中編4
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餓鬼について

前置きとして、全く怖くないしオチはないです。

長文、引用が嫌だという方はスルーして下さい。

最後の悪魔さんの『餓鬼魂』を読んだ日に、母に連れられお寺さんにお施餓鬼(おせがき)に行った際に頂いた冊子に載っていた内容が個人的に興味深かったので投稿してみました。

先に書いたお施餓鬼(施食、施食会とも言う)とは、餓鬼に食物を施すことです。

幼い頃からこの季節になると母や父、祖母にお寺に連れられ聞かされてきた言葉です。

今までは何も知らなかったのですがお寺さんの住職さんに由来や餓鬼についてのお話も聞き、お施餓鬼の冊子も頂いたので書いてみます。

餓鬼世界は苦しみの世界であり、食べ物が極端に不足している飢えの世界。

食べ物があっても、餓鬼がそれを口にしようとすると炎となって消えてしまう。

そんな苦しみの世界なのです。

今、ここに人間として存在する私達もいつ餓鬼世界におちるやもしれません。

仮に、もし自分の先祖が餓鬼世界で苦しんでいるとしたらなんとしても救ってあげたい。

餓鬼は自分の力ではその苦しみから抜け出すことはできないのです。

お施餓鬼の供養はその救いの道とされ、普段の供養より遥かに効果があるとされる功徳の高い行事なのです。

実は餓鬼にも種類があり、一般的な餓鬼は極度に腹が膨れ、針金のように痩せ細った手足のみにくい姿を想像します。

しかし、餓鬼は無財餓鬼、小財餓鬼、多財餓鬼等に分けられ、無財餓鬼は全く食べることのできない飢えた餓鬼であり、食べ物があっても、口にしようとすると食物が燃え上がり飢えに苦しみます。

一方、小財餓鬼は少しは食べ物を口にすることができるのですが、それは嘔吐物など不浄なものだけです。

多財餓鬼は変わった餓鬼で、他の餓鬼とは違い財のある富める餓鬼であり、食べたいものをたらふく食らっている餓鬼です。

しかし、これらの餓鬼のもつ共通のものは飢えであると同時に、凄まじいまでの食欲、足ることを知らないあくなき欲望。

それが餓鬼たる由縁といえます。

こう考えてみれば、たらふく食い、尚且つ求める多財餓鬼の存在も矛盾しているとはいえない。

ひょっとすると、このような餓鬼は私達の隣にいるやもしれません。

お施餓鬼の由来は『仏説救抜焔口陀羅尼経』というお経に説かれています。

住職さんから餓鬼の話を聞いた後、(自分も餓鬼になる可能性があるのか、嫌だなぁ)等と思い、自分が幼い頃から見てきたお施餓鬼の由来についても調べたので書いてみます。

前に述べたように、お施餓鬼はお経に説かれている話が由来です。

それによると、お釈迦さまの弟子である阿難がある時森の中で静かに瞑想していると[焔口]という痩せおとろえた餓鬼が現れました。

餓鬼は針金のような細い首と手足、口からは焔を発し、阿難に対し、

「お前は後三日で死ぬであろう。

そして、餓鬼世界におち、私のような醜い姿になるのだ。」と予言したのです。

更に焔口は、

「もし救われたいのなら、餓鬼道で苦しむ一切の餓鬼たちに飲食を施せ。

そうすればお前は救われるのだ。」と言い姿を消してしまいました。

しかし、餓鬼といってもその数はガンジス河の砂の数程。

その全てに食物を与える供養など、とても無理だと困り果てた阿難はお釈迦さまに教えを求めました。

阿難の話を聞いたお釈迦さまは、

「阿難よ怖れるな、これから教える方法を餓鬼に施せば全ての餓鬼たちに食物を与えることができるであろう」と諭されました。

阿難はお釈迦さまの教えの通り、棚を設け、山海の食物をお供えし、多くの修行僧と共に供養しました。

その結果、供えた供物は無量の物となり、阿難は88歳までの長寿をえて後世の人々に仏教の教えを弘めることができたとされています。

これがお施餓鬼の由来とされ、この行事は古来より連綿と営まれ、日本では鎌倉時代以降、個人の霊を供養するため営まれるようになりました。

お施餓鬼には、各寺院に檀家や信徒が集まり先祖の霊を供養しますが、元々特定の霊を供養するものでなく、供養に恵まれない無縁仏も供養する意味と、自分自身に与えられた生命に感謝し、長寿を願うという意味もあるそうです。

これが、私の見聞きしたお施餓鬼、餓鬼についてです。

オチもなく稚拙な引用ばかりなまとまりのない文章でしたが、読んで下さった方がいましたらありがとうございます。

怖い話投稿:ホラーテラー 黒揚羽蝶さん  

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