長編10
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ナイトゴーントと刺客

これは「ナイトゴーントへようこそ」というお話の続きで、ちょっとした短編です。

でも「ナイトゴーントへようこそ」を読まずに、こっちから読み始めても全然問題ないです。

桐谷は痩身で、その横顔からは時折老獪な知性を覗かせた。

壁にもたれかかるように、ページをめくるその姿は、経験豊かな知識人を思わせる。

「最近のテレビはすごいらしいな」

桐谷が唐突に口を開いた。

そこで傍らにいた少年・上田の頬がわずかに反応した。

桐谷の言葉から「テレビ」なんて言葉が聞こえたのが意外だった。

「怪談ものに出てくる女の幽霊はたいてい、長くしなやかな黒髪だろ?

最近のテレビでは、その一本一本をつぶさに映し出すことができるらしい」

そこで桐谷は本を閉じた。

「技術の進歩ですね」

上田はそれとなく返事をした。

「確かに、技術は進歩している。だが、いささかやりすぎな気もする。

フィルム映画のいいところは、黒がべったりと落ちているところなんだ。

黒の中に余計なもんがごちゃごちゃしていると、色気もくそもあったもんじゃない」

桐谷は力説するでもなく、どこか悟ったような口調だった。

「感度が高くなりすぎているんだ、映像にしろ、今の社会にしろ。

未知の部分、空白の余韻を楽しむ、ということを彼らは毛頭考えていないのかもしれない」

上田にはその「彼ら」が誰を指すのかが分からなかった。

「闇は闇だ。光の届かない場所は確かにある。

そこに何がいるのか想像するのは、なかなか風情のあることじゃないか」

しばらくの沈黙の後、二人は歩き始めた。

二週間前、上田は妙な広告を目にした。

「バイト募集

業務内容:決められた順序に従い、指定された場所に水をまく

報酬:三十万」

最初、道端でそのチラシが配られているのを見た時、上田は何かの冗談だと思った。

「んだ、これ・・・・?」

チラシに書かれている電話番号に掛けると、応対の女性は詳細事項を説明した。

そのバイトのある日は部活があったが、仮病を使い、電話で聞いた場所へ出向いた。

「やっぱり、こんなバイト本当はないのかな・・・・」

上田は待ち合わせの公園で、チラシを眺めながらうろついていた。

「場所を間違えたってことも・・・・でも確かにこの公園のはずなんだけど・・・・」

「おい」

不意に声を掛けられ、上田は思わず声をあげそうになった。

「合言葉を」

「ナイトゴーント」

これは電話の女性から聞いた合言葉だった。

「結構、よく来てくれた。では早速、手順を確認する

今から君に渡すのは、一見普通のミネラルウォーターだ。

しかしこの水は特殊な加工が施され、僅かに毒性を帯びている。

だから喉が渇いても飲まないように。それと意外に高価だから、無駄にまかないようにしてくれ」

そういって桐谷は、十数本のペットボトルが入ったカバンをを渡した。

「地図の通りにまけばいいんですよね」

「ああ。だが蓋は外さず、キリで蓋に穴を開けて水をまくんだ」

「分かりました」

上田がその場を後にしようとしたその時だった。

「お前」

桐谷のその声に、上田は振り向いた。

「よくこんなバイトを引き受ける気になったな」

桐谷はどこか不思議そうな顔だった。

「だって、水をまくだけでこんな高額の報酬でしょ?やるしかないじゃないですか」

「・・・・俺が言うのもなんだが、君はもう少し思慮深さを身につけた方がいい」

桐谷はまるで、父親のような口ぶりだった。

始めは大したことないと思っていたが、このバイトは案外重労働と言えた。

自転車を使って街を練り歩き、決められた建造物、道の上に、水をまいていく。

体力的にはもちろん、道行く通行人の目を気にしながら水をまくと言うのは、なかなか勇気のいることだった。

やがて住宅街に入り、ある民家の前で水をまいていると、一人の主婦が家から出てきた。

「あなた、さっきから何してるの?そのペットボトルは何?」

警戒と、好奇心の入り混じったような口調だった。

「えっと、おまじない、みたいなものです。

今度マラソン大会でここを走るんですけど、あらかじめ走るコースに水をまくとタイムが良くなるらしいんです」

「へぇ、そう」

主婦は納得したように呟いた。

「それじゃぁ、次の所にまいてきます」

「それ、走る所全部にまいてるの?」

「ええ、まぁ・・・・」

「大変ねぇ」

「実際に走るのに比べたら大したことないですよ」

