けち火

けち火。
それは、人魂のことである。
四国高知県で、人魂のことをけち火と呼んでいる。
新潟県佐渡にも同じように、けちと呼ばれているものがある。
けち火は、人がこの世を去るときに、強い思いや未練が残っているとあらわれるとされている。
また、亡くなっていなくても、眠っている状態で、体から魂だけ抜け出てしまい、けち火となってしまうこともあるらしい。
けち火は、怪火とも呼ばれ火の玉のようなものだとされる。色は赤いものだけではなく、青いけち火も目撃されているようだ。
大きさもさまざまで、小さいものから、番傘を開いた大きさのものまであるとされる。そのけち火の火の中には、持ち主であろう者の顔が浮かぶこともあるらしい。
このけち火は、草履に唾をつけて自分のほうへ招けば、招いたほうへやってくるとされる。草履を3回たたいても同様とされている。
人が眠っているときに、体の外へ出てしまったけち火には注意が必要らしい。
なぜなら、けち火を傷つけてしまうと、持ち主である者もけち火と同様に傷ついてしまうからだ。
こんな話が残されている。
夜の道を歩いていた一人の武士の前に、けち火があらわれた。なにかと思ったが、武士はそのけち火を持っていた刀で真っ二つに断ち切った。
武士の前からけち火は消えたが、周囲にある一軒の家の中でことは起こっていた。布団の中で寝ていた者の体が、刀で切られたような傷跡を残して息絶えていたのだ。
これは、武士がけち火を刀で切ったためだといわれている。
また、別の話も語り継がれている。
土佐の国、今の高知県での話である。
一人の男がいた。男は飛脚をしており、男の荷物には殿様へ渡す大切な書簡があった。書簡を一刻も早く届けようと山道を走っていた時に、男は運悪く山賊に出くわしてしまったのだ。
山賊は、男が持っているものを出せと要求してきた。
男は、「金はありません。殿様へ渡す書簡だけです。」と抵抗したが、書簡は山賊に奪われてしまった。
殿様宛ての書簡を失くしてしまった男は、それを恥じて自らその場で命を絶ってしまった。
それからというもの、飛脚が命を絶ったその辺りをけち火が飛んでいるという噂がひろまった。どうやら、男がけち火になってもなお書簡を探しているとされた。
村の者たちは気味悪がって、夜、そこを通ろうとする者はいなくなった。そんな様子を見て一人の男が、「自分はけち火など怖くない。けち火に、書簡があったと伝えてやる。」と嘲笑った。
「それなら今すぐに行って来い」といわれた男は、けち火が出るとされる場所へむかった。着くなり、男は大きな声で叫んだ。
「書簡があったぞ。」
そういうと、男の目の前に、ゴーッという不気味な音とともに、赤いけち火があらわれた。
急に怖くなってしまった男は、慌てて山を走り下りたが、いつまでもけち火がついてくる。どこまでもついてくるけち火に観念した男は、蚊の鳴くような声でこういった。
「書簡など、自分が持っているはずはない。」
そう聞くと、けち火はふっと男の前から消えた。
それから人々は、その山道を通るときには「書簡など持ってないぞ。」と叫びながら通るようになったとされる。
飛脚は亡くなってもなお、失くしてしまった書簡を探しているという、なんとも悲しい話である。
けち火となって、体の外へ出ていっている間は、どうやら記憶しているというか、その光景を覚えているらしい。
別の話で、男が川のそばを通っていると、道端にけち火があった。男がけち火に近づくと、けち火が転がりながら逃げていった。不思議に思った男がけち火を追いかけていると、一軒の家に入って行った。
うなされながら寝ていたその家の男が目を覚ますと、妻に、川から男に追いかけられていたと話したらしい。
けち火は自分のほうへ招いて捕まえることもできるといわれる。しかし、捕まえてしまうと命を落としてしまうともいわれている。
けち火を見ても、何もしないのが一番良いのだろう。

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