祖母から聞いた話と、自分の体験談。
自分がまだ小学校に上がる前の話。

私は大学に進学するまで、父母と兄弟、そして母方の祖母と一緒に暮らしていた。
祖母の部屋は、私達の住む母屋から庭を挟んで向かい側にあり離れのようになっていて、寝起きもそこでしていた。
祖母は、夕食は私達と同じ食卓で取ることが多かったが、酒が入ると昔話や怖い話をしてくれるので、私は夕食の時間が大好きだった。

祖母は時々、
「昨日の晩は、狸がうるさくてよく眠れなかった」
と愚痴ることがあった。
祖母の寝ている離れに、夜な夜な狸がやって来るという。
祖母が寝ていると、部屋のドアの向こうから、
「千代やぁーん、千代やぁーん」
と、祖母の名前を呼ぶらしい。
その声は日によってまちまちで、か細い女のような時もあれば、しわがれた老人の時もあったそうだ。
私が、狸はどんな姿だったのか、人間に化けていたのか尋ねると、
「気味が悪いから確認したことがない。無視して放っておくと、そのうち帰る」と言っていた。
私は「それじゃ正体が狸かどうか分からない」と指摘したが、祖母は狸だと言い切る。
「人の声真似をするのは狸と川獺だけ。川獺はこの辺にはもういない」
「放っておいてもしばらく呼び続けるが、疲れてくるのか、だんだん言葉が不明瞭になって、そのうち訳の分からない鳴き声のようになる。そこはやはり畜生だ」
とよく笑っていた。
祖母以外は、家族の誰も狸の声を聞いたことはなかった。
私はどうしても聞いてみたくて、しばらく祖母の部屋で寝泊まりしていた時期もあったが、ついに叶わなかった。

ただ一度だけ、狸が祖母を訪ねて来たのを見たことがある。
私の部屋は二階にあって、窓から祖母の離れが見えるのだが、夜中に目が覚め、そのまましばらく起きていると、外から、ズリッズリッズリッと、何かを引っ掻くような音が聞こえた。
ブラインドの隙間から外を覗くと、祖母の部屋の前に、毛むくじゃらの生き物がいた。
後ろ足で立って、前足で祖母の部屋のドアを引っ掻いているようだった。
一瞬近所のシェパードが逃げてきたのかと思ったが、尻尾の形やずんぐりした体形で、それが大きな狸だと分かった。
私は窓を開けて耳を澄ませたが、引っ掻く音ばかりで狸の声は聞こえなかった。

明くる日、昨夜のことを祖母に話したが、よく眠っていて全く気がつかなかったという。
不思議なことに、ドアに引っかき傷の類いは全く見付からず、獣の毛が落ちているということもなかった。

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