目の前には女。
女は動かない。
そこは小さな部屋の中。
私と向き合うようにして、男が座っていた。
男はニヤニヤしながらこっちを見ている。
『何が面白い?』
『別に、何も。』
『笑ってただろ、今。』
『そうかい?』
『笑ってたんだよ。』
『だったら笑ってたのかもね。』
私は舌打ちをし、鼻で大きく息を吐きながらパイプ椅子にもたれかかった。
ギッと金属の軋む音が沈黙した小さな部屋に響く。
『ねえ。』
『なんだ。』
『何が目的?』
『何…?』
『俺とお話して、何か目的でも?』
『何を言ってるんだ。』
『面白くないなあ。飽きたよ。』
『お前今自分の状況解ってないのか?』
『何の話だい?』
コンッ
古い白熱灯に虫が激突を繰り返している。
『…お前、殺しを悪いと思うか?』
『悪くはない。』
『なぜ?』
『君だって鬱陶しい虫がいたら殺すだろう?』
『そんな次元の話をしてるんじゃない。』
『何の話?』
『人を殺すことは悪いことかって聞いてるんだ。』
『だから、悪くはない。』
『なぜだ?』
『例えば、死刑執行人や戦争をする人間を全て悪とする人はいないだろう?』
『死刑執行は法と秩序、戦争をする人間は正義に基づいているからだ。』
『法や秩序や正義に基づいたもの以外は悪なのかい?』
『法や秩序や正義は善と悪を分かつ為に作られたルールだ。』
『そもそも一個人で宗教も価値観も理念も全く異なるんだ。人生はスポーツじゃない。自分の人生をどこかの誰かさんが作ったルールなんてものに従わせるなんて傲慢すぎやしないか?』
壁に掛かった時計の秒針の音が、僅かながらに聞こえる。
私は少し考えた。
が、答えは出ない。
『…ルールがなければ暴力と混沌に満ちた世の中になってしまうだろう?』
『君は果たして今の世界を暴力と混沌に満ちた世の中ではないと言いきれるかい?』
『…言いきれないけど、そう信じている。』
『君が信じようが信じまいが僕には関係の無いことだ。違うかい?』
ふと視線を落とすと、地面に落ちた虫がもがいていた。
『君。』
『なんだ?』
『そろそろはっきりしよう。君は誰だ?』
『私は私だ。』
『では僕は誰だ?』
『何が言いたい?』
『質問に答えて。』
『答える理由がない。』
『逃げては駄目だ。』
『…。』
『時間切れ。答えを言おう。僕は君だ。君は僕だ。』
目を開けた。
目の前には女。
女は動かない。
手にはなま暖かい何かが滴る。
私は自問自答を止めた。
世界がクリアになるような、
そんな気がした。
『大丈夫、僕は間違ってない。』
怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん
作者怖話