そこで上田は適当に挨拶をし、その場を後にした。

次の目的地、廃ビルでは、不良の少年たちがたむろをしていた。

何とか気付かれないように、忍び足で階段を上った。

三十五階に差し掛かったところで、上田は水色の紙を取り出した。

そこには複雑な文字が羅列されている。

上田はそれを丹念に、地面にペンで写し取り、その上をなぞるように水をまいた。

「さっきからさ、怪しい奴がうろちょろしてるんだよ」

「本当か?」

「確かこの辺りで消えたんだけどな」

不良たちの声が、上田のいる部屋に近づいて来る。

上田は慌てて、掃除ロッカーに身をひそめた。

「やっぱり誰もいねぇじゃん」

不良の一人が悪態をついた。

「おっかしいな、確かこの辺で見たんだけど」

「じゃぁさ、そいつと俺たちで、かくれんぼっていうのはどう?」

「かくれんぼ?」

「そう。その怪しい奴を探し出して、見つけ次第ボコボコにするんだよ」

「へぇ、それちょっと面白そうだな」

「だろ?」

まずいことになったな・・・・。

ロッカーの隙間から外を眺めていた上田の額に、大粒の汗が流れた。

不良たちはそこらじゅうを捜索し始めた。

物陰を手当たり次第調べ、小さな引き出しまで一つ残らず中を確かめている。

不良たちは三人。

上田のいるロッカーと三人がいる場所は薄い仕切りで隔たれ、出入り口があるのは不良たちがいる方だ。

とりあえずこのままロッカーにいても見つかる。

と、考えた上田は、ロッカーを出て、書類棚の後ろに身を隠した。

物音を聞きつけたのか、三人が上田のいる方へ入ってくる。

不良の一人が、上田の隠れている棚の、すぐ傍を通り過ぎ、その隙に上田は前方にある机の陰に身を伏せた。

そのわずかな音に、二人が振り返るが、再び前へと進む。

ようやく、仕切りの近くに辿りつくが、大柄な少年が陣取っていて、それより先に進めない。

参ったな・・・・。

「いつまで隠れてる気だ。早く出てこねぇとマジぶっ殺すぞ」

不良の少年が、苛立ちの声を上げる。

【タタタンタンタンタン、タタタンタンタンタン】

不意に聞こえた旋律に、三人は動きを止めた。

「携帯の着信音か」

突然流れたグノシェンヌの音色を聞きつけ、三人が集まる。

がたっ・・・・。

物音に、不良の一人が下を向く。

そこにはロープでつながれた携帯電話があった。

「?」

「おい、あっち!!」

大柄の少年が指さす先には、出口へ走る上田の姿があった。

上田はアラーム機能を使い、自分がいる場所と別の方へ三人を誘導したのだ。

ロープを巻きながら携帯を回収し、上田は階段をつんのめるように下りていく。

「おい、待て!!逃げんな!!」

三人は遅れて追い始めるが、やがて上田の姿を見失った。

なんとか不良たちをまき、上田は廃ビルからしばらく離れた所で身を休めていた。

呼吸が落ち着き始めると、上田はしばらく遠くに女がいることに気付いた。

いや、女かどうかすら分からない。

顔を覆うようにして垂れている髪に、白い着物のような服から、女のように見えただけだ。

女はふらついた足取りで、時々しゃがみこみながら、不明瞭なことをつぶやいていた。

上田は訳もなく、焦燥感に駆り立てられた。

おもむろに、女が声を上げる。

それは恐らく上田に向けられたものだが、よく聞き取れず、上田は耳を近付けた。

それを合図にしたかのように、女は上田の方へ歩き始めた。

そしてだんだんと歩調が速まり、駆けるようにして近付いて来る。

黒髪が風にひるがえり、一瞬だけ女の顔が見えた。

眼は血走り、口角には血の泡が溜まっている。そして必死の形相で、こちらを凝視している。

やばい。

「やばいやばいやばい、やば・・・・」

「きゃぁああぁぁあああっ」

女は奇声を上げ、走っている。

上田は我に帰り、そして踵を返した。

逃げなくては。

必死で逃げようとするが、女は見る見るうちに距離を縮めてくる。

そして後ろを振り返ると、すぐそこに女の顔があった。

女が手を伸ばし、今にも首を掴まれそうになる。

上田は必死でそれを振りはらい、女は前に倒れ込む。

すぐ前方に踏切を見つけると、上田はその方へ走りだす。

上田が線路を渡りきったころ、女は這うようにして再び追跡を始めた。

遮断機が下りているのも構わず、女はこちらへ近付いて来る。

突如、巨大な衝撃が、女を横から襲った。

間をおかず、肉塊が飛び散る。

目の前の事が理解できず、上田は茫然自失としていた。

突然化け物に追いまわされ、そして目の前でその化け物が死んだ。

そして、次に上田が目にしたのは、悪夢のような光景だった。

