第三回 リレー怪談 2017年 夏 番外編投稿掲示板

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【アナザーストーリー 中編】

「そっかー、もう大学生なんだ。どう、やりたかったデザインの勉強、出来てるの?」

「うん、思ったよりも大変だけど、頑張ってるよ。最近、パソコンとか使いだしたんだ」

「へええ、あのメカオンチの渚がねえ」

「あ、ひっどーい。今じゃ立派なマカーですからね。いつまでもアナログじゃありませんよーだ」

ステップに座り、他愛のない会話を続ける二人を、東野は校舎のドア付近で、腕を組みながら眺めていた。

(洋子とやらに、おかしなそぶりはない)

ひょっとして、なにかの力で、渚を自分の世界へ連れて行こうとしているのではないか、などとも思ったのだが、どうもそのような様子は見えない。
本当に、ただ渚の願いに呼ばれて、この場に具現したように思える。

(・・・・・・笑っている方が似合うな)
そう思わず感じてしまうほど、屈託なく笑う渚は、先ほどまでの緊張と不安に満ちた表情とはうって変わって、東野の目にも魅力的とすら思えた。

どれぐらい時間がたっただろうか。

洋子が、つ、と立ち上がった。
「ごめんね、渚。私、そろそろ・・・・・・」
「・・・・・・もう、行っちゃうの?」

渚もその場に立ち上がる。
「洋子。もう、会えないのかな」

「ううん、きっと会えるよ。また会える。
でも、私、行かなきゃいけないから・・・。
だから・・・今度会えるのは少し、先になると思う」

「・・・・・・やだ、よお」
渚が嗚咽を漏らしながら洋子の胸に顔をうずめた。
洋子が、両手を渚の肩に延ばす。

(連れて行く気か?)
一瞬、東野に緊張が走った。
彷徨う魂が現世の人間を巻き込みたいなら、今が絶好の機会だ。

だが、洋子は、震える手で渚の肩に手をかけると、ぐっと二人の体を引き離した。

「ごめんね・・・・・・ごめんね。渚。
でも、きっとまた会えるから・・・その時まで、少しだけ、バイバイ」
「洋子・・・洋子お・・・・・・」

洋子の体が少しずつ光に覆われていく。
やがて朧げな鱗粉のように、その光が虚空へと溶け始めた。

「洋子、待って。お願い。一つ聞かせて。
どうして死んじゃったの?ここから飛び降りたのは、やっぱり私が・・・・・・」
必死に問いかける渚に、洋子は微笑みかけた。

「違うよ」

「・・・洋子」
「渚のせいじゃないよ。絶対に渚のせいじゃない。ただ、あの時の私は、こうするしかなかったの。
ゴメンね。渚にまで心配かけちゃって。弱い私で、ゴメン」
渚は激しくかぶりを振った。

洋子の体が薄れていく。
下半身からぼんやりと、まるで蛍の乱舞のように光の粒になり、夜空の星々と同化していく・・・。

「最後に、もう一つだけ。もう一つだけ聞かせて。
私たち、今でも、友達かなあ」

嗚咽でほとんど聞き取れないような渚の声掛けに、洋子はほほ笑みを返した。

「ずっと、ずっと、友達だよ」

一瞬、ひときわ光り輝いたのち、そこには洋子の姿はなかった。
星空と、防水シートに覆われた屋上に、渚の泣き声が響いていた。

「行こうか」
しばらくして、東野が渚に声をかけた。
渚はこくりと頷くと、ゆっくりと立ち上がった。

「あ、ありがとうございました」
まだ若干の嗚咽をしながら、渚が礼を述べる。

「気は済んだか?」

「・・・はい」

渚は、そっと鎖のついた石を握りしめると、胸のポケットにしまった。

「そうか、よかった」

東野は鉄の扉を開けると、校舎の中に戻ってく。

渚も後に続いた。

「あ、でも」

階段を降りながら、渚が話しかける。

「ん?」

「東野さん、一つだけ間違ってました。願いを叶える石なんて存在しない、って言ってましたけど、あれ、違ってましたね」
渚は、こぼれる涙をそっと人差し指で拭うと、微笑みを浮かべた。

「私の願い、叶いました」

「・・・・・・ああ、そうだな。参ったよ。

俺の知識もまだまだだった。本当に存在するんだな。そんな物が・・・・・・」

本心だった。

「私、でも、少し怖いんです。これから、高校時代のこと、忘れちゃうんですよね。

仲間たちの事も、洋子も、ひょっとしたら、潮君のことまで・・・・・・」

「・・・・・・シッ!ライトを消せ」

不安を払いたいのだろう。饒舌に語る渚を、東野が止めた。

二人が降りていく階段の先に、薄ぼんやりとした明かりが見える。

人工的な光、恐らく、懐中電灯か何かの光だ。

(まさか、この時間に見回りか?)

