぁあああああああああああああ!?」

震える指で二人を差しながら、東野が絶叫した。
その声を聞き咎めて水着の女達は動きを止め…同時に、はてと小首を傾げる。
決戦の場に臨む覚悟でいたはずが、まさかの超展開に台無しとされてしまった。
七月と潮も緊張を破壊されてへなへなと崩れはてて膝を地面についている。
表情を変えずにいられたのは八月と渚だけだった。

「あら、皆さんお早いですわね」

「この時間にいらっしゃることはすでに存じ上げていましたけど…」

スレンダーな白い身体に必要最低限の部位だけを布地で隠す、
限りなく全裸に近い水着姿の二人はまぎれもなく…
昨日、拝殿の前で会った双子の巫女だった。
ヘルメットを脱ぎ捨てると長い黒髪を右手でかきあげ、
金属バットをどこぞの剣豪みたいに左肩へ担いだのは姉の命、
グローブを着けた左手を腰に当て、三つ編みにした髪をいじるのは妹の真。

「な、なにをしているんですか?」

七月はやっとのことで疑問を口にする。
東野は二人に指を差したまま固まっており、潮は別の意味も含めて立てなくなっていた。
三つの布地はバンド●イド(ガーゼ付き晩倉庫)程の面積しかなく、
それぞれが細い紐によって結ばれている。
動けば肌と布の間に出来た空間へ、隙間へ、ミリ単位の聖域へ、
否応なく視線が向かってしまうのだ。
これが若さか…

「神様へ野球の試合を奉納しているのです。夏ですから」

「さ、さっぱり分からん…」

「水着…でも、わざわざ水着で野球をしなくてもいいよね?」

「水着は必須です。神主のいないこの神社では私達が神へ奉仕し、お世話をするのです。
 なので、神様に喜んでここへ留まっていただく為、楽しんでいただく為、
 私達、見目麗しき乙女が水着できゃははうふふと戯れる姿をご覧に入れているのです。
 これはとてもとても重要なことなのです」

「そ、そうなんですか…」

そうなのですと言って話に区切りをつけ、双子の巫女は五人を拝殿へ戻る様に促す。
そして、知っている限りのご質問にお答えしますと先頭に立って歩き出した
長い髪と三つ編みの揺れる後ろ姿は衣類を一切身に着けていないように見える。
剥き出しの臀部がふるふると揺れ、しゃなりしゃなりと二人は優雅に進む。
命はいまだ、金属バットを握ったままだが…

「あの…その、着替えないのですか?」

「このままではいけませんか?」

「俺の使命感が薄れますので…」

命と真は東野達に拝殿の中で待つように言うと、
一礼して社務所兼彼女達の住居へと去っていった。
東野へ向けられた潮の視線がやけに痛かった。

「正座したら間違いなくはみ出たのに…」

「何がだよ!?」

待たされること20分、七月が淹れてくれた茶を五人で飲んでいると、
白衣緋袴の巫女装束に身を包んだ命と真が現れた。
東野が10分程前に外を見た時、
上だけサンタ姿の女とトナカイの着ぐるみを纏った何者かを見た気がしたが、
暑さのせいで幻覚でもみたのであろうということにした。
でないと話が進まない。
二人が上座へ着くのを見るや、東野は今まで温めてきた疑問をぶつける。

「まずは、この神社の縁起を教えてくれ。
 不漁が続いた為、双子の姉妹を犠牲にした儀式によって魚を戻し、
 殺された姉妹が怨霊となって祟りを為すことを恐れ、
 先手を打って社を築いたというのは本当か?」

「概ね…正解です」

「地元に住む呪い婆の神託だか占いだかは知らんが、
 双子は徳の高い魂を持つ娘と、
 その魂に引かれて憑いてきた災いの娘というのは本当か?」

「ハズレです。双子のどちらも単なる撒き餌です。
 魚達が戻ってくる為の漁場を作る…経験からきた、
 お婆ちゃんの知恵袋程度のものですよ。
 祠の建立と維持は村人達と罪悪感を分かち合い、己の身を護るための浅はかな猿知恵」

確かに、シイラは死体憑きと言って、浮かぶ水死体の下を好む。
腐敗した死体の中からまるまると太ったアナゴ等がずるずると這い出すこともあった。
これまであった洪水等で海へ大量の人が流された翌年…
過去に例を見ない豊漁だった場所もある。
太刀魚…タチウオはスズキ目サバ亜目タチウオ科に属する回遊魚だ。
全長は大きくなると2mを超し、重さも5kgにもなる。
世界中の熱帯から温帯にかけて分布し、
沿岸域の表層から水深 400mの範囲にある泥底近くで群れて生活しているが、
時には河口などの汽水域まで入り込むこともある。
成魚はカミソリのような鋭い歯は人の皮膚も容易に切り裂き、小魚やイカ等を食べる。
夜間は深所にいて日中は上方へ移動し、朝夕は水面近くまで群れて採餌をするが、
幼魚は日中は泥底の上100mほどの場所で群れ、夜になると上方へ移動する。
潮流が穏やかな場所では頭を海面に向けて立ち泳ぎをすることがあるが、
早い場所では立ち泳ぎが出来ない。
海を漂う水死体に群がる魚の群れを想像して潮達は顔色を青くする。

「日本刀を殺した双子の片割れの血で鍛えたというのは?」

「輸送手段が整備された現代と違って、多くの刀匠は鉄の産地に分布していました。
 良い玉鋼が手に入る場所です。その辺に転がっているものではありません。
 それから、刀を鍛えるのに血液を使う工程はどこになると思いますか?」

積み沸かしだろうか?
積み重ねた鋼をテコ台ごと水で濡らした和紙で包んでワラ灰をまぶし、
泥汁を満遍なくかけて火床へ入れる。
和紙で包むのは積んだ鋼を崩さない為、泥汁をかけるのは芯まで沸かすため、
ワラ灰は鋼と空気を遮断して、鋼が燃えないようにする為に使う。
玉鋼の段階では完全には精錬されておらず、
沸かしから鍛錬を経て精錬されていくこの工程を失敗すれば、
いくら鍛錬しても良い地鉄になることはない。
焼き入れは確かに苦労して鍛え上げてきた地鉄に命を吹き込む行程だが、
ここで血液を使ってどうなるのか…だ。

「それも嘘だというのか?」

「刀は実在しますよ?血液で鍛えられたことは事実か分かりかねますが、
 この神社の御神体として鬼灯と共に奉られています」

「鬼灯とはなんだ?」

「私達のいる場所に付けられた地名で、私達の姓です。
 私達の場合は地名性となりますね。
 鬼灯の鬼は通俗的な角を生やし虎の腰巻を穿いて金棒を持った、
 通俗的な妖怪の事ではなく、中国的な考え…死者の魂を指します。
 お盆に死者の霊を導く提灯の見立てですね」

「ご神体の鬼灯は?」

「秘事ですが?」

園や雅人は禁忌と云われる島へ普通に船で渡っていた。
二人の衣類、食料などはどこから手に入れた?
厳田家がそれを務めているのだろうか。

「厳田家とはなんだ?」

「御神体のことは一時お預けということですか…
 網本から発し、後に士分を与えられて苗字帯刀を許され、厳田と私称しました」

「士分を手に入れる間で何が起こったか…
 厳田は岩田に通じる地名性だと思っていたが…ここは鬼灯だからな。
 地形地物…海辺のこの町に岩はあっても田は…網本が付ける文字ではないな」

「厳はきびしい、容赦がない、いかめしい、おごそかを意味しますが、
 隙が無く犯しがたいという意味もあります。
 そして、田は…日本では水田を指しますが、
 広義では穀物を栽培するために区画された農地…
 新たにものを生み出す元…
 外部からの干渉を嫌い、中では新たに何かを生み出す家…」

「そして、あなた達二人を含め神社の後援者、後見人、主人…絶対的な君主か」

「違いますよ?」

「違うのですが?」

「え?」「え?」「え?」

東野、潮、七月が驚きの声をあげる。
それを見て命と真はしてやったりと、嬉しそうに目を細めた。

「厳田の本家はその新たに何かを生み出す何かと手を結びました。
 戦後になって、分家は一定の距離を置いて静観の構えをとっています。
 分家の刀自があなた達に歌を教えたそうですね。
 あれが本家への当てつけを意味していることはもうお分かりですね」

「鬼灯一つ瓜二つの意は?」

「瓜子姫の伝承はご存知かしら?
 瓜から産まれた瓜子姫は、おじいさんとおばあさんに大事に大事に育てられます。
 美しい娘に育った瓜子姫は機織りが上手で、
 毎日、綺麗な声で歌を歌いながら機を織ります。
 しかし、おじいさんとおばあさんが留守にしている間に天邪鬼にだまされて、
 瓜子姫は連れ去られてしまうのです。
 その後、地方によって違いますが、
 瓜子姫は天邪鬼によって陰惨な手で殺されてしまいます。
 葉巧みに柿の木に上らされ墜落死させられる…
 殺されるのみならず…剥いだ生皮を天邪鬼が被り、
 着物を身に着けて姫に成りすまし老夫婦に姫の肉を料理して食べさせる…
 天邪鬼も、ただでは済みません。
 物語の最後ではだいたい、
 天邪鬼の血で辺りが真っ赤に染まる程の手段を用いて殺されます。
 桃太郎と対的な説話となりますが…どちらも植物から人間が生まれる話です。
 桃も瓜も果肉の中に種を宿し…新たな生を産むもの=和魂(にぎみたま)です。
 神様が落とし…売僧が拾い、本家は瓜の子宮を手に入れました。
 ヘブライの伝承では『ガフの部屋』と呼びます。
 この土地に厳密的な双子は存在しません。
 片方の子供は全てこの瓜によって母親の中へ降ろされた存在なのです。
 本家も売僧もろくでもないことにこの瓜を使い、
 金銀財宝、地位と名誉を手に入れました。
 憐れな肉を持った瓜の精をミンチにして漁場に変え、
 外国(とつくに)へ奴隷として売り払ったのです」

“湧いてくる 湧いてくる
厳田の船の行くとこにゃ
どこでも魚が湧いてくる“
“めでたやな めでたやな
可愛いややこを抱いて見りゃ
鬼灯一つに瓜二つ
“鬼が来る 鬼が来る
鬼が血刀振り回しゃ
わたしもあんたも首が飛ぶ“
“泣き別れ 泣き別れ
風来坊の言うことにゃ
鬼灯残して瓜食った“
“飛び上がる 飛び上がる
厳田のあるじが沙汰をすりゃ
墓の死人も飛び上がる“
“船が来た 船が来た
船の中身をあけて見りゃ
鯛か太刀魚シュモクザメ“
“睨みあい 睨みあい
高いお堂が睨みを利かしゃ
荒ぶる海も黙りこむ“
“ありがたや ありがたや
厳田のあるじの魂(たま)握りゃ
売僧(まいす)も毎日酒飲める“
“堪忍な 堪忍な
貢ぎ物さえ供えときゃ
あやかし厳田の守り神“

「今の本家はもっとえげつない事をしてますけど…
 あなた達の聞いた伝承の中にあったと思いますが、
 お堂はこことは別の場所に、もうひとつありますよ」

To be continued →next runner ロビン様

返信

記憶の糸をたどり、渚がハッとし
「そうだ!園さんが園さんと話していたの!」
「どういうこと?」
八月はよく理解できないといった様子で聞き返した。
「だから!園さんが二人いたんだよ!」
__________
一昨日の夜、水を飲もうと台所に降りたとき

「喉乾いた・・・」
冷蔵庫を求め私(渚)は台所へとやってきた。
冷蔵庫発見!食器棚からグラスを取り出し、冷蔵庫からミネラルウォーターの入ったペットボトルを取り出しグラスへと注いだ。
ゴクッ・・・ゴクッ・・・。乾いた喉をミネラルウォーターが潤す。
ぷはぁ~。美味しい。もう一杯飲もうと、再度グラスに注ぎペットボトルを冷蔵庫へと戻したとき
「あらぁ。渚ちゃん。」
園さんが台所へとやってきた。
「園さん・・・。」
園さんは私と同じように食器棚からグラスを取り出すと、冷蔵庫からペットボトルを取り出した。
「お婆さんのことあまり気にしたらいけないよ。」
「でも・・・。私たちのせいなのかな・・・って。」
大方の流れをどこからか聞きつけたのか。園さんは気にかけてくれているのだろう。
「渚ちゃん。一緒に来てほしいところがあるの。」
「来てほしいとこ?どこ?」
「曲津島。」
「え!?曲津島!?それなら、みんなも一緒に!」
「みんなもちゃんと来るよ。ただ、事態は私が想像していたよりも早く進んでいる。今は詳しく話す時間がないの。だけど、これだけは言えるの。渚ちゃんは今晩、ここにいてはいけないの。」
どうして?そう聞きたかったが、今までの園さんとはまるで別人のような威圧感に私は
「・・・はい。」そう答えることしかできなかった。

魚船が多く停泊する港とは別のこじんまりとした港にまるで隠すように停めてある小型船舶。これは園さんが所有しているものらしい。
「さぁ、乗って。」
園さんに促されるままに船へと乗り込み曲津島へと向かった。
道中、園さんは何も語らなかった。

島にたどり着くと、神社へまっすぐに進んだ。
迎えてくれたのは双子の巫女。通された部屋で座っていると。
「私ちょっとトイレに行ってくるね。」そう言い園さんは部屋を出て行ってしまった。
待っているうちに私もトイレへと行きたくなり、部屋を出てトイレを探しながら建物内を歩いていると
「そう・・・。渚ちゃんを連れて来たのね。雅人は?」
部屋の中から二人の話し声が聞こえた。そっと、小さく障子を開き部屋の中を覗くと

え?!園さんと・・・園さん?!
思いもよらない光景に唖然としたが、トイレに行くつもりだったことも忘れ部屋へと急いで戻った。
園さんも双子だったの?でも、そんなこと一言も・・・。
園さんが言わなかった以上、今見たことも伏せておいたほうがいいだろうと考え、私は何も言わなかった。

