短編2
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頑張れトイレ

※タイトルからも容易に想像できるように、下の話です。ご注意を。

――――――――――――

その日は夜遅くまで友人たちとカラオケをしてて、歩きだった僕だけが、先に終電で帰ることになった。

十一時過ぎに電車は目的の駅についた。小さな町の駅なので、構内には駅員さん以外誰もいない。

僕は改札に切符を通して、そのまま駅の外にある公衆トイレに向かった。実は電車に揺られている時から我慢していたのだ。

その公衆トイレは、駅の隣にあるビルの一階に設けられている。ごくごく普通のトイレだ。利用するのもこれが初めてじゃない。

だから、僕は油断をしていた、ということになるのだろう。

大きな鏡のある手洗い場を横切り、小便器に近づいた時だった。

何やら、ぶつぶつと呟く声が聞こえてきた。

その声は、大のほうの個室。二部屋あるのだけれど、入口から見て奥の方の部屋から洩れてくる。

異様な呟きだった。

「頑張れ俺頑張れ俺頑張れ俺頑張れ俺ガンバレ俺……(※以下延々と繰り返し)」

尿意が引っ込んだ。

野太い男の声で、ずっと自らを鼓舞しているのだ。僕はしばらくその場で呆けていたのだけれど、「頑張れ俺」は一向に止まらなかった。

所々、「ひぃー、ひぃー」と息継ぎを入れるけれども、すぐにまた自己エールを再開する。

「ひぃー、ひぃー、……頑張れ俺頑張れ俺頑張れ俺頑張れ俺頑張れ俺頑張れ俺……ひぃーひぃーひぃー……っ頑張れ俺頑張れ俺……」

そうしているうちに、段々と僕の方も気味が悪くなってきた。これは尋常ではないぞ、と思った。

出よう。

そう決めた僕がそっとその場を去ろうとしたとき、

『ジャー』

小便器の自動センサーが作動した。

その瞬間、謎の声はぴたりと止んだ。出ようとしていた僕の足も、ぴたりと止まった。

小便器が、自動洗浄を終える。心臓の音が、やけにはっきりと聞こえた。

トイレ内は、まるで誰もいないかの様に静かになった。ただ、ドアがロックされていることを示す赤い表示が、ここに人が居るのだと告げていた。

僕は焦っていた。何だかよくわからないけれど、とりあえず僕は悪いことをしてしまったのだ、と思った。

いま思えば、その時僕は既に、あの場の空気に呑まれていたのかもしれない。

何か、フォローしなければ。この場を丸く収める言葉を。

そうして僕は、一番奥のトイレに向かって叫んだ。

「が、頑張ってください!!」

……その後のことはあまり覚えていない。走って逃げたのか。気づけば自宅のトイレで用を足していた。

その後も、あの駅近くのトイレはたまに利用する。けれど、「頑張れ俺」という声はもう聞こえない。

僕は、あの時のことを考えるたびに不思議に思う。

深夜のトイレ個室という密室で。あの人は一体、何を頑張っていたのだろうか、と。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名さん  

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