中編5
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煙草

私は煙草が止められない。私にとって、なくてはならない物。

煙草で自分を保っている。

幼い頃、火事になり家族を失った。

放火だった。

思い出の家と、家族が炎に包まれ焼けていった。

運良く私だけが助かった。

救急車に運ばれる時、野次馬の中に恍惚の表情を浮かべる男と目が合った。

男の表情は今でも忘れられない。

次の日、その男は放火の疑いで逮捕された。

許せなかった。

あの男は笑いながら私の全てを灰にした。

子供心に復讐を誓った。

大人になり、男は終身刑で復讐の機会がないことを知った。

あの時から、私は何も変わらない。

憎しみは薄まる事はない。ただ、一つだけ昔と変わった事がある。

あの時の、男の表情と気持ちを考えるようになった事。

一人の時は必ず、男の事を考える。

何故、火を点けたんだろう?

火を点けた時は、どんな気持ちだった?

私を見て、どう思った?

いくら考えても答えが出なかった。

その頃から、煙草を吸うようになった。

近所で火事が起こった。

心がざわめいた。

我を忘れ現場に向かった。

燃えてゆく家。

立ち上る黒煙。

記憶と重なっていく。

何故か、無性に煙草が欲しくなった。

我慢が出来ない。

後ろ髪を引かれつつ、その場を後にした。

帰り道、ウィンドウには目をギラつかせた私が映っていた。

不思議な胸の高鳴りを抑え、帰路を急いだ。

その日は眠れなかった。

自分の全てを奪った炎を考え、落ち着かず煙草を吸い続けた。

次の日も近所で火事が起こった。

居ても立ってもいられず、家を出た。

サイレンの音に胸が高鳴る。

煙の匂いが足を早める。

火事を目指し、現場に向かった。

炎から目を離せない。

離す気にもならない。

野次馬を掻き分け、特等席に立った。

禍々しい炎に、引き込まれそうになる。

近付き過ぎて、消防士に止められ我に帰った。

消防士、それに野次馬が不振な目で私を見ている。

仕方なく、重い足を引き摺り、その場を後にした。

昨日と同じく、落ち着かない。

酒を煽り、煙草に火を点ける。

今の自分が気になり鏡を見る。

唇を歪ませ、ギラギラと目を輝かせる私がいた。

眠気が訪れるまで、煙草を吸い続けた。

次の日のニュースで、二件の火事の原因は、放火だと知った。

胸が大きく脈を打った。

あの時の答えを得られるかもしれない。

どうしても、放火魔に会ってみたくなった。

それからも、火事は頻繁に起こった。

その度に、現場に足を運んだ。

幾度と眠れない夜を過ごし、煙草の数が増えていく。

いつもの様に、現場に行くと、野次馬の中に私と同じ顔をした人を見つけた。

よく見ると、いつも野次馬の中に居た人だった。

惹き付けられるように近付き、声をかけた。

色々な事を話した。

驚く程、自分の境遇と似ていた。

初めて自分と同じ人間を見つけた気がして嬉しかった。

彼も同じ気持ちだと言った。

好きになるのに、時間はかからなかった。

二人で居る時は楽しかった。

孤独な自分にとって、一緒に居てくれる事が堪らなく嬉しかった。

彼と居る時だけは、煙草を忘れられた。

ただ、私達が狂ってる事も解っていた。

会話は殆どが、火事や放火の事。

それでもいいと思い、二人で時を過ごした。

幸せだった。

やがて、少しずつ私達は変わって行った。

幸せな時を重ねて行く中で、復讐心が薄れ火に対する興味がなくなって行った。

ある時、彼が息を切らし興奮しながら、仇が見つかったと言った。

幸せの中で、忘れかけていた何かが蠢くのを感じた。

彼は復讐してやると言い、私が止めるのも聞かず、行ってしまった。

落ち着かない。

心配で堪らない。

幸せが、何処かに行ってしまいそうな気がして怖い。それに、何かを期待するような感情が湧いてくる。

やっと、彼が帰ってきた。彼は、目をギラつかせ笑っていた。

それに、焦げたような匂いがした。

匂いで、何をしてきたか解った。

彼の顔を見て、悟った。

幸せは何処かに行ってしまった。

その日を境に、彼は変わってしまった。

いや、昔の彼に戻ってしまった。

彼が口にするのは、復讐の時の事だけになった。

どうやって、犯人を殺したか。

止めは燃やしてやった。

火を点けた時は、快感だったと。

彼は私に語り続けた。

話を聞く内に、私も昔に戻っていく気がした。

止めていた煙草を、また吸うようになった。

いつからか、彼が私を見る目がおかしい事に気が付いた。

その目は、私の全てを奪った男とそっくりに見えた。彼の事が怖くなった。

それよりも、何かを期待する自分が怖かった。

いつか私も彼に……

彼に気を許す事が出来なくなった。

それでも、彼が好きだった。

恐れていた事が現実になった。

彼が、寝ている私の布団に火を点けた。

熱と痛みに飛び起きた。

右腕がジリジリと焦げていく。

半狂乱で転げ回り、火を消した。

必死な私を、目を輝かせ見ている彼が怖かった。

事が済んだ後、彼が謝ってきた。

悪かった。

好きで好きで、仕方なかった。

想い続けた人間に火を点けるのは快感だ。

恨みも愛も同じだ。

お前もやれば解ると。

煙草に火を点け彼を許した。

窓に映った私は、彼と同じ顔をしていた。

それから私は完全に変わった。

考える事は一つだけ。

彼に火を点けると、どんな気持ちがするか?

何度も実行に移そうとした。

一度でもやると、引き返せなくなる事は解っていた。その度に、煙草を吸い踏み留まった。

元に彼は、何度も私を燃やそうとした。

それでも、彼が好きで離れられなかった。

煙草の量だけが、際限なく増えていく。

少しずつ焦がされていく日々の中で、ある事に気が付いた。

私は、煙草が吸いたかったのではなく、煙草に火を点けるという動作が自分を抑えていた事に。

そして今日も私は、寝ている彼を見ながら煙草に火を点けた。

怖い話投稿:ホラーテラー 月凪さん  

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