四方に飛び散った肉塊が、意思をもったように地面を這い、一つになっていく。

やがて、目の前に、再びあの女が現れた。

女は再び、上田を追う。

上田は走りながら、まるで自分がここにいないような感覚を覚えた。

今起こっていることが、現実だとは思えない。

地に足が付いている実感がない。

だが、本能が「逃げろ」と駆り立てる。

そこへ一本の電話がかかった。

桐谷からだ。

上田にはそれが、救いの手が差しだされたように思えた。

「上田か」

「はいっ」

「どうする、お前ひとりじゃ手に負えそうにないか」

「よ、よくわからないけど、多分・・・・はい・・・・」

「水は全部まいたか?」

「はっ、はぁっ、でも今はっ、それどころじゃっ・・・・」

「いいから答えろ」

「はっ、はーっ、えっと、一ヶ所まいてないところがっ・・・・」

「じゃぁ、今からそこへ向かえ」

「えっ、それってどういう・・・・」

「とにかく、死にたくなかったら言うとおりにしろ」

「ちょっと・・・・」

結局、桐谷は二、三言残すと、電話を切ってしまった。

「畜生、どうして俺が、こんなっ・・・・」

上田は悪態をつきながら、数百メートル先にある小学校を目指した。

女は一度轢かれたからか、追ってくるペースは落ちていた。

上田は桐谷に言われた通り、最後の目的地で水をまいていた。

幾何学的な模様を水で描き、少し離れた所に荷物を置いた。

しばらくして、地面を打つ、乾いた音が近付いて来る。

時折聞こえる奇声に、上田は身を震わせた。

やがて女は、上田のいる部屋に入ってきた。

女は頭が半分抉れていて、眼は無残につぶれている。

そして首は、あらぬ方向にねじ曲がっている。

本来は地面を四つん這いに這っている格好になっているのだが、顔だけはこちらに向いていた。

なぜそれで生きているのかが不思議な程、女の体は至る所が歪んでいた。

「しぃっ、しぃっ、しいっ・・・・」

女は歯の隙間から息を漏らすような声を上げ、上田のいる方へ詰め寄る。

そして飛び上がるように、上田にしがみついた。

「あ、あああぁああああぁぁああっ」

恐怖のあまり、意識が遠のく。

しかし上田は必死で抵抗し、そして銀の刃を皮膚に食い込ませた。

自分の左手の皮膚に。

血の滴は刃を伝い、先ほど描いた水の陣の上に落ちる。

そしてその血は植物が根を張る様に、水の中を広がった。

女は最初、自らの身に何が起きたのか理解できていないようだった。

皮膚の上を無数の筋が走り、やがて顔が水のように、ボコボコと泡を立てる。

湿った音とともに、女の頭部がはじけた。

返り血を浴びた上田の皮膚の上に、嫌な感触が広がる。

人気のない公園で、上田は一人たたずんでいた。

そこへ少し驚いた顔の桐谷が現れた。

「ほぅ、一人であいつをやっつけるとは、なかなか見込みがあるな・・・・」

上田には言い返す気力すらなった。

「君の言いたいことは分かる。何故君がこんな目に会い、そして私は何の目的で君を選んだのか」

「・・・・」

「我々は人手不足でね、新しい人材を必要としていた。そこでリクルートをかけることにしたんだ。

不特定多数の人間にチラシを配り、電話応対を通して見込みのあると思った人間には本当の合言葉を教える。

もし君があの場で『ナイトゴーント』と答えなければ、私はただの水を渡しただろう。

今回君の手に託されたのは、『劉液』と呼ばれる薬品で、霊的な作用を及ぼす代物だ。

劉液はそれだけで異形の者を呼び寄せる。君が始末した化け物も、君の劉液の匂いを嗅ぎつけたんだろう。

そして君は見事、返り討ちにした。そこで、だ」

「?」

「君を我が社で採用しようと思う」

「・・・・わが社?」

「君を襲ったのは、『悪魔』と呼ばれる連中だ。

奴らは銀の矢を打ち込むか、大規模な劉液の陣で封じ込めない限り死なない。

悪魔によって、われわれ人間の生活は脅かされている。

どうだ、私たちとともに、闘ってくれないか」

そこで上田は、出すべき言葉を探した。

もしこれからも悪魔と戦い続けるなら、それなりの危険は伴うだろう。

しかしこの大いなる使命は、その危険と秤にかけてでも得難いものに思えた。

「分かりました、やりましょう」

夜の街に、二つの影が動く。

二人はまるで主と使徒のように、闇へと続く道を進む。

二人の手には、どこにでもある、ありふれたペットボトルが握られていた。

怖い話投稿:ホラーテラー 聖仕官さん  

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