__________
「こういうことがあったの。たぶん園さんは双子。」

「なるほど・・・もしかしたら俺は考え違いを・・・」
意味深な反応をする東野。その様子に気付いた潮が問いかける。
「なんすか東野さん?なにかわかったんすか?」
潮の言葉にあえて返事をせず、問い返す。
「なぁ、潮。俺には弟がいるんだがいくつだと思う?」
「え?東野さん弟いるんすか?ん~、1つ下!」
「三人はどう思う?」
「私は3つ下かな?」
「私は5つ」
「じゃあ、10!・・・正解は?」
七月、八月、渚は思いつき次第回答したが、
「正解は3分下。」
「え?どういうことすか?」
「俺は双子なんだよ。俺が3分だけ兄になる。」
意外な言葉に潮は驚きを隠せず、
「東野さん双子だったんですか?!」
「嘘だよ。俺に弟はいない。」
「え?意味が分かんないんすけど・・・」
まったくもって意味が分からない。眉をひそめて潮は考え込む。そんな潮をしり目に東野は続ける。
「まぁ、聞いてくれ。この中に、俺が双子で、兄ではないか?と思ったやつはいるか?」
4人は顔を見合わせて首を横に振った。
「そこなんだ、俺たちは勘違いをしていたのかもしれない。“弟”と聞けばいくつか歳が離れている。そう考えてしまう。理由は簡単だ“双子”というのが珍しいからだ。色々調査の仕方によってバラツキはあるが双子の生まれる確率は一卵性・二卵性あわせて1/100つまり0.1%だともいわれている。それだけ珍しい。俺たちの持つ常識の盲点だ。0.1%の確率をものにした北嶋姉妹でさえ思いつかなかった。」
「すいません東野さん。話が見えないんですけど・・・」
次々と話していく東野についていけず、潮の頭はパンク寸前だった。
ほか3人は口を挟まず、ずっと考えている。
「すまない。話が少しそれてしまったな。西浦が見た二人の園さん。そして俺たちの前に現れた園さんの弟だと言った雅人さん。3人が三つ子だったら?それに覚えているか?
『曲津島に渡るしかない。双子の妹が埋葬されているあの島へ。』俺たちがここへ行けるように準備を整えたのはあの人だ。確かに前日、俺は『曲津島へ行こう』といったが船の手配などは何もできていなかった。そんなときに1週間や2週間連絡が全く取れないならまだしも、1日、2日連絡が取れないからって東京から帰ってくるのは少々不自然だ。しかも、俺たちが来ていて曲津島に渡ろうとするタイミングで。だが、一つ加えると不自然がなくなる。」
八月が口を開いた。
「・・・園さんが雅人さんを呼んだ。」
少し間を置き「・・・そうだ。」

話を自分なりに把握するため、4人は頭を整理しているようだ。
「八月には“七月”という名と“鬼灯”の関係については簡単な話をしたが、みんなにも聞いてほしい。もう少しだけ詳しく話そう。」
「何の話ですか?」
八月と二人で話した内容を知らない七月が不思議そうにする。
「東野さん!?」
「八月、すまない。姿を消した園さん、雅人さん。もう、お堂は目の前にある。下手な隠し事は事態の進行に支障をきたしかねない。俺らみんないつまで無事でいられるかもわからないんだ。」
「はい・・・。」
何か言いたそうにする八月だが口をつぐみじっと東野の言葉を待つ。
「学説的には弱いが鬼灯は方言で全国的に「ふずき」と呼ばれることが多々ある。このことから陰暦の7月「ふずき・ふみずき」から「ほおずき」と呼ばれるようになったという話がある。別の説では鬼灯は「あかがち」と呼ばれたりもする。「あか=”赤”」「がち=病気”がち”」を意味していてな、人の体で赤くなるのはどこだ?・・・顔だ。鬼灯は顔、すなわち”頭部”を指したりもする。今まで幾度となく使った言葉だが、あくまでこれは俺の仮説 “7月”“頭”、今この場において伝承の鬼灯は“七月の頭部”を指している気がしてならないんだ。もし、今お堂の中に鬼灯が無かったら・・・鬼灯を求めるかもしれない。二人の巫女が決して北嶋姉妹は鬼灯を納めたお堂には近づくなといった理由はここにあるのだろう。」
言葉を失う七月。東野の言葉に食って掛かる潮。
「東野さん何言ってんすか!?」
東野はみんなの様子を無視し、続けた。
「これも先ほど八月に話したことだが。偽物の西浦が初めて俺たちの前に現れ。黒いフジツボ女を見たと言った後、取り乱した偽物に七月が近寄ろうとしたとき、八月は止めた。あの時点では、渚が偽物だなんてことは誰も知るはずもなかった。にもかかわらず、なぜ止めたんだ?・・・八月は、気付いていたんじゃないか?西浦が偽物であることに・・・。この場でもう一度聞く。八月、本当に何も隠していないのか?」
八月は目を閉じて答える。
「・・・もう少しだけ、時間をください。私の中でちゃんと整理ができたら話しますから。」
「八月・・・」
心配している七月。
「わかった。・・・七月はどうだ?あの声以降何も異変や気付いたことはないか?」
「私は、夢か現実かわかりませんが宿で寝ているときに誰かが・・・何人かの人が私を取り囲んでいた気がしたんです。東野さんの話を踏まえるのなら、私の頭を・・・」
「七月!?どうして黙っていたの?!」
取り乱した八月が七月の腕を強く握る。
「八月・・・痛い・・・」
「あ・・・ごめんね」
八月は七月の腕を話した。

「そうか・・・。この話はいったんここまでにしよう。」

鬼灯残して瓜食った・・・3つ子のことだと仮定すると。鬼灯は“頭”、瓜は“双子の体”を。すなわち“1人の頭を残して双子の体を食べた。”
頭を残す・・・生かしておく?
生き残った西浦と亡くなった2人の姉。
はたまた、園さんが3つ子だったなら・・・3人とも生き残っている。
西浦家は、厳田家の分家。分家は僧を疎んでいたとしたら。
何故、園さんたちは生きていて、西浦の2人の姉は死んだ?
園さんたちの時には分家のおばあさんが因果を断つために手をまわし守れたが、西浦の時にはそれができなかった?
それに、もし園さんが西浦を一足早く曲津島へ連れて来ていなかったら、西浦はフジツボ女、西浦の姉と直接対峙してしまっていた。もしそうなっていたら・・・?
園さんは、もしかしたらこちら側の人なんじゃ・・・
“しゃべったなという声”“3種の伝承”この場にいる“北嶋姉妹がいる理由に因果”・・・謎はまだまだあるが、ここで考えても想像に過ぎないし答えなんて、結局は何もわからない。

「みんな、ここにいたところで事態は何も変わらない。真実を知るためには行動を起こさなければならない。今がその時だと俺は考えている・・・何かを知っている園さんたちを探すか。俺たち自ら調べるためにお堂へと向かうか。決を執りたいと思うんだがどうだ?」
東野はみんなへと提案した。

To be continued →next runner こげ

返信

七月たちが曲津島に渡った翌日の早朝、東野は八月を連れて、神社内の人気のない場所にいた。
東野は近くに人がいないことを確認し
「八月、お前、何か俺たちに隠していることがないか?」
そう問いかけた。
「え?別に私は何も……」
八月が言い終わるのを待たずに、東野は続ける。
「初めから気になっていた。なぜお前たちは双子なのに、名前が七月と八月なのか、ここにきて俺は一つの仮説を立てた。俺は昨日一晩、これまでの出来事を整理していた、まず、西浦が話した、この町にまつわる伝承、あの伝承では明らかに、双子、そして鬼灯がキーワードとなっていた、そしてこの神社の双子巫女はお前たち姉妹を待っていたと言っている。このことを考えると、まず間違いなく、お前たち双子はこの島と関係がある。次に七月の名前だが、鬼灯の開花時期は六月から七月だ。もしかして、七月の体のどこかに鬼灯のような形の痣があるんじゃないか?あの伝承の双子の妹のように」
「もし、なっちゃんに、痣があったとしても、妹は、私だから、関係ないんじゃ、ないですか?」
そう八月は反論するが、東野はさらに続けた。
「確かに、戸籍法では、七月が姉で、お前が妹だろう。だが、日本では昔から、双子は後に生まれたほうが兄、姉とする風習があった。当然伝承の時代はその風習に従って、姉と妹を決めていたはずだ。つまり、伝承の時代で考えれば、七月は双子の妹ということになる。それに八月、お前の行動は、どちらかというと、怯える妹というより、妹を守ろうとする姉のように見える。西浦……偽物の西浦が俺たちの前に現れた時、お前は七月が近づこうとするのを、必死で止めていた。あの行動は俺には姉が妹を守ろうとする行動のように見えた。もう一度聞くが、八月、お前、俺たちに何か、隠してないか?」
しばらくの沈黙の後、八月が口を開く。
「何も……隠してません」
東野は一つため息をつくと
「そうか、分かった。戻ろう」
そう言って、本堂に向かって歩き出した。

雷の音で目を覚ました、私と潮は、東野さんと八月がいなくなっていることに気づき、本堂から森に向かってのびている二人分の足跡をたどろうとしていた。
「おい、七月、早く探しに行こうぜ」
潮が、焦った様子で私に言った。
「う、うん」
私は、外に出るため、傘を持ってきて、足跡をたどって行こうとした時
「北嶋姉、南田、起きてたのか」
そう言いながら、東野さんと八月が、廊下を歩いて戻ってきた。
「八月!」
「東野さん!」
私と、潮は同時に叫んだ。
「東野さん、どこ行ってたんすか!心配したんすよ!」
潮が、少し涙声になりながら、東野さんに詰め寄る。
「少し、外の空気が吸いたくなってな。お前たちはまだ寝てたから、起こすと悪いと思って、声をかけなかったんだが、心配させてしまったな。すまない」
東野さんは、普段と変わらない様子で、落ち着いて、そう返した。
「とにかく、無事で良かったです」
何はともあれ、東野さんと八月が無事で良かった。
あれ?でも、それじゃあ、あの足跡は……?
「おい、西浦と、園さんはどうした?」
不意に、東野さんの声がして、我にかえる。
「そういえば、起きてから見かけていません」
言われてみれば、八月と東野さんが、どこに行ったのかということばかりに気を取られて、渚と園さんがいないことに気づいていなかった。
ということは、森に続いている足跡は、渚と園さんのもの?!
「まずいな……、急いで探すぞ。何か手がかりはないのか?」
東野さんが、険しい顔をしてそう言った。
「手がかり……、そうだ、本堂から森に向かって足跡が続いてたっす」
潮が思い出したように足跡のことを言う。
「急いで追うぞ、西浦が危ないかもしれない。理由は行きながら話す」
そして、私たちは本堂からのびている二人ぶんの足跡をたどり、渚たちを追うことになった。
「よく聞いてくれ、これから話すことは、一つの仮説に過ぎないが、状況的に見て、ほぼ俺の考えている通りだと思う」
渚たちを追う途中東野さんは話し出した。
「分家の婆さんが教えてくれた歌で、なぜ鬼灯はそのままなのに、双子は瓜二つと比喩を使っているかについて、俺は新たな仮説を立てた。西浦が三つ子で、あいつが幼い頃に亡くなった二人の姉がいるという話は聞いただろう。あいつの姉の死が、何かの儀式と関係していることは、まず間違い無いだろう。そして、西浦家がなぜこの町を去ったのかは分からないが、少なくとも儀式と関係があるだろう。そこで、あの歌の鬼灯一つに瓜二つという言葉だが、俺たちは複雑に考え過ぎていたんじゃないか?俺たちは、渚の話を先に聞いていたから、双子のことだと思い込んでいたが、実際はもっと単純で、この部分が差しているのは三つ子だったんじゃないのか?こう考えれば、何も不思議なことなどないんだ。鬼灯一つというのは、鬼灯の痣を持った子供、瓜二つは残りの二人だ。そして、この町の伝承の双子が、実際は三つ子だとすると、三つ子の一人である西浦が、この町の人間である園さんに、俺たちに知らされずに連れていかれたのは非常にまずい。」
私たちは、東野さんが話した仮説に対し、何も言うことができなかった。東野さんの仮説は、信じられないようなものだが、確かに筋は通っているように感じるし、何より常に冷静な東野さんが、勘や思いつきで話したとは、思えなかった。
それから、しばらく進んだ森の奥の少し開けた場所に渚は立っていた。
「渚!」
私の声に、渚は振り返るやいなや、私に抱きついてきた。
「七月ぃ、怖かったぁ、園さんはどこか行っちゃってなかなか戻ってこないから、もうどうしたらいいのか分からなくて……」
どうやら軽いパニックに陥っていたようで、足跡をたどって帰るという選択肢は思い浮かばなかったようだ。
「西浦、怪我とかはしていないか?」
「うん……」
「よし、とりあえず、本堂に戻ろう」
神社の本堂に戻る頃には、渚もだいぶ落ち着いてきて、普通に会話出来るくらいにはなっていた。
「さて、西浦。まず、今朝何があったのか話してくれるか?」
東野さんが渚に問う。
「はい、今朝早く、私は園さんに起こされて、森の方に連れていかれたんです。そして、少し開けた場所に来ると、園さんは私にその場で待っているように言って、どこかに言ってしまったんです」
「そうか。ところで……」
東野さんは、一呼吸置いてから続ける。
「お前、昨日すごいものを見たと言っていたな、一体何を見たんだ?」

