長編11
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ジョン

ジョンの話を聞いてください。  

ジョンというのは俺が小学2年か3年のとき

ウチに来たゴールデンレトリーバーなんだけどね。  

来た頃はまだ子犬で、俺も抱っこしたりして小さかったんだけど 

すぐに抜かれてね、どっちが遊んでやってるのかわからないくらいになったんだ。 

小学校の頃は俺が散歩の係りで、いつも裏の土手沿いを一緒に散歩してた。 

右側が川で、左側はちょっと斜面になってて下に県道が走ってた。 

見晴らしがいいし車も通らない道だから、もってこいのコースなんだ。 

俺はそんなに大きいほうじゃなかったから、ジョンが本気で走り出せば 

引き倒されたりとか、リードを振り切ったりできたんだろうけど 

一度もそんなことはなかったよ。 

他の犬が吠え掛かってきたときも俺の前にスッと立ってね、

吠えるでもなく、ただ間に立ってじっと相手の犬を見つめるだけなんだよ。 

決して臆病じゃないんだけど、無駄に吠えないおとなしい奴なんだ。  

一人で留守番してた時、なんかの押し売りみたいなのが来たことがあってね。 

「知らない人が来たら、変な人かもしれないから    

 『母親がいるけど今手が離せないから』って断りなさい」って言われてて。  

その通りに言ったんだけど「じゃあ呼んできて」って帰らないんだよ。 

今なら「いらん。帰れ」って言えるんだけど、当時は言えなくて。  

オロオロしてたらジョンが吠えだしてね。   

それでそいつも帰っていったんだ。 

お袋に言ったら「自分も同じようなことがあった」って。 

俺たちを守ってたんだろうね。  

普段はほとんど吠えることもなかったから、 

ちゃんと相手を見て、家族の敵味方がわかってたんだと思うよ。 

「犬が怖い」って言うお客さんがきたときも 

「戻れ」って言ったら黙って小屋に戻ってたから。 

本当に頭のいい奴だったんだ。  

中学に上がったら部活が忙しくて、散歩の係りはお袋に代わったんだけど 

暗くなって俺が帰ってきたら出迎えてくれてね。 

ほんの5分くらいだけど撫でてやるのが俺の日課になってたんだ。  

高校2年の時、定期試験中で部活が休みだった日曜日に   

勉強疲れの気分転換も兼ねて、久しぶりにジョンの散歩に行ったんだ。  

いつも一緒に歩いてた土手沿いの道。  

むこうからMが歩いてくるのが見えてね。   

Mっていうのは小学校のころからの友人で、  

ウチに来た時もジョンと遊んでくれる仲のいい奴なんだ。  

俺はMに声をかけたんだけど、Mは聞こえないみたいで。  

そしたらジョンが急に唸りだしたんだ。   

「ほら、やめろ。Mやんか。一緒に遊びよったやろ。忘れたんか?」と止めたけど、 

ジョンはずっと唸り続けてる。  

「どうした?」って言おうとしたとき、ジョンは突然Mに飛び掛ったんだ。   

ジョンは、顔をかばったMの腕に噛み付いたまま顔を左右に振り回して・・。  

今までそんなこと一度も無かったし突然だったから、俺呆然として動けなくて・・。 

それまでは知らない人にさえ吠えたりしなかったし、Mとも一緒に遊んでたのに。 

他の犬に吠えられたときも、吠えることなく悠然と立っていたのに。  

ましてや、人に噛み付くなんてこと一度もなかったのに。  

Mが何か叫び声をあげて、噛み付かれた腕を「ぶん」って振ったら 

ジョンが斜面の下に振り飛ばされたんだ。   

俺はその場に倒れこんだMと、振り飛ばされたジョンが  

通りかかった車にはねられるのを呆然と見ていることしかできなかった。  

運転手や音を聞きつけた人たちが集まってきて騒いでた。  

救急車がMを運んでいくときも、まだ動けなかった。  

お袋が駆けつけたのは警察の実地検分の最中だったんだけど、 

終わってもジョンは連れて帰れなかった。  