二人は階段の影に隠れ、そっと様子を窺った。

(・・・・・・おかしい。光が動かない)

東野は、渚に物影に隠れているように指示を出すと、階段を慎重に降りて行った。

3階のフロア、階段の登り際の所が、薄黄色に光っていた。

その光に、何かが照らされていた。黒い、洋服のジャケットのような・・・・・・。

(・・・・・・)

東野は息をのんだ。

人間が倒れている。ジーンズに身を固め、大の字になって仰向けになって倒れている、大柄なその男は・・・・・・。

「・・・どういうことだ」

思わず口に出てしまった。

そんなことはありえない。そう何度自分に言い聞かせても、目の前の現実は変わらない。

東野の前で倒れていたのは「南田 潮」だった。

「・・・っ!」

空気が変わった。重苦しい、まるで溶解した鉛の海の底にいるような、鈍重な感覚が周囲を取り巻いた。

星空の明かりが感じられない。

酷く喉が渇く。全身の毛が逆立ち、肌が泡立つ。

全身のあらゆる感覚器官が、身に迫る危機への警告を発していた。

(まずい。まずいぞ)

この場所にいてはいけない。

東野は渚に合流しようと、身を翻し、階段を登った。

踊り場に、窓があった。

窓ガラスから、何かがこちらを覗いていた。

逆さまになった女の顔だった。

酷く青白い顔に浮かんだその口が、ニイイっと醜く歪んだ。

(見 ツ ケ タ)

女の口が動いた瞬間、その体は一瞬で窓から下に向かって姿を消した。

そう、まるで、屋上から飛び降りたかのように・・・。

次の瞬間、地上の方から、ぐしゃり、という不快な音が響いてきた。

沈黙が辺りを覆った。

東野の心臓が、早鐘のように胸を打つ。

コツ・・・コツ・・・・・・コツ・・・・・・・・・

小さな物音が聞こえてきた。

何か、靴音のようなものが・・・。

何者かが、登ってくる。

コツ・・・コツ・・・コツ・・・・・・

靴音は、少しずつ大きくなってきた。

ベシャリ、ズルズルという何かを引きずるような音が混じって聞こえ始めた。

何かが、決して出会ってはいけない何かが、こちらに向かって進んでくる。

(ここにいてはいけない!)

窓に向かうのは躊躇されたが、今はそんなことを言っていられない。

(一刻も早く渚と合流しなければ)

東野は足を速めた、が、足が震えている。うまく走れない。

(・・・バカな?この俺が?)

歯噛みしながら、足を殴打すると、なんとか少し思い通りに動くようになった。

今まで怪奇現象にはいくつか遭遇してきたが、こんなことは初めてだった。

経験したことのないほどの脅威が身に迫っているのを感じた。

必死の思いで階段を上り、4階へのフロアから少し登ったところに、渚がうずくまっているのが見えた。

「渚、行くぞ。此処にいてはいけない」

周囲を警戒しながら渚の身を起こす。

直後、違和感を感じた。

重さを感じない。

渚の体が、服を着ているのに、まるで氷のように冷たい。

「・・・渚・・・・・・?」

東野は渚の方を振り返った

渚の顔が陥没していた。

目があるべきところには大きな穴が穿たれ、ヘドロのような脳漿が、ねっとりと滴っていた。

べっとりとした血液にまみれた髪には、ちいさなピンク色の髪留めが覗いていた。

「貴様、渚じゃ・・・」

渚じゃない。そういいかけた瞬間、女の髪が蛇のように蠢き、東野の首に巻き付いた。

「・・・っ!!」

髪は凄まじい勢いで首を締め付け、ぎりぎりと体が宙に浮く。

と、同時に、髪から濁流のように黒い感情の渦がなだれ込んできた。

怒り、嘆き、絶望、恐怖、妬心、憎悪、殺意・・・・・・。

気が狂いそうになる異常な感覚。一人の人間に受け止めきれるものではない。これは・・・

『怨霊』

過去一度だけ遭遇しかけたことがある。

1人の負の感情を核に、様々な悪霊が集合した妖魔だ。

これを超えるのは神のみ、と言っていい、通常出会いうる中での最悪の魍魎。

今、ここでそんなものに遭遇するとは・・・・・・。

(とにかく、一旦距離を取る!)