To be continued→next runner clolo

返信

腕時計の針は、すでに23時過ぎを指していた。
双子の巫女が警告した、夜の時間。
今、皆の視線は本堂の扉に注がれていた。
「東野さん、戻ってるんですか?
お風呂場の外で見張ってるって言ったのに、急にいなくなられたら怖いじゃないですか」
扉の外から響いてくる、渚の声。
それを聞いて、本堂の中にいる渚が声を上げそうになる。
園さんが、とっさに渚の口を手で塞ぐ。
「あ、ああ。すまない、西浦。
ちょっと野暮用を思い出しただけだ。
ところで――」
どうして中に入ってこないんだ、と東野さんが扉の外に問いかける。
そうなのだ。外の渚は本堂に入ってこない。
扉に、鍵など掛かっていないのに。
『本堂の中は安全です。彼岸のモノは入ってこれません。あなた方が招き入れさえしなければ――』
巫女の言葉が脳裏によみがえる。
扉の外にいるのは、さっきまで一緒にいたのは、誰――?
「着替えを持ってて、手が塞がってるんです。
開けてくれませんか。
……。
七月ー。
八月ー。
潮ー。
誰でもいいから、いじわるしないで開けてよー」
本堂の中では園さんに口を押さえられた渚が、ガタガタと肩を震わせている。
いつの間にか隣にやってきた八月は、私の腕を痛い位握りしめている。
潮も、東野さんも、動けずにいる。
「あ、あんた誰よ――!」
沈黙の均衡を破ったのは、園さんの手を払って声を上げた渚だった。
「え?誰?
今の誰の声?
ねえ七月、皆の他に誰かいるの?」
一緒にいるのは渚だよ――私は声に出せないまま、胸の中でつぶやく。
「……西浦、お前、姉がいたって言ってたな。
お前も含めて三つ子だったと」
東野さんが静かに語り出す。
「え?は、はい……。
まだ私が小さい頃で、あんまり覚えてないですけど……」
東野さん、何を?
東野さんは固い表情のまま、言葉を続ける。
「ふたりの姉たちは亡くなった。
お前の両親は語らなかっただろうが、おそらくふたりの死には鬼灯町の闇が関わっているんだろう。
そんな鬼灯町を離れ、俺たちの町にやってきたお前は、高校で七月と、大学で俺たちと知り合った。
そうだな?」
「そ、そうです。私は――」
「その記憶は、まやかしだ」
東野さんはきっぱりと言い切った。
潮が口をぽかんと開けた、間抜けな顔で東野さんを見ている。おそらく、私も。
「お前には、この本堂の扉を開けられない。
さっきまでは、俺たちと一緒に行動していたからよかったがな。
なぜ、開けられないか。
巫女が言っていた通りなら、お前が『彼岸のモノ』だからだ。
お前は鬼灯町の、そしてこの曲津島の闇に通じるナニカだ。
西浦渚の姿をし、西浦渚の記憶を持ってはいるが、お前は偽者、本物は扉のこちら側にいる西浦だ。
お前は――」
死んだ西浦の姉の、成れの果て、だ。
東野さんは諭(さと)すようにそう言った。
雨が、降り始めた。



「あ、ああ……ああああああああああああああ!」
扉の外で絶叫が響き渡った。
哀しげな、呪わしげな、そして、寂しげな声だった。
本堂の扉が凄まじい力で激しく叩かれる。
本堂の前の廊下を、固いモノが転がり回る音がする。
地団駄を踏む音。
そして、ジャリジャリと固い音をさせて、走り去っていく足音。
やがて、屋根を叩く雨音だけが本堂の中に響くようになり、皆の肩と脚から力が抜けた。
私は床にへたり込んでしまう。
「……西浦、大丈夫か?」
東野さんが渚に声をかける。
そうだ。今、この場で一番衝撃を受けているのは、私でも、潮でも、八月でもない。渚であるはずだった。
渚はほろほろと泣いていた。
「……私、あれは、お姉ちゃん…だったの?もうやだ、わかんない……」
園さんが渚の肩をやさしく抱きしめている。
「園さん、貴女はどこまで……いや、今夜はもういい」
そうだ。今日は色々なことがあり過ぎた。
私たちはそのまま本堂で夜を明かすことにした。
この中にいる限りは安全なはずだから。
本当は目をつぶるのだって、今は恐ろしい。
でも、緊張の糸を張り続けることはできず、ひとり、またひとりと眠りに落ちていった。
そして、私も――。



声が聴こえる――。
『めでたやな めでたやな
可愛いややこを抱いて見りゃ
鬼灯一つに瓜二つ――』
これは、歌?
厳田のお婆さんが歌って聞かせてくれた。
誰が――歌っているの?
『――風来坊の言うことにゃ
鬼灯残して瓜食った』
あの夜にも聞いた声。
誰の声?
なんで私に?
なにかを伝えたいの?
何を――伝えたいの?
『……貴女の隣にいるのは、本当は』
私の隣。
八月――。



激しい落雷の音が、私の意識を眠りの淵から浮かび上がらせたようだった。
上半身を起こして見ると、辺りは真っ暗だった。
祭壇の脇に立てられた、この部屋唯一の光源である蝋燭の火は、すでに消え失せていた。
堂の外からは激しい雨音が聞こえる。そして、雷鳴。
この雨の中、この曲津島ではナニが動き回っているのだろう。
それは、彼岸のモノ。
それは、渚の死んだお姉さん。
それは、斬り殺された双子の姉妹の片割れ。
それは――。
「眠れないのか?」
不意に声をかけられて、私は思わず座ったまま腰を浮かす。
「その声、潮なの?びっくりさせないでよ」
心臓がばくばく鳴っている。しかし、寝ている皆を慮って、潮の人影に小声で抗議する。
「悪りい。なんか、雷の音で目が覚めちまったみたいなんだ。
……ずっと、起きてたのか?」
「ううん。私も今目が覚めちゃったの。
……今、何時くらいなんだろう?
すごい雨音。風の音も、まるで台風みたい。
怖い……。八月はよく寝てられるな……。いつもはあんなに怖がりなのに。
八月……、
八月……?」
真っ暗な堂内に視線を巡らす。
眠りに落ちる直前まで、私の隣に八月はいた。
でも、今は――。
「ねえ、潮!八月がいないよ!」
「……東野さん?東野さんどこっすか?まじかよ、いないのかよ……」
八月がトイレに行きたくなって、怖いので東野さんを起こして、ふたりして起きだしたのだろうか。
それならじきに戻ってくるはずだ。だが――。
「おい、七月!見ろ、本堂の扉が開いてるぞ!
……あの足跡、あれ、ふたりのじゃねえか?」
見れば本堂の扉の外、激しい雨でぬかるんだ大地に、二人分の足跡が残され、それは深い森の奥へと続いていた。

To be continued →next runner ルピナス

返信

雅人さんの用意してくれた船(と言っても漁船だけど)に乗り込み、私達一行は曲津島を目指す為、鬼灯町を後にした。
漁をするときに使う休憩場所兼寝室に渚を休ませ、私達4人はこれからの事について話し合っていた。
「まずは雅人さんの言う、神社に居る双子の巫女を訪ねる。
彼女達から詳しい話も聞けるだろう、それに、西浦の事もある。
その後は、昨日俺がした話は覚えてるな?巌田のおばあさんから聞いた伝承に出て来る鬼灯、歌に隠された真実。
きっとなにかしらの手掛かりはあるはずだ、島を探索しよう。いいな?」
皆の顔を見渡しながら、東野さんが確認を取る。
言葉には出さないものの、皆しっかりと頷いた。
「そろそろ到着するぞ!降りる準備をしてくれ!」
操舵室から顔を覗かせた雅人さんが声をかけてくる。
これがただの旅行ならどれだけ楽しかっただろう?ふと、思ってしまうけれど。
そんな事考えてもしょうがないよ。と答えるかのように、八月が私の腕を握る力が強くなった。

ξ

「さて、この石段を上れば伝承にある鬼灯を納めるお堂、そして双子を殺した刀も保管してある神社だ」
船を降りた私達は、雅人さんの案内に従い曲津島の丁度真ん中まで歩いて来た。
真ん中、と言ってもそれ程広くも無いこの孤島は、やはり神社へと至る道以外は人の手が届いておらず、鬱蒼と生い茂る木々が、昼間だというのに不気味な雰囲気を醸し出している。
そして、目の前には神社へと至る石段。これを上れば、何かが解るのかな。
「俺は姉さんを探しに行ってくる。君たちは巫女に会ってくると良い」
そう言って、雅人さんは来た道を引き返して行ってしまった。
「なんか怪しいっすよね、あの人」
潮がそう呟く、きっと皆が思っているだろう。
「今は勘ぐっても仕方が無い、それより行くぞ。」
先頭を切って東野さんが石段を上がっていくのに、私達は慌てて続いた。
その時聞こえてしまったのは東野さんの呟き。
「どこまでが嘘だ?どこまでが真実だ?いや、そもそも真実を語っている人間はいるのか?」
東野さん・・・益々足が重くなるだけなんですけど。
そんな事を思っている間にも、さして長くない石段を上りきってしまう。
私達の目の前に現れたのは、こんな小さな島には不釣り合いな程の大きな社殿。
そしてその前に立つ、巫女装束を着た二人の少女。
年のころは私達より少し若いくらいだろうか。落ち着いた佇まいに、病的に白い肌、すらりと伸びた長い黒髪、そして瓜二つな顔。
「ようこそお待ちしておりました」
見惚れてしまうような美しい姿から出た声は、やはり驚く程に透き通って綺麗な音をしていた。
「待っていた、とはどう言う事ですか?」
東野さんが食い気味に詰めよれば、もう片方の少女が口を開く。
「失礼致しました、私は鬼灯 命と申します。此方は妹の真。北嶋七月様、八月様、貴女方をお待ちしておりました」
「なんで私達の事を・・・どうなっているんですか、教えて下さい!」
思いがけない出来事に、思わず声を荒げてしまえば、次は妹の真が口を開く。
「貴女達がこの地を踏むのは必然です、故に私達にはここに来るのが解っていました」
「ちょっと待って下さい!意味が解りません!なんで私達がそんなっ・・・」
そんな当然の疑問をぶつければ、次に口を開くのは姉の命。
「今はまだ何も解らないでしょう、そして残念ながら私達が教えられる事はありません、いえ教えられないのです」
「しかし、貴女方なら真実に辿り着く事が出来るでしょう。願わくば、この地に続く忌々しくも哀れで悲しい宿命を断ち切らん事を」
「夜は色々と危険ですから此方に泊まって行って貰って構いません。では、貴女方に鬼灯の加護のあらんことを」
双子の口から紡がれるのは、私達が想像もしていなかった言葉。
「渚は!渚は治してくれないのか!?」
しかしそんな物で納得できるはずもなく、潮が渚の方に眼を向けながら声を荒げる。
「ソレは・・・いえ、ソレもまた貴方達が真実に至る為には必要な事。しかしそうですね、一つだけ、自分の目で見た物だけを信じて下さい」
そう言うと二人は身を翻し社務所に戻って行ってしまった。
「お、おい!まだ聞きたい事が─」
更に声を荒げる潮を東野さんが手で制す。
「あの様子じゃこれ以上は意味が無い、時間が惜しいから好きにやらせて貰おう。それに─」
東野さんはそこまで言いかけて渚の方をチラリと見る。
「いや・・・今はまだ良い、行くぞ」
結局何もわからなかった・・・私達は曲津島を探索する為に、来た道を引き返すのだった。

ξ

「何もないですね・・・」
それからしばらく、船を停めた場所から神社までの範囲を探索したが、目ぼしい物は見つからない。
もう陽も落ち掛け、西日が私達の顔を照らす。
「そう簡単に見つかるものじゃないのかなぁ」
そう呟いた八月の声も心なしか落ち込んでいる。
「明日はもっと奥まで探す事にしよう、疲れただろう、夜は危ないと双子も言っていたし神社に戻る事にするか」
皆も連日の疲れがあるのだろう、東野さんのその言葉に反論する者は居なかった。
「しっかしここまで探して園さんもいねぇし、雅人さんも見つからないってどういう事だよ!歌の手掛かりもねぇし!誰だよ三つも歌作ったのはよ!」
全く調査が進まないのに腹が立つのか、今日の潮は普段よりも声を荒げる事が多い。
無理も無い事だと思う、私だって八月が居なかったらもっと荒れている。
そんな中東野さんが一人何かを思い付いたかの様に呟き始める。
「誰が・・・いや誰かは重要じゃない?そもそも何時?何時?そうか・・・だとしたら」
「どうかしたんですか?何か解りました?」
八月が並々ならぬ東野さんに声をかけるも、東野さんは渚の方をちらりと見て
「いや、少し考えたい、後で話す。とりあえず神社に戻ろう」
そう言って速足で神社に向かい出してしまう。
「なんだろ?今日の東野さん、渚ちゃんの事ばかり気にしてる」
「あんな事になってるからね、仕方ないんじゃない?」
今も無言で俯き加減に私達の後ろに立つ渚を見やれば
「ううん、渚ちゃんを見る時の東野さん、ちょっと怖い」
「八月、腕、痛い」
「わわっ!ごめんね!なっちゃん」
こんなやり取りを昨日の朝もしたっけ、しかしあの時と違い潮は茶化して来なかった─

ξ

神社に戻り、園さんの宿程ではないけれど、豪華な夕食を頂いた私達は、本堂に集められ双子の巫女に此処で過ごすにあたっての注意を受けていた。
「皆様にはこの本堂で寝泊まりして頂きます。が、私達が就寝してしまうと力が弱まりますので、23時以降は決して外に出ないで下さい」
「23時までは外に出て頂いても構いませんが、裏にあるお堂には決して近づいてはいけません」
「特に七月様と八月様は決して近づかぬよう、命の保証が出来ません」
命と真が交互に喋る、見た目も同じ、声も同じでは全く区別がつかない。
しかし、よく見ると彼女達の長い髪を束ねるかんざし、その先には鬼灯の身が付けられている。
姉の命には二つ、妹の真には一つ。それでしか見分けが付けられない程似通った二人には少し不気味さすら感じる。
「それと、もし夜、この本堂を訪ねて来るモノが居ても、貴方達で決して扉を開けてはなりません」
「此岸の者になら難なく開けられる扉ですが、彼岸のモノには開ける事は叶いませんので。貴方達が迎え入れさえしなければ此処は安全です」
「本日もお疲れだったでしょうから、ごゆっくり。私共はこれで。」
それだけを告げて、二人は出て行ってしまった。
「ゆっくりなんて出来ないだろ・・・」
潮がそう呟く。私だってこんな所じゃ落ち着かない。
「いや、休むのも大事だ風呂にでも行くか」
そう言って立ち上がったのは東野さんだ。この人の落ち着きっぷりはなんなんだろう。
東野さんと潮は二人でお風呂に向かって入ってしまった。
いくら大丈夫だとは言え、女三人では心細い物がある。
隣の八月を見れば、何か喋ろうと口を開くのだけど、結局はやめてしまう。
そんな無言の時間がしばらく過ぎた時、東野さんと潮がお風呂から戻って来た。
「ふぅ、待たせたな、次は北嶋姉妹行って来い」
「渚は?一緒に・・・」
「今の西浦と同じ風呂に入って大丈夫か?身体に付いてるモノもなんなのかわからないぞ?西浦は後で今朝のように俺が見張りながら行かせる。それに申し訳ないが北嶋姉妹の入浴も俺が脱

