中編7
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屋根の上の荷物

長文、乱文失礼します。

ある晩、私は一人で真っ暗な山道を運転していた。

土砂崩れとかで、よく通行止めになっている裏道だったが、久しぶりに通ったらまったく問題ない。

途中、ボロボロの地蔵が並んでいたりしてかなり不気味だったのだが、こちとら遠方の友人と遅くまで遊び回った帰り道。

疲れていたこともあって、そんな恐怖心などそっちのけで、早く帰ろうとついついスピードをあげてしまっていた。

すると、遥か前方に赤いテールランプが見えた。どうやら、私の下手な運転にも関わらず、前の車に追い付きつつあるようだ。

車通りもほとんどない深夜の山道。早く帰りたいのに自分よりも遅い車に捕まるなんてついてない、細くて追い越せないし譲ってくれないか、などと考えながら走っていた。

案の定、差が少しずつ詰まってくる。

そこで、前の車がセダン型であること、そして、その屋根の上に細長い荷物が積まれていることに気付いた。

しかもあろうことか、カーブのたびに縦に長い荷物が左右にユサユサ動いている。

あれのせいで遅いのか、勘弁してくれよ…

そんなことを考えていると、もう1つ、あることに気付いた。

…………人だ。

荷物だと思っていたもの、それは、よく映画のワンシーンであるような、天井に掴まった女だったのだ。

ただ、映画と違うところが2つ。

普通、映画では掴まった者を振り落とそうとするのだが、その女はどう見ても自分から揺らしているようにしか見えない点。

そして、その女は車を揺らしながら笑っていたのだ。さも心底楽しいかのように。

エンジン音と女の甲高い笑い声だけが静かな山に響く中、状況の異様さを理解できない私は、パニック寸前だった。

なぜ前の車は止まらないのか…あの女は一体何なのか…

そんな私を尻目に、前の車は少しずつスピードを上げていて、さっきまで詰まっていた差はいつの間にか逆に開きつつあった。

差は100mくらいになったろうか。なぜか「停車する」ということは頭に挙がらず、ただハンドルを握って無心で追いかけていた。

すると、まっすぐな道から急カーブに差し掛かったとき、女が一際大きく車を揺らしたように見えた。

そして、カーブを曲がって見えなくなった途端、

ガシャーーン

ついにやった、と思い、自分もカーブを曲がったところでようやく停車した。

そこで後悔した。

なぜ止めたのか

気にせず通りすぎればいいものを

いや、運転手らの安否を確認しなければ

横転しているが、ここからでは暗くてよく見えない

それに、あの不気味な女は一体…?

様々な思いが一気に頭を巡った、そんな折りだった。

ドンッ!

自分の車が揺れた。

まさかと思いゆっくり横を見てみると、ドアの上部、雨よけのところを掴む手が見えた。この世のものとは思えない程真っ白で、それとは対照的に真っ赤な血がついた手が。

全身に鳥肌が立ち、「ヤバイ!」と思った瞬間、ブレーキを踏んでるのに車がゆっくりと動き出した。

完全にパニックになり、ギアを滅茶苦茶に入れかえたり、サイドブレーキを引こうとしたりしたが、どれもまったく動かずに無駄だった。

そんな私を尻目に、徐々にスピードが上がっていく車。

せめて唯一動いたハンドルを握ろうと前を見据えたときだった。

フロントガラス上部から髪の毛がゆっくりと下りてきて、額、眉、そして真っ赤に血走った目が見えてきた。

全身に戦慄が走ったが、その目から視線をそらすことができず、その目が

ニタッ

とこちらを見て笑ったかと思うと、天井から先程の甲高い笑い声が聞こえ、車があり得ないくらい揺れ始めた。

半泣きになりながらもハンドルだけは必死に操作していたが、思うように操作できず、依然としてスピードも上がり続ける。

カーブの度に事故寸前まで追い詰められながらも、死んでたまるか、という一心で切り抜ける。

だが、追い討ちをかけるように後ろから音が聞こえた。

ウィィィィィ…

聞き覚えのある、無機質な機械音。

この非常時に時間が止まったようにさえ感じた。

「そんなバカな…」

恐る恐るミラーに目をやる。すると、中央部天井のサンルーフが開き、そこからゆっくりと白い手が這うように入ってくるのが見えた。

恐怖で頭がおかしくなりそうだった。だがどうすることもできない。

必死にハンドルを操作しながら、ゆっくりと侵入してくる手をチラチラとミラーで見ることしかできなかった。

そんなとき、長い直線の下り坂の先に何かが見えた。

トラブルでブレーキが効かなくなったときに突っ込める、登りになっている退避用のスペースだ。

ブレーキは効かず、自力で止めることはできない。しかも、車も私の能力の限界に近い程スピードが上がっている。

だが、あれなら止まれるのでは……

ふとミラーに目をやれば、サンルーフからもう肩まで入ってきてる。

もうこれに賭けるしかない。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」

車内からはガバッという音と共に、直接甲高い笑い声が聞こえたが、私も叫びながら退避スペースに突っ込んだ。

その瞬間、スローモーションのようにミラー越しに見てしまった。

サンルーフから逆さまに出たその真っ白な顔は、事故にでもあったのか血まみれだったり陥没したりでボロボロで、にも関わらず、この上なく楽しそう………正しく狂気の笑みだった。

