短編2
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悲恋

「私をからかっているの?」

葵は目の前にいる部下の

新藤に声を荒げた。

「からかうなんてとんでもない。信じてもらえないかもしれないけど本当です。

俺…見ちゃったんです。

本当に出たんです」

新藤は今朝、夜勤明けなのだが申し送りで昨夜、幽霊を見たというのだ。

真剣に話すその表情は嘘を言っているようには思えないが

安易に信用して話が膨らむのも問題だ。

ここはさらりと流そう。

「新藤君。私も取り乱してごめんなさい。

君が嘘を言っているとは思えないけどやっぱりこういう場所で話すことではないわね。

今は朝の申し送りだから」

私は優しく諭すように新藤に言った。

「…すみません。でもあれは」

「もういい!!」

私は新藤の言葉を遮った。

新藤は少し萎縮して頭を下げた。

新藤が見たという幽霊は

先日亡くなった患者さんなのだが、かわいそうな最後だった。

まだ若い女性だった。

婚約しており頻繁に婚約者はお見舞いに来ていた。

その姿は微笑ましかった。

しかし彼女の命は残り僅かだった。

それを知っている我々は

複雑な気持ちで見守っていた。

婚約者は全て知っており

残りの時間を彼女の為に精一杯つかうと担当医に泣きながら言ったという。

この仕事をしているとつくづく神様はいるのだろうかと思う。

初秋になった頃

彼女はもう自分で呼吸もできないほど衰弱していた。

それでも婚約者が来ると微かに笑顔を見せた。

明らかに彼女の命が消えかかろうとしていたその時に事件が起きた。

その女は突然病室に入ってきたと思ったらお見舞いに来ていた婚約者を刺した。

あっという間の出来事で

正直私もその時の事はよく覚えていない場面もある。

ただ覚えているのは婚約者を目の前で刺された彼女は私が今までに聴いたことのない唸り声を発し右手を婚約者に伸ばしたが床に倒れ込んだ婚約者には届かず…

声にならない泣き声が今でも耳に残っている。

婚約者は懸命な処置にもかかわらず3時間後に亡くなった。

その翌朝、婚約者の死を知らぬまま彼女は静かに息を引き取った。

婚約者を刺した女は婚約者の会社の同僚だった。

一方的に恋い焦がれるうちに妄想が膨らみ自分の彼が違う女の見舞いに行っていると思い込み跡をつけてきたらしい。

何とも哀しい話だ。

新藤が見た幽霊というのは………

彼女のいた病室で婚約者と彼女が楽しそうに笑いながら語り合っている姿だったという。

怖い話投稿:ホラーテラー ナナさん  

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