衣所の前で見張らせて貰う」
東野さんの言う事は尤もであり、渚には申し訳ないけど八月と二人でお風呂に向かった。

ξ

「おまたせー」
「お待たせ、次渚ちゃん行っておいで」
私達が入浴から戻り、渚を東野さんと一緒にお風呂に行かせる。
八月と潮と三人になった本堂はとても静かで、外から聞こえる虫の鳴き声が五月蝿くも感じる。
「なぁ、俺達は何を相手にしてるんだ?」
潮の口から出る言葉も、いつもの様な冗談では無く、重々しい物だ。
「わかんないよ・・・なんでこんな事に」
本当に真実なんて見つけられるのだろうか?弱気な思考が頭を駆けたその時、本堂の扉が開け放たれた。
そこに立って居たのは─
「東野さん!どうして此処に?渚は?」
渚とお風呂に行ったはずの東野さんが一人で居る事に驚きを隠せない潮が詰め寄る。
「南田、座れ。皆に話がある」
そう言って本堂の扉を閉めて四人で円を書く様に座る。
「良いか?聞いてくれ。俺なりに色々考えてみた。」
「だったら渚ちゃんも居ないと・・・」
「いや、西浦は良い。理由も話す、落ち着いて聞いてくれ。
まず初めに、この地に伝わる三つの伝承だが・・・俺達は勘違いをしているんじゃないのか?南田が言ったな?誰が作った伝承だと。
そう、誰が何時作ったか・・・俺達はこれらの伝承を最初に聞いた時、同じに時代に作られたと思い込んでしまっていないか?だから矛盾がある。
全く違う時期に作られたと考えれば?
まず園さんから聞いた太刀魚の伝承、鬼灯から出た刀により町が栄えた。これが鬼灯町の始まりではないのか?この話では双子が活躍している。
その後に西浦から聞いた禁忌、その伝承の後の不漁により起こった曲津島の始まり。この禁忌の導入部分は双子が生まれて村人は目出度い事だと喜んでいる、太刀魚伝説で双子が村を栄えさ

せたからではないのか?
そしておそらく、その禁忌の後に何かしらをした、巌田家に伝わる怪しい歌。
この島に住まう巫女の一族は、太刀魚伝説で海を歩いて渡った僧の末裔なのかも知れない。ここまで理解したか?」
立て続けに喋る東野さんの言葉に、頭を追いつかせるのがやっとの事だ。
「あ・・・な、なんとか大丈夫っす!」
潮なんて凄い顔をしていてショート寸前である。
しかし、そんな中、八月がはっとしたように顔を上げる。
「刀!」
八月の口から出たのはその言葉だけだったけれど、しかししっかりと東野さんは頷いた。
「そう刀だ、姉を殺して鍛え上げ、更には妹を切り殺した刀はこの地に封印されている。
だが、太刀魚の伝承で双子が海に流した刀は?町を大量に導く程の刀だ、呪いの刀に対をなしてもおかしくはない。」
「でもそれと渚が此処に居ない事になんの関係があるんですか?」
こんな大事な話ならば寧ろ渚にも聞いて貰わなきゃだめなはずなのに。
「それなんだがな、昼間の巫女との会話で、彼女達は渚をソレと言った。あんなに丁寧な話し方なのにおかしいくないか?」
「それは!渚ちゃんが呪われてるからで─」
「呪われていないとしたら?」
『えっ?』
突然の言葉に、東野さんを除いた私達の声が重なる。
「巌田のおばあさんの時を思い出せ。
あのおばあさんは何で倒れた?「しゃべったな」と言う、あの不可思議な声から鑑みるに、真実を知られたくない巌田本家の呪いか?
そして、俺達も歌を聞いてしまったから、その夜西浦の前に現れた・・・・・・本当にそうか?本当に西浦は見たのか?あの時の西浦に外に出て泥だらけになって帰って来る時間はあったのか?
何故!あの夜以降、俺達の前に現れない!少しずつ真実に向かっているのに!」
段々と語気を荒げる東野さんに私は息を飲む。
こんな激しい彼は見た事がなかった。
「西浦が・・・俺達の知っている西浦じゃないとしたら?アレは俺達を監視する為のナニかだったとしたら?」
「ちょっと待ってくださいよ!そんな事言ったら本物の渚はどうなったんですか!」
「そうですよ!それに・・・渚が本物じゃないなら、渚の症状とか教えてくれた雅人さんはっ!」
東野さんの言葉に潮と私で猛抗議する。こんな事、あって良いはずがない。
「なっちゃん、足音」
そう言って八月が私の腕を引っ張る。
耳を傾ければ、此方に勢いよく向かってくるような足音が聞こえる。
「だ、誰だよ」
潮が身構える。思わず私も一歩後ずさってしまう。
凄い音を立てながら、足音が本堂の前でピタリと止んだ。次の瞬間、それもまた凄まじい勢いで本堂の扉が開かれた。
しかしそこに立って居たのは思いもしない人間。
「渚ちゃん?」
扉の前に立っているのはお風呂に入って居るはずの渚だった。
「はづきー!久しぶりー!寂しくなかった?なかった?」
「わわわっ!渚ちゃんどうしたの?」
凄い勢いで渚が八月に抱き着く。
渚のさっきまでとのテンションの違いに着いていけない。
「西浦、久しぶり・・・とはどういう事だ?」
ひどく落ち着いた、とても冷たい声で東野さんが訪ねる。
しかし、その質問に答えたのは渚ではなかった。
「ごめんねぇ、私が連れ出したのよ、ちょっと用事があって」
声のした本堂の入り口を見れば、扉の前に立っていたのは西浦園さんだった。
「そうなの!昨日の夜、飲み物取りに下に降りたら、園さんに大事な話があるって曲津島に連れてこられて!でもね!私凄い物見ちゃった!」
「待って・・・昨日の夜?」
「・・・やはりか・・・最悪だな」
「おいおい・・・まじかよ」
「嘘だよね?」
四者四様の反応である。無理もないと思う。
ここに立つ渚の言う事が本当なら?
今日までの渚だったモノの言った事は信じてもいいの?雅人さんは?彼はなんなの?
そんな疑問が頭を駆け巡った時、本堂の扉をノックする音が響いた。
「東野さん?開けて?私、お風呂から戻りました」
その声は確かに、目の前にいる渚と同じ声だった─

To be continued →next runner 綿貫一

返信

「え?どういうこと?八月。」

七月が問う。
「・・・フジツボ。」
八月がポツリと呟いた。
「えっ?」
一同は一斉に声を上げた。
「・・・渚の背中に・・・小さなフジツボがついていたの。」
八月が震えながら言うと、しばらく沈黙が続いた。
「ま、まさかぁ。八月の見間違いじゃない?」
怖がりの妹が、幻覚を見たのだと、七月は思った。
「ううん、本当だよ。ちらっとTシャツの襟元から見えちゃったの。」
怯える八月に、能天気な潮が勤めて明るく言う。
「きっと見間違いだって。たぶん、ゴミかなんかついてたんじゃないの?俺達からは言いにくいからさ、北嶋たちがさりげなく言って取ってやれよ。」
「それなら、渚はお風呂に入ってるんだから、もうちゃんと落ちてるはずよ?でも、トイレに行く前も見えたんだもの。しかも・・・・私が見た時より、二つ増えてた。」
八月は、もう泣きそうだ。

「お待たせ~。」
「おお、渚、大丈夫か?」
潮が心配顔で問う。
「うん、何とか、大丈夫。」
渚がぎこちない笑顔を作る。
おのずと全員の視線は、渚に集まる。

「みんな、どうしちゃったの?私をジロジロ見ちゃって。私に何かついてる?」
おくびにもフジツボがついているなんて言えない。
皆も見てしまったのだ。
渚の襟元から覗くフジツボを。増えている。確実に。本人は、まったく違和感が無いようだ。
皆は動揺を隠せなかった。
そこで、東野が真剣な顔で、渚に歩み寄り、渚の肩を掴んだ。

「ど、どうしちゃったんですか?東野さん。」
「渚、落ち着いて聞いてくれ。お前の体に・・・フジツボがついている。」
「えっ!うそっ!」
「鏡で、自分の襟元を見てみろ。」
そう言うと、東野は、渚に手鏡を手渡した。

「えっ、なにこれ!さっきまではついてなかったのに!いやっいやっ、取れない!誰か取ってえ~~~!」
渚はパニックを起こし、暴れだした。
「落ち着け、渚!」
東野と、それを見ていた潮は、慌てて渚に駆け寄った。
泣き喚く渚をなだめて、皆でフジツボを取ろうとしたが、皮膚にがっちりと食い込んでおり、取れる様子が無い。

「ねえ、東野さん、渚を病院に連れて行こう?」
泣き喚く渚を宥めながら、七月が言う。

「この町には病院は無いんだ。それに、それは病院に行っても、恐らく駄目だと思うよ。」
いつ入ってきたのかは分からないが、そこには、無精ひげの青年が立っていた。

「あなたは?」
人の部屋に勝手にずかずかと入ってきた不審者に、責任感の強い東野は、前へと詰め寄った。
「ここの家の者だ。昨日から姉さんと連絡が取れない。」
「えっ、園さんの弟?でも、園さんに弟がいたなんて、聞いてない。」
正気に戻った渚が答えた。
「ああ、君が渚ちゃんか。無理も無い。君が小さい頃、俺はずっと東京の大学に行ってたまにしか帰ってこなかったからな。」
見た目が若いので青年だと思っていたが、そこそこの年齢のようだ。
「俺は民俗学を学んでいて、民間伝承について調べているんだ。今は、研究者。」
そう言って、名刺を見せてきた。
〇〇民族資料館 学芸員 西浦 雅人。
「姉さんみたいないい大人が一日連絡が取れないくらいで大げさかもしれないが、これは警察の力を借りるしかないみたいだな。嫌な予感がしたから、飛んで帰ってきたんだ。」
雅人は深刻な顔でそう話す。そして、おもむろに、七月と八月のほうに向き直ると、さらに話し始めた。
「君たちは双子だね。君たちは、偶然この地を踏んだように思っているかもしれないが、ここに双子がいるかぎり、君たちはこの地に呼ばれていたんだと思う。」
「どういうことですか?」
怯える双子の変わりに、東野が問う。
「今の平成の時代に、こんな話を信じられるかどうかは、わからないが・・・。」
そう前置きをすると、雅人は目を閉じた。
「厳田の本家と分家の話は、もう聞いたかい?分家の婆ちゃんは本家を嫌ってるから、双子がこの島に来るってことで、きっと君達を呼び寄せると思ったんだ。ところが、分家の婆ちゃんが双子を呼び寄せ、鬼灯村の伝承を伝えようとしたところで倒れちまった・・・。ねえ、君たちは、呪いって、信じる?」
「呪い・・・ですか?」
東野が、どう答えて良いかわからず、ただオウム返しにただ言葉を返す。
すると雅人は、ゆっくりとした動作で皆に座るように勧めると、自分も畳の上にあぐらをかいた。
もしかしたら、この人なら、今ここで起きている怪奇現象を解決できるかもしれない。
「渚ちゃんには、もしかしたら呪いが掛かっているかも知れない。」
そう言われた渚は今にも泣きそうだ。
「渚を助ける方法はあるんですか?」
潮が食い気味に雅人に顔を近づける。
「曲津島に渡るしかない。双子の妹が埋葬されているあの島へ。」
窓の外に、そんな禍々しい言い伝えがあるとは思えないほど、ぽっかりと海に浮かんだ島が見える。
「あの島に渡って、俺達は何をしたらいいんですか?」
東野が問う。
「あの島には、伝承の中で切り殺された娘の墓があり、その刀を奉納している神社がある。その神社を守っている一族が居る。その一族は強い力を持っていて、怨霊と化した双子の妹の霊を封印しているはずなんだ。特に、その一族の、双子の巫女は、相当な力を持っていて、ちょっとやそっとじゃアレは外へ出る事はできないはず。」
雅人の顔が深刻になる。
「夜な夜な、娘は哀れな姿で、恨めしげに島の人間の前に現れたそうだ。」
「哀れな姿?」
七月が今度は、身を乗り出した。
八月は相変わらず、七月の腕を掴んで離さない。
「そう、顔と体中フジツボだらけの姿で徘徊したそうだ。」
「ひぃっ!」
渚は息を吸い込むと、口に手を当てた。
「渚ちゃん、フジツボ女が君を迎えに来なかった?」
雅人がそうたずねると、渚はまたハラハラと涙を流しながら震え始めた。
その肩をぐっと大丈夫だ俺がついてる、とでも言うように潮が抱き寄せた。
「渚ちゃんを曲津島に連れて行って、彼女達に怨霊を祓って貰う必要があるな。その呪いを解かなければ。」
「でも、何故、渚が呪いにかからなければならなかったの?」
「西浦家も実は、厳田の分家なんだ。厳田は、旅の売僧に騙されて、突然の不漁を西浦家の双子が禍を呼んでるというのを信じて・・・。西浦家は、代々遺伝で双子が生まれる確立が高かったんだろう。そして、分家の西浦の娘を生贄に捧げた。もしかしたら、この地に、また双頭の魚が水揚げされたのかもしれない。」
「でも、呪われるのなら、渚ちゃんが呪われるのはおかしくない?本当は、厳田が呪われるべきよ。」
七月は、鼻息を荒くした。
「うん、実は、厳田家にも呪いはかかっているんだ。あそこは女系家族だ。男の子が生まれると、幼くして亡くなるか、もしくは成長して跡を継いでも、発狂して自殺するなどして、厳田は娘に婿養子を取る形で存続している。だが、厳田の家に入る男は、長生きしないんだよ。」

