相変わらず難解

タイトルバックだけ観ると『ドッペルゲンガー』と『アカルイミライ』が同じ監督の映画だとはとても思えないですね。

話としては相変わらず難解というか、ひょっとしてもう深い意味とかないのかなとも思うんですけど、でもやっぱりおもしろいです。ふたつの境界が曖昧になっていく過程というか、そういうのがいろんなところに孕ませてあって良かったです。

西島が殺したのかトヨエツが殺したのか、っていうのが回想と妄想の曖昧さを縫って語られていくところとか、主役二人のラブストーリーがどんどん小説じみたセリフにとって替わられていく感じとか。これは現実世界で生きるか虚構の世界で生きるか、みたいなことにもなっている気がしておもしろかったです。

オチだけ妙に計算された感じというか、“元からココだけ出来てた”って感じがしてちょっとイヤでした。安達祐実がもう片方のロープに繋がってるのはもう誰でも想像つくわけですから、敢えて見せないでもよかったんじゃないかなあって思うんですよね。

トヨエツの処理まで一気にやってしまうっていうアイディアは確かに笑えて、まあだからおもしろいのはおもしろいんですけど、予想通りすぎてイマイチでした。

二人があそこで一旦表面上「自由」を獲得してしまって、そのまま虚構くさい掛け合いをしたまんま終わった方が気持ち悪くて良かったような気がします。

それはそうと、そういえばこの映画では意外にもジャンプショットが多用されてて、しかも結構効果的だったので、そこも好きでした。

黒沢清監督が私に穿った恐怖

ホラー映画序盤の、これからとんでもない惨事が

起こることを予感させる序盤のザワザワした恐怖感、

そのの序盤の恐怖感が、鑑賞後も長年にわたって

ずっと尾を引いているという極めて特殊なホラー映画が

あります。黒沢清監督の2005年作品「LOFT」です。

「アカルイミライ」、「ドッペルゲンガー」等で黒沢清作品の

大ファンになった私は、「LOFT」にも大きな期待を

していました。劇場に監督の作品を見に行くのも

始めてのことでした。

スランプに陥り、郊外の古い一家に引っ越した

中谷美紀演じる女流作家の礼子は、豊川悦司演じる

大学教授が家のすぐ近くの沼からミイラを引き揚げて

いるところを目撃、精神的ショックでさらにスランプは

深まり、その後の惨劇をよかんさせるのですが…

中盤以降、ストーリーが全く掴めなくなり、謎めいた

ラストシーンのまま、謎の終劇、となるのです。

私は映画鑑賞中にストーリーの大切な部分を

見失うことが多いので、きっと今回もそうに違いないと

再度観てみましたが、やはり全く意味がわからない

のです。ネットで解釈を探しましたが、やはり「わからない」

という意見が圧倒的に多く、10年近くたった今も

モヤモヤした気持ちが残っています。

これは実は黒沢清監督が仕掛けた「新しい恐怖感」

なのではないかとも思います。ハリウッド映画のような

ド派手な演出で味わうリアルな恐怖感ではなく、

鑑賞後もじんわり尾を引く不気味な恐怖感、意図して

制作されたとすれば、私は10年近く監督の術中に

ハマったまま、ということになります。

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