キャリーが可哀想です

「キャリー」は、スティーブン・キングの処女作の小説を原作としたホラー映画です。高校生の少女キャリーは、支配的な魔女のような母親に支配されていて、内気な性格のため、学校ではいじめにあっています。次第に怒りを心の中にためていくキャリー。やがて、学校でパーティーが催され、キャリーもドレスを着て参加します。ところが、同じクラスのいじめっ子たちが、互いに相談して、わざとキャリーをその夜の女王に選ばれるようにしていたのでした。女王に選ばれ、華やかな舞台に立つキャリー。恥じらいながら笑顔を見せるキャリーの姿が可憐ですが、いじめっ子たちは、そのキャリーに頭からブタの血を浴びせます。血まみれになって舞台に立つキャリー。すべて自分に恥をかかせるための陰謀であったということを悟ったキャリーは、完全に怒りで心のコントロールを失います。実はキャリーは超能力を持っていて、怒りを感じると、火を呼び出すことができるのでした。キャリーの怒りの火が、学校を、そして街を襲います。おとなしく、いつもおどおどしていた、いじめられっ子のキャリーの怒りが爆発し、炎となって燃え盛っていました。この小さな町の大火事はニュースになります。キャリー自身も、キャリーの母親も、自らの怒りの炎につつまれ、滅びていってしまいます。キャリーの家のあとには、「地獄のキャリー」と書かれたいたずら書きが残っていました。キャリーを演じたシシー・スペイセクの可憐な表情が印象的で、怖さよりも、むしろキャリーの悲しい運命に哀れを感じたのでした。

哀しいホラーです。

物凄く久しぶりに見たホラー映画。
原作はスティーブン・キング。
すごくおもしろかった。
が、純粋に「怖さ」という尺度だけで見たら、少し物足りないかも。
1976年の作品だけあって、21世紀を生きる人間から見たらシュールな場面やシチュエーションがあったり(とくにアメリカの高校生の校外の描写とか)、映像とか演出とかがいい感じに古臭かったのが逆におもしろかった。
恋愛・性・いじめ・宗教・超能力・家族などなどと、作品にいろんな要素が詰まっていて、一番伝えたいものが何かよくわからなかった。伝えたいものが全くないのかもしれないし、全部なのかもしれないが…
しかし、文字通り度肝を抜かれるラストを通り越し、見終わったあとの爽快感はかなりのものだった。
恐怖を誘うようなポイントは数える程にしかなかったが、数える程にしか無かったからこそ、一回の破壊力は抜群で、見るに堪えず顔が歪んだり目を反らそうとしてしまったり、心臓が止まりそうになったりした。
そういう意味ではすごくメリハリがついていた映画だったと思う。
とにかく主役の演技力が半端なかった。
BGMもシンプルな感じで良かった。
トミーのイケメンっぷりに嫉妬した。
スティーブン・キング原作の他のホラー作品も是非鑑賞してみたいと思った。
複数人で鑑賞すると盛り上がること間違いなし!! 怖いというよりも、このキャリーがとっても可哀相で切ない。
哀しいホラーです。

ラスト一発で世界を驚嘆させた名作

キャリー!公開当時はメディア各方面でラストは人に話してはいけない!というようなことが言われていました。
内容はいじめらっれこの少女キャリーが主役。そばかすだらけのキャリー。母親と二人暮しのキャリーは、母親から偏った教育をうけ、他人にたいしていつもおどおどしている。
ある日シャワー室で初潮を向かえたキャリーはわけがわからず、回りの生徒達にバカにされる。その後いじめのたくらみがあるのも知らずプロムに誘われドレスを着て参加するキャリー。
しかす舞台に上がったキャリーには地獄のようないじめが待っていたのです。そして怒りの頂点に達したキャリーは超能力めいたもので会場を壊し始めます。その後キャリーは亡くなり、
彼女のお墓にお参りに行きます。これでエンディングかと思ったときにギャーです。
この手法は1976年の時代にはありませんでした。私もそうでしたが、誰もがラスト前まで見て、何がそんなに怖いのだろう?と思いました。しかしラストでギャー!です。その後「13日の金曜日」のラストでこの手法が使われ、今では当たり前です。あの当時ホラー映画の監督といえば若手が多く、ポルノ映画の監督もアルバイトがてらにホラー映画を撮っていた時代でした。
このキャリーを撮った監督はあのブライアン・デ・パルマです。後にヒッチコックの跡継ぎまでいわれた監督です。当時のホラー映画では想像もしなかったことをやってくれました。
2013年にリメイクが作られましたが、あまり見ようとは思いません。やっぱり一番初めにやった映画が一番です。またヒロインのシシー・スペイセクもはまり役です。今となればよくぞ
この映画を創ったものだと思います。