「行くしかないな。」
東野が皆の顔を見回すと、覚悟を決めたように頷いた。
「俺が案内するよ。船を手配しよう。」
そう言うと、立ち上がった。
「姉さんも探さないといけないしな。姉さんは、きっとあそこに居る気がする。」
雅人は、窓の外の何の変哲も無い青空と海に挟まれてぽっかりと浮かんだ島を遠い目で見ていた。

返信

朝の身支度を終え、まだ眠る渚の部屋で一同円を描くように座り込んだ。
1秒でも惜しい、早く曲津島へ行こうと興奮気味の東野さんに異議を唱えたのは、珍しくも潮だった。
・この状態の渚を一人置いてはいけないこと。
・昨夜の渚に何があったのか、何一つわかっていないこと。
・双子がまつわる島へ、私達西浦姉妹が行くことに安全性があるとはまだ思えないこと。
・客をほったらかしたまま消えた園さんが、無関係とは思えないこと。
日頃、ヘラヘラして頼りない潮にしては、力強く、もっともらしい内容だった。

東野さんの落胆ぶりは、絵に描いた様に分かり易かったが、
「確かに…準備が足りない…か」
一言つぶやくと、渚の方に目をやった。
昨夜の渚の様子から、既に私たちが、良からぬ何かに足を踏み入れたことは、皆が分かっていた。

私は、島へ行くことが先延ばしになったことへ、少し安心しながら八月の顔を見た。
いつもと変わらない、怯えた様子はあるが、昨日までと変わった様子はない。
昨夜の、“あれ”を見たり聞いたりしたのは、やはり私だけのようだった。
皆に話すべきか…私は迷っていた。

食事の買い出しに、私と潮が行くことになった。
漁業の町は朝が早く、近くの商店も惣菜やらパンやら、コンビニまでとはいかずとも、それなりに並んでいた。
私達が、店ごと買い占める勢いでどんどん商品を手にするのを、店番のおばあちゃんはニコニコと見ていた。
観光客なんて来そうにもない場所の割に、よそ者に警戒心がないんだなぁ…と漠然と思っていた。
田舎で、よそ者が来ていることは知れているようだが、民宿に泊まっている私たちが食材を買い込むことに何も思わないのだろうか…
それは潮も同じだったようだ。

会計の時に、潮がおばあちゃんと世間話を始めた。
都会から来た若者との話を、嬉しそうに楽しんでいたが、
「民宿の園さんがいなくなった」
その話をすると、顔中皺だらけでどこが目なのだろう?と思えるおばあちゃんの笑顔が止まった。
『笑顔がなくなった』のではなく、まさに『止まった』。
笑顔が張り付いたように感じた。
しかし、すぐに優しいおばあちゃんに戻り
「ほうかほうか。
食べ盛りの若いもんが、それじゃ足りんだろう。
ちょっと待ってなね」
そう言うと、自分たち家族のご飯をお握りにしてくれた。
何度も何度もお礼を言う私達に、今度はおばあちゃんが色々と話してきた。
内容は「いつまでの予定か」「何人なのか」など、他愛のない話しばかりだったが、そこに
「もしかして、双子がいるのかい?」
の質問を挟んできた。
おばあちゃんは自然に振る舞ったつもりだろうが、この質問以外はダミーなのだとすぐに分かった。

無言の朝食を終え、ゴミを片付けようとした時…
「あぁぁ!ずるい。なんで起こしてくれないの?」
と、渚が大声を出しながら飛び起きた。
これには、さすがの東野さんも驚いたようだった。

「渚…あんた、大丈夫なの?」
「へ?何が?
それより、お腹ペコペコだよ。私にも何かちょうだい!」
食材に飛んできた渚から、鉄と生臭い臭いが漂った。
「うっっ…
渚、先にシャワー浴びておいでよ。
あんた、昨日シャワーも浴びずに寝っちゃったから、汗臭いよ。
それに、歯磨きもしてないよ。
ほら、行って行って!」
「えっ?臭い?
って、七月、なんか言い方きつくない?」
「いいからいいから。はい、タオルね。
歯磨きセットも持っていって。早く早く!」

可哀想なくらい強引に追い出してしまった。
八月はまた私の腕をがっつり掴み出した。
「覚えて…ないみたいだな…」
「…ですね。
ひとまず俺、脱衣所の外で見張っときます」
残された3人は、各々何かを考えているのか、黙ったままだった。

20分ほどすると、二人が言い合いながら部屋へ入ってきた。
「信じられない。
女の子が入ってる風呂場の前で何してんのよ!」
「だからぁ…はぁ…東野さん何か言ってくださいよ」
「あぁ…ほらあれだ。
ばあさんの歌の事もあるしな。
それに、昨夜から園さんもいないんだよ。
だから念のため…な」

この東野さんの言葉で、昨夜の渚の行動は、ひとまず本人には内緒にするのだと、全員が分かった。

「八月…お前、いい加減七月の腕離してやれよ。
ほら、お前の手形のあざが出来てて、完全にホラーだよ。
握られすぎて、片腕だけゾンビみたいじゃん。
それ以上握ってると、脂肪分だらけのミンチができるぞ」
十分、射程範囲内にいた潮を、条件反射で仕留める。
「あんたら、本当に仲良いね」
その言葉に、我に返ると、皆が私たちを見て、微笑んでいた。
その微笑みに癒されつつも、懐かしく感じた。
皆の笑顔があったのは、いつまでだったんだろう…

私は、昨夜見たものを、皆に聞いてもらおうと決意した。
一人で抱え込むのは怖すぎる。
皆で考えた方が、何か分かるかもしれない。
話しを聞いた東野さんが、今朝までの経緯を事細かに、順に紙に書いていった。
昨夜の渚のこと以外…
商店のおばあさんの質問すら書き留めた。

その用紙を眺めていた東野さんが
「一つ気になるな…
禁忌だった話をあのばあさんが聞かせたのが、西浦。
“若い者が来ていることが嬉しいから”と園さんは言っていたが、あの歌も禁忌に近い。
それを聞かせられたのも、西浦。
どちらも西浦に聞かせる前には
“これを聞くのは、あんたが最初で最後”
と言っている。

鍵は西浦な気がしてきた…
西浦、お前なんでここから引っ越したんだ?」

「え?何でって…
何でだろう?」

「お前さ…姉妹いないか?」

「えー、何で知ってるんです?
いました。いや、いたらしいです。
私はあまり覚えてないんですけどね、二人とも死んじゃったんです」

「…二人?
…もしかして、お前…
三つ子だったんじゃないか?」

「そうなんです。よく分かりましたね。
珍しいでしょ?」

「…ここに来ること、親に言ってきたか?」

「…いやぁ、それが…
うちの親、ここの話しをするのも嫌がるんですよね」

「どういうことっすか?」

「恐らく…
西浦の他二人の姉妹は…
この町の何かの儀式に利用されたんじゃないのか…
しかし、ここでのこだわりは“双子”だ。
三つ子でも、二人だけ並べば双子に見える。
しかし、事実は三つ子。
禁忌の禁忌…だった…とか…」

「えっ…
いや、それは…そんなこと、ないでしょう。
だって、私がここを出たのなんて、十数年前ですよ。
平成の時代ですよ。
そんな時代に、禁忌だの、生贄だの…」

「そっ、そうですよ。
東野さん、いくらなんでも・・・なぁ?」

「う…うん…」

「……私…トイレに…行ってきます…」
少しふらつきながら、渚が部屋から出て行った。
すぐに後を追おうと、潮が立ちあがると
「トイレに付いてくるとかやめてよね」
そう言い残し、襖をぴしゃっと閉めて行ってしまった。

部屋の隣にあるトイレの扉が閉まる音を、皆が確認した後で、東野さんが小声で言った。

「西浦から目を離すな。
特に…今夜。
もしまた西浦がどこかに出ていきそうなら、制止せず後をつけよう」

後をつけた結果、渚が何を食べるのか…
想像しただけで吐き気がする…

全員がそう感じつつも頷いて見せた時、八月が一言…
「渚ちゃん…
渚ちゃんなんだけど…
…渚ちゃんじゃない…」

返信

「 いやぁーッ!いやぁーーーッ‼︎」

渚の悲鳴は鋭く私達の耳を劈き、そして崩れ堕ちた姿のまま、「どうして?どうして?」と自分の手や足を、ゴシゴシ擦り出した。
動く度に、靴についた泥が、部屋の畳に擦り付けられ、
赤黒い箇所が、ジトリと染み込むように渚の顔や手足に広がって行くように見える。
同時に、渚が動く度、鉄の匂いが、フッと鼻をかすめる…。

「渚、落ち着いて、」
そう言って近づこうとした私を、とてつもない力で八月が止まる。
「なっちゃん、ダメ、ダメッ!」
「八月、ごめん。ちょっとだけ離して?渚のこと、見てあげなきゃ。平気だよ。怖くて気が動転してるだけ…」

「ダメッ!!」

普段、おとなしい八月の荒げた声に、今度は皆、一斉に八月を見た。八月はその皆の視線に、ハッとした様な顔をして、
「でもダメ。近寄っちゃダメッ!」
涙を浮かべながら、私の腕を離しはしない。

潮も、どうしたらいいのかわからないと言った顔で、
渚の異様な姿を引きつった顔で見ているのが精一杯の様だ。
どうしよう…、何が何だかもう…、

「渚…、どんな奴がいたんだって?」

東野さんだけが、慌てるでもなく、怖がるでもなく、
いつもの同じ声で、渚にそう声をかけた。

その声に、渚はまるで、見えない糸で操られている人形の様な動きで、頭をフイッと振り、
大きく見開いた目から涙を流したまま、東野さんを見た。

「どんな奴が、何を言ったんだ?」

言葉を区切る様に、もう一度渚に問いかける。

渚は、
「だから…、お水をもらいに行ったんですよ。
そしたら、下には誰もいなくて、私、自分で水を入れて飲みました。
外から人の声が聞こえるから、窓を見たら、そしたら…、
ヘルパーさんの格好した、アレがいたんですよッ!

最初は、普通な感じだったのに、だんだんおかしくなって来て、よく見たら、全部フジツボで…、私は、怖くて、怖くて、ここまで、、、」
そこまで言うと渚はまた、自分の体を見やり、擦りながら、ヒッヒッと息をしたかと思うと、ハァッーッと息を吐き出し、
大声上げ、泣き出した。

東野さんは渚の肩を抱き、
「怖かったな。分かった。」とだけ言うと、
潮に布団を引く様に言った。
潮の引いた布団に、渚を横にさせ、
「渚、皆んなここにいる。安心しろ。
明日、島に行って、何が起きてるのか確認しよう。大丈夫だ。」

それだけ言うと、大きく見開いたままの渚の目に、手を当てた。
しばらく、渚のしゃくりあげる声が聞こえていたけど、
やがて、泣き疲れたのか、スースーと寝息が聞こえて来た。

ジワっと、腕に力が戻った様な感じがしてそちらを見ると、私の腕をしばりあげる勢いだった八月が、ようやく力を緩め、それでも離れはしないと行った様子で、私の手を握っていた。

「今夜は…」
そう声を出した東野さんを、
私と八月、それから潮が見つめる。

「今夜はこの部屋で、皆んなでいよう。
この様子じゃ、渚もいつまた、起き出してしまうかも知れないし、かと言って1人にさせるわけにもいかない。
女だけでここにとも、言えないしな。」
チラリと、八月を見やりながら、東野さんがそう言って、渚のなる布団から少し離れた場所に、壁にもたれるように座り込んだ。
それに習うように、私たち3人も、輪を書くように座った。

「どう言うことですか?全く、分かんないんですけど。
渚の見たフジツボの奴って、何なんですか?
あいつなんで、水飲みに行って、泥だらけの靴で帰って来て、あの手と口の周り…、何ですか?」

…何も、考えがまとまらない内に起きたおかしな事…。
潮が漠然とした質問を東野さんにポソリと投げかける。

「…わからんな。
ただ、渚は、覚えてないだけで、どこかに行ったんだろうな。行って、何かを…、
食べた…。

それも、生のままだろう。

途中で我に帰ったのか、ここまで戻って気づいたのかは分からないが、あいつの手や口についてるのは、アレは間違いなく血だ。さっき、渚に近づいたら、プンプン匂ってた。

靴汚れてるのも、どこかに、行ったからだ。

どこだ?どこに行ったんだ。
いつ行った?そんなに時間は無かったはずだ。」

ウグッ!と音を立て、潮が口元を押さえた。

潮だけではない。私も八月も、薄々気づいてはいたが、
はっきりそう伝えられたことで、喉につっかえるものを感じていた。
八月に至っては、顔色が悪い。

弱々しい声で、
「気分が悪い…」そう言い、潮と同じく口元を押さえた。

「俺がついて行く。七月と潮は、渚を見ててくれ。」と、
東野さんが立ち上がった。
私にタオルを1枚よこすように言い、それを手渡した私に、
「何かあったら、大きな声で呼べ。
渚が起き出しても、無理に止めたりするな。」
淡々とそれだけ言うと、
八月を連れ、部屋を出て行った。

静まり返った部屋には、渚の寝息だけが響いている。

渚の方を見なければ、
気持ちよさそうに眠っているようにしか、感じられない。

東野さんがタオルを持って行ったのは、渚の手や口についたたままになってる血を拭いてやるつもりなのだろう。

ふと、自分のカバンの中に、ウエットティシュが入っていたことを思い出し、立ち上がった私に、潮が、
「お前も気持ち悪いのか?」と聞いて来た。

「平気、潮は?大丈夫なの?今なら、渚もよく寝てるみたいだから、私だけでも平気だよ?」と言うと、
「いや、さっきより、マシ。落ち着いた。」そう答え、
ハアーッと、大きく溜息をついた。

分からなくもない。
何も、何も自分では分からないままに、似て異なる伝承を3つ聞かされ、語った1人は病院に送られ、さらに東野さんの憶測が重なり、
真相は明日と心決めた途端、友達がおかしなことになってしまった。
「本当に明日、島に行ったら、解決するのかな。
おかしなことに、これ以上なったらどうするの?
私達だけで、何とかなるの?」
不安でしかないこの状況、口にせずいられなかった。
「分かんね。全然、俺、頭、着いてこない。でも、このまま、何にも知らない顔も、もう、出来ない。行って、分かることがあるなら、何とか解決策もあるかもしれない。」
潮は、静かな声で答える。
黙ったまま、渚の手を拭く。
赤黒い血が乾き、こびりつき、拭くために与えた水分を吸って、
また、鉄の匂いが湧き立ち、そこに、かすかにだが、
磯の香りもつきまとう。

