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見ればみるほど、巨大に変化する、四国地方に伝わる妖怪。「伸上り入道」の別称がある。
外見は影のようにはっきりとしない姿とされ、丸くて奇妙な石のようだったとする目撃談もある。
眼前に出現すると、見る見る内に、その像は高くなり、更に、見上げれば見上げるほど、背が高くなってゆく。伸上りも、垂直方向には伸長するが、横幅については、特に記録が残っていない。ぬりかべや海坊主といった、同じく人間の行手を阻む、他の妖怪との差異は、垂直方向にだけという点なのかもしれない。
愛媛の宇和島では、見上げている人の喉元に、噛みつくともいわれる。香川では首を締められたり、見ている人の方へ倒れかかってくるともいう。
徳島の祖谷では、竹やぶの中に、最初は1尺ほどの小さな姿で現れ、次第に大きくなって、成長し切った竹の背丈ほどにまで伸び上がるという。
愛媛の下波では、地上から約1寸あたりのところを蹴って、目をそらすと消えるという。宇和島では「見越した」と呼びかけると、姿を消してしまうといわれた。ここからも、似た妖怪の、見越し入道のバリエーションとも考えられる。
伸上りの同類には、例えば、次第高(しだいだか)がいる。
鳥取や島根、山口、広島、岡山など、中国地方にに伝わっている。
次第高は、人型の妖怪であり、目にした人が上を見上げると、次第高の背がそのぶん高くなる。伸上りと異なるのは、見下ろせば逆に低くなるという。ただし、見下ろさない限りどんどん高くなっていく。
従って、次第高に出遭ったら、目を決して上に向けてはならなかった。逆に下へ下へと目を向ければ、次第高はどんどん小さくなっていって、しまいには消え去ってしまう。
島根の江津では、次第高が出たときには、股の内から、覗き込むように、下から見なくてはならないという。
島根に伝わる伝承によれば、猟に出たときには、どんなに獲物が獲れても、次第高が現れたときに備え、弾丸を1発は残しておくならわしだったという。次第高が現われた時に、妖怪を仕留めるための要心だった。
この次第高は、猫又の親分格なのだと、江津では信じられていた。ある猟師が、次第高を仕留めると、その正体はやはり猫又だったという。
島根県三瓶山には、この類似の伝承がある。三瓶山への道を人が歩いていると、道がどんどん登り坂に変化し、人が驚いて道を見上げると、この坂全体が大きくのしかかって、その人を捕えてしまうといわれる。これは次第高が伝承されるにつれ、名称や伝承内容が変化したものとの説がある。
伸上りや次第高の仲間とされる妖怪に、「星ちぎり」がある。
やはり、見ている間に背が伸びていく妖怪で、高知の香美に出没したといわれる。幻ともいわれ、同行者には見えないともいう。正体は獣の化けたものとする地方が多く、タヌキが化けているとなどといわれるほか、愛媛ではカワウソが化けているといわれた。
他の愛媛の伝承では、カワウソそのものを伸上りともいい、大入道に化けて人を脅かしたり、肩車をしてどこまでも高くなって見せるという。
実際に、自然界のカワウソは、後脚2本で直立する習性を持つことから、警戒のために直立したカワウソの姿が、伸上りと見なされたという推測も成り立つ。
水木しげるは「日本妖怪大全」で、伸上りを、山間から迫る、巨人の影のようなフォルムに描いている。これは、伸上りのみならず、人間の形態で出現するという、次第高の特徴を加味しての判断なのかもしれない。