先日実家に帰ったとき、祖母から聞いた話。

私の実家は和歌山の中山間地にある。
集落の山際に寺があり、その裏手は墓地になっている。
山道に沿うように墓石が並び、シーズンには結構な人の往来があるところだ。
その墓地の奥に山の中へ通じる道がある。山の斜面に取って付けたような狭い道で、幅50センチくらい。下には小さい川が流れている。
草木が鬱蒼と生い茂り、晩秋まで蚊が発生する。山蛭が落ちてくることもあり、はっきり言って昼間でも通りたくない陰気な道だった。
5分くらい奥に進むと、少し開けた場所に出る。道幅は3メートルくらいで、斜面側には石で出来たベンチが置いてあった。
そこに並んで腰掛けていると、
「“夜這い地蔵”の話をしてやろう」
唐突に祖母が語り出した。

明治ごろの出来事だという。
その当時はこの道も、山向こうの集落に行くための主要ルートだった。
道の途中には小さなお堂に祀られた、石の地蔵様があったという。
見た目はごく普通だが、なんとこの地蔵、夜な夜な動き出しては近隣の集落に出歩き、追い剥ぎや強盗を働いたという。
何より若い女性を好み、集落の女性を襲い、強姦するという悪事を繰り返した。
それでいつしか、近隣の人々から“夜這い地蔵”と呼ばれるようになったのだという。
ある晩、集落の女性が夜道を歩いていると、突然後ろから何者かにのしかかられた。
女性の悲鳴を聞きつけた近所の百姓が、後ろから鍬で暴漢の頭を何度も殴り付けた。手応えはあったが、犯人の姿はいつの間にか消えてしまっていたそうだ。
翌日、集落の若い連中がお堂に行ってみると、夜這い地蔵の頭が壊され、首なしのようになっていたそうだ。
血気盛んな若者達、積もり積もった怒りが爆発したのか、
「もはや勘弁ならん。こんなクソ地蔵やってしまえ」
と、寄って集って地蔵を叩き壊した挙げ句、お堂に火を付けて燃やし、さらに地蔵の残骸を燃えカスと一緒に埋めてしまったそうだ。
それ以来、地蔵の悪事に悩まされることはなくなったが、しばらくは誰もこの道を通らず、通るときもなるべく足早に通り過ぎたそうだ。

「不思議な話だね」
聞き終わった私が言うと、
「実はその夜這い地蔵があったのが、今いるこの場所だ。この下に壊された地蔵が埋まっとるかもしれん」
祖母がニヤリと笑った。

初めて聞く話かつ突飛な内容だったので祖母に担がれたと思い、知り合いのお年寄り何人かに聞きましたが、確かに同じ話が集落に伝わっているようです。
まあでも、最後のは祖母の茶目っ気だと思いますが。

コメント怖い
0
6
  • コメント
  • 他の投稿