東野は、首を締め上げる髪に手をかけながら、もう片方の手で、ポケットから水晶を取り出した。

常に身に着けているアミュレットだった。

東野がアミュレットに「力」を送った刹那、水晶は音もなく崩れ、放たれた光が一瞬目もくらまんばかりに辺りを白く染めた。

次の瞬間、東野の首を絞めていた髪の力がふっと抜け、体が地面に叩きつけられた。

辺りに女の姿はない。

「・・・っぐ、がはっ」

東野は激しくせき込みながら、床に落ちた懐中電灯を拾い上げると、階段を昇って行った。

視界の端に、潮のライトがかすかに見える。

(南田潮・・・お前は・・・・・・)

未曽有の危機にありながら、東野の脳髄は冷静に今の状況を分析していた。

(知っていた。気づいていたんだ。
洋子の魂と、渚が出会ってはならないことを・・・・・・)

そして、身体を張って、渚をこの場に来ないように仕向けた。自分は一切の悪役を引き受けて、そして万が一渚がここに来てしまったとき、自分が盾になろうとして・・・・・・。

(潮、あいつは見た目ほどバカじゃない。あいつはあいつなりに考えて、自分なりの最善手を打っていたんだ)

東野は渚を、「いつまでも青春引きずり残念厨二男」だとばかり思いこんでいた自分を恥じた。

(あいつも助けてやらなきゃな。だが、今は渚だ)

酸欠に視界がぼやける中、必死の思いで階段を登る。

渚に隠れているように指示を出した物影が見えてきた。

懐中電灯の光を当ててみる。

ロッカーの影から、そろそろと顔を出す人影があった。

渚だ、今度は間違いない。

「渚、少し状況がまずい。ここから一旦出るぞ」

話しかけながら近づいていく東野の方を見ながら、渚の顔がみるみる恐怖にゆがんでいく。

「・・・?どうした?」

渚は、わなわなと震わせながら、指を東野の方に向けた。

いや、正確に言うなら、東野の、少し後ろの方を・・・・・・。

「きゃ、きゃあああああああああああああああああああ!!!」

渚の絶叫が響いた。

東野は背後を振り返った。

後ろには、巨大な闇が広がっていた。

視界の端に、黄色く濁った塊が不揃いに並んでいるのが見えた。

それが、視界をはるかに超える大きさの、何者かの口が東野を飲み込もうとしていると理解したとき、東野の体は、巨大な闇の中に吸い込まれるようにして消えた。

からん、という音がして、何かが床に落ちた。

東野が今の今まで持っていた懐中電灯だった。

「あ・・・あ・・・・・・」

渚は、がたがたと震えながら壁の際まで後ずさった。

目の前には、黒い塊が、廊下いっぱいにまで広がっている。

赤黒い肉塊がその闇をこじ開けるように蠢くと、渚の方に濁った黒い球体を向けた。

渚の方を見ているように見えた。

「あ・・・ひ・・・ひい…・・・」

腰が抜けたようでうまく立てない。

渚は震える体で、階段に向かって這いつくばりながら進んだ。

コン、という音がして、胸ポケットから、鎖のついた石が転がり落ちた。

コン、コン・・・

乾いた音を立てながら、石は階段を転がり落ちていった。

階段の先に、人影が見えた。

渚の瞳は涙でぐしゃぐしゃになり、視界は霞んで、最初それが誰かわからなかった。

人影は、足元に転がった石を拾い上げると、唐突に口を開いた。

「あら、あら、まあまあ、よくも俺の渚を泣かしてくれたもんだな。オイコラ!」

言いながら、渚たちの方に向かって歩いてくる。

「おい、てめえら、知ってるか?

