中編3
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父親の壱万円札

とあるお店が在る。

私は曰く付きなコレクション兼商品にまるで磁力に引き寄せられるように何度も訪ねてしまう。

そして今日も……

「やあ、いらっしゃい。今日もコレクションを見たいそうだね。存分に見ていってくださいな」

この店は会員制だ。

会員になる条件は一つだけ、いつか商品を買う事。

いつになるかは、客次第だそうだ。

特典は好きな時に品物を閲覧できる。

ここは、そんな店。

クシャクシャに丸めた後に広げた様な皺だらけの壱万円札を見つけ足を止めた。

そしてその壱万円札にはaskと値札が付けられていた。

「店主、この壱万円札はなんですか?」

「ああ、この壱万円札は……」店主の話が始まった。

壱万円札の持ち主は13歳の少年。少年には父親しかいなかった。

物心ついた時から少年に母親はいなかった。その理由は未だにわからない。

男手一つで育ててくれた父親には感謝していた。

しかし、その父親には問題があった。

父親は酒癖が悪く、飲むと手の付けようがないくらいに荒れた。

酒が抜けている間の父親はとても優しかった。

さらにもう一つ父親には問題があった。

それは働く意欲が無い事。

日中から家でゴロゴロしているだけで一切働こうとしなかった。

知り合いから紹介される日雇いの仕事も3日と続いた事はなかった。

だから少年の家は貧しかった。

食事も満足に取れなかったから同級生よりも著しく成長が遅かった。それでもたまに父親が焼いてくれる少し焦げた卵焼きがご馳走だった。

そんな少年も中学に上がると反抗期を迎えた。

ある日、酒に酔った父親と少年は口論になった。

そして父親は少年を殴った。狂った様に殴り続けた。

少年は顔を腫らしながらも抵抗した。

少年が手を振り払った勢いで、父親は倒れ箪笥に頭をぶつけた。

嗚咽をあげながら父親はのた打ち回った。必死に立ち上がろうとした。

しかし、そのまま父親は動かなくなった...

2日後、まことしやかに葬儀が営まれ、少年には正当防衛が認められた。

親戚や近所の人の白い目が辛かった。

それより何より父親がいなくなった事が辛かった。

少年は一人ぼっちになった部屋で父親の遺品を整理していた。

すると引き出しの奥から茶封筒が出て来た。

中にはピン札の壱万円と手紙が入っていた。

「君が20歳になった日に、この壱万円で2人で飲みに出かけよう。

誕生日おめでとう」

少年は泣いた。

誰もいない暗い部屋の真ん中で声を絞る様に泣いた。

父親の残した壱万円札を強く強く握り締めた。

「それが、この壱万円札です」

暫く顔を合わせていない自分の父親の顔が浮んだ。

「さて、お買い上げされますか?」

この店に来て初めて、店主に購入を勧められた。

俺は壱万円札を手に取ったが、何も言わずに店主に返した。

そしてそのまま店を出た。

手にした壱万円札の裏側に何気なく目をやると、そこには...

酒 酒 酒 酒 酒 酒

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酒 酒 酒 酒 酒 酒

酒 酒 酒 酒 酒 酒

酒 酒 酒 酒 酒 酒

酒 酒 酒 酒 酒 酒

酒 酒 酒 酒 酒 酒

と、アルコールのせいで震えた手で書かれた父親の文字がぎっしり埋まっていた。

怖い話投稿:ホラーテラー 月凪さん  

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