鵺(ぬえ)

鵺とは、日本の伝承上の怪物・妖怪である。
平安時代の後期に登場しており、近衛天皇時代・二条天皇時代・後白河天皇時代・飛鳥天皇時代に出現されたといわれ、
日本各地に伝承が残り、地名の由来になっている土地も多く存在している。
有名な古典「平家物語」や「源平盛衰記」「古事記」「万葉中」にも存在が記述されている、日本では知名度の高い妖怪である。

鵺のはっきりとした外見は解かっておらず、文献や資料により姿が異なる。
特徴として挙げられるのは、複数の獣の体の一部を持ち、合成したような姿をしているという事である。
平家物語では、頭がサル、胴体はタヌキ、手足はトラ、尾はヘビ。
別の文献では、背がトラ、手足がタヌキ、尾はキツネ。頭がネコで胴がニワトリという記述も存在する。

本来、鵺というのは妖怪の事ではない。
平家物語でも鵺という名称ではなく、『鵺の声で鳴く得体の知れないもの』と、記述されている事から不気味な鳴き声を表す言葉である。
現在ではこの表記が間違って認識された事により鵺は妖怪とされているのだ。
また、「鵺」には得体の知れない、つかみどころのない人物という意味もある。

鵺の鳴き声はトラツグミに似ており、トラツグミ自体が鵺だとも言われている、
トラツグミの鳴き声は、不吉で気味が悪く夜間に聞こえる事から、平安時代の人々からは凶鳥とされ忌み嫌われる存在であった。
また、一説では鵺の正体は雷獣ともいわれている。

鵺の伝承でもっとも有名なのが、鵺退治である。
退治を遂行した源頼政は実在した人物であり、2度の鵺退治を行なったとされている。
1度目は仁平1151年から1154年頃。近衛天皇が夜な夜な魘され、得体の知れない恐怖に脅えるようになった事から始まる、
この事態の中、御所の警護が奇妙な現象を目撃する、東三条の森より暗雲が鳥の鳴き声と共に御所・清涼堂を覆いつくしたのだ。
対策として、近衛天皇は僧を招き祈祷を行ったが効果は得られなかった、
そこで当時、武勇に優れ弓の達人であった源頼政が鵺退治を任命される事になる。
頼政は大江山の酒呑童子の退治を行なった源瀬光の子孫でもあったのだ。
命を受けた頼政は部下と共に神明神社で祈願を行ない、立ち込める暗雲に向かって「南無八幡大菩薩」と強く念じ弓を放った。
この弓は源瀬光から受け継いだものである。
矢は見事に命中し、落下した鵺に猪早太がとどめを刺し、無事に成就をむかえた。
頼政は鵺を討ち取った褒美として朝廷より獅子王という名の刀を下賜されている、
この刀は現存しており、重要文化財に指定された名刀である。

2度目は応保1161年から1162年頃。二条天皇は鵺の出現により体調を崩し、遂には病に伏せてしまう。
様々な薬や高名な僧による祈祷も効果がなく、最終的に頼政が退治を命じられる。
頼政の働きにより、二条天皇の病はたちどころに回復したそうだ。

諸説あるが、退治された鵺は都内を引き回され、最後には切り刻まれ鴨川に流されたとされている。
空舟に乗せられた鵺の死骸は、摂津国の芦屋に流れ着き、祟りを恐れた住民達が塚を立て祀ったそうだ、
この塚は大阪府の豊島区にあり、鵺塚として現在も残されている。
塚は明治時代に一度取り壊されているが、近隣の住民が祟りを受け懇願した為、すぐに修復が行なわれた。
鵺は京都府の清水寺に埋められたともいわれ、江戸時代に掘り起こそうとした者が祟られたという言い伝えもある。

鵺を退治した源頼政はその後、栄光に満ちた人生を過ごすが最後には戦いに敗れ、自害により死去している。

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