ヒーローってのはなあ・・・・・・」

手にしたライトの光を、影の塊に向けてびしっと照射した。

「遅れてくるもんなんだよ!!」

とうっ、と一言声を上げると、階段を3段飛ばしで、一気に渚の目の前に立つ。

「渚、洋子、待たせたな!
スーパーヒーロー、潮様登場!!」

筋肉質の体をゆらりと揺らすと、渚の前にいる、黒い塊に対峙した。

「さっきはよくもびっくりさせてくれたな。コノヤロウ。ああ?死ぬかと思ったじゃねえか。
俺様が死んだら、てめえ俺様と同じ土俵だぞ。ああ?
てめえ、ただで済むと思ってんじゃねえぞコン畜生!」

啖呵を切りながら、ポケットから、今拾った石を取り出す。

「渚、これかい?あんたがいってた、『願いを叶える石』ってのは?」

潮は石を高く掲げ、息を一つ吸い込んだ。

「やい、くそ石!よく聞けよ。
俺様の最も最も、最っっっとも大切な気持ち。『渚への熱い思い』をくれてやる!

さあ、洋子に取り憑いたへなちょこ亡霊共を、丸めてウンコごと便所から地獄にでも叩き落としてやれ!!」

「・・・・・・潮、君?どうして」

渚は、やっと口を開いた。

潮は、がははと豪快な笑い声を上げた。

「なあに、心配するな!俺様が渚への気持ちを消せるわけねえだろ?石の魔術なんざ、ぶっちぎって・・・・・・」

「ごめん、そうじゃなくて・・・どうしてここに?」

「ああ?そりゃ、まあ、俺は渚のガーディアンエンジェルだから・・・・・・って、熱っち!!」

潮がぶんぶんと手を振った。

真っ赤に染まった鎖のついた石が、コンコンと音を立てながら転がり落ちる。

オオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

洞穴から響くような重い、呻き声のような音が辺りに響き渡った。

廊下に広がっていた顔が、ぐにゃぐにゃと揺蕩い、一瞬小さく縮んだと思うと、次の瞬間、爆発するように膨れ上がった。

闇の中から、いくつもの髑髏や、腐りかけた男女が飛び出してきた。

髑髏たちは、弾丸のような勢いで、空中を一直線に飛び、虚空へと消えていく。

そのうちの何体かが、渚と潮に向かって飛んで来た。

「いいいいいいいい?」

カタカタと歯を鳴らしながら、潮の首に咬みつこうとする髑髏を引き離しながら、潮が妙な声を上げた。

「渚、大丈夫か?」

渚に向かい、ずりずりと這い進む男の上半身と思われる肉塊を踏みつけると、潮が渚に声をかける。

渚は、ほとんど失神しかけながら、かすかに頷いた。

そうこうしているうちに、徐々に廊下を占拠していた闇が薄れていった。

そして、ほぼ霧のようになった、その中心にいた黒い塊が、潮の方に倒れこんできた。

「おっと」

潮は、その塊を抱き留めた。

「洋子、おひさ」

艶やかな髪に、ピンクの髪留めをした少女が、潮に倒れかかっていた。

その様子を、渚は少し複雑な表情で見つめていた。

返信

「願いの適う石、ねえ」
旅行サークルの第2サークルルームの中、東野はチェーンのついた小石を目の前に掲げて見せた。

入り口に「旅行サークル、秘境探検の部」と書かれたその部屋は、実質的には東野が独占しているようなものだった。

周囲には怪しげな古文書やシルバーのロザリオ、果ては和紙で作られた人形などであふれ、およそ健全な「大学生出会い系コンパサークル」といわれた旅行サークルとは一線を画し過ぎている。
 やがてこの部屋は東野に乗っ取られ、オカルト研究部にでもなるのではないかともっぱらの噂だった。
 東野の傍には、1人のセミロングの少女が、やや思いつめたような表情で東野の様子を窺っている。

「で、これを持って、その校舎の屋上に行ってみたい、と?」

問いかける東野に、少女はためらいながら頷いた。
 普段は明るく、印象的なグレイがかった瞳は、今は重い決意に支配され、伏し目がちに俯いている。

「どう・・・ですか?」
「どう、とは?」
「その石、です。何か感じますか?本当に願いを叶えてくれるのでしょうか?」
「さあ?正直俺には分からない」
「っ・・・そんな!」
「渚さん、だったね?」
「渚、で結構です」
渚、と呼ばれた少女は、きっぱりとした言葉と目線を東野に投げかけた。
「じゃ、渚。
どんな強力な呪具でも、護符でも、パワーストーンでも、それ自体が願いを叶えたり、物事を解決する事はない。
祈りを増幅したり、願いを邪魔するものを祓ったり、行動が理想どおり成されるように守護するぐらいの事なんだ。
その意味で、この石それ自体が願いを叶える、なんて事はない」

