中編3
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『私』

俺は半渇きの頭をボリボリと掻きながら、冷蔵庫の前で立ち止まると、中からビールを取り出した。

――プシュ……

炭酸のざわめきが静まり返った室内を駆け回り、パッと消える。

時刻は、もう午前一時だ。

ここしばらく残業が続いていたため、帰宅するのはいつもこんな時間。さすがに疲れる。

俺はビールを勢いよく口に流し込むと、タバコを取り出し、火を付けた。

そのとき、薄暗いリビングの一角で、弱々しく点滅する小さな光が目に止まった。

(……携帯?)

近寄って手に取ると、それは妻の携帯電話だった。

妻はどこに行くにも、何をするにも、絶対に携帯電話を手放さない。寝るときもだ。枕元に置く姿を俺はいつも見てきた。

「フッ……珍しいこともあるもんだな」

俺は皮肉を込めてつぶやくと、何のためらいもなく、その折り畳み式の携帯電話を開いた。

「……ん?」

最初に俺の目に飛び込んできたのは、黒と赤の画面だった。真っ黒の背景の真ん中に、赤い文字で「私」と書かれたリンクが貼ってある。

ネットに繋げたまま、電源を押すのを忘れて、閉じてしまったと考えるのが妥当だろうか。

俺は好奇心に駆られて決定ボタンを押した。

1983年11月08日

生まれる。

――妻の誕生日だ。

1988年XX月XX日

幼稚園に入園する。

1989年XX月XX日

よしひこ君にいじめられる。

1989年XX月XX日

よしひこ君が怪我をする。

1990年XX月XX日

小学校に入学する。

1992年XX月XX日

よしこちゃんに無視される。

1992年XX月XX日

よしこちゃんが怪我をする。

1995年XX月XX日

ひろと君のことを好きになる。

1995年XX月XX日

ひろと君に告白する。

1995年XX月XX日

ひろと君が怪我をする。

――怪我?

1996年XX月XX日

中学校に入学する。

1998年XX月XX日

のぐち君のことを好きになる。

1998年XX月XX日

のぐち君に告白する。

1998年XX月XX日

のぐち君が怪我をする。

2005年3月12日

のりひこと結婚する。

――俺……だ。

2007年XX月XX日

のりひこが出世しない。

2007年XX月XX日

給料があがらない。

2007年XX月XX日

のりひこと喧嘩になる。

2007年XX月XX日

のりひこが嫌いになる。

2007年XX月XX日

のりひことなんていらない。

2007年XX月XX日

のりひことなんていらない。

2008年9月20日

訪問販売の人がうちに来る。

2008年9月20日

ゆうじさんというらしい。

2008年9月20日

世間話で盛り上がる。

2008年9月20日

奥さんが居るが、仲はうまくいってないらしい。

2008年9月20日

連絡先を交換する。

2008年9月21日

電話がかかってくる。

2008年9月25日

初めてのデート。

2008年9月25日

結ばれる。

2008年10月5日

結ばれる。

2008年10月20日

結ばれる。

2008年11月1日

結ばれる。

2008年11月20日

結ばれる。

2008年12月4日

結ばれる。

2010年5月30日

奥さんと別れると言ってくれた。

2010年5月30日

明日、奥さんに離婚届けを送るらしい。

2010年5月30日

私は幸せだ。

2010年5月30日

私は幸せだ。

2010年5月30日

私は幸せだ。

2010年5月30日

のりひことなんていらない。

2010年5月30日

のりひことなんていらない。

2010年5月30日

のりひことなんていらない!

2010年5月30日

のりひことなんていらないッ!!!!!!

その時、突然背後で物音がした。

振り向くと、妻が立っていた。

「……お、お前。こ……これ……」

『知リタイカ?

ソレヲ知ルニハ勇気ガイルゾ……』

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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