中編6
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グランパ

「わしがまだあんたのように若い頃、体験したことじゃ」

そう言うとその老人はウイスキーグラスを拭きながら語り始めた。

〜今から約半世紀も前だ。日本は丁度高度成長期だった。

わしは留年ばかりした大学をやっと卒業することができ就職活動をしておった。つまり在学中は仕事が決まらなかったんだが…まぁ、わしが選り好みしすぎたわけだ。

そう言うと少し照れた顔が失礼だが可愛かった。

老人は続けた。

〜いい加減に働けと親父に怒鳴られたわしはある小さな芸能事務所に就職した。昔気質の親父には懸念されたが遊んでいるより良いだろうと渋々納得してくれた。

そこでわしが担当したのはまだ新人の若い女性歌手だった。

お世辞にも綺麗とは言えないその娘は歌唱力は抜群だった。

わしは舞台横でよく聞きほれていたものだ。

歌唱力はあったが何故かその娘は売れなかった。

実力はあってもチャンスがなかった。

わしはマネージャーとして必死に営業に廻った。

その娘も弱音も吐かずひたすら歌の練習をしていたよ。

二人三脚という言葉がぴったりだった。

わしがその娘の担当になって3年が経とうとした夏の暑い日に営業でわしたちはある地方の温泉街にきたんだ。

そこにある一軒の旅館で夜団体客の余興に呼ばれたんだが……

その団体客は大人から子供までの男女20人程で皆、陽気で酒もかなり入っていたせいか唄に合わせて踊り出す騒ぎでな。

その娘も初めはびっくりしていたが陽気な客につられるようにアカペラでリクエスト曲を歌い出す始末でな。

わしも通常より割高のギャラを貰っていたので大切な客じゃからな。丁重にサービスさせてもらった。

宴も佳境にさしかかった時じゃから始まって2時間近く経った頃。

客の中の子供が、そうじゃなぁ〜5歳位の男の子がトイレに行きたいと騒ぎ出したんじゃ。

漏れると言いながら母親と急いで宴会場から出たんじゃが……

その男の子の尻から太いしっぽが出ていたんじゃよ。

わしは疲れて幻でも見てしまったんだろうと目をパチパチしながら客に酒を注ぎにまわった。

しかし今度は酒を注いでると客のコップを持つ腕が毛だらけじゃった。

わしは思わずその客の顔を見上げると客は笑顔でかなり酔っ払っており視点も定まっておらんのじゃ。

わしはもう一度客の腕に目をやると普通の人間の腕じゃった。

何とも不思議なことじゃ。

わしは自分に幻視と言い聞かせた。

宴もそろそろお開きとなり客の中の長老が挨拶をして宴会は終わった。

わしとその娘も部屋に戻ろうと片付けをしておると

その娘がわしにさっきの客からチップを貰ったと嬉しそうに話してきた。

わしは大切に使いなさいとその娘に言うと笑顔で頷いていた。

わしたちは列車での長旅で疲れておりその晩は宴会が終わると直ぐにやすんだ。

翌朝わしは旅館の人に起こされたんじゃが…

「お客様、朝からすみません。夕べの宴会で何か不明瞭なことはありませんでした?」

「・・・・・何かあったんですか?」

「実は夕べの宴会のお客様が誰一人もお部屋にいらっしゃらないのです。

恥ずかしい話、代金もまだ頂戴しておりません。

失礼ですがお客様はお金は頂きましたか?」

「私どもは宴会前に……!!」

わしは鞄を開けて昨夜の宴会前に長老から貰った茶封筒を開けた。

!!!!!

