夢を見ているような作品

デビット・リンチの作家性は「違和感」だ。音声を映像と違うものにしてみたり、明らかにその場に存在しないものを登場させたり、絶対に動かないものが、動きだしたりと明らかにおかしなことが到る所で起こっている。要するに主人公の妄想と現実が区別なしに画面上に登場するので、ピカソの絵を見るがごとし「何これわからん」となるのである。

今回のイレイザーヘッドは初っ端から妄想である。はじめの受精のメタファーらしき、謎の男がレバーを引く映像も「見知らぬところで何かが始まっている」演出は塚本信也の「鉄男」的演出だなぁと(鉄男が時代的に考えるとパクリなんだけど)思った。自分のやらかしたことではなく、第三者(神)の介入を演出することで罪から逃れたいと思う主人公を演出している(ような気がする)。

ラジエータの中の女が胎児を踏みつけ続けたり、主人公のヘンリーが胎児を千切っては投げ、千切っては投げするところは、漫画的に演出すると、「ポワンポワンポワーン」と吹き出しが出てきて演出されると思うとわかりやすい。ようするに育児ノイローゼすぎて、「こうやれたら楽なのに」と主人公のヘンリーさんは思っているわけである。

あと、彼女に赤ちゃんができたときの一番嫌なイベント「親への挨拶」が非常に嫌な感じで表現されている。この作品は監督で脚本も書いたデビット・リンチの実体験に基づく話なんだけれども、「リンチ…おまえ、どんだけ相手の親からタダならぬ悪意を感じたんだ!」ってくらいの仕上がりになっている。

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