「渚が食べたものって…」、言いかけた私に、
「言うな。想像するな。落ち着いたのが、また上がってくる…。」
潮は苦い顔をして、止めて来た。

私もそれ以上は何も言えず、黙ったまま、渚の手を吹いていた。

しばらくすると、東野さんと八月が部屋に戻って来た。
「誰もいない。園さんの姿も見えない。
外を覗いてみたが、誰かがいる様子もない。」

そう言いながら、手渡して来た濡らしたタオルを、東野さんから受け取り、
拭き取れてない箇所の血を拭いて行く。

八月は、鼻をかすめるかすかな匂いが耐えられないのか、それとも単純に怖くてなのか、
私の側ではなく、東野さんの少し離れた位置に、膝を抱いて座っている。

「明日、島に行ったからと行って、すんなりことが進むとは限らない。今は少しでも体を休めて、頭を整理させろ。どうなったのか、どうなるのか、は、明日からだ。今は、頭を整理して、ここに来てからの事を其々が整理するんだ。
それと、これから何があったとしても、1人では行動するな。どんな事でも、必ず誰かと一緒でないと行動するな。」
東野さんの言葉に、渚以外の私達3人はうなづいた。

待てど暮らせど、誰かが私達を呼ぶことはなく、
私達以外の人の気配を、感じる事さえなく時間が過ぎていく。

夕飯にもありつけず、何か作ろうと、
今度は、私と潮が台所に行くことになり、
炊いてあったご飯でおにぎりを作り、置いてある鍋を見ると、中には魚の煮物があり、とても良い匂いがしたが、食べる気になれなかった。
結局、味噌汁と作ったおにぎりを持って、また部屋に戻り、渚以外の4人でモソモソと食べる。

東野さんは、何も話さず、ただずっと、何かを考えているようで、
八月は、食欲がないと、あまり口にせず、また膝を抱いて丸まってしまった。
潮は、思い悩んだ顔で、ずっと俯いている。
私は立ち上がり、八月の横に腰を落とした。
八月は不安げな顔をして私を見て来た。
私もきっと、頼りなげな顔をしているだろう。

分からないのだ。何が起きたか、何が起きるのか、どうしてなのか、なぜなのか…、
考えるなと言われても、やっぱり何故か、と、考えてしまう。

2人横に座り、八月は私の手を握って来た。
私も、八月の手を握り返す。
どちらの手の温かさなのか分からなくなり、心が落ち着く…。
同時に、眠気が襲って来た…。

今はもう、何も考えず、このまま、眠ってしまおう

ちらりと目だけで横を見ると、八月も目を閉じている。
手は繋いだまま…。

それだけを確認し、私も目を閉じた…。

私と八月が寝ているのを、誰かが覗き込んでる…

誰?
潮か東野さん?

それとも、渚…?

部屋の電気を背にして、覗き込む人の数が、
1人…、2人…と、増えて行く…、

誰なの…?…、

…歌が、…聞こえる…

湧いてくる、湧いてくる…
巌田の家の…

おばあさんの聞かせてくれたあの歌…、歌ってるのは、誰なの…?

鬼灯一つに、瓜二つ…、

歌に合わせて、ゆらりゆらりと、人の数は増えて行く。

やがて、前後左右と体を揺らし、まるで、波に揺られる海藻のように、歌に合わせて動き出す…、

…貢物さえ捧げときゃ、
あやかし、巌田の守り神…、

あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ

誰かの声なのか、大勢の叫び声かも分からない…、

ギラッと、眼に刺さるような光が走り…、

その後は、真っ暗…、
………、
何?聞こえない、何て言ってるの…?

「七月!七月!起きろ。」

東野さんの声で、眼を覚ますと、外にはうっすら朝が来た所のようだった。

昨日の夜の、あれは、誰だったんだろう…

「用意しろよ。八月も起きて、もう顔を洗いに潮と下に降りた。戻って来たら、俺たちが行く。
用意をしたら、出発だ。」

虚ろな頭で、

昨日のおかしな出来事や、これから不可解な事に向き合わなければいけない現実に、ノロノロと戻って行く…。

誰かに何かを、最後に言われた気がする…、

何を言われたのだろう…、

私達に…、何かを言ってた…

いや違う…、

私…、私に?

私だけに、誰かが何かを囁いた…、

何て、言ったの?

聞こえなかった…?聞こえてた…?

分からない。どっち?

とても大切なことを、言われた気がする。
何だったのだろう。
誰だったのだろう。

ゾクッと、背中に寒気が走り、気づくと私は完全に目が覚め、頭も冴えていた。

島に着くまでに、思い出せるだろうか。

とても大切な事を、私は誰かに言われてる…。

返信

私達が宿に辿り着いたのは、西に沈む丸い夕日が丁度全部隠れるくらいだった。
男女で部屋を分けられた宿の四角いからは、茜色というよりは淡い橙色の光が、藍色の空に混じるように滲んで見える。
その藍色の空間に一際大きく輝いているのが金星だろう。宵の明星、ヴィーナス、地球と双子の星と呼ばれる事もあり、八月が好きな星だ。
八月、私の双子の妹、その八月は今、私の右腕をぎゅうぎゅうと握り締めている。
本人に自覚は無いが、旅行サークルオカルトの部に入ってから、八月の握力は日増しに強くなっている。この前に至っては、くしゃみの勢いでスチール缶をへこましていた程だ。そんな妹の締め付けを受け、私の右腕はじょじょに鬱血し始めていた。指先が冷たい。
オーケーオーケー、八月は私が冷静にいられるようにしてくれているんだよね。うん、我ながら思い遣りに溢れた良い子に育った、うん。
「八月良い加減手離してやれよw七月の顔が険しくなってるぞww」
「わわわ、ゴメンねなっちゃん!」
潮の一言多い助け船が入り、八月が力を緩める。あ、離しはしないんだ…
「大丈夫だってwあんな事聞いたから八月も怖かったんだよね……ところで潮、一体誰の顔が険しいって?」
「げっ、今のでアウトかよ!」
「当たり前よ!まだ私10代なんだからね!!!」
咄嗟に距離をとる潮、しかし右腕の八月によって動けない私は、そこのノーデリカシーを思いっきり睨みつけてやる。
「おお、こわいこわい」
潮のニヨニヨ笑いが地味にムカつく。
「潮、七月も、あまり暴れるな。園さんに迷惑を掛けるんじゃないぞ。」
またも東野さんに嗜められてしまった。隣の八月も少し罰が悪そうに俯く。

分家のお婆さんが救急車で運ばれ、私達はこの宿に戻ってきた。その道すがら、潮が録音したレコーダーに謎の声が入っているのを私達は聞いてしまった。
(しゃべったな…)
あの気味の悪い声はなんなのか、老婆の語った話は本当なのか、それを話し合おうと、少し広めの私達女性にあてがわれたこの部屋に集合したのだった。
「やっぱり私達のせいみたいだね…」
暗い声で渚が言う。分家のお婆さんが倒れたのが、私達に語った事が原因だと思っているのだろう。
「うん…」
小さく頷いたのは八月だ。
「いや、もう96歳なんだろ?いつも寝てばかりいるって言ってたし、たまたま俺たちがきたのと体の限界が重なってただけだって!」
「だとしても!私達が会いに行かなかったら体を起こす事もなかったじゃないっ!!」
潮のフォローにも渚は感情的に返した。動揺しているのかもしれない、肩が小刻みに震えている。
分家のお婆さんの家で遊んだ事があるとも言っていた、渚にとってあのお婆さんは身内のようなものなのだろう。
「…新幹線で話したあの話、禁忌だって言ったでしょ?あの話も分家のお婆ちゃんから聞いた話なの。その時もお婆ちゃん、これを聴くのは、あんた方が最初で最後じゃろうって言ってた…」
「な、ならっあのお婆さんは、決まり文句みたいにいつも最初で最後とか言ってたんじゃねぇか?ほら、ムードづくりの為とかさっ!」
「…だといいがな。」
俯く渚、そんな渚を宥めようと楽天的に考えようとする潮、だけど東野さんはあくまでも冷静だ。
「東野さん!なんでそんなこと言うんすか?!!」
潮が叫ぶ、潮だって怖いのかもしれない。本当に自分達があの話を聞いたせいであのお婆さんが倒れたのじゃないだろうかと、あの話を聞いた自分達も謎の声の主に今も睨まれているのではないかと……
「…ごめん、ちょっとお水貰ってくる。」
渚が席を立ち上がった。ぎしぎしと畳を踏みしめ襖を開けると廊下へ消えてしまった。
だれひとり動く者はいない。ヒグラシのカナカナという鳴き声が嫌に大きく反響する。
「…ちょっといいか。」
声を発したのは東野さんだ。背筋を伸ばし腕を組んだまま私達を見据える。
「ちょっと考えてみたんだがな、渚の話と園さんが語ってくれた話、そして分家のお婆さんが教えてくれた歌…一見違う説を語っているように見えるが、俺は全部正しいんじゃないかと思っている、そして全部正しく無い。」
怖い程感情の無い、真剣な表情。普段口数の少ない東野さんが何かを語る時の顔…
「渚が言った言葉を信じるなら、少なくとも歌と最初の禁忌の話はどちらも真実だ。」
渚の言った言葉、どちらも分家のお婆さんから聞いたという言葉だろうか…?
「その上で考えたんだ。まあ、ただ俺個人の勝手な解釈だから別に信じなくていい。取り敢えず聞いておいてくれ。
この三つの伝承はどれにもそれぞれ海、魚、鬼灯、刀、僧が出てくる。だが、お婆さんの歌にだけ双子という単語が出て来ない。この海が漁師町として栄える要因になったにも関わらずだ。
なのに、その双子に深く関わる鬼灯という単語と僧というワードは出てくる。少し、違和感を感じないか?これじゃあ双子と鬼灯は無関係だ。」
東野さんが何を言っているのかよくわからない。双子と鬼灯が無関係だったら何か問題でもあるのだろうか?それに…
「東野さん、分家のお婆さんの歌には瓜が出ていたじゃないですか、鬼灯一つに瓜二つって。瓜二つだなんて顔がそっくりな双子そのものじゃないかと思うんですけど。」
私は東野さんに質問する。しかし、東野さんはそれを聞いて口角を上げた。
「ああ、そうだ。この歌は瓜二つって表現を使っている。これを双子だとすれば何の疑問も無い……
だが、どうしてわざわざ双子という単語を使わない?
“双子の子”と言えば同じ5文字でテンポが変わる訳じゃあない。それに、瓜が比喩ならばそれに並列する鬼灯も比喩じゃなければ不自然だ。伝えるべき裏の意味があるのならば特にな。
つまり、七月の言う通り二つの瓜が双子を指すならば鬼灯も本来は別の何かを指し示している可能性が高い。」
「え、なんすか?結局双子は実在してたんすか?実在してないんすか?」
「遠回しな話方で悪いな潮。つまり、双子もちゃんと三つともの伝承に出てきている。そして、鬼灯と言うのは只の比喩でしかない。そもそも植物の鬼灯は有毒植物だ。そんなのが魚の姿になったって言うならそれを食べた俺たちはとっくに腹痛を起こしている。」
「それじゃあ鬼灯って何なんっすか?」
「…昔の人の間では、双子は忌子として扱われる事も多い。北嶋姉妹には悪いが、障がいを持って産まれる確率の高い双子は、村から疎まれる存在だった。ならば、鬼灯も忌まれるものを示していると考えるのが自然だ。
鬼灯は漢字で“鬼”に“灯り”と書く。鬼は歌にも出てきていたな、人に害をなす者として。
鬼といえば地獄にいるイメージが強いが、人知の及ばない禍として、つまりは災害の擬人として登場する場合もある。
熟れた鬼灯の実は、丸い種に袋状のオレンジ色のカラを被せた形を形をしている。
真ん中に丸型を秘め、灯り輝く災害…まるで隕石みたいだと思わないか?
鬼灯とは、隕石の事を指し示しているんじゃないかと俺は思う。」
「…隕石、ですか……?」
「ああ、どこか地球外から飛んできた石の塊が海の中に飛んで来たら、その衝撃波で魚は脳震盪を起こして死ぬ。もしくは落ちた隕石が何かしら有毒なガスを噴出した可能性もある。そうでなくても、隕石が崖を崩して海を汚染したのかもしれない。記録に残る不漁はこれが原因だろう。ただ待てば良かったんだ、そうすればいずれ魚は元に戻る。本当ならな……
だが、ここの海の輩は焦ったんだろう。何しろ、生活が掛かっているんだからな。
そこでたまたま近くにいた僧に縋り付いた。だがこの僧は身なりが汚く、歌にあったように売僧だ。食事を分けただけで親に叱られる程だからな、それでも一応僧は僧、本当はヤケで頼んだんだろう。近くにいて頼める僧がその売僧だけだった、それだけだ。
頼まれた方も頭を抱えたに違いない。だから適当にそれっぽい事を進言した、つまりは人柱だ。そしたら丁度生贄に最適な人間がいた。忌子として名高い双子さんだ。しかも都合良く島の占い婆も双子が特別な存在だと言い、我ながらそれらしい儀式になった。さらに、いざ実行してみれば本当に数日後から魚が獲れるようになった……実際は海の中が落ち着いただけだろうがな。」
そんな…つまり、双子は只それっぽいというだけで殺されたの?本当は殺されなくとも良かったというのに……
ふるふると身体が震えた、それが怒りのせいなのか哀しみのせいなのか私にはわからない。八月が私の腕をぎゅうと締め付ける。
いつの間にか、カナカナと鳴くヒグラシの声は遠く、まばらになっていた。
「いや、東野さん、幾ら何でもそれは話がぶっ飛び過ぎじゃあ……それに、それならなんで伝承が二つあるんすか。」
「先に言った通りこれは俺個人の考えだ、だから信じないならそれでいい。
歌と話が繋がっているとしても、話の方が二つある理由が分からないって?
おそらく、理由は二つだろうな。まず、誰かを生贄にしただなんて禍々しい話は時代と共に当人達にとって隠したい話になる。だから、表向きの単なる伝承と一部の人間だけが知る裏の伝承に別れた…それをなんで渚が聞かされたのかは謎だがな。
もう一つの理由は、この僧が原因だろうな。
二つの話の中でこの僧の扱いが明らかに違う。どちらもこの一帯を救った英雄ではあるが、一方は通りすがりの徳の高そうな僧、一方はおんぼろの薄汚い僧、歌に至っては売僧とまで言われているな。おそらく、実際は身なりも汚く金にも汚いどうしようも無い売僧だったんだろう。そして、渚が話した伝承は元々この僧が広めたんだろうな。まだうら若い女性二人を、理屈の無い生贄で殺した罪を、島の占い婆に押し付ける為に……そして自分は豊漁をもたらした英雄って扱いだ。
厳田家とこの僧の関係はよく分からんが、恐らく厳田家の中でもこの僧を敬おうとする家系と疎む家系がいたんだろうな。例えば、本家と分家とかな。
その場合、僧を疎んでいるのは分家だろう、歌の裏の意味も分家にしか伝わっていないタブーなんだろうな。だからあのお婆さんはわざわざ孤立した住居で裏の伝承を伝えようとしていた。厳田家は地獄耳だしな。
だとしたら、厳田家の本家とこの僧の関係も気になるな。案外“刀”ってワードが関係していそうだ。」
いつしか東野さんは口角を上げて笑っていた。その瞳は黒く爛々と輝き、こんな寒気のする話を笑顔で語る東野さんが、何よりも怖いと思った。
「なんにしても、まだ分からない事が多過ぎる……
明日、曲津島に行くぞ。もし鬼灯が隕石を比喩しているならクレーターなり物的証拠が残っているだろうしな。
島の住民から双子や僧の事も聞けるかもしれない。」
「は、はい…!」
潮が返事を返すが、私と八月は何も言えずにいた。
今日の夕方から一足飛びに話が進み過ぎている。それに、曲津島だけは行ってはいけないと頭の中で警報が鳴り響いていた。
「ああ、ちなみにだか、瓜が双子意外のものを指している訳じゃ無いって考えもある。」
東野さんが再び口を開いた。既に口角は下がり、無表情になっている。
「考えたくも無いが、山や森では、熊に襲われたり崖から落ちた頭の砕けた死体が出た時に、こう言う事がある…」
__トットットット……__心臓が早鐘を打つような音、ゆっくりと動く東野さんの口から音が発せられた。
「…スイカが出たってな……」
ガラッ!!
「「ひゃうっ」」
最悪なタイミングで襖が開き、私と八月の変な声がシンクロした。
少し恥ずかしくなりながらも襖の方を見ると、髪の乱れた渚が息も絶え絶えに立っている。
「な、渚?どうしたの……!?」
「あのね、さっきロビーにお水貰いに行ったの。そしたらね、窓の外にさっきのヘルパーさんがいて、ガラス越しに『分家のお婆さんが呼んでいる』って言うの、私がお婆ちゃん目が醒めたんですか?って聞いたらまた『分家のお婆さんが呼んでいる』としか言わなくて…何だか私怖くなって、ロビーからの照明で真っ暗じゃ無いはずなのにヘルパーさんの顔が黒くて全然見えないし、でもヘルパーさんが着てた服はボタンの穴まではっきり見えるの。」
渚の呼吸が荒い。けれどその双肩は全く上下しておらず肘から下だけが壊れたように震えている。
「私、暫く固まってた。どうすればいいのか分からなくてっ、そしたらね、そいつが今度は呼んでいる…呼んでいる…って、早く、早く早く早くって、だんだん叫び出してっ、顔と同じく黒い手で窓をバンバン叩き出してっ、そしたらその時気付いたのっ!そいつの顔っ、暗くて黒かったんじゃ無いのっ、灰色のゴツゴツした岩の頭に沢山の黒いフジツボがびっしり敷き詰められてたの!!!
私っ、怖くて怖くてっ、だから一目散に走って逃げてっ、ここまで逃げて来たの!!!」
ガクガクと直立したまま身体の先端だけを震えさせる渚の目は、瞼が千切れそうな程に見開いていた。
「おい、渚…」
明らかに様子がおかしい渚、そんな不安定な渚に少し言い澱みながら、潮が問いかける。
「お前の手と口元…どうしてそんなに赤黒いんだ…?それに、なんで泥だらけの靴なんか履いてるんだよ……」
ぐりん、渚の目が潮を見る。そして、リフトの様にゆっくりとした動きでガクガクと震える両手と足元に視線を這わせると、渚は崖が崩れたような悲鳴を上げた。
ヒグラシの声はもう、止んでいる……