狂犬病とかの検査をしなきゃいけないからって。  

Mのこととかジョンのことが頭をぐるぐる回って  

俺、泣いて帰ったんだ。   

親父が帰ってくるのを待ってから病院に見舞いに行ったんだけど  

Mのお母さんが「寝てるから」って会わせてくれなかった。  

Mは3日くらいで退院したんだけど、毎日学校帰りに見舞いに行ってた。  

だけどいつも寝てて会えなかったし、謝ることもできなかった。  

「ジョンはどうして急に飛び掛ったんやろ」ってお袋と話してたんだけど、  

親父は「人にケガさせたんが問題やろが!」って。「バカ犬が!」って。  

Mの両親や、あの時集まった人たちも  

ジョンのことをそう見てるのかと思うとくやしくてね。  

Mが退院して初めて家に見舞いに行った時、 

「部屋で寝てるから」って会わせてくれなかったから 

Mの両親に謝ったんだ。Mにもちゃんと謝りたいって伝えたんだ。  

「気にしなくていいから。ちゃんと謝ってくれてるのはわかってるから。    

 ケガもそんなにひどくないし、元気になったら又遊んでやってくれ」   

そう言ってくれたMの両親は、二人ともあちこちに包帯を巻いてた。  

お母さんは腕に巻いてたし、顔にもひっかかれたような傷があった。  

お父さんも頭と腕に巻いてた。  

その時はあまり気にならなかった。  

Mにケガさせたことやジョンがいなくなったことのほうが大きかったんだ。  

俺がリードをしっかり持ってたら、Mにケガさせることもなかったし  

ジョンが死ぬこともなかったのにってそのことばかり思ってた。  

定期試験が終わって、また部活が始まったから毎日は行けなかったけど  

1~2週間に1度くらいの割合で見舞いには行ってた。  

結局なんやかんやで会わせてくれなかったけど。  

Mのお母さんは行く度にケガが増えてるような気がしてた。  

着ている物にもあまり気にかけていないみたいだったし、   

玄関から見える壁に穴があいてたり壁紙が破れていたり・・。  

「ごめんね。ケガが原因じゃないけど、体調がすぐれなくてね」  

お母さんはそう言ってくれたけど、  

もしかしたらジョンのせいでMが暴れてるんじゃないかって不安だった。   

本当はケガがひどくて何か障害が残って自暴自棄になってるんじゃないかって。  

家に帰ってもジョンはいないし、親父はジョンのことを話すのさえ嫌ってたから   

家全体が暗い感じでね、ホント落ち込んでたよ、俺。   

高3の夏だから1年近くたったある日のことなんだけど、  

Mのお父さんがウチに来たんだ。  

お父さんは少し痩せたみたいだったけど、顔は明るかった。   

間隔は開いてたけど、あれからずっと見舞いには行ってたし   

会ったときは沈んだようなやつれたような感じだったから。  

「Mは大丈夫だから。(俺)君にもいろいろ心配かけたけど、もう大丈夫だから」  

お父さんはそう言って笑ってくれた。   

「Mのことなんやが、一緒に行ってほしいところがある。

 ○○(父)さんも奥さんも、(俺)君も。   

 Mとジョンのことやけん、俺が話すより一緒に聞いてもらったほうがいいけん」 

車で3時間ほどかかるということだったんで、次の日曜日に行くことになったんだ。  

詳しいことは道すがら話すからって。   

Mのお父さんが運転する車に俺たち3人が乗って向かったんだけど   

運転しながらお父さんが話してくれた。   

Mはあれからずっと暴れていたらしい。   

お父さんやお母さんにも暴力をふるうし、壁を殴ったり物を投げたり・・。  

「やけど、ジョンのせいやないよ。あいつはあの日の朝から変やった。

 起きてくるなり何かわからん声あげて暴れまわって。  

 ○○(お母さん)に殴りかかったけん、止めようとしたんやけど  

 俺も突き飛ばされて、頭打って倒れてしもて」  

Mはそのまま飛び出した後、俺とあそこで会ったってことだった。  

 

