小笠原諸島の南端に近い位置にある硫黄島。東西8km・南北4kmに渡るこの小島は、日米合わせて5万人の犠牲者を出した太平洋戦争「硫黄島の戦い」の舞台となった地としてあまりにも有名である。現在は一般の上陸は慰霊目的以外では禁止されているが、海上自衛隊と航空自衛隊の基地があり自衛隊員が常駐している。凄惨な歴史に裏付けされるように、この島は数多くの報われなかった霊たちがさまよい続けているという。硫黄島で任務についたことのある自衛隊員のほとんどが心霊体験をしているとさえ言われていて、就寝の際は寝室の前に水を用意するのが決まりとなっているとのことである。そうしないと霊が部屋の中まで入ってくるからである。その他にも、本土に戻る際は島にある石や砂を持ち帰ってはいけないルールがあるという。以前、調査で島に上陸した者が土産代わりに石をこっそり持ち帰ったが、その後挙動不審となり、一週間後静岡県の風穴で遺体となって発見された例もある。
硫黄島の戦いでは5万人もの兵隊が命を落とした。岩山には銃弾の跡、弾や鉄兜が未だに転がっており、戦闘機や戦車の残骸が放置されているという。硫黄島の戦いの象徴といえる地下陣地は埋もれたまま手づかずになっている場所も多く、それゆえ昼夜問わず霊が出現するとされていて、その辺を掘ると遺骨や遺品が簡単に出てくるとのことである。霊感が非常に強い隊員が硫黄島に勤務になったときの話である。夜いきなり起き上がり、夢遊病患者のようにふらふらと部屋を出て行った。同室の者が声をかけても反応はなく、そのまま歩き続けたがある地点で急に意識を失って倒れてしまった。その後意識が回復したので尋ねてみると、誰かに呼ばれたから部屋を出たのだという。倒れた地点を掘り起こしてみたところ、遺骨が見つかったとのことである。この隊員の他にも、「呼ばれた」隊員のおかげでいくつかの遺骨が発見されている。
霊の目撃談も報告されている。夜中に行進する兵隊、水を求めて徘徊する黒焦げの霊、体の一部がない兵隊がうらめしそうに窓の外から顔を覗かせている、など枚挙に暇がない。他にも航空自衛隊の飛行機に向かって手を振ってくる謎の人影(しかもその人影は立入禁止の山の上にいる)、視界不良のため飛行機が着陸をあぐねていると突然誘導灯がつき、無事着陸できたことに対して地上にいた隊員に礼を言うと、誰もライトなどつけていなかった、等がある。
こういった心霊現象は終戦から平成6年に天皇陛下が硫黄島を訪れるまで頻繁すぎるほど起こり、精神に異常をきたした隊員もいたとのことである。しかし天皇陛下が慰霊のため硫黄島を訪問して以来、その数はぱったりと減ったと言う。それまで彼らの中では戦争はまだ終わっていなかったのであろうか。だが、当時皇太子であったお人が天皇陛下となって硫黄島にお越しになられたことにより、硫黄島に残された英霊たちは、遂に戦争が終わったことを知るだけでなく、彼らの最大の使命であった「日本を守る」ことが達成されたことに喜んだに違いない。
島内の心霊現象は減ったとはいえ、未だに1万2000人もの英霊が本土への帰還を待ち望んでいると言われている。遺骨収集が国家事業となった頃もあったが、硫黄から発せられる有毒ガスや不発弾が妨げになっており、全員の帰還までまだまだ先は遠い。英霊にとって本土に戻れた時が本当の終戦なのだろう。一日も早く、平和になった日本を見てもらいたいと切に願う。

東京都小笠原村 硫黄島
24.7740241
141.3272846
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