中編3
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ある日のハイキング

久しぶりに会社から休暇を貰うことができた俺は

妻を誘ってハイキングに行くことにした。

当日は綺麗に晴れ渡った。

昨夜の雨の名残か、水滴の多い草の上を歩きながら

ふとこれまでのことを考えた。

思えばここ数年は仕事仕事とあまり家のことを構わなかった。

息子二人はもう何年か前に独り立ちし

本当なら夫婦仲良く旅行にでも行けたはずだったが

俺の遅い昇進のせいでなかなか決行できなかった。

特に不仲だったわけではなかったが

昔のような愛情はお互いに薄れていただろう。

その申し訳なさを埋めるために今日のハイキングがある。

というのも間違いではないし、どうやら妻もそれをわかっているようだった。

たまに目が合ってはお互いに笑顔がこぼれる。

そんな久しぶりな清々しい気持ちに俺は高揚していた。

しばらく歩くと少し広めの場所に出た。

木々が疎らに生え、それを囲むように大きめの獣道が円を描いていた。

妻によれば、ここをベースに山菜を採ってまわるのがベストだそうだ。

荷物を下ろし、さっそく山菜を摘んでいく。

もちろん妻に教えてもらいながらだったが。

妻はとてもたくさんの知識を持っており

「そこまで育ったのは苦い」や

「よく似てるけどこれは食べられない」とまで教えてくれた。

どこで知ったのかを聞くと、はにかみながら「婦人会で…」と答えた。

今更ながら、彼女を伴侶に選んでよかったと、深く思った。

しばらく妻による山菜講座を受けたのち、分かれて採ることになった。

なんでも「たくさん集めて、息子たちにあげる」とのことらしい。

俺は妻とは反対の方に進むことにした

そうすればいずれまた会うはずだからだ

一度見つけられるようになると

あとはまるで誰かが準備してくれたかのように

簡単に見つけられるようになるのが可笑しかった

探すのに夢中だったせいか

腰の痛みを覚えて初めてずっと屈んでいたことを思い出した。

体を起こし、軽く左右に捻る。

それだけで、随分と楽になった。

と、その時だった。

ふと視界に見慣れないものが映った気がして視線を戻す。

そこにはドラム缶が立てた状態で放置されていた。

不法投棄か?なんて考えながら近づいていき、俺は腰を抜かした。

ドラム缶の中に誰かいる…

思わず後退りし、じっと見つめ合った。

同時に喉の奥が膨らむような感覚。

と、そこであることに気が付き

ため息とも失笑ともつかない声を出してしまった。

それは作り物の首だった。

美容室や床屋にあるような首から上だけの模型が

蓋のあるドラム缶の上にのっていただけだったのだ。

近づき、「脅かすなよなー」と照れ隠しに誰にともなく呟いた。

こんなものを道のど真ん中に通行止めみたいに置きやがって。

これが後ろ姿だったら人形か人間かわからなかっただろう。

楽しい、ウキウキ気分はどこかに飛び去ってしまい

それ以上先に進む気も山菜を探す気も失せてしまった。

来た道を戻り、荷物を置いたシートの上に座り

ぼんやりと妻の帰りを待った。

かなり深くまで探しに行ったのか、しばらく待っていると

自分の、入り、出てきた道から妻がやってきた。

遅かったなと声をかけると

「道なりに進んだのに」と言われ、途中でリタイアしたことがバレてしまった。

面目を保つため、例の生首の話をすると

「私も驚いたわ。目が合ったと思って…」

と言った。やはり誰でもあれを見ると驚くものなのだ。

まったく悪質極まるなと少しばかり不機嫌になっていたのが分かったのか

「今日は楽しかった」と言って妻が笑った。

その笑顔は綺麗だったが、同時に

「もっと遊んでくれないと、まだまだ満足できないわ」

と書かれており、俺は苦笑しつつも、これからはもっと妻を愛そうと思った。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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