そしてこちらに伸ばした明らかに折れている腕は、今にも私の肩に届きそ

気が付けば病院だった。

日の当たる清々しい病室は、直前の記憶が嘘だったかのようにすら感じる。

周りでは看護師の皆さんが「目覚めました!」とか言いながら慌ただしく駆け回っている。

聞くところによると、あの恐怖の夜の翌朝、地元の方が通りかかったところで助けられたらしい。

そして、今はそれから2日後。エアバッグのお蔭で大事にはならなかったとか言われたが、それでも目を覚まさないから心配されていたらしい。

そんなこともあって、久しぶりに動かす体は鉛のように重かったが、あの夜に比べればよっぽど生きた心地がした。

看護師に聞くと、どうやら私の前の車の運転手は助からなかったらしい。

死の間際に一体何を見たのだろうか、目を見開き、鬼のようにひきつった顔で死んでいた………そんな話まで噂で聞いた。

もし、私もあそこで退避していなければ………そう思うと心底ゾッとした。

また、看護師達から随分と「何か見なかった?」とか聞かれた。

正直思い出したくもないし話す気もせず、「別に何も」なんてはぐらかしていたが、逆にあの峠で何故あんなことに遭ったのかもわからないままだった。

あの女は一体何だったのか…

その疑問は、目覚めた翌日、個室から多人数部屋に移されたときに解消された。

向かいの、孫を連れた柔和そうなお爺ちゃんが、こんな話をしてくれた。

なんでも、その峠は一昔前まで重要な街道として使われていたが、いわゆる難所だったらしい。

そのため、道中倒れて帰らぬ人となってしまった人のために、無縁仏が建てられた。

それが私が見たボロボロの地蔵だった。

しかし数年前、罰当たりにもそのあたりで遊び出す若者が現れ始めた。

男女数人のグループで、あろうことか地蔵を足蹴にして倒してしまった。

そして、ドライバーを驚かそうと、石を撒いたり突然飛び出してみたりとイタズラしていたのだが、車が自分達の方にスリップ、若者の一人が即死で、他の者も重体だった。

そして、やはり場所も行いも悪かったからだろう、そこに鎮められていた志半ばで倒れた旅人達の霊が、即死した女と結び付き、凶悪な自縛霊となってしまったというのだ。

その力は尋常ではなかったようで、他の若者も引きずり込まれるように帰らぬ人となり、毎年この事件があった季節になると、峠では夜中に事故が相次いだ。

みな、恐怖のドン底に落とされたのだろう、例の鬼のような顔で死んでいたらしい。

そんなこともあって、この時期は「土砂崩れ」とか適当な理由をつけて通行止めにしていたが、恐らく私の前に事故った車のドライバーが、どういう訳か門を開けてしまった。

そして翌朝、門が開いていることを不信に思った方が助けに来てくれたのだ。

そんな話を聞いて、改めて身震いをした。

よくそんな霊に目をつけられて生きて帰って来られたものだ。

お爺ちゃんも

「よくぞ無事だった。

さすがのあの霊も、先に事故になられちゃ何もできないわ。

不幸中の幸いだ」

なんて言いながらカラカラと笑った。

何のことだかわからなかったのだろう、怪訝そうにこちらを見ていた孫も、お爺ちゃんが笑ったところでようやく笑ってくれた。

そんな笑顔が、私にまた生きた心地を感じさせてくれた。

お蔭で気分も良くなり、顔でも洗おうかと、重い体を引きずって部屋の入口にある洗面台に向かったとき、こんな言葉が聞こえた。

「お爺ちゃん、なんであの人、さっきからずっと女の人おんぶしてるの?」

再び体中に戦慄が走り、バッと顔を上げた。

鏡の中の自分の顔のすぐ横に、車内ミラーで見た顔が浮かんでいた。

見覚えのある、歪んだ笑顔で。

その手は、私の首をがっちりと握っていた。

相変わらず体は重いが、それも、よりリアルなものに感じられた。

「恐怖のドン底に」

さっきのお爺ちゃんの話が頭を廻る。

途端に息苦しくなった。

意識が遠のく。

余りの恐怖に、もう何も考えられない。

耳元で、甲高い笑い声が響いた。

怖い話投稿:ホラーテラー ぱねさん  

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