返信

そして、二日目の夕方。
 今、私達の目の前には、布団に横たわる一人の老婆がある。
 相当な高齢との話どおり、骨格まで縮んだような小さな身体に皺だらけの顔がくっついてるのはまだ良いとしても、その異様な面相に、私達は最初引いてしまった。
 ぎょろりとした大きな目は、殆ど瞼が無いように見える。その眼球はうっすらと濁っており、死んだ魚の目を思わせる。微かに開いた口からは乱杭歯が除き、何やら凄みを感じさせる…

 話は半日前に遡る。
 朝食を終えて駄弁っていた私達のところに来た園さんが、渚に声をかけた。
「そういえばね、分家のお婆ちゃんがあんたに会いたがってるみたいよ」
「えっ?あのお婆ちゃんまだ生きてんの?」
 渚が大声で不謹慎な発言をする。
「生きてるわよ。まあ、殆ど寝たきりだけどね。96歳ともなりゃ無理ないわよ」
「もう、96かあ…」
「でも頭ははっきりしててね。渚ちゃんが、この町の昔話に興味のあるお友達と遊びに来るって聞いたら、一度みんなで遊びにおいでとか言ってるみたい。どうする」
「ふーん」
 一瞬思案顔になる渚に東野さんが尋ねる。
「その分家のお婆ちゃんてのは、渚の親戚なのか?」
「そうじゃないの。実はこの町の厳田家の分家のことなの」
 園さんが説明を始める。
「厳田家は、ずっと昔からの旧家で、この町の有力者なの。今は漁船や水産加工場、冷凍倉庫まで備えた厳田水産のオーナーだけど、古くから網元としてこの鬼灯村の顔役だったのよ。この町の人が単に“本家”とか“分家”と言う場合は、厳田家のそれを指すの」
「へえ、でも関係の無いお家の婆ちゃんが、俺たちが来るってことをもうご存知なんですか?」
潮が尋ねると園さんが笑って答える。
「田舎はね、何でもすぐに話が伝わっちゃうのよ。特に厳田家は地獄耳だしね」
「あ、でも誤解しないで。みんないい人だから。近所の子供を集めてお菓子とかくれたりするから、分家のお婆ちゃんの家にも遊びに行ったことある。有力者だけに鷹揚なのよ」
 渚がフォローする。
「とにかく皆でおいでって言うんなら顔ぐらい見せに行ったら?若い人と話すのが楽しみなのよ。それこそこの町の伝承とか聞けるかもよ」
「そうよねえ…」
園さんの勧めに渚も同意する。東野さんも含めて私達にも異存は無い…
こうして、私達は分家の老婆を訪問することになった…

 分家とは言え、有力者の血筋の割には、あまりにもこじんまりとした住居だった。毎日訪れる介護ヘルパーさん以外には、一人暮らしというのにも驚いた。なんでも本人のたっての希望らしい。
 渚以下一同が挨拶を終えると、寝たきりの老婆がゆっくりと口を開いた。
「…都会の立派な大学で学問をされてる元気な若者が…五人も…」
老婆がしみじみと呟く。
「…ひょっとしたら…」
 老婆の目に、微かな光が宿る。何かの決意、あるいは希望…それはほんの微かなものだが、年老いた生命の最後の輝きのようなものを感じさせる。
「ちょっと起こしておくれ」
「大丈夫ですか」
 付き添って身の回りの世話をしているヘルパーさんが心配そうに声をかける。
「いいから、早う…」
 ヘルパーの手を借りて何とか起き上がると、老婆は布団の上に正座する。異様な面相ながらも、弱った体をおしてきちんと私達に向かい合う姿に、一同思わず居住まいを正す。
「こんな田舎にわざわざお越し頂いて有難いことですじゃ。皆さん方が、この町の昔話に興味を持たれてると聞いての…だったら、この婆の話がほんの暇つぶしにでもなればと思うてな。双子の呪いの話も太刀魚の伝説も、勿論よく知っておる。が、今からお話するのは、この厳田の家にまつわるものじゃ…多分、この婆の口からこれを聴くのは、あんた方が最初で最後じゃろうて。ほっほ…」
 端座した老婆が幽かに笑う。
「お耳汚しになりますが、今から婆がざれ歌を一つお聞かせしましょう。厳田の分家筋だけにずっと昔から歌い継がれて来たもので、この婆も、子供時代に婆から聞いたものじゃ。短いものじゃが、まずは聴いてつかあさい…ほんなら始めます」
 軽く一礼すると、目を閉じ、低いがよく通る声で老婆は歌い始めた。潮が慌ててスマホのレコーダーをスタートする。

“湧いてくる 湧いてくる
厳田の船の行くとこにゃ
どこでも魚が湧いてくる“

“めでたやな めでたやな
可愛いややこを抱いて見りゃ
鬼灯一つに瓜二つ

“鬼が来る 鬼が来る
鬼が血刀振り回しゃ
わたしもあんたも首が飛ぶ“

“泣き別れ 泣き別れ
風来坊の言うことにゃ
鬼灯残して瓜食った“

“飛び上がる 飛び上がる
厳田のあるじが沙汰をすりゃ
墓の死人も飛び上がる“

“船が来た 船が来た
船の中身をあけて見りゃ
鯛か太刀魚シュモクザメ“

“睨みあい 睨みあい
高いお堂が睨みを利かしゃ
荒ぶる海も黙りこむ“

“ありがたや ありがたや
厳田のあるじの魂(たま)握りゃ
売僧(まいす)も毎日酒飲める“

“堪忍な 堪忍な
貢ぎ物さえ供えときゃ
あやかし厳田の守り神“

「これで終わりじゃ」
 歌い終えた老婆が一礼する。以外に短い歌に、何となく拍子抜けしたような面持ちでいる私達に向かい、老婆が話し始める。
「歌はこの通り短いものじゃ。じゃが、これには、色々裏の意味があっての…そこには栄える厳田家とこの町についての忌まわしい真実が隠されておる…」
 暗い顔で前置きすると老婆が話を続ける。
「その、真実とは……ん?」
 途中まで話した老婆は、何かに耳を澄ますような素振りをした。
「…真実…とは…」
 途中まで話すと同じ所で言葉が止まってしまう。微かに呼吸が乱れ始める。
「…真…実…し、しししししんしん…」
 意味をなさない言葉を吐き続けながら、老婆は苦し気に喘ぎ始める。視線は滅茶苦茶に泳ぎ始め、我と我が手で喉元を掻きむしり始める。
「お婆ちゃん!どうしました!」「お婆ちゃん!」「しっかり!」
 皆が駆け寄る。布団に倒れ伏してもがく老婆の口からは蟹のような泡が溢れ始めた。
 「もしもし!私、分家のヘルパーの者です!お婆ちゃんが倒れた!大至急お願いします!」
 パニック状態のヘルパーが救急車を呼ぶ…

 意識不明の老婆が救急車に乗せられるのを見届けてから、私達はその場を辞去した。とりあえず宿に向けて歩きながら、まだ一同目の前で起きたことが信じられずにいた。
「何か、あたし達の所為みたい…」
 目に涙を浮かべながら渚が悔やむ。
「そんなことないさ」
「だって、あたし達に話を聴かせる為に、寝たきりだったお婆ちゃんが無理して起き上がって歌ってくれたんじゃない!あれがきっと無理だったのよ!」
「渚ちゃん…」
その時。
「おい、ちょっと聴いてくれよ!」
 イヤホンで録音を聞いていた潮が大声をあげる。
「何よ、もう、大声出して」
「こんな時に録音聴いてるなんて不謹慎よ」
「いいから、ちょっと!」
 潮が人気のないところに皆を誘導する。
「とにかく聴いてくれよ。あの婆さんの歌、今から再生するからな」
 一同潮の周りに額を集める。周囲を気にして少しボリュームを絞り、潮は老婆の歌が終わる辺りから再生を始めた。
“歌はこの通り短いものじゃ。じゃが、これには、色々裏の意味があっての…そこには栄える厳田家とこの町についての忌まわしい真実が隠されておる… “
「この後!」鋭い声で潮が注意する。
“その、真実とは……ん?”
 そこで潮がレコーダーを止める。
「聞こえなかった?」
 緊張した面持ちで言う潮に、皆の声が飛ぶ。
「何?」「何よ?」「聴こえない」
「もう一度やるからな。よく聴いてくれ」
 少しボリュームを上げて潮が再生を始める。
“その、真実とは……”
(……)
 確かに何か微かな音が聞こえる。
「もう一度。よーく聴いてくれ」
幽かに震える声で言うと、更にボリュームを上げて潮が再生を始めた。そして今度は、私達はその不気味な音声を聞いたのである。
“その、真実とは……”
(しゃべったな…)

[続く]

