中編4
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過激な愛の鞭

4年ほど前のちょうど今時分の頃の出来事です。

当時、私には付き合っていた人がいました。

仮に彼をTとします。

彼は5つ年上で、とても大人っぽく包容力のある人でした。

常に笑顔を絶やさない人で、今でも彼の笑顔が印象に残っています。

ですが一つ気になる事がありました。

Tの身体には生傷が絶えなかったのです。

痣だらけの彼の身体はとても痛々しく、見るにたえかねて尋ねても、彼は憂いを含んだ笑顔で何でもない、と笑うばかりでした。

お付き合いして10ヶ月ほど経った時

ぱったりと連絡が取れなくなりました。

10日間も連絡が取れないなんて初めての事です。

メールの返事は無し、電話にも出ない。

私は妙な胸騒ぎを覚え、Tのアパートに向かいました。

すぐさま彼から貰っていた合鍵で部屋のドアを開けると、そこはまさしく地獄と化していました。

今でも目に焼き付いていて離れません。

そこには首をくくって息絶えているTの姿がありました。

夏場に死後10日も放置されていたので死体はぐずぐずに腐り、蛆がわいていました。

かなりの異臭だったと思いますが、あまりのショックのせいか臭いの記憶が全く無いのが不思議です。

ああいう時、人は驚くほど冷静になれるものなのですね。

もう亡くなっているのは百も承知でしたが、最愛の人がロープからぶら下がっているのを見ていられず、警察が来る前にロープを切って彼をおろしてあげました(後で警察の方にお叱りを受けましたが)。

人間はあまりの悲しみに直面すると涙なんて出ません。

Tが亡くなって毎日、睡眠も食事もろくにとらず、朝から晩までぼーっとして過ごす日が続いていました。

あの時の私はまさに、生きる人形でした。

涙も流せず、彼との思い出に浸る事も出来ず、ただただ呼吸するだけの日々。

泣きたいのに泣けないジレンマと、大切な人を失った喪失感はしだいに死への憧れに変わっていきました。

『死のう…』

死ねば彼にも会えるだろう…。

私はそう決意し、最期の睡眠をとろうと布団に潜り込みました。

翌日、冥界への旅立ちを決行すると決めていたその日は、今までの不眠症が嘘のようにぐっすりと眠る事が出来ました。

ここからは夢の中でのお話です。

『かはっ…!』

私は夢の中で自分の喘ぐ声と苦しさで目を覚ましました。

誰かに首を絞められている…薄目を開けて見てみると、ぐちゃぐちゃに腐敗したTが凄まじい形相で私の首を絞めていました。

私『T!』

T『死にたいんだろ?ねぇ、死にたいんだろ?』

Tは狂ったように連呼してきます。

私『やめて…』

息苦しさで途切れ途切れに訴えても、Tはますます手に力をこめるばかり。

T『死にたいなら連れてってやるからさ。逝こうよ、死にたいんだろ?』

彼が耳元で囁くと、腐敗臭が鼻をつきました。

だめだ…このままじゃ殺される!

本当の死の恐怖を感じた瞬間、何かが私の中で弾けました。

私『嫌だ!死にたくない!あんたの分まで生きる!だから離してよ!』

夢の中の事なので、本当に叫んだか心の中で思ったのかは分かりませんが、途端に彼の手が首から離れました。

そっと見てみると、ぐずぐずに腐敗した姿はなく、生前の愛しい綺麗なTになっていました。

その顔には私が大好きだった微笑みを浮かべて…。

その後彼は、自殺の成り行きを話してくれました。

彼の親は闇金に手を出して借金で首が回らなくなり、Tが小学校4年生の頃に心中していた事。

闇金業者が死んだ両親の代わりにTに返済を求めていた事。

身体の生傷は業者に受けたの暴行の傷跡だったのです。

悩みに悩んで、半ば突発的に首吊りをしてしまったとの事。

心身ともにそんなに傷付いていたのに気付いてあげられなかった自分を怨みました。

彼は最後に、私を遺していく事になってすまない、と優しく抱きしめてくれました。

その時、彼が生前つけていた香水の香りがして、私は夢の中でむせび泣いていました。

大好きだった香り…やり場の無くなってしまった愛情。

泣いている私の頭を撫で、もう行かなきゃ、と彼は淋しそうに笑って消えて行きました。

夢から覚めてみると、枕が涙でびしょびしょになっていました。

Tが夢の中で絞めた私の首に、彼の香水の匂いがついているような気がしてまた泣き崩れました。

あの時彼は、死ばかりを望む私を叱りに来てくれたんだと思います。

Tが来てくれなかったら、私は本当にこの世に居なかったかも知れません。

ありがと、T。

数十年後に私もそっち逝ったら、また色々話そうか。

まぁ私は急がずゆっくり逝くからさ。

もう死にたいなんて死んでも言わないから。

怖い話投稿:ホラーテラー 名無しのゴン子さん

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