鬼一口(おにひとくち)

鬼一口(おにひとくち)

平安時代初期に成立した古典『伊勢物語』第六段に登場する鬼。
主人公である左近中将在原業平(ありわらのなりひら)が帝の母御、太皇后藤原順子に仕えていた、二条后高子という少女に恋をした。
ところがそれを察した家人が高子を屋敷の奥へ隠し、業平から遠ざけてしまった。
恋の炎に焦がれる業平は、ある夏の夜更けに高子を盗み出して二人きりで都の外へ逃れた。
芥川(現在の大阪府高槻市、京都府西京区を流域とする一級河川)のほとりまで逃げ延びた頃、高子が草に宿った露を見て「あれは何ですか」と声を発し、そこで二人はようやく初めて言葉を交わした。高子が無垢な箱入り娘であったことが窺える。
さて、やがて雲行きが怪しくなり雨が落ち始める。
北山科までたどり着いき荒れ果てた校倉(倉庫)を見つけた二人は、高子をその中に隠して業平が校倉の前に陣取り夜の番をする事にした。
弓を手に不寝番をする業平の頭上では稲妻が閃き、雷鳴が凄まじく轟いた。
荒天のせいか業平の前に追っ手は姿をあらわさず、やがて朝を迎える事となった。
さて無事に夜を明かした業平が、再び先を急がんとて校倉の戸をあけたところ隠れていたはずの高子の姿は無く、また何の痕跡も見出す事は出来なかったという。
業平は無念の思いを「白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを」(あの人が真珠ですかとたずねた時、私も露のように消えてしまっていたらこんな悲しい思いをしなくて良かったのに)という歌に託した。

また平安末期に成立した『今昔物語』巻の二十七では後半に多少の相違が見られる。
校倉に逃れた二人が寝ていると凄まじいばかりの雷鳴が鳴り響いた。ただ事ではない様子に業平は女(ここでは高子の名前は出てこない)を倉庫の奥に隠して眠ることなく夜明けを待っていた。
やがて雷鳴も治まり夜も明けたので業平が女の様子を見に行くと、女は着物と頭だけを残して校倉に潜む鬼に食われてしまった後だったという。
よく知らない土地で無闇に宿を取ると、その地に巣食う鬼に取って食われるから気を付ける様にとの教訓で結ばれている。
鬼一口の呼称は『今昔物語』に於いて校倉にかくまった女をまるで一口で食ったように消してしまった事に由来する。

江戸時代には狩野派の絵師、鳥山石燕が1780年に刊行した『今昔百鬼拾遺』のなかで鬼一口を画題として取り上げている。
画面の右上から鋭い牙を持ち大きく開いた口が現れ、その中に今まさに飲み込まれようとしている女性の着物が描かれている。地面には開いた扇子が転がり落ちる瞬間が描かれており、突然の襲撃に対して女が為す術も無く鬼の手に落ちたことを物語っている。

しかし伊勢物語に登場した二条后高子は記録によれば910年に70歳ほどで亡くなっており、物語と符合しない。
実は高子は業平との逃避行をしたちょうどこの時、文徳天皇の女御に仕える事が既に決まっていた。そのため不祥事を恐れた親兄弟に厳しく監視されていた。業平が高子から遠ざけられていたのも尤もな話である。一旦は親類の目を逃れて京を出たものの追っ手を逃れる術は無く、校倉に辿り付いた時には既にその中に高子の兄弟が待ち伏せしていた。折りしも雷鳴の轟く闇夜を衝いて荒れ果てた校倉から抜け出す事は容易であっただろう。
かくして高子は家族の手によって取り返され、業平は朝になってようやく事の次第を理解して嘆きの歌を詠んだのである。
業平の手から恋人を一口に奪っていったのは、藤原氏という強大な存在であったようだ。

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