返信

私達は新幹線を降り

在来線に乗り換えた

夏休みでもあるので新幹線はそれなりの混みようだった

「こっちですよ」

私達は渚に促され乗り換えホームへと歩いた

何本か路線はあるようだったが

向かう線に近づくほどに人はいなくなっていた

そして今、待っているホームには

私達を含め人は10人いるだろうか

「ここって新幹線止まる必要あるか?」

潮の言葉に渚はふたたびムッとした

渚と潮がじゃれていると

「ホームでじゃれるな」

東野さんが言う

私達のいつもの風景だ

東野さんも変わった

私達がサークルに入った時は

とっつきにくい印象があった

サークルでの話し合いでもどこかつまらなそうにしていたし

活動報告のようなアルバムでも姿を見るのは稀だった

潮が東野さんと行動を共にし、私達も側にいるようになり

いつの間にか東野さんは

1番上のお兄ちゃん、そんな言い方がぴったりになった

程なく東野さんのベクトルと旅行サークルの他のメンバーが相容れない事が分かり始め

サークル内にオカルト部などと揶揄されるグループが出来てしまった

「来ましたよ」

渚の声に顔を向けると

黄色い電車がゆっくりとホームに入って来た

3両編成の可愛い電車だった

荷物を持ち上げ電車に乗り込むと

乗客は人車両に2〜3人というところだ

渚が言うには通学、通勤電車で

夏休みのこんな時期は乗客はまばらと言うことだった

「わたしが住んでた頃わね」と、付け加えた

渚は中学生の時にこの地域から離れている

車窓には

山、田園、海と

これ以上ない長閑な風景が繋がっていた

「北嶋姉妹、南田、西浦」

東野さんの声で私達は目を覚ました

電車に揺られること1時間

東野さんを残し私達はいつの間にか眠ってしまっていた

出発が遅かったこともあり

目的の駅、『鬼灯』に着いたのは

夕方を過ぎた頃だった

ホームに降りると

風に誘われて潮の香りがした

「海の家なんて無さそうだね」

ハ月の言葉に潮もがっかりした様子だった

海と言っても

観光地と言うより漁業の町といったところだろう

観光地特有のウエルカムな雰囲気は感じない

無人の小さな改札を通ると

一台の白いワンボックスカーが待っていてくれた

「よぉー」

車から1人の女性が降りてきた

「園さーん!」

渚が駆け寄る

「遠いとこよくきてくれたね」

ニカッと笑うこの女性が

今回の旅行でお世話になる宿の女将さん

西浦園(にしうらその)、その人だった

「こんな何にも無いところ、よく来るね」

わははと笑い私の肩をポンポンと叩いた

「はいっ、乗って乗って」と

園さんの車で宿に向かうことになっていた私達はお尻を叩かれながら車に押し込まれた

車は長く緩やかな坂を下っていく

しばらく走ると道がひらけた先に海が広がってきた

やはり海はテンションが上がる

それまで疲れた顔を見せていたみんなも

わーっ、うぉー、と様々な声をあげ興奮していた

駐車場に着き車を降りてみると宿は海の近くというか

宿、道路を挟んで海

そんな感じだった

海は砂浜ではなく港だった

「少し歩けば砂浜もあるよ」

園さんはあんた達、砂浜が欲しいんだろと笑った

宿は一階が食堂、二階が民宿といった感じで

園さんは隣接する家に住んでるようだった

食堂も海で働く人達が来るのかほとんどで

民宿の方は私達が久しぶりの客のようだった

食事の支度出来てるよ、と

食堂の奥の座敷に通された

やっぱり畳は落ち着く

靴が脱げるだけで疲れも飛ぶものだ

「今、焼き物出すからね」

目の前にはお刺身や小鉢など

海への旅行を実感できる料理がいくつも並んでいる

「来てよかったでしょ〜」

渚もどうだ、と言わんばかりの顔をした

焼き魚もテーブルに並び

私達は食事を始めた

「これ太刀魚ですか」

東野さんが園さんに尋ねた

「よく、分かったね

これが鬼灯町の名産の太刀魚よ」

と、答えた

皮がキラキラと銀色に光るその魚は

焼き魚、お刺身にも酢の物にもなっていた

ちょっと待ってて、と

調理場へ下がった園さんが手にしていたのは

体長1メートルはありそうな

秋刀魚のお化けのような魚だった

口には鋭い歯が並び

鱗のないその姿はまさに太刀という名前そのものだった

「こんなの都会のスーパーじゃ見ないでしょ、
お刺身なんてここら辺じゃなきゃ食べられないわよ」

ねっ、と園さんは渚と顔を見合わせて笑った

「普通見る太刀魚より一回りは大きいですね」

釣りを嗜む東野さんも驚いているようだった

「昔々ね

この地域で魚が全く獲れなくなったことがあったらしいの

もう村人は困り果ててね

どうしようかと思っているところに

ボロを纏った僧が村に辿り着いたんだって

何か食べ物をって

村にも食べ物はもうほとんど残ってなかったんだけど

そこへ居合わせた双子の姉妹がね

自分の家から食べ物をもってきて

僧に振る舞ったらしいの

僧の事を訝しげに見ていた双子の親も勝手なことするな!って

双子を怒ったのよ

食事を終えた僧は

手を空にかざすと鬼灯の実を1つ差し出したの

これを小高い丘の土に埋めなさい

毎日お酒をかけなさい

鬼灯が育ち実の中から出たものを海に投げなさい

それだけ言うと僧は海を歩き島に渡ったらしいの

あ、その島ってここから見える曲津島なんだけどね

それで僧が立ち去った後

村人は狸、狐に騙されたって

鬼灯の実を捨ててしまったらしいんだけど

その双子の姉妹が

その実を拾って丘に埋め

バレないようにこっそりお酒もかけてたらしいの

するとね

3日もしないうちに

それは大きな鬼灯が生って

その中からは刀が出て来たらしいの

その刀を海に投げ込んだところ

大きな太刀魚が取れるようになった

これが鬼灯町に伝わる太刀魚の話ね」

園さんは手振り身振りを交えて

話を終えた

「えっ?」

4人が渚を見た

「あぁ、そうそう

そういう伝承あるのよね!」と

渚は私達の疑問を強引に断ち切り話題を変えた

東野さんは何か思案しているようだったが

私達は食事の美味しさで盛り上がり

伝承のことなど頭からは消えていた

食事を終えた私達は二階の部屋へ案内された

部屋は3つあり

2つの部屋で男性2名と女性3名に別れた

園さんは

「渚、後は任せたよ」

と、言うと下へと降りていった

荷物を置くと私達は

東野さんの部屋へと移動した

「西浦、西浦の話した伝承とはだいぶ違うな」

東野さんは静かに言った

考えてみれば渚の話は漁業の町に伝わる話にしては

余りにも残酷で

名産の太刀魚にしても

双頭の魚、なんて言われるとなんとなく気味の悪いものを想像してしまう

明るい漁師町を売りにするなら園さんの話の方が民話としても上出来だろう

私達の視線を受け流すように

渚は窓の外を見つめて言った

「だから私の話したのは禁忌だって…」

見つめるその先には

1つの島が見える

海にうつる月明かりが

道を示し

私達のいく先を暗示しているかのようだった…

To be continued

返信

昔々のお話です。
ある漁村で、双子の女の子が産まれました。
両親は勿論、村でも目出度い事だと喜び合い、皆が祝福しました。
双子が産まれて、10年が経った頃。
村で大変な問題が起こりました。
何度舟を出ても、魚が全く捕れなくなってしまったのです。
漁業で生計を立てている村にとっては、死活問題です。
困り果てた村人達は、村の外れに庵を結ぶ呪い婆に相談しました。
卦を立てた婆が語るには、

・村に産まれた双子は、徳の高い魂を持つ娘と、その魂に引かれて憑いてきた災いの娘。
・二人の内、鬼灯の痣を持つ子は災いの娘……それが村に禍をもたらしている。

それを聞いた村人達はどよめきます。
確かに……双子の妹の頬には、鬼灯の形をした痣があったのです。
禍を断つ為に何をしたら良いのか……村人達は婆に問います。
婆は静かな口調で、語りました。

・禍を断つ為に、徳の高い双子の姉の血で刀を鍛えよ。
・刀が出来たら、鬼灯の痣の妹を沖にある小島で切り殺し、バラバラにして海に撒け……決して大地に埋葬してはいけない。
・小島に社を建て、刀を奉り、怨霊封じとせよ。

……それは、とても残酷な話でした。
しかし、生きるか死ぬかの瀬戸際にいた村人達は婆の言葉に従い、島にあらかじめ社を建て、泣き叫ぶ姉を殺して刀を鍛えると、小島に妹を連れ出します。
妹を舟に乗せたのは、他所から村に移ってきたばかりの若者でした。
若者は『無事にこなしたら船をやる』という約束を村と交わして、この役を受けたのです。
若者は、幼い娘を切り殺すところまでは勢いで乗り切ったのですが、バラバラに切り刻むという段になって、自分のしている事が怖くなり、娘の体を小島に埋葬して社に刀を奉納すると、村に逃げ帰り、村人達には切り刻んで海に撒いたと嘘を付きました。

流石に幼い娘を撒いた海には出にくいと、村では三日間喪に伏し、四日目に漁を再開しました。
するとどうでしょう……
あれほど網に掛からなかった魚が、折り重なる様にバタバタと暴れているではありませんか……村人達は大喜びしました。
ところが……
捕れた魚を良く見ると、全て頭が2つある不気味な姿をしていたのです。
“双頭の魚”を見た村人達は、双子の祟りではないかと怯えました。
その恐怖を煽るかの様に、沖に出た漁師の何人かが、
『例の小島に殺して海に撒いた筈の娘が、人とは思えぬ形相で立っているのを見た!』
と騒ぎ始め、耐えられなくなった若者が嘘を告白します。
翌朝、その若者が夜逃げしたのを皮切りに、村を棄てて逃げ出す者が現れ始めました。
村は閑散として荒れ果て、残った者達も先祖伝来の地を棄てるべきか……と考え始めたのです。
丁度その頃、1人の旅の僧がこの村を訪れ、事のあらましを尋ねました。
話を聞いた旅の僧は、海に向かって経文を唱え始めたといいます。
そして3日目の朝を迎えた時、海からそれは大きな鬼灯が流れ着きます。
旅の僧はその鬼灯を拾い上げると、様子を見に来ていた村人達に、

・例の小島の見える丘に、この鬼灯を納めるお堂を建てなさい。
・近隣より双子を貰い受け、そのお堂の守として大切にしなさい。
・小島には、絶対に近付いてはいけない……ただし、もしもまた“双頭の魚”が水揚げされたら、その時は再び、贄を出す覚悟をしなさい……。

と、語りました。
村人達は藁にもすがる思いで、旅の僧の言葉に従います。
すると再び、普通の魚が網に掛かる様になり、少しずつ新しい住人も増え始め、村は漸く平和を取り戻したのです。

……しかし…
件の小島の周りに舟を出すと、時折人影を目にする事があるそうです。
その人影は幼い少女の姿をしているのだとか……
海に撒かず、大地に埋葬された娘が、さ迷っているのではないか……と、村人達は囁き合い、件の島はやがて『曲津島(マガツジマ)』と呼ばれる様になったといいます。
昔々のお話です……。



「……っというのが、私の故郷・鬼灯町に伝わる昔話!どう?なかなかの迫力でしょ?」

先程までの語り口とうって変わり、西浦 渚(ニシウラ ナギサ)は弾んだ声で私達に笑いかける。
友人の問い掛けに笑顔で返してやりたいが、隣に座る妹の八月(ハヅキ)に力一杯握り締められた腕が痛くて、顔が引き吊る。
八月に悪気は無く、純粋に怖がってすがり付いているだけなのだ。
そこは良く分かっている。
だからこそネーチャンは耐えているのだが……

「八月、七月(ナツキ)の腕が太ましいからって、絞め過ぎw」
「わわわッ!?ゴメンね、なっちゃん!!」

南田 潮(ミナミダ ウシオ)のニヨニヨ笑い付きの助け船に、漸く八月の腕が緩む。
普通に「絞め過ぎ」だと伝えてくれれば良いものを、こいつはいつもこんな調子で一言多い。

「大丈夫、気にしないで八月w……太ましいってなんだ、コラ!潮!!!」

八月に優しくフォローを入れて、慌てて飛び退く潮を睨み付ける。
悔しいが潮の退避した位置は、射程距離外だ……最近、ますます逃げ足が速くなった。
昔はこいつの軽口には、連撃でKOしてやったのに。
私達……北嶋 七月(キタジマ ナツキ)と八月(ハヅキ)の双子と、潮は家が近所の幼馴染みだ。
小中は一緒、高校は3人バラバラに進んだが、何の因果か大学で再び集結して同じサークルに所属している。
と言っても、別に示し合わせた訳ではない。
私が八月を誘ったのは事実だが、潮とはサークルで顔を合わすまで同じ大学にいる事さへ知らなかった。
私は私で、この【旅行サークル・オカルトの部】というふざけた名前のサークルに興味があった訳ではなく、高校からの友人である渚にせがまれて、席を置く事になったのだ。
そして潮はというと……

「北嶋・姉、南田、騒ぎ過ぎ…公共の乗り物で騒ぐな。」

東野 真砂(トウノ マサゴ)に軽く嗜められ、私はググッと押し黙る。
新幹線の中だという事を失念していた恥ずかしさもあるが……駄目だ……この人には、敵わない。
一方の潮は何故か嬉しそうに、ウッスッ!っと元気な返事を返している。
東野さんは潮の高校の先輩で、潮曰く『リスペクトしている』らしい。
在学3年目、現在は2回目の2年生だ。
そもそも普通の旅行サークルに入った私達が、オカルトツアーばかりに参加する嵌めになった原因がこの人と親しくなった事にある。
得体の知れない迫力と、とんでもない行動力を併せ持つ東野さんのベクトルが、常に恐怖を求める方向に向いているせいで、他のサークルメンバーが好んで参加するキャッキャwウフウフwwの出会い系旅行は、縁の無い物になってしまった。

「西浦、今もそのお堂と島は存在するのか?」

東野さんの問い掛けに、私達の視線が渚に集まる。
そこで漸く渚がムクれているのに気が付いた。
どうやら自分の話に注目が集まらなかったのが、気に入らなかった様だ。
ジェスチャーだけで『ゴメン!』と何度か謝ると、少しだけ気を取り直してくれたらしい。
東野さんの質問にニッコリと応えた。

「ありますよ!お堂に大きな鬼灯があるとか、島にゾンビ少女がいるとかは、分かりませんけど。」

そもそも禁忌ですからね、この話……と渚は得意気だ。
禁忌なら話しちゃいけない気がするが、渚は平気な様子だし、東野さんは興味津々だし……そもそもこの旅の行き先は、その鬼灯町な訳だし……
嗚呼、嫌な予感しかしない。
きっと同じ事を考えているのだろう……八月が不安げな表情で私を見詰めている。
私は何も起きない事を願って、窓の外の美しい海に視線を向けた。



To be continued →next runner 流れ人

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