中編5
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Aの能力

今年転勤してきたAという部下がいる。  

入社3年目でハキハキしていて、得意先にも評判がいい。

そんなAが先日、出社してくるなり真っ青な顔をして 

「早退させてほしい」と言ってきた。   

「大丈夫か? 顔、真っ青やぞ。急ぎの仕事がないなら 

 今日は帰っていいけん、ゆっくり休め」   

出社途中で気分が悪くなったのだろうと思い、そう答えた。  

Aは「すいません」と言って帰っていった。  

次の日、Aは普通に出社してきた。   

「体は大丈夫か?」と声をかけると   

「ええ、まあ、体は大丈夫です」    

その日は何事もなく仕事が終わったのだが、少し沈んでいるように見えた。 

悩み事でもあるのかと帰りに飲みに誘った。  

「体調が悪いんなら、無理に誘わんぞ」と言うと  

「別に体調は悪くないです。大丈夫です」と言う。  

Aは性格的に明るく支社内でも打ち解けていたので、やはり仕事上で悩み事でも 

あるのだろうと思った。  

居酒屋では、この土地には慣れたかとか担当している得意先はどうだとか 

当たり障りのないことを話した。  

しばらく他愛もないことを話した後、聞いてみた。  

「今日は何か元気がなかったみたいやけど、体調じゃなかったら何かあるんか?」  

「いやっ、あの、悩みとかじゃないんですけど・・」

言いにくいのか、はっきり答えない。  

「いいけん、言ってみろ。そのために居酒屋にしたんやけん。 

 モヤモヤしたままやったら仕事にも差し支えるやろ?」   

ためらっているようだったが「酒の席やけん、言ってみろ」と言うと口を開いた。   

「あの~、○○駅のとこの踏切ですけど・・」  

Aは会社の最寄り駅のことを話し始めた。   

社内の人間関係とか仕事の悩みとかを想像していたので 

頭の中は「は?」だったが、Aは話を続けた。  

「改札抜けて、踏切のところで電車が通過するのを待ってたんですよ」  

○○駅は改札がひとつしかなく、改札を抜けて踏切を渡って会社に向かうのだが 

その踏切で待ってたときだという。  

その踏切のすぐ左手に○○駅があり、Aが立っていたところからは 

線路越しに反対側のホームが見える。  

左から来た特急電車が駅を通過するとき、視界の端にホームから倒れるように 

線路内に落ちる人が見えた。   

「あっ」と思ってそちらに目を向けると何か丸いものが自分のほうに飛んできた。   

Aはとっさに飛んできたものを受け止めた。  

ちょうどバスケットボールのパスを受けるときみたいに。  

その飛んできた物体を見ると、男の人の顔だった。  

それも自分と見つめあう形で両手の間にあったらしい。  

一瞬固まったあと、「うわっ」と放り投げて周りを見回したのだが  

他の人たちは怪訝な顔をしてAを見ていたそうだ。   

人が轢かれた痕跡もなかったし、周りの人も騒がなかったため  

今現実に起こったことではないとわかったらしいのだが。  

そのまま出社したものの、とても仕事をする気になれず早退したとの事。  

(A)「あそこ、前に事故かなんかあったんですか?」  

(俺)「事故とかは知らんけど、なんかあったかもしれんな。 で?」  

(A)「さすがに仕事になんないと思って、早退させてもらいました」  

(俺)「うん、早退はいいんやけど、その後どうしたの?」  

(A)「いや、真っ直ぐ家に帰りましたよ。なんか怖いし」  

(俺)「いや、そうじゃなくて。 こう両手でその顔を持ってたんやろ?  

    その顔よ。なんか、カッと目を開いたとか、ニヤ~っと笑ったとか  

    何かしゃべったとか・・」   

(A)「いや、ないですよ。ソレ目をつむったままでしたけど」    

(俺)「あ、そう・・。 じゃあ線路渡る時、その顔が追いかけてきたとか?」   

(A)「いや、いや、いや、それもないですよ。それ怖すぎじゃないですか。  

    そんなんだったら、今日も仕事なんかできませんよ」  

そうか・・。 ないのか・・。   

でもそうだよな。 それだけでも十分怖いよな。  

人の顔がいきなり飛んできたんだもんな。  

(俺)「それで、家では大丈夫だったの?憑かれたりとかしとらんの?」  

(A)「はい。それは大丈夫です。前にも変な体験したことあるんですけど  

    その時お世話になった人に電話したら『憑いてないから大丈夫』って」  

その人曰く、ただ驚かせようとしただけで悪意は感じられないらしい。  

そう・・。 それもないのか・・。  

ハッとした。  

A、すまん。   

最近ホラテラとか見てて、投稿もしてて、お前の話を投稿ネタとして聞いてたよ。  

「ホラテラの読者はもっとガツンってくる恐怖じゃないと喰いつかんのよ」  

とか思いながら聞いてたよ。 ゴメン。  

(俺)「そんくらいで済んでよかったな。でもいきなり怖い体験したなぁ」  

(A)「はい。でも絶対信じてもらえないと思ってました。ありがとうございます。  

    僕が言うのもなんですけど、支社長もよく信じてくれましたね」  

ホラテラのことは言えなかったよ。  

「俺も変な体験したことあるからな。霊的なものも信じとるし」  

そう答えたよ。  

嘘じゃないし。   

全部は言ってないけど。  

「それにしても、よく今日出てこれたな」と言うと   

「ええ、昨日はさすがに無理だったですけど、別に夢に出るとか  

 とり憑かれたとかじゃないみたいですし。今日も少し気持ち悪いですけどね。  

 でも、それよりもっと怖い経験もありますから」       

「だけど、支社長も同じような体験あるんですか? どんな話です?」   

「俺はなぁ、・・・」  

俺の昔話になってしまった。   

Aの相槌が妙に心地よくて、調子に乗って話し続けてしまった。  

おかげで、Aの他の体験を聞きそびれた。  

A、お前の営業センスは抜群だ。  

相手の話を気持ちよく引き出す能力がある。  

でも本当はお前の「もっと怖い体験」を聞きたかったんだよ。  

それを自分の話ばかりじゃなく、さりげなく俺の話を聞きだすとは。  

お前の話が聞きたくて、また一緒に飲みたくなったじゃないか。  

得意先に評判がいいのも頷ける。  

また奢ってやるから、今度こそお前の他の体験てのを聞かせてくれ。  

 

怖い話投稿:ホラーテラー 灰色の狐さん  

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