中編3
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ある日常

俺はその日、市内のデパートに買い物に行った。

デパートと言っても大手のところではなく、ちょいと古い小さなデパート。

雨が降っていたこともあり、平日の昼間、お客はあまり居なかった。

俺は5階にある紳士雑貨で目当ての物を買い、さて帰ろうと思ってエレベータに乗った。

上から降りてきたエレベータには、2人のお客が乗っていた。

ちなみにエレベーターガールなんて洒落たものは居ない。

4階に着き、お客は2人とも降りる。エレベータには俺1人。

そのまま下がっていき、3階を過ぎたときだった。

突然エレベータが止まり、電気も消えた。

どうやら停電のようだった。

これには焦った。「うぉっ」とか素で言ってしまった。

誰も聞いてなくてよかった。

しばらくすればすぐ動き出すだろうと思ったが、どうにも落ち着かない。

なにしろこのエレベータ、窓がない。

しかもなぜか非常灯もつかないので完全に真っ暗。

このオンボロデパートめ。

明かりが欲しかったので、俺は携帯を取り出した。

ぼうっと明るくなる。

なんとなく落ち着く。

エレベータ内の奥に立っていた俺。

携帯から顔を上げて何気なくドアの方を見た。

操作パネル板とは逆側の角に、誰かが後ろを向いて立っていた。

よくある、髪の長い白い服を着た・・・というものじゃなかった。

暗くて色はよく分からなかったが、ワンピースを着たショートカットの女性だった。

俺以外乗っているはずがないのに、そこに居た。

俺は固まった。

ほんの数秒だろうけど、俺は動けなかった。

それを見たくなかったが、なぜか視線をそらせなかった。

心の中で、お願いだから振り向かないでくれ、と祈った。

声も出さないでくれ、動かないでそのままじっとしていてくれ、と祈った。

もしそいつがこっちを向いたり、何か、きっと恐ろしい声で何か言ってきたら、

俺は永遠に叫び続けることになると思った。

自分の叫び声で気が狂ってしまうと思った。

俺は携帯を切った。

今度は明かりが怖かった。

馬鹿げてるかもしれないが、その明かりのせいで、そいつがこっちを向いてしまうのではないかと考えた。

徐々に暗闇に目が慣れてきた。

そいつは相変わらず、角に頭を付けるような格好で、こちらに背中を向けて立っている。

俺はじっと固まっている。

嫌な汗がたくさん出てきた。

・・・するとそいつが動いた。

背中を向けたまま、操作パネルの方に動いていった。

歩いている感じではなかった。

滑るように、音もなく動いた。

俺はなんとか叫ぶのを堪えた。

声を飲み込んだ。

そいつは操作パネルの前に立った。

俺はもう、ガタガタ震えていたと思う。

もうダメだ、もう限界だ、と思った。

そいつが手をあげて、最上階のボタンを押した。

暗かったはずなのに、そいつの指はよく見えた。

爪も剥がれてボロボロの指だった。

そしてゆっくり振り向いて、低い、低い声でこう言った。

「何階から、落ちますか?」

死人の顔。

言葉では言い表せない。

俺はそれと目を合わせてしまった。

いや、目なんてなかった。黒い眼窩を見た。

俺は限界を超えた。

俺の身体が、叫ぶために息を大きく吸い込んだ。

さぁ声の限り・・・という瞬間、パッと明かりが点いた。

エレベータの稼動音がした。

アナウンスの声が聞こえた。

「一時的な停電により、お客さまには大変ご迷惑を~・・・」

そいつは消えていた。

俺は無事に、エレベータから出ることができた。

怖い話投稿:ホラーテラー 匿名係長さん  

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