「それじゃ・・・」
「だが、この石からは力を感じる。
一見すると、ただの鉄鉱石の原石の破片ようにしか見えないし、何かの様式に従って作られたものとも思われない。
しかしこれは呪物だ。きっかけがあれば、なんらかの力を発動すると思う」
「・・・じゃ、ひょっとしたら」

「ああ、ひょっとしたら、渚の想いの実現の力にはなるのかもしれない。もしもその願いを叶えたいなら、手伝うよ。
人助けは俺のモットーだからな」

少女の眼がぱっと輝いた。
「よろしく、お願いします!」
少女は、ぴょこんとその場に頭を下げたのだった。

渚が東野に持ってきた相談とはこうだ。

高校時代、彼女の親友が、校舎の屋上から謎の転落死を遂げた。
遺書などは見当たらず、警察では事件と事故の両面から捜査を進めたが、結局有力な証拠は見つからず、捜査は困難を極めた。
こういう時の流れは決まっている。
生徒たちの動揺を治めたい、という学校側の建前と、事件化したくないという本音。
そして長期化を渋る警察の思惑が一致し、「思春期特有の衝動的自殺」、という玉虫色の捜査結果のもと、警察はその役割を終えた。
つまり彼女の死の真相は、つまるところ闇の中のまま、警察の捜査は終了したのだった。

ところが、話はこれで収まらなかった。
渚の夢の中で、夜な夜な親友が現れるようになったのだ。
なにか訴えかけるような目で、渚を見つめ、夜明けとともに消えていく。
そんなことが何日も続き、精神的にも深刻な影響が出てきた渚は、故郷の港町の占い師のもとを訪ねて助言を求めた。

その時に占い師から渡されたのが、この石だった。
なんでも、「願いを込めると、本人の最も大切な想いを代償に願いを叶える」という石らしい。
これで親友が亡くなった場所に行き、願いを込めれば、あるいは親友とのコンタクトが取れるかもしれない。
礼を述べて謝礼を払おうとする渚に、
「なあに、お代はいらないよ。なかなか面白い話を聞かせてもらったからね」
と、占い師は決して謝礼を受け取ろうとしなかった。

仕方なく、礼を述べて去ろうとすると、後ろから「ただし、タダではないけどね」という呟き声が聞こえた気がしたが、振り返ると、占いの館の扉は既に固く締まり、もう2度と開く様子がなかったという。

「願いの適う石、ねえ」
もう一度同じ言葉を呟くと、東野は石をズボンのポケットの中にしまい、ゆっくりと立ち上がった。

『この石を持って、親友が死を迎えた場所に一緒に来てほしい』

それが渚と呼ばれた少女の願いだった。
だが、1人では心細かったのだろう。
それで超常現象について造詣が深く、風変わりながら人助けが趣味、という自分のもとにわざわざ相談に訪れたのだ。

無論、東野だって、願いの適う石などという都合のいいものがこの世に存在するなどとは思っていない。
しかし、それで渚と名乗る少女が救われるというのなら、行ってみる価値はあるだろう。
帰宅しようとして、ガラリ、と扉を開け、サークル棟を出ようと廊下を歩いていると、向こうから何か口論するような声が聞こえてきた。
旅行サークル本体のサークルルームからだ。
何だ?と思っていると、ガタン!と大きな音を立てて、中から人影が飛び出してきた。

「・・・・・・渚?」

東野は思わずつぶやいた。
先ほど東野のもとを訪れていた渚だった。

「東野さん?」
渚は立ち止まると、大きな目を見開いて東野の方を見る。
と、
「渚、おい、待てってんだよ、おい!」
言いながら、大柄な男が現れた。
のっそりと扉から出てきた男は、東野の方を見ると、

「お?」

一言呟くと、好戦的な眼差しでポケットに手を突っ込んだまま、東野の方に向かって来た。

「東野さんよお。やめてくんねえかなあ?渚に変なこと吹き込むのよお」
こいつは、たしか『南田 潮』とかいう奴だ。やたら渚に絡んでは軽くあしらわれている男だ。

「・・・・・・なんの話だ?」
「ほおお、とぼけんスか?こいつを妙なオカルト話でたぶらかす事ッスよお。
こいつ、友達があんな目に会って、それをまだ忘れられねえ、ってのに。
あんたみたいなのがこいつの気持ち引っ掻きまわすの見てると、黙ってらんねえんだ!」

