〈緊張と弛緩〉が非常にバランスよく配置されている

バンドミュージシャンをしているロベルトは、見知らぬ男が1週間にもわたって自分を尾行していることに気付く。その男に問い詰めているうちに誤ってその男を刺殺、さらにはその瞬間を謎の人物(気味の悪いマスクをかぶっている)によって写真に撮られてしまう。その後、自分の家の中に証拠の写真が置かれたり、部屋に侵入してきた男に襲われたりするが、恐喝されることはない。果たして姿の見えない犯人の目的は何なのか…?

この映画を見て、最近のアルジェントに何が足りないのかハッキリ分かった。〈緊張と弛緩〉だ。

〈死〉や〈殺人〉といったものは本来非日常的なもので、非日常的なものであるからこそ、一見間抜けに見える。ホラー映画において恐怖と笑いが隣り合わせのものとして描かれるのは、究極の恐怖があまりにも現実離れしていて、緊張が高まり頂点に達すると、そこから脱するには笑うしかないからだ。

「4匹の蝿」においては、この〈緊張と弛緩〉が非常にバランスよく配置されている。ところどころで、劇場内には観客の笑いが響いた。姿なき犯人に狙われるという恐怖を描く緊張〉の合間合間に、〈弛緩〉が挟み込まれる。〈神〉の登場場面もその一つだけれども、棺桶の展示即売会が最も象徴的だ。自分が死んだ後の棺桶を真剣に選ぶ人々の姿は〈死〉が日常的に入り込む滑稽さを表している。結局生きている私たちには、〈死〉は彼岸のものでしかない。彼岸のものに近付こうとする非現実な行為は、その態度が真剣であればあるほど滑稽になってしまうのだ。

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