中編4
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記憶の中の恩人

私が小学生のときの話。

例に漏れず冒険好きという典型的な男子だった私は、その日も市内にある小さな山をテリトリーに友人と冒険ごっこをして遊んでいた。

その山の麓には某有名企業の工場があり、そこはかつて旧日本軍の軍需工場であった。

それがゆえに現在でも空襲の跡が敷地内に保存されている。

話を冒険ごっこに戻すが、その山の東側中腹に天然の岩盤に鉄の扉が付けられた意味不明な場所があった。

開かずの扉として中に何があるのかと話題に上ることもしばしばあるものの、それまでは開いている光景を見たことは無かった。

いつもは錆きった大きな取っ手にこれまた錆きった鎖がぐるぐる巻きにされ、そこに南京錠で施錠されていたのだが、長年風雨に曝されたためか、その日は取っ手が朽ち落ちていた。

手で押すと、意外にも扉は簡単に開く。

錆が手に沢山付着したのを今でも憶えている。

私は大声で仲間を呼んでみたが返事はない。

一人で入るのは心細いものではあったが冒険心と好奇心が勝ったのだろう。

懐中電灯を片手に中に入って行く自分がいた。

内部は一本道だったが所々、もしかしたら等間隔であったかもしれないが、左右の壁に扉が見えた。

しかし、それらの扉には全く興味が湧かない。

私の懐中電灯の光とそれを追う視線は常に通路の最奥に向けられていた。

なぜだか分からない。とにかく奥に行かなければ…。その一心であったように思う。

ほどなくして、私は足を止めた。

突き当たりの扉には『大日本帝国陸軍……』と詳細は記憶に無いが、そのような文字を憶えている。もしかすると、まだ読めない字であったのかもしれない。

無意識に扉に手を伸ばす。

扉にもう少しで手が掛かろうか…というところで、突然肩を掴まれた。

とっさに振り向く。反射行動だ。仕方がない。

後ろにいたのは、軍人そのもの。私の肩を掴む先頭の上官らしき人の後に4人が続いているようだ。

その冷たい視線は私にではなく扉に向けられている。

恐怖で動けない私に上官らしき人がゆっくりと視線を向け扉の錠を指差した。

私は震える指先でやっとの思いで錠を『開』に回すと、彼らは扉をすり抜け中へ入って行った。

最後の人は少し強張った表情を見せながらも律儀に一礼して入って行く。

そのどこか寂しげな後ろ姿に、私はそれまで感じていた恐怖以上に悲しみに包まれていた。

子どもながらに、

『あぁ…。この人たちは、もう二度とここから出られないのだろうな…』と。

なぜかそう思えて、涙を流していた。

その後、暫く扉の前で動けずにいた。

腰が抜けるという経験を初めて味わったが、何とか立ち上がると扉に背を向け帰ろうと足を踏み出したときだった。

扉が『ドン!』という音…いや轟音というべきか…、すざましい音と共に開け放たれた。

衝撃で私は飛ばされたようだった。

何が起きたのか理解できない。

懐中電灯も壊れたのか光を放ってない。落としたのであろう、どこにあるか分からないない。

真っ暗闇である。

後ろを振り返るとあの扉の部屋であろう、なぜかその部屋だけ明るいのが確認できる。

普通は通路にも漏れた光で多少の視界が確保できるはずであるが、他は何も見えない。

暗闇の中に四角い入口だけが見える状態である。

四角の上部からゆっくりと何かが下がり降りてくる。

顔?

口は確認できるが、目や鼻は見えない。髪の毛も生えてないようである。

とにかく人間の顔を構成するパーツが足りない人間以外の何かだ。

そして、そいつは落ちるように腹這いで着地した。

私を何らかの感覚で確認したのであろう。

猫が獲物に飛び掛かろうとするさまを思い描けば分かりやすい。

今にも、私めがけて飛び掛かろうとしている。

私は目をつぶった。半ば諦めていたのだろうか。

10秒くらい目を閉じていた。ゆっくりと瞼をひらくとそいつの背中に銃剣が突き立っているのが見えた。

動きは完全に止まっている。

その傍らに最後に一礼したあの軍人が佇んでいた。

ゆっくりと光が左右から閉じて行く…。

完全に閉じると同時に後ろから光が差し、座り込む私の長い影を作っているのに気が付く。

落ちていた懐中電灯を手に取り出口に向けた瞬間、私の目の前の視界に天井が映し出された。

病室の天井だった。

聞いた話だと私は、入口からあそこに入ったのではないらしい。

天井部分が抜けて転落したようだった。

私が落ちていたのは最奥。

五人の旧日本兵と思われる遺体が発見され、一体の動物のような骨格をした生き物の骨が見つかった。

私が転落したところにミイラ状態の軍人の遺体があったそうで、それがクッションになり大事には至らなかった事実を聞かされた。

その話に、私が涙を流した理由を知る者は、この文を読んだ人以外にはいない。

このような馬鹿けた話は、これからもすることはないだろう。

ただ、私には命の恩人がいる。

その人が死んでいた人間であるとしても、その事実は私の記憶の中で変わることはない。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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