目覚めることのない悪夢

「エルム街の悪夢」は、シリーズ化もされている有名な人気ホラー映画です。夢の中から襲ってくる殺人鬼・フレディ・クルーガーは、あまりの怖さに人気キャラになり、「十三日の金曜日」のジェイソンとの対決ものの続編までできてしまったぐらいです。これを見てしまうと、怖くて眠れなくなってしまいそうです。本当に夢に出てきそうなフレディです。物語は、高校生の少女ナンシーが主人公で、彼女が毎晩悪夢を見るのですが、その悪夢の中で殺人鬼が出てきて、恐ろしい顔をしたその男は、鉄のつめでナンシーを襲ってくるのです。ただの悪夢かと思うと、起きてからも、その傷がちゃんと残っています。殺人鬼は夢の中から襲ってくるけれども、殺意と暴力は現実とつながっている、これは現実だ、とナンシーは思うのですが、そのことを誰に話しても信じてもらえません。ナンシーのボーイフレンドも彼女の言うことを信じてくれません。「ただの夢だろう?」と、みんなそう言うのですが、やがて、実際に夢の中で殺人鬼フレディに襲われ、殺されてしまう人間が出てきます。その人がなぜ眠っている間に殺されたのか、誰も説明がつかないのです。夢と現実が交錯し、悪夢が現実を侵し始めます。その夢と現実があいまいになってくるところがとても恐ろしいのです。まるで、いつまでも終わることのない悪夢を見続けているような感じです。そして、フレディからは決して逃れることができない・・・。ラストも、夢か現実かよく分からないところで終わります。後味が悪く、ずっと怖さの残る映画でした。

面白かったです

結果としては、単純に面白かったです。
一応は夢の中に出てくる男の理由は成されているけれど、なぜ夢が現実になって死んでしまうのかという点は「怨念の強さ」という曖昧な理由でしかなくて、これくらいの未消化がホラーとしては好きです。
映像も綺麗で、夢の世界と現実の世界がオーバーラップして重なるようなシーンがいくつかあるのですが、そのどれもが上手くギャップを演出していて見事でした。
夢の世界のダークな世界観も嫌いじゃありません。
明確に主人公という人物はいるのだけど、結構途中までは5人が順々に主役になっていくという感じでしばらくメインの視点として描かれていた人が死んで次の人が主役に・・・という進み方だったので、次は誰?というハラハラ感が心地よかったです。
5人みんながみんな、幼稚園時代のことを忘れてるのだけど、そこまで忘れるものかしら。しかも彼らはまだ高校生なわけだし、そこまで昔な話ではないから、多少なりとも覚えていて良い気がします。
都合よく忘れていたのが、逆に奇妙でした。
結局、敵となるフレディは救いようのない最低な男なわけですが、オリジナル版ではそこそこ可哀そうな理由があるらしいです。
また、シリーズによってはコミカルだという意見も観たのだけど、今回のオリジナルしか観ていない私にはコミカルなフレディが全く想像付きません(苦笑)。
がっつりホラーの悪役を演じきってくれていました。
ただなぜ今更夢に出てきたの?というのはあるけれど。
あとなぜ親ではなく子どもたちを狙う?という疑問とかね。
そういう細かいツッコミを入れちゃいけないのが、こういう映画のお決まりです。

日本のホラー的な感じがした

ホラー映画監督の三宅隆太はいった。

「起こったことに感情を動かされることがアクションで、起こるかもしれないことに感情を動かされるのがホラーですと。」

不穏な空気の作り方とか、縄跳びの歌の件とか、日本のホラー的な感じがしたのは自分だけ?

この映画全体から漂う不穏な空気は、映画の初めにフレディが殺人の準備をしているところから始まる。そして美少女が夢の中でフレディに襲われ、間一髪のところで目が覚める。

「えっ?何、彼女に何が起こるの?」と不安になる観客、既に観客の中で恐怖という感情を芽生えさせることに成功している。

それはなかなか出てこないエイリアンや主観ショットで恐怖を煽るけどこいつもなかなか出てこないジョーズと似たものを感じさせる。

いやぶっちゃけ、フレディが登場してる場面では恐くないんだ。むしろ彼の手の凶器の効果音だったり、手だけが出てくる感じだったり、出てきそうな感じが恐いんだ。ほら、「クロックタワー」で音楽が変わった瞬間、一番恐いじゃないか、そんな感じだ。

感情移入させる人物の切り替えが最高に上手くいってるのもこの映画の特徴だと思う。それによってストーリーの予想を超えて、もう先を読ませないよ感を観客に味合わせるのである。

「夢と現実がわからなくなる」演出がとてもいい意味で心地悪くて、あのラストは最高だった。「この気持ち悪さを味わうために俺映画を見てるんだよ」と。

あと若かりしジョニー・デップの死に様が凄まじいので必見。

レビュー投稿