「やめて!もう止めてよ!東野さんには、私からお願いしたの」

渚が大声で叫ぶ。
東野はため息を一つついた、
「随分な言いがかりだな。渚の親友の魂が迷っている、というのは事実だろう。
それを何とかしたい、という彼女の気持ちにこたえるにはどうするのか、を考えるのが人間としての筋だ。
渚は故郷から占い師から助言と、それ相応の道具を手に入れた。
ならばそれを試したいのが当然。
止めるのではなく、見守るのが渚の気持ちを思う者が行うべきことだと思うが?」

「そのクソ理屈を止めろ、ってんだよ。ってかアンタ、渚とか軽々しく呼ぶなあ!」
南田はその手をポケットから出すと、猛牛のような勢いで東野の襟首をつかんだ。

「潮君!」

渚が叫ぶ。
南田はそれを無視すると、東野の首を締め上げんばかりにグッと力を込めた。

「この際言っておく。俺はてめえみたいな男、
前々からずっと気に食わなかったんだよ!
いいか、そのスカシた顔で、2度と渚に近づくんじゃねえ!」
「いいかげんにして!!」

渚が大きく手を振りかぶって、南田の頬に張り手をくらわせた。
パァン、という、風船が破れるような音が廊下に響き渡る。
何事かと、他のサークルの連中が扉を少し開けて、こちらを伺いだしているのが見えた。

「ケッ、下らねえ」

南田は東野の襟から手を離すと、廊下の壁をガンと一つ蹴りを入れて、出口へと去っていった。
「東野さん、ごめんなさい」
「・・・君が謝ることじゃない」
頭を下げる渚に答えながら、東野はポケットの中の石が、かすかに熱を放つのを感じていた。

それから数日

約束の金曜日の夜、かつて通いなれた学校への道を、渚は東野と歩いていた。

もう2度と来ることはないのではないかとすら思っていた高校・・・・・・。

日も沈み、外灯も乏しい道の先にある校舎は、渚の青春の思い出を抱擁しつつ、まるで巨大な墓標を思わせる威容で月明かりに浮かび上がっている。
何気なく屋上を眺めていた渚に、東野が話しかけてきた。
「渚、何か感じるか?」
「・・・・・・え?」

何気なく屋上を眺めていた渚に、東野が話しかけてきた。
ふ、と東野を振り返った瞬間、渚の目の端になにか動くものが見えた。

「!! ・・・・・・?」

慌てて屋上に目を戻すも、もう何も見当たらない・・・・・・。
今、確かに人影のようなものが・・・・・・。

「いるんだな」

東野の目がすうっと細くなった。
「行こう。これは返しておく」
東野はポケットから例の鎖のついた石を取り出した。
渚はそれを受け取ると、首から下げ、校門を乗り越えるべく鉄の格子に足をかけた。

在学中、一度も鍵がかかっていなかった視聴覚準備室の窓から校舎の中に侵入すると、懐中電灯の電源をつける。
まだ宿直や、用務員がいないと決まったわけではない。
二人はライトを極力床に近づけ、明かりが窓から漏れにくくすると、準備室から廊下へ、そして階段へと向かった。
照度を抑えたライトに浮かび上がる鏡や、ロッカーなどは、かなり不気味なものだったが、東野は構うことなく進んでいく。

「あ、あのっ」

東野に置いて行かれそうになり、渚は思わず前へ行く背中に声をかけた。

「あの、もう少し、その、ゆっくり。ちょっと、歩いてもらえませんか?その、怖くて」
「・・・・・・怖い?」

東野は速度を緩めると、渚を振り帰った。

「怖いというのは、その親友とやらが怖いのか?」
「・・・・・・」
渚は戸惑いを隠すように沈黙した。自分でもそんなことは考えたこともなかった。
だが、東野に指摘されたら、ひょっとしたら、そうなのか、という気持ちが沸き起こってくる。
「どうしてだ?その親友は会って話をしたくてたまらなかった相手ではないのか?」
「・・・っそれは・・・・・・そうなんですけれど・・・・・・」
「・・・・・・怖い、という感情は不安な気持ちの裏返しだ。なにかその親友に対して、後ろめたいことがあるんじゃないのか?」

