髪切り、髪切虫

主に女性の髪が突如として切り落とされる怪事件が、江戸時代にはしきりに起きていた。これを、超自然の成せる業と想像したのが、髮切り、髮切虫と称する妖怪だ。
佐脇嵩之が描く絵巻「百怪図巻」にある髮切りは、手はハサミになっている、昆虫か甲殼類を思わせるイメージだった。一方、明治期の歌川芳藤による版画では、カバのような黒い影に描いている。
妖怪の姿を描写した文章はないものの、毛髮が失われる、原因不明の不思議な出来事には、江戸期の随筆がよく言及している。
「諸国里人談」には、元禄期の事件が載っている。伊勢国の松坂で、夜中に道を歩いていると、男女かまわず、髪を元結(もっとい)の根元から切られる事件が連続した。本人はまったく気づかず、切られた元結は、結ったまま道に落ちていたという。当時、市中でも夜は真の闇だったから、たとえば歌舞伎で、暗闇を手探りで探る「だんまり」の趣向も真に迫っていた。
何者かに、気が付ないうちに髮を切られる事件は、江戸では珍しくなかったようだ。紺屋町、下谷、小日向などでも頻発している。
室町時代の「建内記」は、このような髪切り事件の原因を、狐の仕業と考えた。「耳袋」にも、捕えたキツネの腹を裂くと、大量の髪が詰まっていたとの話がある。「善庵随筆」には、唐土の例と断って、狐媚という怪しい道士が狐を使って、人の髪を切る話はあるが、大抵は婦女子の髪を切り、男の髪を切ることは聞いた事がないと、但し書きがある。
ある人の妻が服を脱がないので、それを怪しんだ夫が、妻の寝ているときに服を脱がした所、野狐の尾のような、3尺の毛があった。妻は、夫の髪を刀で切り、逃げ出した。逃げた妻は狐の正体を顕わした。
他の随筆によれば、桐油や胡麻油を髪に塗っておくと、獣は近づけず、切られることもなかったという。
虫の仕業とする意見もあった。「嬉遊笑覧」には「髪切虫」の項が載っていて、自然界のカミキリムシを、毛髪を噛み切る魔力を持つ妖虫と考えた。これを想像上の虫ととらえた説もあり、カミソリの牙とハサミの手を持つ虫が、屋根瓦の下に潜んでいるともいわれた。これは、「百怪図巻」にある妖怪・髮切りとも符合する。
もちろん、人間が起こした事件もあった。文化年間には、実際に、髪切り犯人が捕えられてもいる。
明和には、特に大騷動が起きている。江戸から大阪まで、広範囲で髪切り事件が騒がれた挙句、大阪ではかつら屋がお咎めを受けることで終息した。
当時は、髪切虫を描いた絵が魔除けとして売られたり、まじないの歌を書いた護符を身に着けることが流行したともいう。。
また、自然に髪が抜け落ちる病気の報告もある。「半日閑話」には、ある女の頭が、しきりに重く感じられると、突然に髪がなくなる事件が載っている。同書はまた、毛髮に関する怪談も紹介している。髪を剃らずに葬った女の墓が、激しく鳴動して、地面に大きな穴が空いたという。
「醍醐随筆」によると、女が、夜に髪の毛に櫛を入た時、櫛でとく度に、髪の中から火の粉が落ちて来る。それは蛍が多く集まって、飛び散るかのようだったという。
「中陵漫録」にも、奇談が2つある。夜になると、髪がひとりでに動くという女がいた。この髪を切って熱湯に入れたところ、髪はたちまち血になったという。
少ない髪に悩む女がいた。生えてきた髪も、すぐ抜けてしまう。これは頭の鬱血が原因だと考え、栗のイガで頭を刺して、血を絞り出し、秘薬を塗ってみたら、改善したと。ただし、妙齡以上の女には効果がはないのだという。
和歌山では、流れる水で髪を洗うと、蛇に変化するとの言い伝えがある。

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