押角峠自体がかなり険しい峠であり、トンネル開通工事に人柱として生き埋めにされた者がいるといった噂や、トンネル以外でも曰く話がある。

雄鹿戸(おしかど)トンネルは、岩手県宮古市と下閉伊郡岩泉町の境界にまたがるトンネルである。

このトンネルには1935年に竣工された。全長は579mで内部の照明は暗く、車でのすれ違いは難しい。

雄鹿戸トンネルが造られた押角峠は急勾配の険しい峠道で、トンネル開通工事が開始されるということを知った地元民達は酷く喜んだ。

しかし、険しい峠に500m以上ものトンネルを造る工事は困難を極め、次々と不幸な事故が発生したという。噂によれば、朝鮮人に強制労働を強いたという話の他、このトンネル内には人柱として埋められた人間が居るといわれる。

そのためか、雄鹿戸トンネルには前記の噂に関連した人々の幽霊が出るという。

・押角峠を通り、トンネルが近づくにつれ、頭痛と吐き気に悩まされまされる。それは峠を降りるまで続く。

・トンネルの工事を行ったのですが、その時にトンネルから人骨が現れたと
・峠の下の川の方でカップルの入水自殺があったとかそう言うお話しも聞きました。

・トンネルの入り口で車に火をつけて自殺した人間が居る。

では、こうした噂の真実はいったいどのようなものだろうか?

まず、朝鮮人による強制労働。
日本が朝鮮人に強制労働を強いたのは昭和13年制定の国家総動員法によるものである。しかし、この法制定より3年前に開通している雄鹿戸隧道での可能性は少ない。

人柱の話も人身御供は自然災害を尊視する姿勢から生まれるものであり、そうした風習は明治より廃れ、昭和の頃にはまったく見られなかったとされます。

ちなみに県立図書館にある工事記録によると、施工は岩泉町の工定組(現横屋建設株式会社)
で死者0人で完成と残されています。

しかしながら、タコ部屋労働の可能性だけは完全に否定できない。
タコ部屋とは、「他から雇用した者を監禁した部屋」の略称でありこれは、労働者を長期間拘束して行われた非人道的な環境で過酷な肉体労働を強いる事を指す言葉でもある。

もともと、タコ部屋労働は北海道開拓時代に囚人達を集めて労働を行ったものを指していたが、その後に全国的に炭鉱、鉱山、国道、鉄道、ダム、トンネル、用水路など多くの土木工事がこの労働によって行われた。
とくにトンネル工事は人海戦術で行う土木工事であり、かなりの人数の作業員を必要とするものの、望んでこの作業に従事するものは少なかったた。そのため、中には、中国人や朝鮮人などの出稼ぎ外国人などを雇用した例もある。こうした労働の際、再び回復して労働する見込みのない病人やけが人が出るなどした場合に、そのまま生きたまま埋めたという例も少なからずあったとされている。

こうした事実がある事から、雄鹿戸トンネルでも作業中にトンネル内で死者が出たのを、労働災害として認定させないために隠蔽した可能性もある。実際に、そうして隠蔽された死体が後に見つかったという事件は北海道内の幾つものトンネルで発生している。

その他には、このトンネルが無かった頃は大変険しい峠道だったということもあり、この峠では多くの死者が出る難所であったとされる。

そのせいか、雄鹿戸トンネルだけが心霊スポットというわけではなく、押角峠自体が幽霊の出没が多発する地帯であるという説もある。

現在は新たに建設された押角トンネルが通っているため、この雄鹿戸トンネルは殆ど使用されることは無くなった。しかし、今でもトンネル内には仄かな電灯が灯っており、車で通る事が可能だ。

岩手県下閉伊郡岩泉町大川
39.802274
141.658798
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