静寂が場を支配する。
ややもあって、渚が口を開いた。

「・・・・・・そう、かもしれません」
「どんな気持ちだ」
「・・・それは・・・・・・」

しばらく階段を上る足音だけが辺りに響き渡った。

「話したくないなら、無理にとは言わないが・・・・・・」

「あ、あの…」
「ん?」
「東野さん・・・は、どうしてこんなに親切にしてくれるんですか?」

渚は話を変えた。
東野は、怪訝な顔で渚を振り返った。

「何を言ってるんだ?自分が付いてくるように頼んだんじゃないか」

「そう、なんですけれど・・・私なんか、そんなに、変な言い方ですけど・・・それほど仲が良いわけでも・・・・・・その…」
「人助けが俺のモットーだ、と伝えたはずだが・・・・・・」
「あ、それ!その、それは、なんで、かなあって・・・・・・」
「似合わないか?」
「あ、いえ!決してそんなわけじゃ・・・・・・」

東野は再び前を向いた。そしてしばらくしてから、一つ小さなため息をついた。

「俺がまだ小さい頃の事だ」
「あ、はい」
「俺の夢の中に、おかしなものが出てくるようになってきた」
「おかしなもの、ですか?」
「ああ、真っ黒な、巨大な闇で出来たような蛇だ。
絵本で見た、神話に出てくるヤマタノオロチのような、赤い鬼灯のような目で、俺の目を射すくめるんだ。隙あらば俺を飲み込もうとするような、憎悪に満ちた眼だった。

そして心なしか、その蛇は俺が成長するにつれ、巨大になっているような気がした。
俺は夜を恐れるようになった。
やがて俺が心のどこかで恐れていたことが起きた。
その蛇は、昼にも現れるようになったんだ。

俺が何気なく目をやった暗闇の中。それが路地の闇でも、用水路の穴の奥でも、冷蔵庫の影でも、闇がある限り奴はそこに潜み、燃えるような赤い目で俺をにらんでいた。

俺は夜とともに、闇も恐れなくてはならなかった。

そして、俺が小学生になろうかという頃のある日の事だ。

俺はその時家の中にいた。そして冷蔵庫と食器棚の間の影から、いつものように奴は俺を見つめていた。

ちょうどその時、母親が俺の前を通り、冷蔵庫に向かったんだが、突然蛇がその身を躍らせて、母親の右腕に咬みついたんだ」

「え!?でも、その蛇は・・・・・・」
「そう、俺の見た幻、只の妄想、のはずだった。

しかし母親は叫び声をあげ、その場で右腕を抑えうずくまった。
みるみる母親の右腕が赤く染まっていった。
蛇はなおもその身をくねらせ、母親の腕を締め上げた。
母親の腕があらぬ方向に曲がっていった。
母親は恐怖の表情を浮かべながら、俺の方に手を伸ばし、俺に助けを求めた。
俺はのしかかるような恐怖に耐え切れなくなり、その場を逃げ出した」

「・・・・・・え?」

「俺は泣きながら走った。どこをどう走ったかわからなかったが、当時よく遊んだ公園にいた。
そこで、俺に声をかけてくる男がいた。
公園に住み着いていた、ヒッピーのような中年のホームレスだ。
俺は訳も分からないまま、その男に今まであったことを話した。
俺の話を聞いたホームレスはすぐさま俺の家に向かい、俺の家の中に入った。
不審者を招き入れる罪悪感、なんてものは微塵もなかった。とにかくだれか大人に、力ある人間に何とかしてもらいたかった。
ホームレスは、リビングに入り込むと、何やら儀式を始めた。
母を飲み込み、キッチンで闇の蟠りと化していた蛇は、ホームレスにも飛びかかろうとしたが、なぜかそれが出来無いようだった。
やがてそいつは苦しそうに暴れ出すと、母を吐き出し、家中をのたうち回った。
遂にはその鬼灯のような目だけを残し、蛇は祓われて消えた。
ホームレスはそれを酒瓶の中に放り込み、蛇はそれっきりになった。
後には気を失った母親だけが残された」