Mは退院してからもずっと暴れていたそうだ。  

寝ている時以外は言葉にならない声をあげて暴れたり、ご飯も手掴みで食べたり。 

だから会わせるわけにはいかなかったって。  

最初は精神科とかに診てもらったりしたけど   

訳のわからない病名言われるし全然回復しなくて。

  

藁にもすがる思いでいろんな拝み屋さんみたいな人に会いにいったりして  

やっとこれから会う人に巡り会えたって。 

その人の家は普通の家だったよ。 普通のカッコしてたし。  

「聞かせたい人ちゃ、こん人達ね?  なら上がらんね」って   

話し方も普通のおばさんみたいだった。  

お茶を煎れて話してくれたんだけど、お父さんの話を聞いて  

なんとなく予想してた通り霊障だったって。  

Mを暴れさせてたのは低俗な動物霊だったようで、すぐ祓えたんだそうだ。    

でも問題はそっちじゃなくて、大元のほう。  

大元をどうにかしないと、祓ってもすぐ別の低俗霊が憑くらしい。  

その大元っていうのが神使(しんし)とか眷属(けんぞく)って呼ばれる  

神に仕える存在なんだそうだ。  

神使っていうのは神の代わりに現世と接触するっていう存在で  

神と霊の間に位置して、そこらの霊よりずっと強い力をもってるらしいんだ。   

神の使いだし、祓うことなんかできないって。    

Mが暴れてた理由っていうのも、その神使を怒らせてしまって

お仕置きをされたからってことらしいんだよ。  

ずっとそばにいて見張ってるんだって、Mのことを。  

その結果、低俗霊が集まってきてるんだけどMが自分の過ちに気づかないから  

低俗霊が憑いて暴れてるのをじっと見てるんだって。  

だから怒らせてしまった神使の怒りを鎮めなきゃいけなかったんだって。  

Mが神使を怒らせてしまった理由、それは神社に祀ってある石。  

近所の神社に直径1mくらいの石があるんだけど  

注連縄って言うの?  縄に紙が挟んであるヤツ。  

あれがかかってるんだよね。  

あれ、「ここに神が宿ってる」っていう印でもあるんだって。  

「ここは現世のものが踏み入れちゃいけない」っていう印なんだってね。  

Mは前の日、その石に腰掛けて煙草吸ってたらしいんだよ。  

あそこはあまり人が来ないし、通りからは見えにくいから。  

吸ってた煙草もその石で揉み消して、吸殻もそのままだったとか。  

神の領域に土足で踏み込んで、尻で敷いた上に  

汚していったっていうのが逆鱗に触れたんだそうだ。  

だから、神使にお供えをしてキチンと謝って祀って怒りを鎮めなきゃいけないって。  

その神使ってのはウサギらしいんだけど  

ほかにも狐や蛇やさまざまな神使がいるそうだ。  

神に仕える存在だけど、神にはまだなれなくて見返りを求めるらしいんだよ。  

Mの家族もここ一ヶ月くらい毎日お供えして謝罪してたって。  

で、どうにか赦してもらえたみたいだって。  

今じゃ普通に話すし、暴れてないそうだ。  

前に暴れたとき、階段から落ちて脚を折って寝てるらしいけど  

今までの姿が嘘みたいに落ち着いてるって。  

そのおばさんが(申し訳ないけど、どう見ても普通のおばさんなんだよね)  