サイコホラーなのに、人間模様が悲しい

『キャリー』(Carrie)はスティーヴン・キングの小説が原作の1976年公開の映画。
念動能力(テレキネシス)を持つ少女が、母親からの虐待と、クラスメイトのいじめによって精神不安定に陥り、その能力によって殺戮を起こし、町を破壊する物語である。
というのが一般的な解釈だが、(そしてB級にも思えてしまう解説だが)、これほど殺人者・破壊者になってしまった少女に同情・共感する映画はないかもしれない。
ユーイン・エレメンタリースクールに通う少女・キャリーは早くに父親を亡くし、新興宗教に傾倒する母親に育てられている。母親にとってキャリーはいつまでも穢れ無き少女であり、無垢な存在であることを強いられていた。少女が女性に移り変わるの一般的な二次成長すら母親は否定をし(初潮がくることや胸が膨らむ事)、キャリーは母親の顔色を伺う、暗くおどおどした性格の少女でいるしかなかった。唯一の肉親である母親から、「(母親にとっての)良い子」を強いられ続けたキャリーは自分では自我を作る事が出来ない。学校では自己意思の強い女子達にいじめられてしまう。(彼女たちはボーイフレンドといけない遊びをしたりはめを外しつつも、大人になっていく)。ある日性知識のないキャリーは自分に初潮が来た事を病気だと思いパニックに陥る。周りの少女はそれをはやし立て、いつものようにいじめていたが、それを担任の女教師が咎め、キャリーをいじめた者から罰としてプロムの出席資格を奪う。プロムに参加できなくなりキャリーを恨む者、反省してキャリーに歩み寄る者、それぞれが行動を起こしていく中、キャリー自身も担任の女教師からの勧めもあり、自分の意思を確立しようと自分でドレスを用意しプロムに参加しようとする。始めて母親と対立し、大人になろうとしたキャリーに対して、プロムで起こったことはキャリーへの悪意を持った同級生の執拗な嫌がらせ、悲惨な事件だった。折角、他人との交流を始めようとした矢先の出来事にキャリーは絶望し、結局自分には母親しかいないのだ、と失意のまま帰宅する。帰宅後キャリーを待っていたのは、自我を持ち始めたキャリーを必要としない母親だった。母親に殺される直前、キャリーは母親の顔に聖母のような笑みを見る。キャリーは幼年期を終えられず、母親との閉じた世界で朽ちて行くしかない。実際は、キャリーに手を差し伸べる人はいたはずだった。担任の女教師、声をかけてくれた同級生、しかし、キャリーの世界からはそれら全てが意地悪な、怖い人間に見えてしまい自ら世界を閉じてしまったように思える。母と離れられなかった可哀相な娘、というのが印象に残り、サイコホラーとしてよりも、人間模様に注目してしまう作品である。

主人公のルックスが凄い

観た事なくても、話はみんな知っているタイプの映画の代表作です。

「いじめられっこの超能力者が騙されてブタを血を浴びせられ、ブチ切れてみんなを皆殺しにする」話なんだろうな、という認識でしたが、まったくそのまま、少しも揺るがない内容に、逆にビックリしました。

あと、ラストのビックリシーン!

