狐の嫁入り

狐の嫁入りは日本各地に伝わる怪異・現象の事である。
伝承や民話として数多くの言い伝えが残っており、古典にも題材として用いられている。
古い時代から庶民にも多く広まり、土地により呼び名が変わる。
怪異としてではなく現在では自然現象という考え方が一般的である。

狐の嫁入りは、主に二通りの現象の事を指す。
●天気雨
天気雨とは空は晴れているのに小雨が降る現象の事。
なぜ狐の嫁入りと言われているかというと、その昔狐は不思議な力を持ち人間を驚かしたり化かす生き物だと言われていたからである。
天気雨は珍しい現象のため、「狐の仕業に違いない、化かされているのでは…」という考えが広まったとされている。
地域により話に違いがあり、山で婚礼の儀式を行なっている狐が人々からその様子を隠すために雨を降らしているという説もある。
「狐雨」「狐の祝言」「狐の嫁取り」「狐の嫁取り雨」とも言われている。
狐の婚礼は天気雨だけではなく、虹が出た時、霜が降った時などにも行なわれると地域により言い伝えが存在している。

●怪火
暗闇の中に連なり続く炎の事。
この炎は狐火とも呼ばれ、夜間に起こり約1里先(4km)まで続くと言われている。
狐の嫁入りと言われる理由は、日本では昭和半ば頃まで式場で婚礼を行なうという習慣がなく、普及されていなかった為だと推測されている。
当時の嫁入りは夕刻に行なわれ、嫁ぎ先に向かう際に人々が列を連ね手に提灯を持って目的地まで歩いた。これが一般的な習わしであった。
この事から、「怪火のように見えるのは狐が婚礼の際に持つ提灯の灯りに違いない」
「婚礼の予定はないのに灯りを持つ行列が見えた」「遠くからは灯りを確認できるのに、近づくにつれ消えたように見えなくなった」等、
これらの解明できない現象を狐に化かされたと考えたのだ。

実際には婚礼自体は目撃されていないが、痕跡として糞が残されていた事もあると言い伝えがある。
また、地域により怪火の事を「狐の葬式」とも言われており、死者が出る予兆としている。
江戸時代には狐の嫁入りを目撃したと証言する者も現れたそうだ。
土地により「狐の祝言」「狐の嫁取り」とも言われている。

古典・伝承として、
狐の嫁入りが古典や伝承の題材として登場したのは主に江戸時代からである。
江戸時代の書物「今昔妖談集」「江戸塵拾」「怪談老の杖」等があり、
物語は、奇妙な婚礼を目撃する、最後には正体が狐だったとわかる、という流れで共通している箇所が多くあり、昼の婚礼は天気雨、夜に行なうと怪火を目撃するとされている。

一般的に広く認知されている狐の嫁入り話は狐同士の婚礼を人間が目撃する話であるが、それ以外の流れの話や伝承も複数存在している。
陰陽師・安倍清明についての記述がある「葛の葉」や「日本現報善悪霊異記」「利根川図志」には人間の男性の元にメスの狐が嫁ぐという話がある。
「今昔物語集」や「本朝故事因縁集」怪談集「玉掃木」には狐が男性の妻に化けて姿を現したという話があり、
怪談集「宿直草」にはオスの狐が人間の女性に恋慕し、女の夫に化けて契りを交わしてしまい異端の子を作ってしまうという話もある。
長野県の民話では、子狐を助けた老人の元に成長した狐が婚礼の引き出物を持参しお礼に現れたという話もある。
その他にも日本各地方で様々な形の狐の嫁入りといわれる話が存在している。
また、江戸時代の有名な浮世絵師・葛飾北斎も狐の嫁入りを題材にした「狐の嫁入図」という名の画を残している。

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