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古代エジプトにおいて、神殿やピラミッド内部の照明として電気が使われていた可能性があるという。1964年、スウェーデンの古代文明研究家イーファン・トロエニーが、エジプトのデンデラに残るハトホル神殿地下室の壁画にレリーフを発見した。そこには、まるで照明電球と絶縁器を思わせる図柄が彫られていたのだ。ハトホル神殿は紀元前1世紀のエジプト王朝末期に、音楽と舞踏の女神ハトホルを祀って建てられたとされている。地上部分より地下部分の方が広く複雑な構造をしていて、問題の壁画は地下1層目から発見された。

壁画には電球らしき物体がもっとも大きく描かれている。一番目立つわりに一番謎の物体で、細長い舟と唱える学者もいれば、巨大な羽根と主張する学者もいたが定かではない。その周囲には、安定のシンボルとされる神聖なジェド柱、ナイフを両手に握っている知恵の神トート、太陽を頭に乗せた大気の神シューらが描かれているが、これらは他のエジプト壁画でもおなじみの題材として知られている。しかし電球のようなものを囲んで彼らが何をしているのか、壁画全体は何を表しているのか、そこまでは解明されていない。

だが、研究家トロエニーの仮定を元にした「照明電球を描いている」説を実際に取り入れると、図の意味が明らかになってくるのだ。中心の大きな物体は電離ガス入り白熱電球で、それがジェド柱を模した絶縁体に乗せられている。電球はソケットを通じて長いケーブルに接続されている。細長い電球のなかには曲がりくねったヘビのようなものが入っているが、古代世界でヘビは電気のシンボルとされることが多いので、話の筋は通っている。さらに、壁画の隣には正義の神ホルスへの言葉が刻まれており、一説にはホルスは稲妻の化身というから「電球説」の信憑性がますます高まってくる。大気の神シューは太陽エネルギーの原理を表し、知恵の神トートはその肩書きにふさわしく実験の管理者として見守る構図となっている。全体としては、あたりを照らす白熱電球の素晴らしさを讃えるもので、暗い地下室に刻まれたのもそのためと解釈できる。

基礎に立ちかえって考えてみると、古代エジプトでは神殿やピラミッドがさかんに建設されていたが、作業中の光源はどこから手に入れていたのだろうか。大量の石材を積み重ねて壁と天井を形成していくと、最終的には暗く閉ざされた空間となる。窓もないので、夜はおろか昼も建設作業ができなくなってしまうのだ。そして完成した後も、儀式で使用する際にはやはり光が必要になってくる。その時代にはランプや松明が存在したとされるが、不思議なことに建造物の内部でススが見つかったり、火を灯した形跡が見つかっていない。つまり、煙を一切出すことなく明かりを取り入れていたのだ。リンやマグネシウムなどの発光する元素、あるいは生物が出す光を上手く利用していたという説もあるが、そういった証拠になるものは発見されていない。もしも、仮説どおり古代エジプトに電気が存在していたとしたら、有用性は抜群に違いない。

電球の起源は1800年ごろとされている。偉大な発明家エジソンは誰もが知っているほど有名な、電気を実用化させた人物だ。だが、ハトホル神殿のレリーフが古代における電球の存在を語っているならば、発明の歴史は大きくくつがえる。証拠がないだけで人類はとっくの昔に電球を完成させていたのかもしれないが、その断片は光のない暗い地下室で現在も静かに眠っている。