そうか、これってキャリーのシーンだったっけ!と、なんだか得した気持ちになりました。

この映画をいまさら語っても、みんな同じ話をするだけになるので手短に書きますが、やっぱり主人公のルックスが凄い。

ザ・キャリー。

シャーロック・ホームズはジェレミー・ブレット、裸の大将は芦屋雁之助、そしてキャリーはシシー・スペイセク、これ一択です。

血塗れになって遂に「完全版」になるあたり、この映画のために生まれてきたとしか思えないほど完璧なのです。

あと、クライマックスの超能力暴走シーン。

デ・パルマ以外にはこんな風に絶対しないようなユニークなスタイルで、ここだけ何度も観たくなります。

イメージではもっと残酷だと思っていたら、意外にそうでもなかったのですが、でも強烈なのは間違いありません。

らしいと言えば、冒頭のシャワーシーン。

この映画には裸がそんなに必要?と思うのですが、物凄く時間を使ってネットリと描きます。

どうでもいいところで面白かったのが、いじめっこの一人がマリオのコスプレみたいな格好で登場し、その後赤い帽子だけは何があっても脱がないところです。

彼女が登場するたび、心の中で「スーパーマリオ登場」と思ってました。

暗い青春時代

前々から気になっていたので、週末に鑑賞しました。

キャリーの悲しすぎる青春を描いた作品。

このくらいの年ごろの女の子のパワーが

炸裂している映画ですね。

全体を通して感じたのは、

行き場のない感情に折り合いが付けられなくて、

声にならない声で叫び続けているような少女たちの心と、

手におえない「女性のマイナスな感情」が根底にある、

ということです。

娘を思い通りに支配しようとするキャリーの母親も、

正義感の強すぎる女教師も、

異常な仕返しをするクラスの女子も、

罪滅ぼしのためなのか、恋人を「貸してあげる」幼馴染も、

狂気を爆発させてところかまわずぶちまけるキャリーも、

女性の持つおどろおどろしい感情を象徴するような

登場人物ばかり。

男性たちは女性のいいなりだったり、蚊帳の外な印象でした。

一番観ていてきつかったのは、

キャリーと、キャリーを叱る母親のシーン。

閉ざされた世界で、子供の心をズタズタに傷つけて

支配しようというあのシーンは、胸が締め付けられます。

あんな風に叱責される理由なんてどこにもない、

きっと心の奥底では感じていることでしょう。

でも母に愛されるためには、望む通り振る舞うしかない。

その痛々しいせめぎあいが

ひしひしと伝わってくるようでした。

それにしても仕返しとはいえ(しかも逆恨み的な)

あんな方法をとるなんて、考えることが恐ろしすぎる!

そんなことに多大な時間と労力をかけるくらいなら、

一度しかない青春時代を楽しめばいいのに!

人間はホラーそのものだなと感じた映画です。

あと、ラストシーンには本気でビビってしまいました。

キャリーで恐怖というものを知って下さい

"1976年に作られた映画です。小学生の頃テレビで放送されているのを見て以来、人生で一番忘れられない映画となっております。もちろんトラウマ映画として。今の40〜50代には、この映画によって恐怖というものを教えられたという人が、数多くいるのではないでしょうか。

いつもクラスメイトたちからいじめられている、冴えない女子高生のキャリー。彼女は狂信的なキリスト教信者の母親からも過剰に抑圧され、出口のない日々を送っています。感情は内向しマグマのように静かに溜まり続け、そして行き過ぎたいたずらが仕組まれたプロムパーティー当日、ついに彼女のパワーが爆発する——。

とにかく恐ろしいです。物理的に怖いだけでなく、キャリーをとりまく鬱屈した環境に、見ている方も心臓が絞られるように感情が内向し、怒りが爆発するシーンは自分が爆発させている感覚を覚えます。

名画だけあって昔はテレビで2年に1回くらいも放送され、ストーリーも山場も全部知っているのに、放送されるたびに見ずにはいられませんでした。最近は衛星放送が普及したせいか、まったく地上波ではお目にかかれません。

キャリーを演じたシシー・スペイセクという女優が、じつに冴えない女子高生そのものという顔をしていて偉いです。こんなお話に、いじめられるわけないだろとツッコミを入れたくなるような可愛い顔の女優を使ったら、一気に画面が嘘くさくなります。

最後に忠告をおひとつ。ラストまでけっして気を抜いてはいけませんよ。

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