中編3
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第六感

私が9歳の時の話です。

朝、いつも通りに家を出て学校に向かい歩いていました。

歩き出して数分だったと思いますが、突然妙な胸騒ぎがしたのです。自分でも訳がわからず、やたらと不安な気持ちになって、なんだかこのまま学校に行ってはいけないような、嫌な予感がしたのでした。

でも、そこで理由もなく家に帰れば、間違いなく母に怒られることはわかっていたので、モヤモヤした感情を抑えながら学校に行きました。

学校では何事もなく、一日過ぎていきましたが、私は何故だか不安が治まらず、とにかく早く家に帰りたいと思っていました。

その日は寄り道せずに真っ直ぐ家に帰りました。

家に帰ると、母はアザだらけで体の所々に血が滲んでいました。

父の暴力です。

父は短気ですぐ母に手をあげる人でした。私達子供には甘い方でしたが、それでも怒ると誰も手のつけようがない程豹変する恐ろしい面があったのです。

その日の朝、私が家を出た後、父が家に戻ってきたそうです。会社には行かず、どこかで私の姿を見張っていたのでしょう

母は泣きながら

「ごめんね、〇ちゃん。お母さん、このまま家にいたらお父さんに殺されるかもしれないから、今日家を出てくよ…」

私は傷だらけの母を見ながらパニックになり、大声で泣きわめいたのを覚えています。

かなりのお母さん子だった私は母に、自分も一緒に連れていってと泣いて頼みましたが、母は

「〇ちゃん、必ず迎えに来るから待ってて…絶対一緒に住めるように頑張るから…」

と私を諭しました。

私が狂ったように泣いている横で母も相当辛い表情をしていましたが、

「〇ちゃんの好きなチャーハン作っておいたから後で食べて」

と皿をテーブルに置きました。

それから、もう一度、私を迎えに来る約束をして母は出て行きました。

父に殴られた後、家を出ていく覚悟をしながら私達子供の為にチャーハンを作ってくれていたことを思うと、今思い出しても涙が溢れてきます。

幾度となく暴力を受けていた母ですが、その日父が母にしたことはあまりに酷く、子供の私にはショックで本当に気がおかしくなりそうでした。

最近では家庭不和やDVなどの話はよく耳にするかもしれませんが、当時はまだ離婚ですら白い目で見られるような時代で、DVに対しても警察は民事不介入で大して助けてくれないというのが当たり前だったそうです。

私は、

「どうしてあの時すぐに家に戻らなかったんだろう。あの時、走って帰っていればお母さんは叩かれずにすんだかもしれないのに」

と、後々まで悔やんでいました。

昔から虫の知らせや第六感という言葉がありますが、この時に感じた強い胸騒ぎが母の危険を知らせる信号だったのだろうかとだいぶ経ってからしみじみ考えるようになりました。

人によっては、あまりにショックな出来事は忘れるように精神の防御作用が働くと言いますが、私の場合は逆で、あの日のことは今でもハッキリと覚えています。母の顔や体、真ん丸く盛られたチャーハン、段ボールに詰められた母の衣類…

母がこれ以上傷付くくらいなら、しばらく一緒に住めなくても構わないと泣きながら納得したあの日は異様に一日が長く感じました。

現在、私の家族はバラバラにはなっていますが健在です。とても有り難いことです。

もし皆さんに、強い、なかなか消えない胸騒ぎが起きるような事があったら、無視せずに直感に従ってみることをお勧めします。

それが勘違いに終われば、もちろん善しなのですが、後で悔やむことのないように…。

長い長い文章でごめんなさい。

家族内の悲惨なニュースをテレビで見る度、あの時、母に泣きついて家出を止めなくて良かったとつくづく思います

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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