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妖怪には人を化かすものも居れば、食い殺してしまうものもいる。
多種多様あれど、おおよそは人が恐れる対象である。
しかしこの「すねこすり」という妖怪は人に微塵も危害を及ぼす事をしない、まさに人畜無害の妖怪なのである。
概要はこうだ。雨の降る夜に道を歩いていると、スネの周りをクネクネと行き来するものがいる。そこで立ち止まろうが、気にせず歩き続けようが、それは構わずスネの周りを動き回る。これが妖怪「すねこすり」である。
ただそれだけである。
実害は無い、と言いたいのだが、お気づきの方もいらっしゃるであろう、夜道にすねの間を動き回られては、存外歩きにくい。
しかし、ただそれだけである。
初出は1935年に刊行された博物学者、佐藤清明の著書「現行全国妖怪事典」であるとされており、同著によると、「すねこすり」は岡山県小田郡にまつわる妖怪とされている。
その風貌は犬のようであり、先に述べたところからもわかる通り、とても人懐っこい性格をしていると思われる。
ただ、ゲゲゲの鬼太郎で知られる水木しげる氏は、彼の著書においては「犬のようなもの」と記しておきながら、漫画に「すねこすり」を登場させた際は、何故か猫のような風体で描いている。
正直なところ、犬でも猫でもやることは全く変わらないし、どちらかといえば寂しく暗い雨の夜道を犬猫のような動物がスリスリとまとわりついてくれるのは、むしろ心地の良いものではなかろうかとも思われる。
そのまま連れ帰って飼ってやってもよいくらいだ。
さて、この「すねこすり」の愛らしさに関して書き連ねては見たが、どうもこの妖怪、前述のような可愛いだけの妖怪というわけでもないらしい。
「すねこすり」の中には実際に害に及ぶものもいるという伝承も残っている。
岡山県後月郡芳井町に出没した「すねこすり」、正確には「すねっころがし」と呼ばれているが、こいつは夜道に人の足元にまとわりつくのではなく、足を引っ張って転ばせてくるというのだ。
だが、それだけである。
この被害に関しては、少年が転んで鼻を怪我したという記述もある。
だが、それだけである。
この「すねっかじり」と「すねこすり」の関係性は明らかにはされていないが、出没場所や行動、時間帯をみても、同じような存在であることは予想できる。
それにしても、容易に一括りにせず、危害のあるなしで、わざわざ新たな名前が与えられるあたり、地元での「すねこすり」の愛着は尋常ならぬものなのであろう。
人々の負の感情を引き出す妖怪たちの中で、この癒し系妖怪「すねこすり」、現代の殺伐とした世の中において、是非、馳せ参じて欲しいものである、と思う。