茶封筒の中は葉っぱだった。

確かに昨夜確認した時は

一万円札が数枚あったのに

わしは腰の力が抜けた。

急いで隣の部屋でやすんでいる娘に昨夜のチップを確認しろと言うと不思議そうにしていたが奥から真っ青な顔で戻ってきて

わしに葉っぱを見せた。

わしは事務所の社長にこっぴどく叱られた。

「タヌキに騙されるとは呆れる」

社長はそう言いながら怪訝な顔をした。

あの客はタヌキだったんじゃ……

しかし何か理由があって

あのようなことをしたんじゃとわしは考えた。

騙されたのにどこか憎めないそのタヌキにわしは愛着すら感じておった。

しかしギャラが葉っぱだったのは正直キツかった。

わしたちはより一層営業に励んだ。

その娘は相変わらず売れんかったがわしたちはそれなりに充実した毎日を送っておった。

タヌキのことも忘れておったある日。

夜、仕事帰りにふと初めてのバーに入ったんじゃ。

その店はカウンターだけでマスターの中年男性一人でやっておった。

わしが入るとカウンターに2人組のカップルだけで店内は静かな雰囲気じゃった。

わしはウイスキーの水割りを頼むと今日の仕事の事をぼんやり考えておった。

マスターはわしの前にグラスを差し出すとそっと定位置に戻りウイスキーグラスを拭き始めた。

店内に流れるジャズが心地良くわしは水割りを一気に流しこんだ。

「お客様、おかわりはいかがしましょう?」

マスターは声を掛けてきた。

わしは同じものを薄めでと頼むとふとカウンターのカップルに目をやると二人からしっぽが垂れ下がっておったんじゃ。

わしは思わず叫んでいた。よく覚えておらんが多分意味のない言葉だったと思う。

と同時にあの旅館の宴会を思い出し、わしは二人!?に近づき「お前たちはタヌキか?」

と静かに問いた。

二人!?は黙って頷いた。

わしは数ヶ月前の地方の温泉街で起こった事を二人!?に話した。

二人!?は泣き始めた。

二人!?が話すにはあの団体客!?は自分たち一家だと言うんじゃ。

何でも縁談が決まりみなで披露宴をしておったらしいんじゃな。

騙す形になり大変すまなかったと詫びた。

わしたちを呼んだのは前に商店街であの娘の歌を聴いて上手いのに売れていないようだったので、きっと呼べば来てくれると考えた長老が連絡したらしい。

あの歌で宴が盛り上がり感謝している。

お詫びといってはなんだが御礼を必ずやするので許してほしいと頭を下げた。

わしは「気にせんでいい」と言い二人!?と一緒に時間も忘れ呑んだ。

気がつくとわしは公園のベンチで目が覚めた。

もうすっかり朝じゃった。

不思議な夜じゃったと思いながらわしは公園の水道で顔を洗うと仕事に向かった。

あの不思議な夜から1ヶ月が過ぎようとしていたある日、わしは社長に呼ばれた。

社長は興奮してあの娘の歌唱力に惚れたある有名作曲家が曲を作ってくれると話がきたとまくしたてた。

わしも信じられん程嬉しかった。

もしかしたらこれがきっかけでヒットが出るかもしれん。

わしたちはその曲で地方の営業に廻った。

瞬く間にその曲はヒットした。

あれよあれよという間に娘は人気歌手の仲間入りをした。

社長の方針で担当はわしではなく、もっとベテランの男性に代わった。

正直ここまで有名になるとわしの力量では無理があるから、わしは少しホッとした。

仕事も少し暇になり、わしは数ヶ月ぶりにあのバーに足を運んだ。

店内に客はおらずマスターは一人で氷を割っていた。

わしの顔を見ると目で会釈し再び氷を割った。

わしはウイスキーのシングルを頼み、マスターにあの夜のタヌキはきていますか?と訊いた。

マスターは首を横に振りながら

「もうここには来ない」と言った。

そして続けた。

「タヌキは人間に本性を見抜かれると二度と人間の前に姿を現さない。

お客さんももう逢うことはない」

「そうですか…」

わしは静かにウイスキーを呑んだ。

この店はそのマスターから譲り受けたものなんじゃよ。

その店に通うようになり

すっかり常連客になったわしはタヌキと思われる客と逢ったがわしは知らぬふりをした。

何故この店にはタヌキが人間に化けてくるのか解らんかったし、マスターともどういう関係か最後まで解らずじまいじゃ。

しかし不思議にわしは謎のままでいいと思った。

この世にはそういう不思議な事があってもいいのではないじゃろうか……

でもな。

わしは見たんじゃよ。

マスターの尻からも立派なしっぽがあるのを!!!

アッハハハ……

そう豪快に笑うグランパのお尻にも立派なしっぽが見えた。

おしまい。

怖い話投稿:ホラーテラー ナナさん  

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