渚は黙って聞いていた。
かける言葉がなかったといってもいい。

「そのときのホームレスの指示で救急車を呼び、幸い母親に大事はなかった。
その後、ホームレスはなにか俺に色々解説してくれたようだったが、余りに長い話になったので、子供の頃の俺の記憶には残っていない。
だが、その時に聞いた『真実を求めろ。目を背けず、恐れながらでも立ち向かえ』という言葉が、今でも俺の心に残っている。
俺は世の中で、自分のように霊障に苦しんでいる人がいることを知った。
そして、自分では何もできず、恐怖に押しつぶされそうな日常を送っているものがいることを知った。
俺はその人たちを、かつて俺がホームレスにされたように、助けたいと思った。
それ以来、俺は、真実を求めること、そして、霊障に困っている人がいれば全力で助けること、そのための力を、知恵を身に着けること、を自分の行動原理にしている。
今日の事も、それに則ってのことだ。

・・・・・・俺の話は以上だ。どうだ?納得したか?」

「あ、はい。あの・・・・・・ありがとうございました。その、話してくれて」
東野は、闇が支配する校舎の中で、懐中電灯の明かりがひときわ大きく揺れるのを感じた。渚がぴょこんと一つ頭を下げたらしい。
「あの…実は、その鬼灯の眼をもつ怪物の夢を、私も小さい頃・・・・・・」
「ついたぞ。話は後だ」

渚の話を、東野が遮った。

東野の話に夢中になっていたが、いつの間にか、二人は校舎の最上階、屋上に出るドアの前に立っていた。

「準備はいいか?」

尋ねる東野に、渚はこくりと頷いた。
東野は鍵を開けると、ゆっくりとドアを開いた。
生ぬるい夜気が流れ込んでくる。
月明かりに青白く光るシート防水の床が視界に入って来た。
懐かしい、よく放課後にたわいもない話を級友たちと話した、屋上の景色が眼前に広がっていく。
渚は東野の後に続いて、屋上に降り立った。
辺りを見回してみる。
当たり前だが、誰もいない。
だが・・・・・・

「・・・・・・ここに、いるんだな?」

東野の問いに、渚は一つ頷くと、首から鎖のついた石を外した。

渚は、一つ息をついた。そして、

「私の、一番大切な気持ちを捧げます。どうか・・・・・・」

どうか私の親友、「木江 洋子」に会わせてください、と渚が口にした。
沈黙が支配する。
何か起こる気配はなかった。

(・・・・・・やっぱり、駄目だったのかな?)

渚が戸惑っていると、東野が声をかけた。
「渚、お前の一番大切な気持ちとは何だ?具体的に言ってみるんだ」
東野の声に、渚は一瞬戸惑っていたが、やがてきっぱりと前を見て、石をもう一度、更に高く捧げた。

「私の高校時代の、仲間たちの思い出を捧げます。どうか、どうか・・・・・・」

渚がなおも言葉を続けようとした、次の瞬間。

突如石が真っ赤に染まり、猛烈な熱を発した。
同時に渚の手に、灼けんばかりの熱が伝わってきた。

「!熱っ!!」

渚は思わず石を取り落とした。

コツ、コツ・・・・・・

軽い音を立てて石が転がり、慌ててその石を拾う。
と、石の先に、小さな上靴が揃って並んでいるのが渚の視界に入った。
赤いリボンのついた上靴には、濃紺の靴下が収まり、その上には、ほっそりとした足が伸びている。

(人の足だ)

恐る恐るその顔を上げる。月光に照らされ、絹のように滑らかな両腿に、夏物の制服のスカートの裾がかすかに揺れている。

(・・・・・・まさか)

白いサマーセーターの肩には、懐かしい、二人でお揃いで、思い切って買った海外ブランドの鞄が下げられている。

(まさか、まさか・・・・・・)

肩より下にまで伸びたストレートの黒髪は、カラスの羽のように艶やかで、つつまし気につけたピンクの髪留めがよく似合っていた。
そしてその髪に包まれた、卵型の輪郭に彩られた、その顔は・・・・・・

「渚、久しぶりだね」

夜風に通る声が、懐かしく渚の耳朶を打つ。

もう、2度と聞けることの無いと思った、その、声が・・・見ることのないと思っていた眼差しが・・・・・・。

「・・・・・・洋・・・子・・・・・・」

渚はその場で膝をついた。

亡くなったはずの親友の少女が、月の光に、はにかんだ笑顔で佇んでいた。

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