「でも、そのジョンって偉いよ。あんた(俺)を守るために戦ったんやから。  

 相手は低俗霊やけど、横には神使がおったんやからね。  

 神に歯向かって行ったってことやけんね」     

「神の使いが隣におるっていうのはわかってたはずやし、怖かったろうに   

 そんだけあんたを守りたかったんやろね」  

俺、泣けてね。 

「やっぱりジョンはバカ犬なんかじゃなかった」  

「俺のために身を投げ出す勇気のある立派な奴だった」ってね。  

犬とか猫とか動物は人間より劣る部分も多いけど、  

逆に人間よりはるかに優れた能力も持ってるらしいよ。  

霊とかも見えてるって言ってたから。  

帰りの車の中で、お父さんが言ってくれたんだけど   

「俺たちゃ、最初っからジョンのせいやないってわかっとった。 

 ずっと見舞いに来てくれて、謝ってくれて、申し訳ないと思いよった。    

(俺)君にゃ言わないかんって思いよったけど  

 Mがあんなやけん、言えんかった。本当に申し訳なかった。  

 やけどMはもう大丈夫やけん、また遊びに来てくれんか?」    

「ジョンのことわかってくれてた」って思ったら俺、また泣いてさ。   

お袋も泣いてたよ。親父は前向いて黙ってたけど。    

次の週、Mの家に行ったんだけど久しぶりに話したよ。  

ちょっとやつれていたし、脚はギプスのままだったけど笑って話したよ。   

あの時のこともうっすら覚えてるって。   

夢の中にいるみたいな感覚だったけど、ジョンが飛び掛ってきたのも覚えてるって。  

「ジョンはお前(俺)のことを守ったんかもしれんけど、

 俺のことも助けてくれたんやけんな。   

 動けるようになったら、ジョンにお礼言いに行くけんな」   

「あんなんなったんは自業自得やし、ジョンが止めんかったら  

 お前を突き飛ばしとったかもしれん。お前がはねられとったかもしれん」  

「ジョンは俺の恩人でもあるけん、これはその印やけん」 

そう言って腕に残った傷を見せてくれた。  

「コイツもちゃんとわかってくれてる」って思ったら、また泣いてさ。   

俺、ジョンのことでは泣いてばっかでさ。  

そんな俺を見て、Mは笑うんだよ。   

「ウチでも犬飼おうかな」って言うんだよ。  

飼ってもいいけど、ジョンほどの奴はいないからな。      

  

Mの家の事情もあるから、他の人には言えないけど  

俺たちやMの家族がちゃんとわかってるからもういいやって気がするんだよ。  

Mは高校退学した後、地元で就職してがんばってるよ。  

今でもあの神社の掃除とかやってるみたい。  

ジョンはあの後しばらくして引き取ってきたよ。  

お袋と一緒に、いつも俺たちを見守ってた庭に埋めたんだ。  

ジョンが淋しくないように、いつも俺たちの姿が見えるように。  

ウチ、また犬を飼ってるんだ。   

ジョンと同じ茶色のゴールデンレトリーバー。   

頭のいいやつだよ。ジョンにはかなわないけどね。   

立ってる姿はジョンにそっくりなんだ。  

親父はあいかわらずジョンの話はしないけど、きっとわかってるんだよ。   

俺とお袋が「また犬を飼おう」って話してるとき反対しなかったし。  

それに名前つけたの親父なんだぜ。  「ジョン・ジュニア」って。  

呼びにくいんだよ。  

俺やお袋は「ジュニア」って呼んでるけど  

親父はときどき「ジョン」って呼ぶんだよ。  

わざとか間違ってんのか俺たちも聞かないし、本人も言わないけどね。  

バカ犬呼ばわりした手前、いまさら言えないんだろうけどバレてんだよ。 

ウチの親父も素直じゃないからね。  

ジュニアはどっちで呼ばれても返事するんだけど、  

そこがジョンより頭が悪いトコだな。  

でも、もしかしたらジョンの生まれ代わりじゃないかって気もするんだよ。  

「まだまだお前たちが心配だから。俺が守ってやらなきゃ」って   

またウチに来てくれたんじゃないかってね。  

  

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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