中編3
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異次元へと続く道

「ここに、半ば秘術と化したノウハウによって、狂気と永遠を閉じ込める」

私はその日も学校に行かず、部屋の隅でうずくまっていた。

窓を閉め切っているせいで、淀んだ空気は生き場を失っている。

時折聞こえるママとパパの怒鳴り声に、私は体を震わせる。

蒸し暑いのにもかかわらず、毛布にくるまり、外界からの音を遮断する。

聞こえるのは自分の鼓動、息遣い。

大粒の汗が額を流れ、舌の上に落ちてくる。

僅かに塩分を含んだそれを飲み込み、瞼を閉じる。

こうして私はいつも、気絶するように眠りに着く。

目が覚めると、いつの間にか開いていた窓から冷たい空気が流れ込み、火照った頬をゆっくり撫でる。

汗で濡れた服を脱ぎ、掛けてあった服に着替える。

そして目に留まったのは、窓から見える小さな空き家だった。

窓を開ければすぐ、この空き家の壁が目の前に広がる。

しかし一度も、空き家のある裏通りに足を踏み入れたことはない。

その時ある考えがよぎった。

あの家に行ってみよう。

鬱屈した思い、繰り返す日常、絶え間ない喧騒。

そういう類のものから、あの空き家は断絶されている、そんな気がした。

普通に裏通りから行けば、ずいぶん遠まわりすることになるだろう。

だがこのまま窓から屋根伝いに行けば、数秒で辿りつける

靴もはかず、窓から飛び出す。まるで野生人だ。

そこで私は、その「野生」と言う二文字に魅力を感じた。

そう、私は野に放たれた命なのだ。

片足をサッシに掛け、重心を前に移動する。

私の家の屋根と、空き家の屋根には、僅かな隙間があった。

だけどそれは私の足で一歩分にも満たないほどのもので、私は跨ぐようにして空き家の屋根に乗り移る。

空き家の窓は数センチだけ開いていて、軽く押すと、中に入るのに十分な大きさになった。

私は躊躇うことなく、空き家の中に進んでいく。

空き家の床は、歩くたびに木々の擦れ合う音がした。

外観からもかなり古びた印象を受けたが、どうやら予想以上に老朽化が進んでいるらしい。

一階へ降りると、意外なものを目にした。

かつてそこに住人がいた時と同じように、家具が整然と並べられているのだ。

ふと脇にあった書棚を指でなでると、一つのホコリもついていなかった。

これはどういうことだろう。

この空き家に住んでいた人は、もう数年も前に引っ越していたはずだ。

なのにこの一階の部屋は、どこか人の気配のようなもの、誰かが生活していたような空気を感じさせる。

まるであと少ししたら、この家の主が帰ってくるような気がした。

だんだん私は怖くなって、ドアの方まで走り、ノブに手を掛ける。

体重を乗せるようにしてドアを開き、私は外へと出た。

そこで目に飛び込んできたのは、今まで見たこともないような色の空だった。

見渡す限り、黒塗りの家が並び、灰色がかった空を入り組んだ海岸線のように縁取っている。

見るものすべてが、形容しがたい邪悪さを発散していた。

不意に、後ろで金属質な音がした。ドアが閉まる音だ。

後ろを振り返ると、そこにはあの空き家の壁があった。

しかしその中心には、そこのあるべきはずのドアがなかった。

私は意味もなく焦りを覚え、踵を返す。

慌てて壁を調べるが、ドアがあった場所には黒い壁しかなかった。

そういえば、この空き家はこんな建物だっただろうか。

私は入った時には何の変哲もない家だったが、今はまるでペンキで塗ったように、窓も壁も全てが黒に包まれている。

焦燥感は、恐怖へと変わった。

誰に言われたわけでもないのに、今すぐ引き返さなくてはいけないような気がした。

早くしないと、取り返しのつかないことが起こる、そうに違いない。

頭の中を、幾つもの声が駆け巡る。

だが私の問いの答える声は一つとしてない。

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