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絡新婦(ジョロウグモ)は美女に化け誘惑する妖怪である。
本来は女郎蜘蛛という表記だが「絡新婦」となったのは、「画図百鬼夜行」の鳥山石燕が、「和漢三才図会」から当てたためだと思われる。

絡新婦はよく男性を誘惑するとされており、いろいろな逸話が残されている。
江戸時代の書物「宿直草」に女性に化ける絡新婦の話がある。

◆「宿直草」の絡新婦

「急なる時も、思案あるべきこと」

ある若侍が道を歩いていたら日が暮れてしまい困っていた。里から距離があり宿もない。
どうしようかと思案しながら辺りを見回した。
すると林の中に宮があったのですぐさま拝殿に上り柱に寄り掛かりここで夜を明かそうと決めた。
かなり古い宮のようで元は朱色であったであろう玉垣は年月を経て苔に覆われていた。
外で鳴いている虫は榊を誘う嵐に応えるように鳴き、壁にかかっている蜘蛛の巣は庭の真葛の蔓と張り合うかのように付いている。
荒れているのをそのままにしているようで、今は秋なのも手伝い、よけいに悲しげに感じられる。
夜も更けて午前3時ころになっただろうか、十九歳、二十歳くらいの女性が赤ん坊を抱きながら突然現れた。
ここは里からかなり離れた場所なので、こんな深夜に女性が一人で来るはずがない。
そうか、さてはバケモノかと不安な気持ちになりながら若侍は用心して女性を見た。
女性は微笑みながら自分が抱いている子に言った。
「あの人がお前の父様ですよ。行って抱いてもらいなさい。」
赤ん坊はそのまま侍のところへやってきた。
しかし、侍は刀に手を掛けながらやってきた赤ん坊を睨みつける。
赤ん坊はそのまま母親のところへ引き返し、すがりつく。
女性は「大丈夫だから行って来なさい」と言って赤ん坊を突き放すかのように行かせる。
しかし侍が睨みつけるのでまた引き返す。
このようなことが4,5回続いたあと女性が
「それならば私が参りましょう。」
と言って女性が来るのを若侍は恐れずに刀を抜き女性を斬り付けた。
女性は「あっ」と言い、壁をつたい天井へ上がっていく。

夜が明け外の雲が白みがかったころ、若侍は壁に出来た穴に足をかけ桁をつたって天井裏を見に行った。
そこには爪先が二尺(約60cm)もある巨大な上臈蜘蛛(女郎蜘蛛)が頭から斬られて死んでいた。
人の死骸もたくさんある。
そして誰かの遺品だったのだろうか、赤ん坊だったと思っていたのは古い五輪の塔だった。
もし、焦ってこの五輪の塔を斬りつけていたら刀は折れていただろう。
焦らず女性を斬ったので良い結果となった。
焦らず熟考して女性を斬ったので助かったのである。

この他には静岡県伊豆市の「浄蓮の滝」に絡新婦の伝説がある。

◆浄蓮の滝の絡新婦

昔、ある秋の日に与一という男性が畑仕事を終えて帰ろうとしていた。
辺りが暗くなり始めたので足を早めた時に浄蓮の滝の付近で与一の足に何かが絡まった。
与一は足の自由が利かなくなりながらも何が絡まったのか不思議に思い自分の足を見た。
そこには不気味な色をした太い蜘蛛の糸が絡まり付いており、与一は驚いた。
驚き慄きながらも与一は蜘蛛の糸をなんとか解いた。
糸を解き終えて安心した与一は帰ろうとした時、何の気なしに糸を近くの木に巻き付けた。
そのまま帰ろうとした与一の横で木に巻きつけた糸が動き出し木を引き抜きそのまま浄蓮の滝の滝壺に吸い込まれていった。
愕然としながらそれを見ていた与一に声が聞こえる。

「今起きたことは一切他言してはならない。」

与一はこの命令を生涯守り、より一生懸命働くようになり、やがて名主となった。
そして滝近くの立ち入りを禁止し、近くの木の伐採も禁じた。

時が流れ与一の何代佳か後の末裔に「与左衛門」がいた。
与左衛門は代々守ってきた法度を破り木の伐採をしてしまう。
木を切ろうと斧を振り上げた時なぜか斧が手からすり抜け浄蓮の滝の滝壺へ吸い込まれていった。
与左衛門が滝壺へ斧を探しに行くとその滝壺から女性が現れ斧を返してくれた。

「私のことを話してはいけません。木を切ってもいけません。」

しかし与左衛門は酒の席でこの話をしてしまう。
数日後、与左衛門の遺体が浄蓮の滝壺から見つかった。

このように絡新婦は女性に化け男性を殺める妖怪として全国各地に逸話がある。